第3部 19話 ゲームマスターとうっかりさん2
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
扉を潜ると、ヤスコの目の前には驚きの光景が広がっていた。そこは先程までの閑散とした光景が嘘のように、人混みと熱気で溢れていたのだ。
まず、屋内に入ったにもかかわらず、扉を抜けた先には広大な荒野が広がり、唯一円形の巨大な建物だけがポツンと鎮座していた。その建物は石造りのアーチがその外側をぐるりと囲むようにして並んでおり、まるで古代ローマ時代に闘技場として使われていたというコロッセオを彷彿とさせる。
ヤスコがその光景に驚愕している横で、ゴエモンは辺りをキョロキョロと見回している。
「待ってたぞ、ゴエモン」
大男が前方から現れた。大男はゴエモンの「犬っぽい」顔とは異なり、正真正銘の「犬」顔であった。黒い体毛に鋭い牙を生やした恐ろしい外見である。ヤスコは指をさして思わず叫んだ。
「イッヌ!!」
「犬ではない、ヘルハウンドだ。というか、ゴエモン。このちっこいのは何者だ?」
「さっき西門の扉の前で会っただけっす。自分も誰だか知らないっすよ。君、名前は何ていうんすか?」
ヤスコは、イッヌと距離を取りながら答える。
「ニノミヤ・ヤスコです……」
「「フルネーム!?」」
「はい……それが何か? 今日このゲームを始めたばかりで右も左もわからなくて……」
ヤスコはインターン採用を目指しているのである。フルネームでないとアピールできないのだ。フルネームを登録する以外の方法は考えもしなかった。
「まあ、フルネームにしてはいけない規約なんてないし、いいんじゃないか? そんなプレイヤー初めて会ったが……」
イッヌが答えた。話すきっかけができたのをいいことに、ヤスコは思い切って二人へ疑問を投げかける。
「あ、あの、つかぬことをお聞きしますが、ここはどこですか!?」
「なんだ? 記憶喪失になったのか? 俺も数日前、ゲーム中に急に具合が悪くなってな。病院に行って点滴打ったらすぐに回復したぞ。なんならかかりつけの病院を紹介してやろう」
「いや、そうじゃなくってですね……このゲームは何ていうゲームですか?」
ゴエモンとイッヌがポカンとした表情をする。ヤスコはバレンタイン・オンラインをプレイしているはずなのだ。二時間もプレイしておいて、目的とは違うゲームだったと後から気づくなど、洒落にもならない。
「ニューズ・オンラインっすけど……? え、これ答えになってます?」
ヤスコはゴエモンの答えに絶望し、ガクッと地面に膝をついた。ヤスコが頭を捻りながら過ごしたこの二時間無駄だったということだ。何たる失態。ニノミヤ家末代までの恥。
「えぇ!? 大丈夫っすか!? 本当に具合悪いんすか!?」
「い、いえ……大丈夫です……。自分自身が情けなくなり、反省しているんです……。では、RXシステムズ社の提供しているゲームではないんですね……」
「いや、RXシステムズ社のゲームっすけど?」
ヤスコはゴエモンの言葉に、顔を上げて目を輝かせる。
VRゲームの名前はバレンタイン・オンラインしか聞いたことがなかったため、RXシステムズ社のVRゲームは一つしかないと思い込んでいた。
それにもかかわらず、ヤスコはニューズ・オンラインという名前も知らないRXシステムズ社のVRゲームを引き当てたのだ。引きが強いとしか言いようがない。もはや、神様がRXシステムズ社に就職できるようにご支援くださっているとしか思えない。巫女服を着た効能だろうか。
ヤスコは素早く立ち上がり、胸を張る。
「結果オーライでした! 何も問題ありません!」
「おいおい、何なんだ……」
イッヌがため息をついた。
「それはそうと、ゴエモン。特等席を準備しておいたぞ。ゴエモンがニューズ・オンラインの動画を作りやすいようにな!」
「ヘルさん遠慮ないっすね! ヘルさんのそういう歯に衣着せぬ物言い、好きっすよ! ありがたく、特等席で見させてもらうっす! それにしても、見事な闘技場っすね!」
「ああ。デザイン担当のカマタさんが徹夜で準備してくれたんだ。あの人、とっつきにくいけど、仕事の速さと腕は一流なんだよなあ」
ヘルがぼやいた。
ヤスコはヘルの言葉の意味がよく理解できなかった。なぜなら、あたかも闘技場を自分たちで用意した風な物言いだったためだ。一般人(犬?)にそんなことができるはずもない。そんな中、二人はヤスコを置いて闘技場の方へ歩いて行こうとするので、慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、運営の方にお会いしたいんですが!?」
折角、このイベント会場にはヤスコの先輩となるはずのRXシステムズ社の方々がいるのに、ご挨拶もせずに引き返すわけにも行かない。右も左もわからないヤスコが頼ることができるのは現状、目の前の二人しかいない。
そんな必死なヤスコの姿をヘルが一瞥する。
「なんだ、もう会ってるじゃないか」
ヘルはそう言いながら、鋭い鉤爪が光る指先で、自らのことを指した。
「――え?」
ヤスコとヘルは顔を見合わせた。この犬っころが運営の方? 冗談は顔だけにして欲しいとはこのことである。しかし、ヤスコは大人である。そんな話の通じない勘違い野郎にも大人な対応をするのである。
「えっと――運営の方というのは、ニューズ・オンラインの運営をしているRXシステムズ社の方を意味しているのですが……」
「ああ、だから、俺のことだな。何の用だ?」
「い、いや、ちょっと――からかわないでください! 本気で怒りますよ!」
ヤスコはほっぺたを膨らませて地団駄を踏む。
「ゴエモン、このちっこいのが俺が運営側の人間だということを信じてくれないんだ。くそっ! ヤジマのやつは割と有名なのに……。俺があいつに負けている……だと……?」
ヘルは悪態をつきながら地団駄を踏み返す。ヤスコの目には、犬が用を足した後の砂かけのように映った。
「ヤスコさん! ヘルさんが運営側の人間というのは本当のことっすよ! ヘルさんイジけちゃったじゃないっすか!」
「す、すみません……」
とりあえず謝りはしたものの、ヤスコの考えは変わらない。二人が右も左もわからないヤスコのことをからかっているとしか思えなかった。
ヘルは舌打ちをしてから回れ右をした。
「ゴエモン、行くぞ! ――ちっこいのも、ついてこい! 俺が運営側の人間だということを分からせてやる!」
「だから、冗談はやめてくださいって!」
ヤスコは怒りながらも二人の後に続く。
「ヘルさん、”運営”って大きく書いてあるタスキでも身体にかけておけばよかったっすね!」
「選挙かっ! さすがにそれはダサいだろ……」
「ははっ、そうっすよね~」
ヤスコは笑えない冗談を聞きながら、二人と共に闘技場の一階部分に立ち並ぶアーチの一つをくぐって、闘技場の内部へと入った。その内部には五メートルはあるだろうかという背の高い石柱が立ち並んでおり少し薄暗い。しかし、石柱の欠け具合や、くすみ方といった細かいところから歴史的な情緒が感じられ、実に見事である。
ヤスコはその光景に目を奪われ、感嘆の吐息を漏らしながら闘技場の中心へと歩みを進める。すると、奥の方で光が差し込んでいるのが見えた。その光に近づくにつれ、はやる気持ちを抑えられずに少し足早になる。
闘技場の屋根がなくなり視界が開けた瞬間、ヤスコは目を見開いた。闘技場の中心部分は舞台になっていると思っていたが、巨大な穴がぽっかりと開いていたのだ。そして、その穴を取り囲むようにして設けられた二階建ての観客席には、既に大勢のプレイヤーたちが詰めかけ、強烈な熱気を帯びている。
「すごい……」
ヤスコは思わず辺りを見回した。こんな非現実的な光景は生まれてこの方見たことがなかった。この時ヤスコは、ニューズ・オンラインを選んだ自分を心から褒めてやりたいと思った。
「――おい、何してるんだ? 行くぞ」
ヘルが背後からかけてきた声により、ヤスコは我に返る。
「は、はいっ!」
目の前の景色に後ろ髪を引かれつつも、ヤスコは踵を返してヘルとゴエモンの後ろ姿を追った。
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