第3部 18話 ゲームマスターとうっかりさん1
◆ニューズ・オンライン ギニーデン オタゴ王宮前 GMイベント当日◆
ニノミヤ・ヤスコは口を半開きにしながら、巨大なオタゴ王宮の姿を呆然と見上げていた。
ヤスコの視線の先には、尖塔があり、その頂上付近では巨大な時計がリズミカルに時を刻んでいる。尖塔に施された精巧な装飾の数々に目を奪われ、思わずため息が出る。まるで海外旅行にでも来た気分であり、思わずにやけてしまった。
そこまで考えたところで、ふと自分自身がどうしようもない間抜け面をしていたことに気づき、大きく頭を振って本来の目的を思い出す。
ヤスコが何故こんなところにいるかというと、もちろん観光をしに来たわけではなかったのだ。RXシステムズ社のインターンの事前リサーチのためである。インターンとは、在学中に気になる企業の就業を体験することである。ヤスコはRXシステムズ社のインターンに申し込み、一週間後から晴れて就業体験することになっていた。
RXシステムズ社はIT業界では国内で一、二を争うほどネームバリューのある大企業である。大企業に就職したいヤスコとしても、RXシステムズ社は本命中の本命であった。
ヤスコとしては、大企業であれば最早どこでもよいと思ってはいたものの、その他の応募済み企業からは既に「みなさまのご健闘をお祈り致します」という大層ご丁寧なメールをいただいていた。このため、RXシステムズ社はヤスコにとって最後の砦であった。
もし、インターンでヤスコの実力が認められれば、本採用となる可能性は十分にある。そのためにもインターンでRXシステムズ社の社員たちへ、ヤスコの実力を存分にアピールする必要があった。
しかし、ヤスコはRXシステムズ社の主力サービスであるVRゲームについて、一切の知識を持っていなかった。これまでの21年間の人生でゲームにハマったこともなかったからだ。
VRゲームに関する知識が不足しているようでは、RXシステムズ社に本採用されることは厳しいだろう。だからこそ、RXシステムズ社の誇る人気ナンバーワンのVRゲーム「バレンタイン・オンライン」をインターン開始前にプレイしておき、事前に知識を得ておこうというのがヤスコの考えだった。
オタゴ王宮まで辿り着くまでの道のりは長かった。
まず、アバターの作成。採用試験の際に見られることを考慮し、髪は黒髪の七三分け。職業は固そうな魔道士。服装は、最も露出度が低いものを選んだ。その結果、なんだか見覚えのある姿になった思ったら、年始に近所の神社でアルバイトとしてやっている巫女のそれであった。
何度もリテイクを重ねたため、アバター作成だけで一時間を要した。
そしてログイン後、教会からオタゴ王宮までの一時間のウォーキング。もしかしたら、既に採用のふるい落としが始まっているのかもしれない。いつ何時トラップに引っかかるかもしれないと思うと、漫画で読んだハ○ター試験のようでワクワクしてしまった。このワクワク感がゲームの醍醐味なのだろうか。
そんなこんなで計二時間を費やし、やっとのことで始まりの街ギニーデンに辿り着いたのだった。
オタゴ王宮から踵を返し、街へ繰り出そうと思ったところで、門に貼り出してあったチラシが目に入る。
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GMイベント開催決定!!
ニューズ・オンライン初のGMイベントが開催決定!
新機能のお披露目、参加者へのプレゼントもあります!
日時:○○○○年☓☓月△△日 19:00~21:00(日本時間)
場所:シーツー十合目
【イベント①】 前代未聞! ”開発者”VS”トッププレイヤー”による1対1の模擬戦! ニューズ・オンラインの開発者にトップギルド”緋龍の翼”が挑みます!
【イベント②】 シーツーの運営権を賭けたギルド戦争三番勝負! トップギルド同士のぶつかり合いをご覧あれ!
【イベント③】 イベント参加者にはもれなくGM特製アイテムをお渡しします!
シーツーまでの行き方は↓のマップをご覧ください!
ニューズ・オンライン運営 チーム・ニューズ一同
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――GMイベント?
GMとはなんだろうか? 確か北米の車両メーカーがそんな名前であった記憶がある。だとすると、車両の展示会か何かだろうか? 開発者がなんたらと書かれているので、おそらく間違いはないだろう。
日時はちょうど今始まるところだろうか。このイベントと街中に人の気配がないことは関係しているのだろうか。
ヤスコは、うんうんと頷きながら目を通していく。すると、不意に気になる文言が目に入る。
――ニューズ・オンライン?
頭を金槌で殴られたような衝撃が走り、全身からじわっと嫌な汗が吹き出す感覚を覚える。ヤスコはバレンタイン・オンラインにログインしているはずである。それにもかかわらず、この張り紙には”ニューズ・オンライン”と書かれている。何かの間違いだろうか。いや、確かに今この場に至るまで、バレンタイン・オンラインという文言を目撃したわけではない。
ログアウトして確かめてみようと思い、”ログアウト”と呟いてみる。しかし、ヤスコの身には何も変化が起こらない。
「ここはどこだーーーー!?」
ヤスコは思わず天を仰ぎ、頭を抱えて叫んでしまった。
人に尋ねようにも辺りには人っ子ひとり見当たらない。頼りになるのはこの貼り紙だけであった。ヤスコはまじまじと貼り紙を読み直す。
――ニューズ・オンライン運営 チーム・ニューズ一同?
この文言が正しければ、この車両展示会へ向かえば運営チームの方がいるはずである。まずはその運営チームの方にお会いし、ここはどこなのか、どうやったらログアウトできるのか尋ねるしかない。
ヤスコは周囲に誰もいないことを確認すると、門にあった貼り紙を素早く引き剥がす。貼り紙の下部に地図があり、”シーツー十合目”までの道筋が描かれていた。どうやらここから西へ進んたところにある西門から”シーツー十合目”へ行けるようだった。
――まずは、行ってみようかな……
ヤスコは右も左もわからず戸惑いながらも、西へと歩みを進めることにしたのだった。
※
ヤスコは西門に着いたものの、イベント会場に向かうべきかどうか半信半疑であった。
というのも、西門の薄暗いアーチ下には、古びた木製の扉があり、その上には「イベント会場入口」という手書きの看板が掲げられているだけである。相変わらず人の気配はなく、現実であれば貼り紙は新興宗教の勧誘だったのではないかという疑念すら湧いてくるだろう。そもそも、屋内で大規模なイベントが行われている様子が想像できない。
入るべきかどうか迷っていると、突然後から声をかけられた。
「入らないんすか?」
ヤスコが後を振り返ると、赤髪の少年が佇んでいた。
「わわっ、導線を塞いでしまってすみませんでした! この中で車両の展示会をやってるんでしょうか?」
「車両? 何のことっすか? GMイベントがちょうど始まるところっすよ」
少年はそう言いながら、扉を開けてヤスコの方を振り返る。
「入らないんすか?」
「えええーと……。入ります!」
ヤスコは慌てて答えた。車両の展示会で無くとも、運営主催のイベントであることには変わりない。ヤスコに少年の後について行く以外の選択肢はなかった。
「あ、あなたのお名前は……?」
「ゴエモンっす!」
ゴエモンが子犬のような人懐っこさで笑った。
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