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第3部 17話 ゲームマスターとイベント前日祭2

挿絵は表紙と同じくsuico様のイラストです(*´ω`*)

◆ニューズ・オンライン シーツー 三合目 緋龍の翼ギルドメンバー居住区◆



 三合目は、扉が密集していた七合目のゴミゴミとした雰囲気とは異なり、扉と扉の間隔が広く取られた閑静さがあった。各扉の前には一翼の紋章が描かれたタペストリーが飾られている。


「三合目は緋龍の翼のギルドメンバーの居住区になります。ユニット内のスペースも一般居住区と異なり、広く取られているのですよ、阿呆が」


 カイザーの説明を聞き、タペストリーの紋様は緋龍の翼のエンブレムなのだと理解する。


 カスミは立ち並ぶ扉の一つの前で立ち止まる。そして、その扉を乱暴に拳で叩き始めた。扉前のタペストリーを見ると、他のものとは異なり四枚の翼が描かれていた。


「おーい、ターミリアー! いるかあー?」


 何度かドンドンと扉を叩いていると、ぎぃという軋む音と共に扉が少しだけ開き、訝しげな表情を浮かべるターミリアが垣間見えた。


「カスミ?」


 ターミリアはカスミの顔を見て目を丸くした。そして、後ろに控えるヤジマの顔を見ると軽く会釈をする。


「突然、どうしたのかしら?」

「ちょっと明日のGMイベントの宣伝をシーツーでやりたくてな! ターミリアのやってた拡散方法を思い出したんだ!」

「そう……」


 ターミリアは視線を落としてどこか残念そうな表情を作る。しかし、すぐに顔を上げて優しげに微笑んだ。


「ヒイロからGMイベントには全面的に協力するように言われているわ。私のできることであれば協力するわよ。さあ、中に入って頂戴」


 ターミリアはそう言うと扉を開け放ち、ヤジマたちを招き入れた。





 ユニットの中はヤジマが想像していたよりも広く、そして独創的だった。


 扉を抜けるとクローバーが床一面に生い茂り、緑色のカーペットを形成している。そのところどころに黄や白のコスモスが咲き、それが暗い雰囲気の室内のアクセントとなっていた。壁は床から天井までツタの葉で埋めつくされており、その隙間から深みある茶色のウォールナットの支柱が見え隠れする。まるで、森の中にでも(たたず)んでいる気分だった。


 部屋の隅には卵の殻のような天蓋付きのベッド。部屋の奥のアーチ型の窓は土色のカーテンで覆われており、その四方からは光が漏れ出ている。


 ターミリアがそのカーテンを開けると、ヤジマは息をのんだ。窓の外に見えるのは部屋と同じくらいの広さはある大きめのバルコニー。そしてそのバルコニーは一面の赤い薔薇で埋めつくされていたのだ。


「素晴らしい庭園でしょう? この庭園は採取が難しい薔薇で作られているのよ」


 ターミリアは窓の外を眺めながら誇らしげに語った。薔薇の花はひとつひとつが丁寧に整えられ、花弁がヤジマたちの方を向いて咲き誇っている。花弁一枚一枚が日差しを浴び、より一層その深紅の色彩を際立たせた。カスミが窓に張り付きながら、ターミリアに賛辞を贈る。


「相変わらずターミリアの庭園は綺麗だなー! ターミリアは昔から花の収集には糸目をつけなかったよな……。すごいだろ、ヤジマ?」

「ああ、素晴らしいよ……」


 ヤジマは感嘆のため息をつきながらそう答えた。カイザーも庭園の素晴らしさには驚いている様子で、目を見開いている。ターミリアは満足したかのように微笑み、両開きの窓を開けてバルコニーへと降り立つ。ヤジマたちもターミリアに続いてバルコニーへと降りた。


「それで、拡散が必要なものは何かしら?」

「ああ、これなんだけど……」


 カスミはGMイベントの告知用のチラシを一枚ターミリアに手渡す。ターミリアはチラシの内容に目を通しながら、薔薇園に設けられた通路を突き当りまで進む。そして、土がむき出しになった状態の花壇の前に立った。アイテムボックスから種と試験管に入った液体を取り出すと、種を花壇に蒔いてからその上に液体をポタポタと振りかける。


 すると、種をまいたところからあっという間に芽が出て、緑色の茎がみるみる内に大きくなる。ヤジマの腰丈くらいまで成長すると、二枚貝のように大きな口を開けた植物へと成長を遂げた。


「この植物は”マネトリグサ”といって口に入れたものをマネする習性があるの」


 ターミリアはそう言うと、チラシをクシャっと丸めて植物の口の中へと放り込む。すると植物は勢いよく口を閉じ、その茎を徐々に太く長く成長させていく。そして、たちまちたくさんの枝葉をつけた巨木へと変貌を遂げた。


 ヤジマはあんぐりと口を開けて巨木の凄まじい成長を眺めていると、ある異常に気づく。よくよく見てみると、それぞれの葉の表面にチラシの内容が複写されているのだ。


 ヤジマの驚く表情を見たカスミが自慢げに胸を張る。


「どうだ!? これがターミリアの拡散方法だっ!」

「ああ、すごい……。すごいけどコピーしただけじゃ……」

「ふん、わかってねーな! まあ、最後まで見てろって」


 カスミは得意げに語った。しかし横でそのやり取りを見ていたカイザーは、そんなカスミを睨みつける。


「カスミ、まだギルドに拡散の許可を取っていませんが? 阿呆が」

「いちいちうっさいなあ、後で取るから黙っとけって!」


 カスミとカイザーが再びぎゃーぎゃー騒ぎ始めるものの、ターミリアは気にする素振りも見せずに竹箒を体の正面に掲げる。そして詠唱を開始すると、ターミリアの全身が薄緑の光で包まれ、その輝きが徐々に増していく。


季節外れのつむじ風アンシーゾナブル・ウインド


 ターミリアはスキル名を(つぶや)くと同時に、竹箒を巨木の方へと振りかざす。すると竹箒の穂先から一陣の風が螺旋を描きながら巨木に殺到。その風は巨木の葉を根こそぎ狩りつくし、上空へと巻き上げた。そして、そのつむじ風は徐々に高度を上げていき、十合目まで達しようかという時に風は突如として何事もなかったかのように止んだ。


 空中に取り残されたのはGMイベントの告知が記載された大量の葉っぱのみ。その葉群はシーツー全体を覆いつくすようにして拡散し、開け放たれたユニットの窓や回廊の隙間など、シーツーの至る所に滑り込んでいく。


 まるで大きなくす玉を割ったかのように舞い散る紙吹雪。ヤジマはその光景を見て、どこかお祭りのようだなと思った。そして、この拡散方法であれば、シーツーにいるプレイヤー全てにGMイベントの情報を伝えることができるだろうと確信した。


「ターミリアの”くす玉割り”、久しぶりに見たけどやっぱすげーな!」


 カスミも目を輝かせながらその様子を見入っている。


「カスミ」


 タ―ミリアが突然、上空に向けていた視線を移してカスミの横顔を凝視する。カスミは「んん?」と答えながらも上空を見上げたままだ。


「あなたは私が代わりに四翼になったことをなんとも思ってないの?」

「ん、なんだ突然? そりゃうれしいに決まってるだろ!」

「でも、このポジションは元々あなたのものだった……。あなたは四翼に戻りたいとは思わないの?」

「……んー、思わないかな! 今は新しいアバターを育てるのが楽しいんだ! それに、タ―ミリアの実力なら十分に四翼の役割を全うできるだろう? タ―ミリアが立派に代わりを務めてくれているから、もう私は必要ないよ」

「……うん」


 タ―ミリアは視線を落として三角帽子のつばをギュッと握った。


「――頑張る」


 カスミはタ―ミリアの(つぶや)きには気づいていない様子だったが、ヤジマの耳はその震えるか細い声をしっかり捉えていた。明日はシキゾフレニアとのギルド戦争である。四翼であるターミリアはその主力として出場することになるだろう。シーツーの命運は四翼たちにかかっているといっても過言ではなく、そのプレッシャーは計り知れない。


 ターミリアの張りつめた様子を目の当たりにしたヤジマも自らの表情を引き締めなおす。明日は泣いても笑ってもチャンスは一度限りのGMイベントである。


――このイベントを成功させて、ニューズ・オンラインの格付けをランクアップさせるんだ。


 ヤジマはヒラヒラと舞う葉を眺めながら、そう誓うのだった。


挿絵(By みてみん)

ここまで読了いただき、ありがとうございました!

この後過去に投稿済みのGMイベントを改稿したものを投稿していきます。

(おそらくどこかのタイミングで2分割くらいで投稿すると思いますので、後報します)

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