第3部 16話 ゲームマスターとイベント前日祭1
お久しぶりでございます。
3部の改稿にだいぶ苦戦中ですが、エタってはいませんので悪しからず。
閑話ではないのですが、イベント開催決定からイベントの開始までをつなぐ話を書きました。
よかったら読んでやってください。(もう一話あります)
◆ニューズ・オンライン シーツー 七合目 一般居住区◆
かくして、台所くねくねで行われたチーム・ニューズの緊急会議にてGMイベントの開催が決定したのだった。しかし、その後のヤジマの忙しさはそれはもう凄まじいものであった。GMイベントの予想来場者数は2000人。彼らを収容して十分にコンテンツを楽しむことができる設備、そして参加者へ配布するアイテムを準備する必要がある。さらには味覚機能のリリース準備、イベントの各コンテンツの段取りやルールの調整など、やることは盛りだくさんだった。
諸々の雑務に忙殺されているとあっという間に二日が経ち、イベントの開催は明日にまで迫っていた。そんなイベント開催直前の状況下でヤジマが今何をしているかというと、シーツーで「雑務」をこなしていた。そう「雑務」である。
「ったく、何でカスミ様がこんなバイトみたいなことやらにゃならんのだ……」
カスミがシーツーの回廊の壁に貼り紙を張りながらぼやいた。
「しょうがないだろ? 俺はシーツーのことあんまり詳しくないんだから」
ヤジマはカスミとは反対側の壁に貼り紙をしながら答えた。なぜこんなことをしているかというと、GMイベントの宣伝のためである。ニューズ・オンラインには運営側からプレイヤーへ通知をする手段は、DM、またはECHO機能くらいしかないもので、GMイベントの宣伝方法はかなり限られていた。これだけでは2000人の集客ができる宣伝効果があるかどうか心許ない。
このため、ヤジマは人海戦術に出た。GMイベントの告知を記した貼り紙を街の各所に貼り付けることにしたのだ。ギニーデンの街は嫌がるジーモに無理やり頼み、ヤジマはシーツーに貼り紙をして回っているという状態だ。
しかし、シーツーは一度来ただけであまり詳しくない。このため、カスミに「GMが狩りに付き合う券」三枚を渡す条件で、貼り紙の手伝いをしてもらえることになった。それでも流石にカスミの我慢も限界を迎えたようだった。
「十合目から張り始めて早一時間。七合目までやっときたが、どこまでやるつもりだ!?」
「一合目までがんばろう!」
「どんだけ働かせりゃ気が済むんだよ!? チーム・ニューズのメンバーに手伝わせろよな!?」
「みんないろいろと手伝えない事情があるんだよ……」
チーム・ニューズのメンバーそれぞれも辻村から指示された仕事をこなしている――はずである。
タマキにはギルド戦争の一勝負を担うブラインド・テイスティングの企画を担当してもらっていた。タマキはその企画に加えて参加者へ配布するアイテムの準備までも引き受けてくれている。そのためタマキはこの二日間ずっと台所くねくねに籠りきりで、新アイテムの試作をしているようであった。言わずもがな、貼り紙の手伝いをお願いできる状況にはない。
ヘルはというと、イベント当日は実況を担当することに決まった。実況は模擬戦やギルド戦争といったコンテンツの進行具合を観客に伝える役目である。しかし、その大きな役割はイベントの盛り上げ役である。観客のイベントの満足度を左右する重要な役割を任されたといっても過言ではない。しかし、ヘルはどこかで油を売っているようで、練習する姿を見かけることはなかった。真っ先に貼り紙を手伝わせようとしたが、現在行方不明の状態だ。
ハセベはニューズ・オンラインの開発環境で、味覚機能のテストを担当した。テストの結果、「少し試した感じだと問題なく味覚が再現されているが、100%問題ないと言い切るためには後50人日かかるからわからん」というなんとも微妙な回答を貰い受けた。その後はヤジマと一切コミュニケーションを取ることはなく、ハセベの思惑を読めないことがヤジマの不安材料の一つとなっていた。また、ハセベに貼り紙などという雑務を頼んだとしても引き受けてくれるような優しさがないのは言うまでもない。
カマタは観客席や闘技場といったイベント会場のグラフィック制作を担当しているが、制作にかなり入れ込んでいるようだった。このため、イベント直前にもかかわらず、グラフィックまだ出来上がっていなかった。今現在も作業を続けており、貼り紙の手伝いを頼めるような状況ではない。
ヤジマは、ため息が出かかりながらも喚くカスミを宥めていると、少し先から男たちが言い争うような声が聞こえてくるのに気づく。回廊の壁に反響して響き渡る喧騒。ヤジマがカスミと共に回廊を下っていくと、その騒々しさは徐々に増していき、男二人がユニットの前で言い争っているのが見えた。その二人を取り囲むようにして、プレイヤーたちがその様子を傍観している。
「家賃を三か月滞納した者はユニットを去っていただく決まりになっています。どんな事情があろうと、シーツーに滞在する以上はシーツーのルールに従っていただきます、阿呆が」
そう言い放ったのは四翼の槍使いカイザーであった。相変わらずの鋭い眼光で目の前のキツネ目の男を睨みつけている。そのキツネ目の男はNPCの村人が着ているような質素な服装で、これと言って目立った特徴のない外見。しかし、その話し方は特徴的でコテコテの関西弁だった。
「シーツーのルールってなんや!? おたくら緋龍の翼で好き勝手に決めはったルールやん!? しかも、突然今月から家賃を値上げなんて到底受け入れられへんわ」
「致し方ありません。シーツーは度々敵対ギルドから襲撃を受けており、ユニットの補修費や警備費が増加傾向にあります。シーツーに住む者たちが協力して補填しなければなりません、阿呆が」
「だからそれもおたくらが勝手に決めよってからに、住人たちの意見なんて全くの無視やん!? 住人たちは毎月たっこう家賃捻り出すのに苦労してるんや! それを緋龍の翼の一存で変えられてしまったらどうしたらええねん!? そもそもシーツーは緋龍の翼が公共の場を勝手に開拓しただけやろ!? 緋龍の翼が我が物顔で管理しとんのは腹立つわあ……」
そんなキツネ目の男の意見に、周囲を取り囲んでいたプレイヤーたちも頷いて同調しているようだった。
「家賃、そしてその変動については、入居前に合意はしているはずです。シーツーを持続可能な街にするためには必要不可欠な変化です。是非ご協力を、阿呆が」
「もうええわ、話にならん! こんな辛気臭いところはこっちから願い下げや! すぐに出ていくさかい、家賃は払わんで!」
キツネ目の男はそう吐き捨てると、くるっと踵を返す。そして、人だかりをかき分け、「なんやねん、あの腹立つ口調は。アホか!」とブツブツと呟きながら八合目の方へ去っていった。カイザーはキツネ目の男の後ろ姿を見送った後、周囲を取り囲む野次馬たちをギロリと睨んだ。すると、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすようにそそくさと退散していった。
その様子を見ていたカスミがため息をつく。
「随分と厳しい口調だな、カイザー」
「あなたには言われたくありませんね、カスミ。これ以上、丁寧な口調に改善しようがないのですが? 阿呆が」
「いや、まず語尾直せよ!?」
カイザーとカスミがぎゃーぎゃーと騒ぎ出したので、ヤジマは二人を宥めにかかる。
「カイザーさん、先ほどの騒ぎは何だったんですか?」
ヤジマが話題を逸らそうとカイザーにそう尋ねると、「家賃の取り立てです」と言って、目の前のユニットを指さした。
「先ほどまでここにいたプレイヤーが家賃を三か月滞納していまして……。三か月間滞納した者には、ユニットから出て行っていただく決まりになっています。阿呆が」
「カイザーはシーツーの裁定者なんだ。シーツーでルール違反をしているプレイヤーたちを取り締まっているんだよ」
カスミの言葉にカイザーは頷く。
「街のような人の集合体を運営していくには、その集合体に属する者たちの共通認識――つまりはルールが必要です。私はシーツーのルールを取り仕切り、シーツーを利用するプレイヤー達へルールの啓発を行っています。そして、ルールを守らないものには制裁を下す。これが裁定者としての私の生業です。阿呆が」
「だから、シーツーの住人からは嫌われてるんだけどな……」
カイザーは「ふん」と鼻を鳴らしながらカスミを睨みつけた。
カイザーの裁定者としての役割を聞いたヤジマは思わず感心してしまった。シーツーはルール作りを行っているだけでなく、それを取り締まる仕組みも有している。緋龍の翼がシーツーを運営していると聞いた時に地方自治体のようだと思ったが、その仕組みはヤジマの予想以上に緻密に構成されているようだった。
「それで、何ですかこの貼り紙は? 一般居住区は貼り紙禁止ですよ? 阿呆が」
カイザーは近くの壁から貼り紙を剥ぎ取り、ヤジマたちを睨んだ。
「お、おいおいカイザー、固いこと言うなよ~。元四翼のよしみで許してくれよ、な?」
カスミが長身のカイザーの懐に擦り寄ったため、カイザーの表情がより一層険しくなる。
「元四翼ならば、率先してルールを守ってほしいものですね……。今すぐ剥がすか、緋龍巣でギルドの許可を取るかのいずれかです。今日中に改善が見られない場合、シーツーへの出入り禁止です。阿呆が」
「チッ、血も涙もない奴だな! ケチ!」
カスミが顔をしかめながら言った。街を出禁になるGMなどシャレにならないので、すぐに緋龍巣へ許可を取りに行こうと心に決める。
「それはそうとGMイベントの告知ですか……なぜこのような地道な手段を? 阿呆が」
カイザーは剥ぎ取ったチラシを訝しげに眺めながら言った。
「あん!? 文句あんのかよ?」
カスミは高長身のカイザーを見上げながらガンをたれる。
「シーツーで宣伝するならばもう少し良さそうな手がありそうなものですが……カスミはもう忘れてしまいましたか? 阿呆が」
カイザーの言葉を聞いたカスミが「んん?」っと呟いた後、ポンッと手を叩く。
「あ、そうか。ターミリアに頼めばいいのか」
「え、どういうこと?」
ヤジマは思わず尋ねた。
「ターミリアが良い拡散方法持ってるんだよ! よし、今から三合目のターミリアの家に向かうぞ!」
カスミはそう言うと、意気揚々と回廊を下っていく。ターミリアと言えば四翼の魔女のことだと薔薇色のローブに身を包む可憐な彼女の姿を思い浮かべた。ヤジマは首を傾げながらカイザーと共にカスミの後についていった。
ここまで読了いただきありがとうございます!




