第3部 15話 ゲームマスターと癖の強い仲間たち
お待たせしました。長いダークサイド話でしたが久々にコメディが帰ってきました
少し長いですが、お楽しみいただけると幸いです。
2021/06/29 改稿
◆バレンタイン・オンライン 王都バレンタイン 台所くねくね◆
ヤジマはヒイロたちと別れた後、シーツーからギニーデンのオタゴ王宮まで戻ってきた。現実世界では既に20時を回っている。謝罪、交渉、討論とコミュニケーションの嵐に巻き込まれた凄まじい一日だった。
ヤジマはげっそりとした面持ちでオタゴ王宮の戸を開ける。すると、カウンター内でフライパン片手に料理に勤しむエプロン姿のタマキと出くわした。
「おかえり~」
「ただいま~……ってタマキさん!? まだ仕事してるんですか!?」
「プライベートだよお。今は自宅からログイン中〜」
タマキから出迎えの言葉をかけられ、ヤジマの疲れは一瞬にして吹き飛んだ。もしタマキと結婚したら毎日こんなにも幸せな気分になるのだろうか。
そして、カウンターに座るヘルの顔を目撃し、吹っ飛んだはずの疲れがUターンして戻ってくる。ヘルは、牙の見え隠れする大きな口でステーキにかぶりつきながら、行儀悪く話す。
「先輩の料理を夕飯もかねて試食中なんだ。全て俺が堪能するつもりだから、ヤジマの分はないぞ?」
「ヘルにはゲーム内で空腹を満たす節約法を続けるとそろそろ死ぬことに気づいてほしい。でもヘルが死んだらタマキさんの料理を独り占めできるから、まあ良いか」
「先輩の料理は死んでもリスポーンして食べるから安心しろ」
「現実とVR空間を既に混同し始めている。最早、死期が近いと推定」
ヤジマはヘルといつも通りの軽口を叩き合いながら、ヘルと席を一つ空けてカウンター席に着座する。
「そんなヤジマくんは、まだ仕事中?」
タマキはカットされた色とりどりの野菜をフライパンに投入した。
「はい。バグの件が思わぬ方向に転がって行きまして、急遽、チーム・ニューズのメンバーに招集をかけたんです」
「ということは、ヘルくんも仕事中だったの? てっきり夕飯食べに来ただけだと思ったあ」
「夕飯がメインで、仕事がついでです!」
「ヘル、それ堂々と言うことじゃないからな……」
そんな戯言を話していると、勝手口の扉が開く音がした。しかし、誰もやってくる気配がない。そして、突然発狂したような男の叫び声が聞こえてきた。
「おおおおお!? ヤジマあああ!! 俺のオタゴ王宮はどこに行ったあああ!?」
「カ、カマタさん!?」
カマタが小人のように背の低いドワーフの姿で烈火のように怒っていた。カマタの元々のドワーフ顔はそのままに、背丈だけ低くしたようなアバターであった。工房の職人のような革製ブーツ、グローブを身に着け、前掛けのようななめし革のエプロンをつけている。カマタがカウンターの内側から、外側に座っているヤジマに掴みかかろうとするも、その小さな体躯ではカウンターを越えられずにいる。
「ど、どうしたんですか!?」
「久しぶりにオタゴ王宮の芸術的な玄関を堪能できると思ったら、なんだこのバーは!? 俺の大理石の階段はどうした!? 内装を照らす美しい天窓はどこにやったあああ!?」
オタゴ王宮の正面玄関の扉をバレンタイン・オンラインとのバックドアに使用していることは、カマタには言っていなかったのだ。
「す、すみません。でも、消してないですから! 繋がってないだけでちゃんと残ってますから!」
「じゃあなんで勝手に俺のグラフィックをお蔵入りさせてるんじゃいいい!! 万死に値するぞ、こらあああ!!」
カマタがカウンターによじ登り、ヤジマの襟を両手で掴んでゆする。
「すみません、すみません!」
ヤジマがカマタに平謝りしていると、またもや勝手口が開く物音が聞こえた。
「全くこんな夜更けに呼びつけやがって……!」
キッチンにぬっと現れたのは、全身が漆黒の甲冑で包まれた重戦士の男であった。頭にはバッファローの角のように湾曲した双角を携えた兜。その兜はすっぽりと男の顔全体を覆いつくし、表情を伺い知ることはできない。両手を覆う鋭く尖った鉤爪は、禍々しさすら感じる。背後に見えるキッチンの背景とは想像を絶するほどのミスマッチを引き起こしていた。
そんな異様な姿に呆気にとられた皆は口をあんぐりと開けて、重戦士を眺めていた。
「ど、どちらさまでしょうか?」
ヤジマがそう尋ねると、
「あぁ!? ハセベだよ! お前が呼んだんだろ!?」
と甲冑の中から不満げな声が聞こえてきた。ハセベの姿をニュース・オンライン上で見るのは初めてのことだった。皆が現実とのギャップに驚くのも無理はない。
「ハセベさん、これまたすごい格好ですね……」
「フン、いつもテスト環境で使ってるアバターだ。折角だからいいことを教えてやろう。重戦士は攻撃力、防御力共に最強の部類に入るし、スキルが豊富な職業だ。ステータスを鍛え上げれば、数ある職業の中で最強なんだぜ」
ハセベが尋ねてもいないことを饒舌に語った。ヤジマの言った「すごい」は異様という意味だったのだが、なぜか良い方に捉えられてしまったようだ。
「全員揃ったので、辻村さんと繋ぎますね」
ヤジマはコンソールを開いて、辻村へ電話をかけた。辻村が電話に出たところで、メンバーに今日あった出来事について情報を共有する。主には、三日後にGMイベントを開催する予定となったこと、GMイベントの中で模擬戦とギルド戦争を行う流れになったことについてである。
「毎度のことながらヤジマくんがいろいろと勝手に決めてくれちゃったことは許せませんが……ここまで調整が進んでいるのなら最早やるしかないでしょう。GMイベントに必要なものは何があるの?」
辻村がため息をつきながら言った。
「模擬戦については、奇跡的に緋龍の翼の協力は取り付けることができました。後は対戦相手を運営側から一名選出したいと思っていますが、それをハセベさんにお願いしたいと思っています」
「ハァ!? 俺!? 無理無理。忙しいんだからそんなの勝手にやってくれよ……」
黒甲冑姿のハセベは鋭い鉤爪のついた手でシッシッと手を振る。
「でも、ハセベさん以外に緋龍の翼と対戦できそうなプレイヤーはいないですし……」
「そんなの知ったこっちゃねえよ。ヤジマくんが責任もってボコボコにされてこいよ」
ハセベの反応はいつも通りの塩対応だった。しかし、ヤジマもいつまでもやられてばかりではいられない。
「あ、もしかしてハセベさん、緋龍の翼にボコられるのが怖いんですか? 確かに開発者が一般プレイヤーに負けたら大恥ですもんね……」
「ハァ!? なんでそうなるんだよ!? ニューズ・オンラインに宇宙一詳しい開発者の俺が? ありえんだろ……」
「じゃあ、緋龍の翼にも勝てるってことですよね?」
「当たり前だろ!」
「では開発者の実力を緋龍の翼相手に証明してください!」
「ぬぐっ……」
ハセベが押し黙ったところで、辻村が追い打ちをかける。
「じゃあハセベくん、模擬戦はよろしくね! 一般プレイヤーたちに開発者の実力を見せつけてやるのよ!」
「……わかりました」
渋々といった声色でハセベが呟いた。
「その他に必要なものは?」
「ギルド戦争については、まず会場の設営ですね。大人数を収容できる観客席、そして模擬戦を実施するための闘技場やその様子を映し出すモニターが必要です」
「グラフィックについてはカマタさんに準備してもらうしかないわね……。短納期ですけどお願いできます?」
「無理です! ヤジマがまたオタゴ王宮にいたずらしやがったんですよ! グラフィックを粗末にするやつに作るグラフィックはない!」
カマタはカウンターのテーブル上にちょこんと腰掛けながらそっぽを向いた。しかし、カマタの扱い方もヤジマは徐々にわかってきていた。
「カマタさんのグラフィックを粗末になんかしないですよ……。私もカマタさんのグラフィックのファンなので、GMイベントというたくさんの人が集まる会場で、カマタさんのグラフィックをみんなに見てほしいと思ってるんです!」
そっぽを向いていたカマタが緩み切った表情でヤジマの方を振り返る。
「そ、そうなの?」
「そうですよ! カマタさんのグラフィックがGMイベントの目玉となること間違いありません!」
「な、ならしょうがないな~。ちょっとやってみるか~」
カマタは頭をかきながら照れくさそう言った。ハセベはプライドを刺激し、カマタはほめ殺しにする。これが扱いづらい二人の攻略法だった。
「最後にギルド戦争の勝負方法を決めなければなりません。一番目はシキゾフレニアから提案のあった多人数同士のパーティーで対戦する”集団戦”。二番目は緋龍の翼から提案の一対一による”決闘”。残りの一つを運営側で提案する必要があります」
「うーん、何か案はあるのかしら?」
「無難に”レース”なんてどうかと考えています。開催場所のシーツーには長い回廊があるので、回廊を上から下まで先に下った方が勝ちという勝負にしようかと思います」
ヤジマの案を聞いた辻村が押し黙った。そしてボソッと言い放つ。
「……まるで運動会ね」
「え?」
「模擬戦とギルド戦争だけではコンテンツが足りないわ! 例えば運動会を開催したとして身内や知り合いが出ていないにもかかわらず見に行く人がいるかしら?」
「確かに……見に行かないでしょうね……」
「もっと魅力的なコンテンツがなければ、このイベント失敗するわよ?」
辻村の言うことはもっともだった。ヤジマは一万人を集客するというタマキが教えてくれた羊羹祭りのことを思い出す。羊羹祭りには、新商品の試食・販売というコンテンツがあった。このコンテンツには新商品というフレッシュさに加え、現物を受け取れるという大きな魅力がある。ただ見るだけでなく、実際に味わえるという点で、GMイベントとは大きく異なるのだ。
「といっても今のニューズ・オンラインにこれ以上魅力的なコンテンツはないですし――」
ヤジマはそこまで言ったところで、先程からずっと我関せずの状態でステーキを口へ運び続けているヘルが目に入る。
「ヘルくん? 君も少しは一緒に考えてくれないかね? チーム・ニューズのメンバーでしたよね?」
「頭の回転を早めるために栄養を摂取中」
「現実世界で取らんと意味ないだろ……」
ヤジマが憎たらしいヘルの反応に舌打ちした瞬間、一つのアイディアが思い浮かぶ。
「あの……タマキさん! ニューズ・オンラインで味覚の機能をリリースすることはできますか!?」
「……今はアバターの口に物が入らないように制限がかかってるんだっけ?」
「そうです! もし味覚機能をリリースできるのであれば、その機能のお披露目の場としてGMイベントを活用できます!」
ヤジマは勢い余って、カウンター席から立ち上がってしまった。
「そうねえ。ニューズ・オンラインは現状、バレンタイン・オンラインの子システムとして稼働している。つまり、バレンタイン・オンラインで可能なことは、ニューズ・オンラインでも可能なはずよ。制限を外せば、動作するんじゃないかなあ。ハセベさん、どう思いますか?」
「理論上は動く。ただ、言わずもがな実績はない」
「そうですよねえ。後は辻村さんに実施可否の判断をしてもらうしか――」
「はい、許可」
辻村の短い返事が放たれた。
「「判断はやっ!」」
「時間も無いし、迷ってられないわ。既存機能を改修する場合は影響が心配にはなるけど、今回は機能追加なんだからやってみてダメならまたその時に考えましょう」
そんな会話を横目に、ヘルがステーキの最後の一切れを口に放り込みながら口を挟む。
「じゃあ、ついでにギルド戦争の勝負とやらも、味覚に絡めた勝負にしたらどうですか? 例えば、ブラインドテイスティングとか」
「ヘルにしてはいいアイディアだな……。ブラインドテイスティングというと、料理を目隠しの状態で試食して、料理の名前を当てた方が勝ちということか。その料理をイベント参加者に参加者特典として配布する、なんていうこともできそうだな……!」
ヤジマはヘルのアイディアに舌を巻いた。
「いいねえ、それ。腕が鳴るよお……」
フライパンを握るタマキの両手に力が籠もる。
「え!? てか、なんでタマキさんが出場しようとしてるんですか!?」
「羊羹の美味しさをニューズ・オンラインに広めるため……」
「GMイベントではなく、羊羹祭りの様相に!?」
タマキの冗談はさておき、ギルド戦争の三つ目の勝負をブラインドテイスティングにすることについては、純粋に良案だと思った。味覚という新機能を発表した後に、機能のお披露目も兼ねて勝負を行う。完璧な流れであった。
「GMイベント、面白くなりそうねえ。バレンタイン・オンラインでも真似してイベント開催しようかしらあ。それにしてもヘルくん、今日は冴えてるんじゃない?」
「くくく……やはり先輩の料理を食べて栄養を採ったからだと思います。頭が冴え渡って、ほら、いつもは見えないものも見え始めて――」
ヘルは、目の焦点が定まらず、何もない空間を指差しながら、後ろに卒倒しそうになる。倒れる寸前のところでヤジマがヘルの毛むくじゃらな巨体をキャッチした。
「ヘル! しっかりしろ! こんなところで死んだら、タマキさんが作った台所くねくねが事故物件になってしまう!」
「くねくねのことは置いといて、ヘルくんのことを心配してあげて! ヘルくんの節約術がついに限界を迎えたようねえ」
タマキが珍しく慌てた様子で言った。
「だ、大丈夫です……。先輩の料理は誰にも渡しません……」
ヘルがカウンターに這いつくばりながらも言い放った。
「話は纏まったようね……」と辻村が呟き、辻村の疾風のように鋭く、素早い指示出しが始まる。
「ヤジマくんはプレイヤーにGMイベントの開催通知を行ってくれる? しっかりと拡散力のある方法でね!」
「わかりました!」
「タマキさんは、ブラインドテイスティングの詳細を詰めてくれる? あと参加者へ配布するアイテムの仕様も、カマタさんと連携して検討をお願い!」
「喜んで」
「ヘルくんはゴエモンに声をかけてくれる? これだけ面白そうなコンテンツが揃っていれば、ヒモ化作戦の時みたいにニューズ・オンラインを宣伝してくれるかもしれないわ!」
「りょ、了解です」
「ハセベくんは味覚機能追加を念のためテスト環境で確認してくれる? 胃もたれ注意よ!」
「うっす」
「カマタさんは気合入ったGMイベント会場の設営をお願いします!」
「久々に腕がなりますね~!」
「今回のGMイベントは、多くの人たちの命運を握る重要なイベントです。生産系スキルを駆使できるのかという生産職プレイヤーの命運。シーツーの運営権を賭けて戦う二つのギルドの命運。そして、イベントの結果次第でニューズ・オンラインの格付けが変わってくるチーム・ニューズの命運。準備期間は後三日! 名付けて”G・Mイベント”作戦、開始!」
辻村の元気な号令が台所くねくねの店内に響き渡った。
ここまで読了いただき、ありがとうございました!




