第1部 4話 ゲームマスターと手練の少女
2021/05/17 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン城下街 二年前◆
カスミは暗澹たる思いでギニーデンの城下街を歩いていた。
雪が降りしきり足元が悪い中、ファースト教会から丘を下ること一時間、ようやく城下街までたどり着くことが出来た。ログインして早々のこの苦行に、カスミは何度諦めてログアウトしようと思ったかわからない。
また、ニューズ・オンラインのグラフィックは酷いものだった。ログインしたとき目の前にあった教会は素敵だったが、それ以降は目に毒なだけの光景が広がっている。
そろそろゲームを見限ってやめようかと考えていると、ふと通りの先で何かが光り輝いていることに気づく。この曇り空の中、その一点だけに光が灯っていた。
思わずカスミは走り出していた。何かものすごいものを目撃できる予感。カスミの頬が上気して赤みを帯びる。通りの両側の家屋の連なりが終わり、視界が開ける。
カスミはその大きさに圧倒されてしまった。そこには雪に覆われた荘厳な宮殿が姿を現した。宮殿は白と土色を基調としたゴシック建築で、時計台のある特徴的なデザインだった。雲の切れ間から光が指し、宮殿に積もった雪を照らしていた。光り輝く宮殿の姿はまさに神秘的な姿であった。
「なんてきれいな――」
今まで生きてきてこんな景色に出会ったことはなかった。お世辞抜きにして今までで最高の景色だと断言できた。カスミは時を忘れてしばらくの間、宮殿に見とれてしまった。
雲が太陽を遮ると宮殿の輝きは終わり、後にはどんよりとした空気だけが残った。カスミは我に返り、頭上に雪が積もっていることに気づく。慌てて首を横に振って雪を落とした。カスミは呆然と佇んだまま、溢れ出す興奮を呟かずにはいられなかった。
「すごい……ニューズ・オンラインでは、この先どんな景色が見られるんだろう……」
この瞬間、カスミはニューズ・オンラインの虜になっていた。
◆ニューズ・オンライン ギニーデン城下街 現在◆
カスミは暗澹たる思いで、ギニーデンの城下街を歩いていた。
カスミは二年間使っていたアバターを三日前に凍結された。折角強力なアバターを作り上げたにもかかわらず、アバターを作り直して一からゲームを始めるなど、気が遠くなるほど億劫に感じた。もうニューズ・オンラインをやめてしまおうとさえ思ったほどだ。しかし、カスミには他に選択肢はなく、惰性で新たなアバターを作成してニューズ・オンラインにログインしてしまっている。
ここギニーデンは始まりの街であり、上級プレイヤーはほとんどいない。この街に留まっていることはトッププレイヤーとして名を馳せたカスミには屈辱的であった。つい先日まで他のプレイヤー達から羨望の眼差しを集めていたカスミのアバターはもういない。そう考えると絶望せずにはいられなかった。
一刻も早くレベルを上げて、この街を後にしたい。そして皆から尊敬を取り戻したい。そんな焦る想いが無謀なレベル上げを敢行させ、さほど強くもないモンスターにキルされる。デスペナルティを受けて、前進するどころか後戻りしてしまった。
カスミは今のままでのレベル上げに限界を感じていた。ニューズ・オンラインは元々初心者には易しくないゲームだった。
初心者がレベル上げを行うにはどうしても強力なプレイヤーの支援、もしくはパーティー構築が必要となる。しかし、ギニーデンには初心者プレイヤーが多く、強力なプレイヤーの支援は期待できない。パーティーを組んだとしても、得られる経験値が少ないため、効率的なレベル上げは期待できなかった。上級プレイヤーの知り合いに声を掛けたものの、やはりギニーデンまで戻ってもらうのは厳しいものがあった。
カスミは万事休すの状況にため息をつく。その時、ふと視界の端に大気の揺らぎを感じた。凡庸なプレイヤーであれば気付かない程度の異変。しかしカスミの長年の経験が変化を逃さなかった。そこには仮面を被った剣士の異様な姿があった。
仮面は通常、魔法攻撃力強化のために魔術師が装備するものであり、剣士が装備するものではない。剣士の仮面以外の装備は通常の剣士のものであり、装備の統一性が取れていなかった。こんなことをするのは余程の初心者か、何か軒並みならぬ事情があるかのいずれかだろう。
仮面を被った剣士は、ゆったりとした動作で片足を上げ、地面に下ろす動作をした。その瞬間、剣士の姿が突如として消えた。
「えっ――」
カスミに戦慄が走った。辺りを見回すと剣士が立っていた場所から10メートルくらい離れた場所に移動していた。ありえない、とカスミは驚愕した。
瞬間移動というスキルは噂はされていたが、カスミの戦歴を持ってしても目撃するのは初めてだった。カスミは剣士のスキルを羨むと同時に、剣士の力量を測りかねていた。運だけでスキルが手に入り、実力が伴っていない場合もあるからだ。
カスミが思考を巡らしていると、さらなる驚愕な光景を目撃することとなり、言葉を失う。
「なんだ、あれは……!?」
剣士の横には、クリオネのような幻獣が浮遊していた。
「まさか、あれは精霊クラスの幻獣……!?」
精霊クラスの幻獣は使役できる幻獣の中でもトップクラスの幻獣だった。通常は地に足をついている幻獣が多いが、精霊クラスになると浮遊するものがあるという。カスミとしては無論初めて目撃する幻獣だった。
カスミの疑念が確信に変わる。あの仮面を被った剣士は訳あって正体を隠すトッププレイヤーに違いない。万策つきたカスミに一考の余地はなかった。カスミは勇気を振り絞り、剣士に向かって大声で叫んだ。
「そこの仮面を被った剣士さん、パーティー組みませんか!?」