第3部 3話 ゲームマスターと新たな街
2021/05/27 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン オタゴ王宮前◆
ヤジマはドワーフの男からバグ発生の一報を聞き、頭を抱えたくなる思いだった。
ヤジマがニューズ・オンラインのGMとなってから、幾度となくバグの可能性を疑ったことはあった。しかし、プレイヤーからその可能性について指摘を受けるのは初めてだった。
バグが発生したとなると、かなり面倒くさいことになる。
まずバグの調査を行い、原因を突き止める。その時点で人手のない弱小なチーム・ニューズにとっては、大変重荷な作業となる。
さらに、バグを修正するかどうか判断し、修正する場合は設計・開発・テストと、通常の開発工程を辿っていくことになる。修正し終わったら、ユーザへのバグ修正連絡、修正パッチの適用など、時間もお金もかかるのが、バグ修正というものだ。
何よりニューズ・オンラインは、ただでさえ問題点が多いため、プレイヤーに対してさらに迷惑をかけてしまうことが心苦しかった。
「タージルじゃんっ!」
突然カスミの大声がヤジマの耳に入る。振り向くと、カスミとカンナバルがヤジマの後を追うようにして階段を降りてきていた。それに対してタージルは目を細める。
「どちらさんかね?」
「カスミだよ、カスミ! 少し会わない間にボケちまったのか!?」
タージルが目を丸くし、豪快に破顔した。
「おお、カスミか! 随分と地味な小娘になったもんだ! それにしてもGMさんと一緒にいるとは驚いたわい!」
「うっせえ、余計なお世話だ!」
ヤジマは、タージルとカスミが知り合いであることに驚かされた。ヤジマの視線がタージルとカスミの顔を行ったり来たりする。
「カスミ、タージルさんとはどういう関係?」
「ああ、タージルは私が前のアバター時代に所属していた“緋龍の翼”のギルドメンバーだ。建築士なんだよ」
「“建築士”?」
聞き慣れない言葉にヤジマは思わず聞き返してしまった。
“建築士”などという役割は初耳だった。ギニーデンではそんな役割の話など聞いたことがなかったし、具体的に何をするのか検討もつかなかった。そんなヤジマを見かねたのか、カンナバルが補足する。
「“建築士”は建物や道路などのインフラを整備する役割の通称ですね。“建築士”は運営側で定められた公称というわけではなく、インフラの整備スキルを得たドワーフなどが名乗っている場合が多いです」
GMに就任してから一か月余りが経過したが、まだまだ知らないことばかりであることを再認識した。ニューズ・オンラインは思った以上に奥が深いようだ。ユーザが作った”通称”など、ゲームをやりこまなければ認識できるはずもない。
「カンナバルさん、説明ありがとうございます。――それで、バグについてですが、具体的にはどんな事象なんですか?」
「うーむ、いつもはトンカンやればブワッとなるんじゃが、ブワッとならないんじゃ」
「へ?」
タージルの説明にヤジマは口を半開きにしたまま、唖然としてしまった。主語だけでなく述語まで抜けており、何がなんだかわからない。わかったことはいつもと何か違うことが起きているということだけだ。眉間にシワを寄せるヤジマの顔を見て、タージルは身振り手振りを交えて力説する。
「だからな、こう…ブワッとならない――ああ、もう! システムのことはよくわからんのじゃ! とにかく、一緒に見てもらえばわかる!」
もはやタージルの説明ベタはシステム云々の問題ではないように思える。
「えーと、バグの発生現場はどちらですか?」
「”シーツー”という緋龍の翼の拠点じゃよ」
「カスミ、シーツーまではどうやって行くんだ?」
「そりゃ徒歩しかないだろ。かなり遠いぞ。ギニーデンからだと北に向かって歩いて十時間くらいかかるんじゃないか?」
「そんなにかかるの!? ――ということは、タージルさんはGMコールのために十時間かけてきたんですか!?」
「そうじゃが、別に気にせんでええわ。いい運動になったわい」
タージルは顔の前でぶんぶんと手を横に振る。ヤジマは気が遠くなる思いだった。つくづく、プレイヤーに手間ばかりかけるGMコールの仕様には嫌気が指す。わざわざ十時間かけてここまで来てくれたタージルを無下にするわけにはいかないだろう。
「仕方ないから今回も”シーツー”までの移動に、西門の“どこでもドア”を使うか」
「お、おい。シーツーへ向かうなら北門から出たほうが早いじゃろ」
タージルの言葉を聞いたカスミがタージルの背を押す。
「いいから、いいから。便利な移動手段があるから、ここはGM様に任せとけっ」
ヤジマたち一行はタージルと共に、まずは西門へと向かうのだった。
※
ヤジマたちは西門アーチ下の“どこでもドア”を使って”シーツー”の周辺まで移動した。
“どこでもドア”は、“ヒモ化作戦”の際に遺跡型ダンジョンに短時間で移動したいがために用いた、西門アーチ下にひっそりと佇む扉のことである。“ヒモ化作戦”以降、この扉が目立たないのを良いことに、行き先を書き換えて、あたかも“どこでもドア”のように使っているのだった。
ヤジマはギニーデン以外の街へ繰り出すのは初めてだった。以前からニューズ・オンラインの中を回ってみたいとは思っていたものの、時間もなく実行できずにいた。新たな街への初訪問の目的がバグの確認になってしまったことが、残念でならなかった。
扉を抜けるとそこは草一本見当たらない黄土色の荒野。遠くの方は風によって巻き上げられた砂埃により霞んで見える。辺りにはヤジマが通ってきた扉が申し訳程度に付いている掘っ立て小屋があるだけだった。街の気配など一切ない。
先を歩いていたカスミ、カンナバル、タージルが立ち止まり、ヤジマの方を振り返る。ヤジマが近づいていくと、カスミが前方を指さした。
「これが、”シーツー”だ」
ヤジマの眼下が突如として開けた。まるでパンチで穴開けしたかのように、荒野にポッカリと円形の巨大な穴が開いていた。その穴は、東京ドームくらいの大きさはあるのでは思うほどに広大である。穴の縁から下は切り立った崖となっており、角砂糖のような土色の立方体が無造作にその壁面を埋め尽くしている。まるでテトリスのゲームオーバー直前シーンのようだと思った。さらに、穴の中心を結ぶようにして、幾本もの鉄橋が渡っていた。
穴の縁に立つと、底見えぬ深さがあり恐怖を感じる。しかし、それ以上に現実離れした街並みに心奪われた。ギニーデンのような中世ヨーロッパをモデルとしたものではなく、より近代的な印象が強く現れている。
ヤジマは思わず呆然と見入ってしまった。人類最後の秘密基地はこんな光景なのではないかと思った。
「これは……すごいな……」
月並みの感想だったが、タージルは満足そうに胸を張る。
「そうじゃろう? 一年以上増改築してここまで作り上げたんじゃ」
「え? 作り上げた?」
「シーツーは、ニューズ・オンラインで唯一のプレイヤーが作った街なんですよ」
横で”シーツー”を眺めていたカンナバルが口を挟んだ。
「プレイヤーが!?」
「はい、この谷の底には渓谷型ダンジョンの入口があるんですが、その入口へ続く回廊を利用して街を作っているんです」
キューブに埋もれて回廊の全貌を見てとることはできないが、確かに崖のところどころにはプレイヤーの姿が垣間見えた。しかし、回廊を利用して建てたという事実よりも注目すべきことは、プレイヤーが街を作ったという事実である。
「カスミ……これをプレイヤーが作ったなんて冗談だよな?」
ヤジマは唖然として呟いた。
「いや、作った張本人が目の前にいるからな。冗談も何もないわ」
カスミは顎でタージルの方を指す。
「いや、まあ一部分をじゃな! 大したことではないんじゃ!」
タージルは頭を掻きながら照れくさそうに言った。
この街をプレイヤーが作った。それが事実だとしたら、そんな所業をどうすれば実現できようか。”ヒモ化作戦”後にギニーデンの美しい街並みを見た時も感動したが、今回はそれ以上だった。
ギニーデンはあくまでも中世ヨーロッパ風であり、現実にモデルがある。しかし、シーツーは完全なオリジナルであり、モデルなど実在しないだろう。現実でいくら探せどこんな光景を見ることは叶わない。そんな非現実感が、ヤジマの心を大きく動かすのだった。
ヤジマは眼下に広がるシーツーの光景をしばらくの間、目に焼き付けていた。
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