第3部 2話 ゲームマスターと新たな肩書
繋いじゃった…てへっ
2021/06/29 改稿
◆バレンタイン・オンライン 王都バレンタイン 台所くねくね◆
ヤジマは、くねくねと曲がったカウンターの一席に腰掛けながら、ため息をついた。そして、横で騒いでいる輩たちに冷たい視線を向ける。
「すげー!! まさかゲームの中でBLTサンドが食べられるなんて! 本格的にバレンタイン・オンラインへ移籍するか!?」
カスミは、パンの断面から色鮮やかな野菜が覗くBLTサンドを頬張りながら叫んだ。
「一考の余地はありますね……。この珈琲、かなり良い豆が使われてます。苦味と酸味が絶妙なバランスを保ってますね……!」
カンナバルが目を輝かせながらコーヒーカップを掲げた。
ニューズ・オンラインのGMの真横で、他のゲームへの乗り換え相談をするなど、けしからん輩である。そんな輩の肩に、タマキがぽんっと手を載せる。
「大歓迎だよお。ヤジマくん、二人のことは任せて頂戴」
タマキがいつも通りの平坦な口調で言うため、冗談とは思えなかった。
「タマキさん、ニューズ・オンラインのGMの眼前で引き抜きは勘弁してください……。おい、ヘルも何とか言ったらどうだ?」
「まあ、バレンタイン・オンラインの方が面白いからな。しょうがないんじゃないか?」
ヘルが目の前のステーキにかぶりつきながら、興味なさそうに言った。
「まさかの裏切り!? ニューズ・オンラインの運営側の人ですよね!?」
「ヤジマの味方になることは俺のプライドが許さん」
「プライドの無駄遣いだから、それ!」
ヘルは目の前のステーキに夢中だが、ヤジマとしては、ただ舌鼓を打ちに来たわけではなかった。ニューズ・オンラインの過去について情報収集をしたかったからだ。
カスミやカンナバルといったニューズ・オンラインの古参プレイヤーであれば、ヤジマの知らないニューズ・オンラインの過去を知っているのではと考えた。過去を知ることで、頓挫しているグランドクエストを考える上での取っ掛かりとなるのではという期待があった。しかし、カンナバルはともかく、カスミは物で釣らなければ来ないだろうと思い、わざわざ「くねくね」のご馳走を振る舞うことにしたのだった。
「さて、カスミとカンナバルさんをくねくねに招待したのは、聞きたいことがあったからなんだ」
「なんだー? 改まって」
カスミがBLTサンドに挟まっていたピクルスを抜きながら答えた。
「そもそも、なんでニューズ・オンラインにはグランドクエストがないんだ?」
カスミが呆れたようにため息をつく。
「それってGMがプレイヤーへ放つセリフかよ? そんなの知るわけないだろ?」
ヤジマはガクッと肩を落とす。カスミのような古参ですら、ニューズ・オンラインのグランドクエストがない理由を知らないとなると万事休すである。
「でも、ゲームとしてはゴールがないとプレイヤーたちも困るだろ? プレイヤーたちは何を目指してプレイしてるんだ?」
「北に向かうに連れ、出現するモンスターのレベルも上がるから、北には向かうな。現時点での最北端はネルソンという街だから、そこまで行くとやり切った感はある」
確かに以前ヘルからニューズ・オンラインに関する説明を聞いたときに、北へ向かうことには言及があったことを思い出す。しかし、それでは市民マラソン大会のようなものだ。タイムは関係なく、ゴールすればOKというルール。果たしてそんなゴールがゲームとして通用するのだろうか。ヤジマは何とか食い下がろうとする。
「何でもいいんだ。何か思い当たることがあれば教えてくれないか?」
カンナバルが発言の機会を求めるように、人差し指を立てる。
「そういえば、ニューズ・オンラインはリリース当初、戦闘機能自体ありませんでしたよね? モンスターも出現しませんでした。リリース後三ヶ月くらいしてから、突然モンスターが現れたのでびっくりしたことを覚えてます」
「あー! 懐かしい! 確かに! 散策してアイテム集めたり、農作物育てたり、それらを売ったり加工したりするっていう生産系がメインだった気がするな。あの時はレベル関係なく奥の方まで潜れたから、それはそれで楽しかったなー!」
思いもよらぬ情報に、ヤジマは驚きを隠せなかった。リリース当初は戦闘機能がなかったということは、そのゲームのコンセプトには戦闘は不要だったということだろうか。カスミの「生産系」というレッテルが現実味を帯びる。
「――つまり、ニューズ・オンラインは生産系なのか!?」
急に浮上した生産系ゲームのGMという肩書に戸惑いを隠せなかった。ヤジマの頭が衝撃的な情報を処理できないでいる。
「とは言っても、途中から戦闘機能が追加されているわけですから、今では生産系というには程遠いですね。ニューズ・オンラインのリアルなグラフィックでの戦闘を楽しみにしているプレイヤーは多いですし、アクションRPGというイメージはプレイヤーの共通認識だと思います」
カンナバルが誤解のないように、と付け加えた。そこにタマキが会話に割って入る。
「それを言うならバレンタイン・オンラインもアクションRPGだよ。前々から思っていたけど、ニューズ・オンラインもアクションRPGだから、同じ会社から同じジャンルでサービスを展開するなんて正気の沙汰とは思えないんだよねえ」
確かにタマキの発言にも一理ある。同じジャンルでサービスを展開すれば、それぞれのサービスが競合してしまうことは目に見えている。
「タマキさん、バレンタイン・オンラインとニューズ・オンラインはどちらが先にリリースされたんですかね?」
「バレンタイン・オンラインは三年前、ニューズ・オンラインはニ年前かなあ」
「なおさら変ですね。バレンタイン・オンラインが支持を集めているのに、同じジャンルのニューズ・オンラインを投入する必要性がわかりませんね……」
ヤジマが眉間にシワを寄せていると、背後からジーモがドロロンとおばけのように現れた。ジーモは包装された小箱を両手で抱え、肩で息をしている。
「ジーモ? 呼んでもいないのに出てくるなんて珍しいじゃないか」
「タマキGM殿がいらっしゃると聞いて、挨拶のために急いで駆けつけたナ……! あとその他に野暮用もあるんだナ」
「そうか――って、何故タマキさんに会いにジーモが駆けつけるんだ!?」
「タマキGM殿はGMO界隈では有名なGMだナ。ご挨拶するのは当然だナ」
ジーモはプィっとタマキの方へ向き直る。
「タマキGM殿、ニューズ・オンラインのGMOのジーモですナ。お会いできて光栄ですナ……」
「君がジーモくんかあ。この間はうちのGMOのセレーナがお世話になったみたいだねえ」
「タマキGM殿、温かいお言葉痛み入りますナ。こちらこそお邪魔しましたナ。これ、つまらない物ですがナ……」
ジーモが抱えていた小箱をタマキに手渡す。タマキが小箱を開けるとその中には一口大の羊羹がきれいに並んでいた。タマキの目がキラリと輝く。その様子を見たヤジマは思わず叫んだ。
「ジーモが袖の下を渡している!?」
「何を言ってるナ。バレンタイン・オンラインに居候させてもらってるお礼ナ。ヤジマはお礼をちゃんとしたナ?」
「い、いや、それはしてないけど……」
確かにタマキにはお世話になっているものの、お礼らしいことは何もできていなかった。そう問われるとお茶を濁すしかない。ジーモはため息をつき、白い躯体が赤く染まり始める。
「何をやってるナー! ヤジマの礼儀作法は社会人失格ナー! ヤジマの行動一つでジーモの待遇が変わるナ! しっかりするナ!」
「え、え? なんのこと?」
意味不明なジーモの勢いに気圧され、思わずたじろいでしまった。
「ジーモくん、ありがたく頂戴するわねえ」
「とんでもないですナ! お気になさらずナ……!」
ヤジマは、タマキとジーモの間に流れる和気あいあいとした雰囲気にげんなりしながら、ジーモに尋ねる。
「で、ジーモ、野暮用っていうのは何なんだよ?」
「ああ、そのことナ。GMコールがあったナ」
「それ先に言おうよ!?」
ヤジマは勢いよくカウンター席から立ち上がった。そして、身を屈めながらカウンターの下を潜って急いでカウンターの内側へ入る。
「少し外の様子を見てきます!」
「あ、私も行くわー!」
「私もそろそろお暇しましょう」
カスミとカンナバルもヤジマに続いてカウンターの下を潜る。そして、店の出入り口とは逆の方向、つまり店の奥へと進んだ。
ヤジマはくねくねの勝手口の扉を開くと、外の太陽の眩しさに目を細める。眼下には、長々と続く大理石の階段、その先には鉄格子の門が固く閉ざされている。さらに先にはギニーデンの街の美しいオレンジと白のコントラストが見えた。
「でもまさか、オタゴ王宮がこんなことになっているとは驚いたわー」
カスミが眼下の景色を見渡しながら呟いた。
「そうですね。まさかオタゴ王宮の正面玄関が、バレンタイン・オンラインと繋がっているなんて……。ヤジマさんとお会いしてから驚かされることばかりです……」
カンナバルが腕組みしながら、しみじみと言った。
ここはオタゴ王宮の正面玄関である。正面玄関の扉を、バレンタイン・オンラインの台所くねくねの勝手口と繋げてあるのだった。所謂システムの「バックドア」のようなものだ。
このバックドアができたのは一週間前のヒモ化作戦がキッカケだった。ニューズ・オンラインはヒモ化作戦によってバレンタイン・オンラインの子システムとなった。そんな子システムをチーム・バレンタインのメンバーが管理できるようにというチーム・バレンタインの一声で設置された。
しかし、実際のところは、ヘルとヤジマが「くねくね」へ通うための導線としての使用に留まっている。チーム・バレンタインとしては、バックドアがあるというだけで安心なのだろう。
門の鉄格子の向こう側には、「GMさん、出てきてくれい!」と、男が野太い声を出しながら、鉄格子を揺すっている。
その男は背の低いドワーフで、顔面の大半が栗色の髭に覆われていた。かろうじて目と口が見え隠れする。髪の毛の量も桁外れのようで、赤いバンダナとゴーグルを使って栗色の髪を何とか抑えている。ヤジマは階段を駆け下り、門を開けて男に声をかける。
「GMのヤジマです。どうしました?」
「バグを発見して困ってるんじゃ! 状況を見に来てくれんか!?」
ヤジマは男の驚きの一言に眉をひそめるのだった。
ここまで読了いただき、ありがとうございました!




