閑話 羊羹とクリームチーズと人間関係と
羊羹のように描写重め、そして羊羹自体が多め。
胃もたれ注意。
@akumanidemonaruさんの企画で、@vien00281555さんに環のアイコンを作っていただきました!!
タマキ バレンタイン・オンラインバージョン
感動の出来! 本当にありがとうございます!(´;ω;`)ブワッ
2021/06/29 表現見直し
環は、早朝の繁華街を足早に歩いていた。
今日は休日であり、真夏の蒸し暑い時期にも関わらず、繁華街は多くの人々で溢れかえっている。片側3車線の道路の道幅はとても広いが、歩道は脇に追いやられたように極端に狭い。前方は人混みで塞がれ、先を急ぐことも難しかった。
歩道を歩く人の大半は、個性的なファッションをした大学生くらいの若者ばかりだ。環はモノトーンのシンプルな装いであり目立つものではないが、若者たちを追い越す度に彼らの視線が環に追従する。
昔から環はその容姿の端麗さから周囲の注目を集めることが多かった。しかし、同じ注目でも、彼らの視線には十人十色の感情が籠められていることを環は知っている。
彼らを一瞥するだけで、環には感情の種類が手に取るようにわかった。
好意、羨望、嫉妬、悪意。
彼らから溢れ出す様々な感情が、真夏の湿気のように環の全身にまとわりつく。環はこの不快感のことを「感情にあてられる」と表現することにしている。
環は額に汗を浮かべながら、先を急いだ。
※
環は通り沿いの立て看板の前で立ち止まった。看板には「←台所くるくる」と白チョークで素っ気なく書かれている。
環は立て看板に従って、通りを逸れて路地に入る。はやる気持ちを精一杯抑えるものの、どうしても早歩きになってしまう。
目的のお店は、あたかも何の変哲もない民家のような佇まいであり、軒を連ねる家々やアパートに溶け込んでいた。水色のペンキが塗られた木造の壁には、継ぎ目なくドアがはめ込まれており、壁と一体化している。
初めてこの店に辿り着いたのは、本当に偶然だった。「感情にあてられる」のが嫌で、大通りの人混みを避けて路地裏を進んでいたところ、偶然発見したのだった。まず店の存在に気づくことが難しい。さらに、もし気づいたとしても、閉鎖的な外観から初見では入りづらい。
環は重厚感のあるドアを押して店内へ入る。
「いらっしゃい!」
カウンターの内側からマスターが八百屋のように野太い声をかけてくる。歓迎の仕方はまるで八百屋のようだが、ここはれっきとしたカフェである。
店内は全体的に薄暗く、とても狭い。カウンター席が6つと、2人掛けのテーブル席が2つ、既に1人の客がカウンターに腰掛けている。
環はこの店の閉塞感が、外界と遮断された別世界のようで好きだった。壁際にぶら下げられたランタン。カウンター内を埋め尽くす香辛料の瓶詰めの数々。ここは環の世界であり、「感情にあてられる」こともない。他人と関わらずに落ち着いて過ごせる数少ない場所だった。この店の常連となってからは時間を見つけてはちょくちょく訪れている。
「マスター、“例のもの”が届いたんだよねえ? 取りに来たよ」
環は抑揚のない声で言いながら、カウンターに身を乗り出す。
「環ちゃん、早速だな。ちょっと待ってな」
マスターはそう言うと、暖簾をくぐって店の奥に入っていった。少ししてから体の後ろに隠すようにして紙袋を持って戻ってきた。
「はいよ」
マスターが環の目の前で紙袋を開ける。中には、数十個もの光沢のある黒い直方体が札束のように積み上げられていた。環は紙袋の中身をうっとりと眺め、思わず口元をゆるめる。その中の一つを取り上げ、光に翳してしげしげと眺めた。
「グラスに入ったワインの色を確かめるソムリエのような仕草だな」
マスターが苦笑しながら言った。
直方体の表面には「いちご羊羹」と和紙でラベリングしてある。光に翳すと薄い紫色に透き通って美しい。
「これが、夢にまで見たいちご羊羹……」
「地域限定商品で、しかも個人が趣味で作ってるようなものだから生産量も少ない。入手するのが大変だったよ……」
環は早速、羊羹の包装を剥がし、一口噛じる。口の中に羊羹の甘みが広がっていく。いちごが主張しすぎず、正に羊羹。しかし、羊羹の甘みを後追いするかの如く、いちごの風味が後から加わる。
正しく環が求めた味であった。環は目を見開き、鼻息荒くマスターへサムズアップする。
「グッジョブ」
「おお、よかった。どれどれ、俺にも少し味見させてくれ――」
マスターが言い終わる前に半分残っていた羊羹を口に放り込み、マスターの要望を聞かなかったことにする。さらに、無言で紙袋を体の後ろに隠して絶対に渡さないとアピール。レアな羊羹を分け与えられるほど、環はお人好しではない。
マスターは両手を上げ、お手上げポーズを取りながらため息をつく。
「……で、今日はなんか食べてく?」
「うん、小倉トーストとコーヒーをください」
マスターからの連絡があってから朝食も食べずに家を飛び出してきたため、腹ペコだった。この店のモーニングは3種類あり、それぞれトーストとコーヒーが付いている。トーストは、小倉、クリームチーズ、バターの中なら選択可能だ。
少しすると、カウンターから熱々のコーヒーと小倉トーストが姿を現す。世間は甘さ控えめを後押しするが、環は断固として甘々な小倉あん押しである。焼きたてのトーストの上で少し溶け出しているホイップクリームと小倉あん。トーストの端を噛じり、コーヒーで流し込む。至福の時だった。
目の前にあったメニューのパウチを眺めながら環はマスターに尋ねる。
「前々から気になっていたけど、クリームチーズがあるんだよねえ。頼んだことなかったなあ」
「クリームチーズと蜂蜜の組み合わせで、デザートっぽくなるんだよ。味の方はいかがです?」
マスターはそう言って、奥の席にいる眼鏡をかけた女性に視線を送る。女性は三十代後半くらいであろうか。切れ長の目が気の強そうな印象を与える。黒髪で黒のジャケットを羽織り、堅物そうな家庭教師のような佇まいだ。
その眼鏡の女性はクリームチーズが塗られたトーストを口にしながら、鋭い目つきで環のことを睨んでいた。
「クリームチーズトーストを食べたことがない人がいるなんて嘆かわしいわ……」
環は眼鏡の女性の攻撃的な反応にびっくりする。女性の不満の感情にあてられ、冷や汗が滲む。
「すみません、小倉トーストが好物なんです」
折角の至福の時を邪魔されたくなかったため、手短に謝罪する。しかし、眼鏡の女性の勢いは止まらない。
「クリームチーズにはビタミンA、E、B2を含んでいて、美肌効果抜群! あんこは甘すぎるけど、クリームチーズは程よい甘みが心地よいのよね!」
環はアンチあんこ発言にカチンときて言い返す。
「あんこにだってポリフェノールが含まれているので美肌効果はありますよ。さらには、食物繊維、鉄分。女性に欠かせない栄養素が詰まっているんですからねえ」
「でも糖質が過剰すぎるのよ! むくみ! 体脂肪の増加! デメリットのほうが多いんじゃない!?」
「クリームチーズだって、脂質が過剰すぎますよ。血中脂肪、コレステロールの増加。健康診断の結果が怖いですねえ」
環と眼鏡の女性は睨み合う。すると、ふと、バターの香ばしい香りが鼻先をかすめる。
「まあまあ落ち着きなさいな、お二方」
マスターはそう言いながら、いつの間にか用意されていたバタートーストに、クリームチーズと小倉あんをたっぷりと載せていく。ホイップクリームの代わりにクリームチーズを載せた状態だ。
トーストの表面に白黒の縞模様が出来上がる。マスターはさらに、上から黒蜜をかけていく。マスターのトースト捌きを鑑賞しながら、環はごくりっと喉を鳴らす。眼鏡の女性も同じようにトーストに夢中であった。
マスターはトーストを半分に切り、環と眼鏡の女性に差し出す。
「はい、召し上がれ。これはサービスにしておくよ」
トーストを手に取り、眼鏡の女性とほぼ同時に噛りつく。口に入れた瞬間、雷にでも打たれたかのような衝撃が走る。噛ったままの状態で、固まってしまった。
同じく横で固まっている眼鏡の女性と目が合い、お互いの意見を確かめ合うように呟く。
「「美味しい……」」
小倉あんの甘味とクリームチーズの酸味がうまく調和していた。和洋折衷とはこのことだろうか。酸味という要素が加わったことで、後味がスッキリし、口がすぐにもう一口を欲する。
環は新しい発見に嬉しくなり、口元が緩んだ。感嘆の吐息交じりに呟く。
「驚きました……。まさかあんことクリームチーズを合わせると、こんなにおいしいなんて……」
眼鏡の女性も頷きながら、環の意見に同調する。
「うん、それにトーストともよく合ってるわね……。びっくりした……」
二人は、トーストを貪りながら、マスターに向かってサムズアップする。マスターは、頭を掻きながら照れ笑いした。
いつの間にか冷や汗は完全に引いていた。環は思い切って尋ねる。
「マスター、このトーストのアイディア、私のお店で使ってもいいかなあ?」
「おう、好きにしな!」
「え!? そんな競合店に寄与するようなこと、簡単に許していいの!?」
眼鏡の女性は驚いたように声を上げた。
「まあ、環ちゃんのお店の場合、競合にはなりえないんでな……。姉妹店のようなものだし……」
マスターの答えに、眼鏡の女性は首を傾げる。環はマスターの代わりに眼鏡の女性へ説明する。
「私、仕事でゲームを作ってるんです。VR空間上に”台所くねくね”っていう、この店の姉妹店を出してるんですよ。よかったら来てくださいねえ」
環はバレンタイン・オンラインの広告も兼ねた自身の名刺を差し出す。そして、「そうだ」と思い出したように付け加える。
「今日は貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございます。よかったら、これ食べてください」
環はそう言うと、紙袋の中からいちご羊羹を取り出し、眼鏡の女性に手渡す。
普段は人との関わりを極力避けてはいたが、人と関わることで新たな発見が見つかる。この重要な事実に気付かせてくれたことは、レアな羊羹を渡すだけの価値はあるというものだ。
「ありがたくいただくわ。今日は私にとっても貴重な体験だったわ。それにこんなお土産までいただいて……っていちご羊羹!? 珍しいわね!?」
眼鏡の女性が手元を見て驚きの声を上げた。マスターは環が眼鏡の女性に羊羹を渡したことに承服しかねている。
「お、おい、環ちゃん。トースト作ったの俺……」
「マスターにはいつも感謝してるよお」
環はにこっと微笑みながら、紙袋を体の後ろに隠す。
「環ちゃんの笑顔が見れればそれでいいよ……。うん」
マスターは若干うつむき加減に呟いた。
環は「感情にあてられる」のが嫌で、普段は人との関わりを極力避けている。しかし、人と関わることで新たな発見をすることもある。もし好奇心をそそられる人がいれば、思い切って飛び込んでみよう。環はそう決意するのだった。
※
――ガシャン!!
環は会社の「カフェテリア・オアシス」で、何かを叩いたような大きな音を聞いて顔を上げる。
カフェの隅っこで、男の子が机を叩いたようだ。その光景を目の当たりにした人たちから驚きと不安の感情が湧き上がり、環にまとわりつく。折角楽しみにしていた羊羹を食べ、良い気分だったのに台無しである。
環は男の子を一瞥する。机の上に握りこぶしを作った状態のまま、ワナワナ震えていた。顔は俯き、周囲のことなどそっちのけで、自分の世界に没頭している。そのシュールな光景に思わず環は笑ってしまった。こんなドラマの主人公のような男の子が会社の中で見られるとは思わなかった。
男の子の背から湧き上がる感情は、明らかに怒りや悲しみといった負の感情ではない。何かに挑み、葛藤する正の感情であった。
環は好奇心をそそられた。彼は何を思ってこんなドラマチックな行動に打って出たのだろう。不思議と「感情にあてられる」こともなかった。
環は羊羹を食べながら、男の子に声をかける。
「ほほふわっへも、いい?」
「は、は、はははい!」
男の子が飛び起き、視線を環に注ぐ。環に向けられる好意の視線。環は口の中にあった羊羹を飲み込み、言葉を続ける。
「君も食べる?」
男の子の前に羊羹をぶら下げた。
さあ、彼には羊羹を渡す価値はあるだろうか。環は新たな発見への期待に心を踊らせていた。
ここまで読了いただきありがとうございました!
ちょっと3部の執筆に集中しようかなと思いつつも、ジーモの休暇の話も書きたい…。気長にお待ちください…。
ではまた後ほど!




