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第1部 2話 ゲームマスターと誕生

2021/05/17 改稿

◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・ニューズオフィス◆



 山田はイライラする気持ちを押し殺すようにしてうつむいていた。


 異動して(ふた)を開けてみれば業務はプログラム開発ではなく、シスアド。しかも、管理するシステムであるVRMMOについての知識もない。さらに、前任者が退職済みで業務内容を教わることもできなければノウハウも残ってない。

 自動車は運転できるから同じ乗り物である飛行機の機長をやれと言われてるようなものだ。しかも事前教育もなければ副機長もなしの状態でぶっつけ本番。完全に無茶ぶりだった。


「さ・ら・に! 山田くんにはニューズ・オンラインの管理だけでなく、もう一つ重要な任務があります!」


 まだ不安要素が出てくるのか、と山田は耳を塞ぎたい思いだったが、そんな山田とは対象的に辻村は明るい声で説明し始める。


「それは、ニューズ・オンラインのユーザ数を増やして大人気ゲームの仲間入りを遂げることです!」


 辻村の告げた重要な任務とやらに辟易(へきえき)してしまった。これ以上面倒事を押し付けないで欲しいとため息をつきそうになった。


「……今のニューズ・オンラインの位置はどこらへんなんですか?」

「ユーザ数は1000人強で145位! 最下位!」

「人気どころかめちゃくちゃ不人気じゃないですか!?」


 大人気の前にまず平均点に持っていくのが先のはずだ。それなのに、平均点を通り越して随分と高い目標を掲げてしまっている。開いた口が塞がらないとはこのことだ。辻村は山田の発言に語気を強めて反論する。


「ユーザ数は少ないけど、一部のユーザからは根強い人気があるの! 週一で集計されるゲームのレビューがあるんだけど、現在の点数は……8点よ!」

「すごい! 10点満点ならいい方ですね……」

「何言ってるの? 100点満点中8点よ。ほら、点数を入れてくれてる人もいるの!」

「そういう意味ですか!? 本当にニューズ・オンライン好きな人いるんですかね……」


 鎌田と成瀬が山田のことを(にら)むので、頭を下げて謝罪のジェスチャーをする。辻村は山田の非難めいた言葉を気にする素振りも見せず、元気に目標を宣言する。


「まずは、ユーザ数5000人、レビューは70点を目指しましょう!」

「今の五倍増しですか!?」

「うん、今期中に達成しないと、ニューズ・オンラインサービス終了なの! チーム・ニューズは解散。山田君もGMクビよ!」

「今期中って……あと二か月しかないじゃないですか!?」

「そう! 頑張ってね!」


 辻村の話を聞き、山田は早々に諦めのアイディアが浮上する。前向きに捉えれば、二か月後には別の部署に異動できるということだ。二か月の辛抱と自身に言い聞かせる。但し、雇われの身であるからこそ、最低限努力している姿勢は見せないといけない。


「目標達成のためには具体的には何をすればいいのでしょうか?」


 辻村が「よくぞ聞いてくれました!」と山田のやる気を褒め、嬉しそうに答える。


「ゲームのクオリティを上げることはもちろん重要なんだけど、GMの対応がそれと同じくらい重要よ。山田くん、接客業の経験は?」

「ないです」

「GMは旅館の女将(おかみ)みたいなものよ」

「――女将(おかみ)!?」


 GMと女将(おかみ)が全く結びつかないため、山田は絶句してしまった。


女将(おかみ)は旅館の顔として、宿泊するお客様の満足のために誠心誠意を尽くすわ。ほら、例えば旅館の部屋や温泉は抜群にいいのに、女将(おかみ)の対応が悪かったらその旅館全体に幻滅してしまうでしょ? 同じようにユーザは、GMの対応が悪かったらゲーム全体に幻滅してしまうの。だから、GMはゲームの顔として、ユーザの満足のために誠心誠意を尽くすべきだわ」


 山田は辻村の話をなんとなく理解できたものの、エンジニアである自身が接客業に携わるとイメージすると違和感があった。辻村は話の理解度など気にせず続ける。


「最近、GMの対応についてユーザからの不満の声が多く寄せられているの。負の力というのは正の力より強力で、ユーザの不満が溜まると高評価より低評価の方が集まりやすい傾向にあるわ。だから山田くんはユーザの声をちゃんと聞いて、ユーザの不満を解消すること!」

「……わかりました」


 有無を言わさぬ辻村の迫力に押され、山田は渋々といった面持ちで了承するしかなかった。





 辻村との会話が終わると、山田は成瀬の向かいの自席に座り込み頭を抱えた。辻村の「女将(おかみ)」という言葉を脳内でリピートしながら、自らの置かれた状況を悲観していた。エンジニアであったはずなのに接客業に携わることになってしまった。自分の理想像からどんどん離れていってしまっているようで怖くなった。


「どんまい、辞表のフォーマット印刷してやろうか?」


 成瀬が山田の向かいの席から声をかけてきた。


「同期の退職を後押しするんでない……。あと二か月の辛抱だから、何とか耐えてやるぞ……」

「耐えられるもんかねえ? 今辞めるなら、餞別にステーキ弁当の肉一切れ分けてやるぞ!」

「お前のステーキ弁当をのり弁にすり替えて貧乏貴族にしてやる……!」


 成瀬はステーキ弁当を素早く鍵付きのロッカーにしまい込む。山田はとりあえずまだ軽口を叩けることに安堵した。そして、仕事に取り掛かろうとは思うものの、何から手を付けていいのかわからない。私の仕事は何?といった記憶喪失かとツッコミを入れられそうな言葉が頭に浮かぶ。


 そもそも仕事以前にVRMMOをプレイしたことがない山田にとっては、圧倒的にニューズ・オンラインというゲームに対するイメージが欠落していた。山田は恥を忍んで成瀬に疑問をぶつける。


「そもそもニューズ・オンラインってどんなゲームなんだ? 同期のよしみで詳細に教えてくれ」


 成瀬はハァーとため息をつき、面倒くさそうに説明し始める。


「ニューズ・オンラインは、VR空間を使用した多人数同時参加型のオンラインRPGだ。ヘッドギアを装着してプレイするフルダイブ型で、現実世界と同じように人間の五感を使ってVR空間を楽しめるようになっている。ニューズアイランドという島が舞台になっていて、最北端のゴールを目指すアドベンチャー型のRPGだ」

「じゃあ具体的にはGMとして何をするんだ?」

「いろいろ、だ。ゲームの設定変更、ゲーム内で発生した問題の解決、イベントの開催、新機能や新エリアのリリース準備などなど、やることは満載だと思うぞ」


 話を聞く限りだと、そこまで難しそうには感じない。ただ、今までの仕事とは全く異なるということは理解できた。山田のポカンとした表情を見て、成瀬は怪訝(けげん)そうな顔をする。


「言うは易く行うは難し、だ。一度プレイしてみれば大体わかるんじゃないか?」


 成瀬の言う通り、確かにニューズ・オンラインをプレイしてみた方が良さそうではあった。プレイ経験のないGMが、ゲームの設定変更やら問題解決やらに従事しようとしたところで一人前に務まるわけがない。山田は両手を組み、祈りを捧げるように成瀬に懇願した。


「成瀬さま〜、ちょっとゲーム内案内してくれよ」

「お前に付き合ってる暇はない」


 山田は右手で拳を作って戦闘態勢に移行する。だが……と成瀬が片手を上げて山田を牽制する。


「お前には勿体ないくらい強力なアシスタントがいるぞ」

「詳細をご教示いただけますと幸いです」


 山田は拳をサッと体の後ろに隠し、無理やり満面の笑みを作った。





 山田は成瀬に案内されるがままに、チーム・ニューズの部屋の隣にあるダイブ室へ入った。


 ダイブ室にはベッドが2列に並べられ、それぞれが白色のレールカーテンで仕切られていた。飾り気がなく、病院の一室のような印象だ。山田は一番手前のベッドに横になり、備え付けのヘッドギアを装着した。


「最初に社員IDとパスワード聞かれるから入力して、その後は新規アバター作ってログインしてな。じゃ、俺は仕事があるから」

「了解、サンキュー」


 山田がヘッドギアのスタートボタンを押し、言われたとおり社員IDとパスワードを入力すると、「GM権限でログインしますか?」とメッセージが表示された。「はい」を選択すると、「アバターが未登録です。」と表示され、自動的に新規アバターの作成に移った。


 自身の体がスキャンされ、眼前に現れる。自分自身が人形にされたような感覚が不思議だった。自らの好みで外見をカスタマイズできるようだったが、時間もないのでカスタマイズはスキップする。自身の見慣れた体でVR空間を闊歩(かっぽ)するのかと思うと残念な気分になったが、仕事だから、と自分の中で折り合いをつけた。


 目の前が移り変わり、次は衣装を選ぶフェーズとなる。「アドベンチャー」と言えば剣と盾というイメージがあったので、簡素な盾、剣、鎧、(かぶと)を装備し、凡庸な剣士の格好となった。中世風なアバターの姿を見るとコスプレしているような気分で恥ずかしくなった。


 その時ふと頭の装備品に仮面があることに気づいた。GMとして行動する上で、一般プレイヤーと利害関係を構築するのは好ましくない。というのもGMが特定のプレイヤーと利害関係を構築し、贔屓(ひいき)しているなどと(ささや)かれる可能性があることくらい少し考えれば思いつく。そういう意味では一般のプレイヤーには一つ壁を設けて極力関わらないようにするのが正しいのではないか。「仮面」をしていると表情を読み取られる心配もないので山田は仮面を被った方が好都合では、と考えた。さらに言えば、コスプレ姿を見られて恥ずかしがる必要もない。


 山田は(かぶと)を仮面に変更し、衣装選びを完了した。仮面を付けた剣士の姿は、山田の目から見ても異様で近寄りがたい雰囲気だった。仕事だから、と自分に再度念押しする。


 ステータスの配分は、よくわからなかったため全て均等に配分し、最後にアバター名の入力画面となった。「ヤマダ」と入力してみたが、既に使われているようだった。山田は少し考え込み、「山田ゲームマスター」→「YGM」と思考をシフトしたところで、「ヤジマ」と入力してみた。


 「全ての設定が完了しました。」と表示され、目の前が一瞬暗くなる。目覚めの時のように次第に目の前が明るくなり、山田ことアバター名ヤジマは、ニューズの世界に足を踏み入れた。



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