第2部 14話 ゲームマスターと同志
以前本当に悔しい思いをしたときに、誰にも言わずにそのまま墓まで持って行こうとしたことがありました。
しかし、その時周囲の状況から察して手を差し伸べてくれた仲間たちがいました。
あの時私は学生で、仲間が助けてくれたことを授業中に知り、泣くのを必死に我慢したことを今でも覚えています。
仲間たちよ、あの時の感動をありがとう。
2021/05/17 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン オタゴ王宮跡地前◆
ニューズ・オンラインにログインすると、オタゴ王宮跡の前には見覚えのある犬面が待ち構えていた。しかし、バレンタイン・オンラインで見た時の衣装とは異なり、木製の初期防具一式を装備している。ヤジマも初期装備なので、傍から見ると初心者プレイヤー二人組だ。
「ヘルは何故、初期装備なんだ?」
「ニューズ・オンラインにログインするの初めてだからな。バレンタイン・オンラインの装備はこっちに引き継げないんだ」
「初めて!? チーム・ニューズに異動してからもう一年くらい経ってるんだろ?」
「ほぼデータセンターに入り浸っていたからな。チーム・バレンタインにいた頃は、バレンタイン・オンラインによくログインしてた。だから、VRMMOのことはヤジマよりも知っていると思うが」
ヘルはどうだと言わんばかりに胸を張る。
「じゃあギニーデンを見るのも初めてか……」
「ああ……。思った以上に人気がないんだな……」
「バレンタイン・オンラインに比べたらな。これでも増えた方なんだ」
目の前の大通りは以前と比較してそこそこの賑わいを見せているものの、ヘルの目から見れば閑散として見えるらしい。そんな街中を、ヤジマはヘルを連れて西門へと進んでいく。
時間を確認するとタイムアウトによりサービスが停止するまで後50分。通常であればダンジョンまで往復するだけでも二時間はかかってしまう。
しかし、西門にはダンジョンの目の前に繋がる扉を設けている。その扉を潜ればダンジョンまでショートカットできるため、すぐに破損ファイルを修復してミッションコンプリートだ。うまくいけば時間はそれほどかからないだろう。
あと少しで西門だというところで、突如としてグラッと足元がふらついた。目眩でも起こした時のような違和感。その違和感にヤジマは立ち止まって腕を広げてバランスを取る。隣にいるヘルの様子を見るとヤジマと同じく違和感を覚えている様子だ。耳を澄ませると小さく地鳴りが聞こえるため、地震かとも思ったが、そのようなイベントには心当たりがない。
「ヤジマ、なんだこの揺れは? 今日イベントでもあるのか?」
「いや、そんなイベントには覚えがないな。ジーモ、一体何が起こってるんだ――」
『大変だぁあああ!! 誰か外壁の外に来てくれ!!』
一人の騎士が息も絶え絶えに、ギニーデンの外から西門を抜けて走り込んでくる。なんだなんだと、野次馬たちがゾロゾロと西門に集まっていく。
ヤジマはヘルと訝しげに顔を見合わせ、野次馬に続いて西門を抜けて外壁の外に出る。その頃には地鳴りはヤジマの全身に響くほど大きくなり、ただ事ではないことは明白となっていた。
ヤジマは外の光景を見るなり唖然として体が硬直してしまった。ヘルやその他の野次馬たちも皆同様に、信じられないといった様子で立ち尽くしていた。
地平線上を埋め尽くすように、大量の黒い影がギニーデンに向かって進行してくるのがわかった。
黒い影のそれぞれは、ヤジマの目にはまだ小さく写っているものの、この距離からでも視認できるほどに大きい。
その光景はまるで黒い津波が世界を覆い尽くそうとしているようだった。人類が滅亡する日はこんな光景なのだろうと本気で思えた。
「……ジーモ、あれは何?」
ヤジマが声を震わせながらジーモに尋ねると、ジーモが煙のように出現する。ジーモもまた、目の前の光景に驚きながらも、黒い影の正体を解析する。
「ロックゴーレムの大群ナ……」
確かに目を凝らすと、黒い影の一つ一つはダンジョンで見たロックゴーレムの姿に見えなくもない。ヤジマは状況を理解できず、間抜けな声を上げてしまう。
「ふぇ……? ロックゴーレムってダンジョン以外でも出現するのかねえ?」
「ダンジョンのボス部屋のみで出現するナ」
嫌な予感がする。
「もしかして俺がダンジョンに穴を開けたことと関係してるかな?」
「ボス部屋からロックゴーレムがいなくなると、自動的にロックゴーレムが再生される仕組みナ。おそらく、ヤジマが開けた穴を通ってロックゴーレムが漏れ出ているようだナ……」
案の定、嫌な予感は的中した。まさか、ロックゴーレムが穴から漏れるなど、雨漏りのような不具合が発生するとは考えもしなかった。ファイル破損といい、ロックゴーレムの大量発生といい、ヤジマは自身のしでかした過ちを呪いたい気分だった。
「ジーモ、ロックゴーレムって何体くらいいるんだろう……?」
「ヤジマがダンジョンに穴を開けてから三日経っているナ。ロックゴーレムの再生サイクルは十分、単純計算で432体ナ……」
――432体。
一般プレイヤーが5人がかりで1体倒すのがやっとなロックゴーレムが432体。絶望的な数だった。ヤジマであれば、"グーパン"を駆使すれば数体くらいであれば討伐することはできる。しかし、ヤジマにはダンジョンのファイル破損の修復という任務がある。
「ヘル、ロックゴーレム全部倒せる?」
「いや、俺のこと神か何かと勘違いしてるだろ? 無理に決まっている。俺初心者だし」
「さっきまで経験者ヅラしてたのはどこのどいつだよ!?」
ファイル破損はGM権限がなければ修復できないため、必ずヤジマがダンジョンへ向かう必要がある。ヘルはため息をついてからジーモに向かって問いかける。
「プレイヤーには一時的にギニーデン内に避難してもらったらどうだ? システムの制限でモンスターは街中には入れないはずだろう?」
ヤジマはヘルの提案を驚きを持って歓迎した。
「おお! さすがVRMMO経験者!」
「手のひらの返し方が早いな!?」
ジーモは焦っているのか、貧乏ゆすりのように振動している。
「ロックゴーレムはギニーデンの中にも進行してくる可能性があるナ。ボスクラスのモンスターは通常のモンスターと違って、制限が掛けられていないナ。そもそもボス部屋から出てくることが想定されていないから、どんな動きをするか想定できないナ……」
ヤジマは天を仰いだ。ギニーデンは初心者が集う街である。そこにロックゴーレムが乱入しようものなら、初心者は無抵抗に蹂躙されるだろう。つまりはロックゴーレムは何としても外壁で食い止めねばならないということだ。
ヤジマが頭を捻っていると、ふと一つのアイディアが思いつく。何のために外壁があるのか考えるべきだった。城を守るための外壁なのだ。外壁の本来の目的を達成するためには、門を閉じてしまえばいい。
「そうか、簡単なことだった……! 西門の扉閉めればいいんだ! 他の3つの門も閉めれば、ロックゴーレムは入ってこれないだろ?」
しかし、ジーモは驚愕な事実を告白する。
「ギニーデンの門は閉められないナ……」
ヤジマは血の気が失せて卒倒しそうになった。思わずジーモに当たり散らす。
「何それ!? 門なのに閉められない!? 敵が攻めてきたら素通りじゃん!? 外壁なんのためにあるの!? 城守れないじゃん!?」
「まあその守るべき対象であるオタゴ王宮をヤジマが破壊したわけだが……」
ヘルがボソっと余計なことを呟やくため、ヤジマはヘルを睨んだ。ジーモはワナワナと震え、体を赤く染める。
「ジーモに聞かれても困るナ! 門を閉める状況は想定されていないから、仕様上そういう作りになってるナ!」
拗ねてそっぽを向いてしまった。今の状況に陥ったのは言うまでもなくジーモのせいではない。門を閉めなければならない状況を作ってしまったヤジマに非があるのは間違いなかった。ヤジマは項垂れるしかない。
考えうる全ての道が閉ざされ、八方塞がりの状態となってしまった。ヤジマが犯した過ちは自身の力でなんとかリカバリしたかった。しかし、それももう限界のようだった。
考えてみれば、山田は昨日から助けてもらいっぱなしだった。
環はニューズ・オンラインへ機器を提供しグラフィックの差し替えをするために成瀬を説得してくれた。
成瀬はグラフィックの差し替え作業に協力してくれた上、ファイル破損を引き起こした山田のフォローまでしてくれている。
助けてくれた彼らのことを思うと、肝心なところでミスしてしまった自分自身が情けなくなる。そして、彼らの助けを無駄にしてしまうことに胸が苦しくなった。
「なーに辛気臭い顔してんだよ」
突然背後からカスミの声が聞こえ、ヤジマは振り向いた。そこには、カスミ、カンナバル、ゴエモンの三人が佇んでいた。ヤジマは思わず目を見開く。
「何でカスミたちがここにいるの?」
「ギニーデンの西門でモンスターが大量発生してるって聞いてな。GMがシステムメンテナンス予告した時間帯にモンスターが大量発生。そんな前代未聞な現象は、ヤジマが何かしでかしたと予想するのが道理! 来てみたら案の定ヤジマがいたってわけ」
カスミに予想されてしまうほど単純な行動パターンであることに、我ながらげんなりしてしまう。
「ご推察の通りだね。俺のミスでご覧の通りの状況だよ。もはや四面楚歌の状態で打つ手なし……」
ヤジマは強がって肩をすくめて見せる。その姿を見たカンナバルは苦笑を浮かべる。
「ではようやく私達の出番ということですね?」
「え?」
ヤジマは思わず聞き返してしまった。
「三人寄れば文殊の知恵。一般プレイヤーの私達でも、何か良いアイディアを提供できるかもしれません。たまには頼っていただけませんか?」
「そうっすよ! GMさん、初心者支援の時は協力させてくれなかったじゃないすっか! 今回は絶対協力させてもらうっすよ!」
と、ゴエモンも膨れ面を作りながら言った。
環もそうだった。なぜ彼らはヤジマのことを助けてくれるのだろう。手伝ったところで、ゲームを楽しむ時間が減るだけである。報酬を得ることもできないし、なんの得にもならない。
「どうして助けてくれるんですか? 手伝ってもなんの得にもならないですよ?」
「何言ってるんですか。ニューズ・オンラインをよくしようと頑張っているヤジマさんを助けないわけないじゃないですか。ヤジマさんに協力したいと思っているプレイヤーは、ヤジマさんが考えているよりも沢山いると思いますよ。私達もニューズ・オンラインをもっとよくしたいんですよ」
ヤジマが周りを見渡すと、カンナバル、カスミ、ゴエモン、ヘルが真っ直ぐにヤジマの目を見据えて頷いた。
――ニューズ・オンラインをもっとよくしたい
言われてみればヤジマも同じことを思っていた。
そうか。彼らは同志なのだ。
彼らが一般プレイヤーだろうと立場なんて関係ない。
志が同じであれば、そこには見返りを求めない協力者は存在する。それが同志なのだ。
ヤジマは今まで人に助けてもらうことは見返りがあってこそだと考えていた。助けてもらうことは、相手の手を煩わせること。ギブアンドテイクは必須だと考えていた。しかし、ヤジマの目の前にいる同志たちは、見返りを求めることなくヤジマを助けようとしている。
ヤジマは皆の顔を見回す。心臓が一度大きく波打った。手の指先まで血液が押し出され、力がみなぎる感覚。心強くて思わず涙が出そうになった。とても暖かく、心地のよい瞬間だった。
「皆さん、助けてください!」
ヤジマは涙を隠すように深々と頭を下げた。
ここまで読了いただきありがとうございました!




