第2部 11話 ゲームマスターと孤独な番犬
システムの管理をやっていると、電話の呼び出し音恐怖症になります。
システムに何か異常があると担当者に電話がかかってくるためです。
このため、呼び出し音が鳴ってもいないのに鳴っているように聞こえたり、他人の呼び出し音が同じだと思わず電話を確認してしまいます。
私は昔AM4時に電話がかかってきて大変な目にあったこともあります…
2021/05/17 改稿
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・バレンタインオフィス 一年前◆
既に21時を過ぎ、オフィスにいる人の数も疎らになっていた。成瀬は帰りの電車の時間を気にしながら身支度を整える。
インフラ担当の仕事は多い。インフラはバレンタイン・オンラインを稼働させているサーバだけでなく、外部との通信を行うネットワーク機器、それらへ電力を供給する電気設備など多岐にわたる。これらインフラの管理はもちろん、老朽化のよる更新作業、更新計画の策定など、インフラ関係の業務を全てこなす必要がある。このため、自然と残業時間も多くなっていた。
席を立とうとしたその時、不意に目の端で動くものを捉える。自席PCのデスクトップ右下に、見慣れない警告メッセージが表示された。
B3F Valentine05 Warning. RAID controller recieved an error...
データセンターに置いてあるサーバからの警告ということはすぐに理解できた。しかし、「Warning」は重要度の低いエラーのため、緊急な対応を求められるものではないと判断。電車の時間が迫っているため、PCの電源を落とす。
(残業するなと言われているし、明日朝一番で確認しよう)
PCの電源が落ちるときには、メッセージのことなどすっかり忘れてしまった。
※
数日後、目覚ましとは異なるスマホのバイブレーションで目が覚める。時間を確かめると午前五時。上司から着信だった。背筋に電気が走ったような感覚で飛び起き、すぐに電話に出る。
「おい、成瀬。すぐ出社してくれ! さっきユーザからバレンタイン・オンラインにログインできないって連絡があった!」
「――え!? わかりました! 今から一時間くらいで着くと思います!」
「よろしく頼む。他のメンバーも連絡取れ次第向かってもらうようにするから、成瀬は先に行って状況確認しておいてくれ」
電話を切り、身支度を始める。案の定嫌な予感が的中したが、ふと何か引っかかるものがあった。
(何日か前にデスクトップに表示されていた警告メッセージ……)
重要度の低いエラーだったため、今の今まで忘れていたあの見慣れないメッセージ。徐々に不安が募っていく。何故今まで忘れていたのだろうか。確認しなかったことを今更ながら後悔する。
会社に着くまでの道のりはいつもより長く感じ、生きた心地がしなかった。この不安が杞憂で終わってくれ。そう何度も思った。心臓の鼓動が早くなり、手には嫌な汗をかいている。自席には寄らずに直接地下三階のデータセンターに向かった。
データセンター内は暗闇に包まれていたものの、照明を点けなくても向かうべき場所はわかっていた。照明のスイッチには目もくれず、慣れた通路を進む。
目的のサーバラックを前にして、成瀬は呆然と立ち尽くした。
いつも蛍の光のように優しそうな緑色を発する無数のLEDランプが、全て真っ赤に染まっていた。凶悪なまでの赤。サーバラックがいつもより巨大に見える。赤色のLEDランプは幾つもの目のようで、魑魅魍魎が地獄から這い上がってきたかのように見えた。その時、成瀬は地獄の景色を眺めている気分だった。
この一件でバレンタイン・オンラインは復旧までに2日を要し、当時10万人いたユーザは8万人程度まで減った。後々調査してわかったが、成瀬のPCに表示された警告メッセージは、サーバの故障を予知する警告メッセージであった。メッセージが出た時に対処していればサービス停止の事態は防げたため、成瀬は社内で後ろ指を指されることになった。
『RXシステムズ社の花形ゲームを存続の危機に追い込んだ戦犯』
『バレンタイン・オンラインのインフラは脆弱』
『インフラ担当なんていてもいなくても同じ』
インフラは問題なく動き続けて当たり前。何かあったときだけ非難される。褒められたり、感謝されたりする機会なんてない。不満さえ言われることもない。表舞台に立つのがGMであるならば、インフラ担当はまるで黒子のようだった。今までバレンタイン・オンラインに必死で貢献してきたにも関わらず、一度のミスで後ろ指を指されることに吐き気を感じた。
上司からトドメの一言が成瀬の身を貫く。
「遠隔で気づけないんだったら、ずっとデータセンターで見張ってろ!」
程なくして責任を取らされ、チーム・ニューズに異動となった。この時から幾時もインフラの稼働状況が気になるようになり、データセンターに籠もるようになった。地獄の番犬として、魑魅魍魎が地獄から這い上がってこないようにいつも見張っている。
※
「以来、俺はいつまたサービスが止まってしまうんじゃないかと不安でデータセンターから離れられないんだ。自席にいるときはもちろん、イヤホンをして音楽を聞いているときも、寝てるときでさえ、バイブレーションの音が耳から離れない。だからもうこれ以上リスクを取って不安になりたくないんだ」
話し終わったヘルは少し疲れたように、カウンターに両肘を乗せて俯く。
ヤジマにはヘルの言うことが痛いほどわかった。ニューズ・オンラインは24時間365日稼働している。GMになって以来、重要イベントやGMコールの通知がヤジマの元に四六時中やってくるようになった。通知は業務時間中はもちろんのこと、プライベートな時間でさえ止めどなくやってくる。スマホをオンにしているだけで緊張の糸が張り詰めている気さえする。しかし、ヘルには一つだけわかって欲しいことがあった。
「確かにヘルの気持ちは俺にもよくわかる。グラフィックのクオリティを上げるのはリスクがある。それによってサービス停止が起きる可能性も否定しない。リスクを負わなければヘルも不安にならないし、ユーザが悲しむ姿を見なくて済むかもしれない。でも、同じようにユーザが喜ぶ姿を見ることもできないんだよ! 何かを変えることにはリスクが伴う。でもリスクが伴うからやり甲斐があるし、ユーザも喜ぶんだ! そのリスク、俺も一緒に背負う! だから協力してくれ!」
ヘルは最後に残った羊羹の切れ端を口に放り込む。
「……サービスが止まったらもうニューズ・オンラインの存続は絶望的だぞ」
「既に存続は絶望的だから問題なし! 何か起きたら国外にでも逃げるか!?」
「問題なしの意味がわからん……。お前の逃亡先とは別の国へ逃げるわ」
「いや、差し伸べた手を払い落とすなよ! 事前にお前の逃亡先を把握した上で別の国へ逃げる作戦だったのに!」
いつもの軽口を続けた後に、ヘルは小さく頷いた。
「今回は俺が手を差し伸べてやるからありがたく思え」
ヘルがカウンターに腰掛けるタマキの背後からヤジマへ手を差し伸べた。ヤジマはその手に応じて強く握り返す。カウンターの正面を見つめたままのタマキは、どことなく羨ましそうな表情に見えた。
ここまで読了いただきありがとうございました!




