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第2部 9話 ゲームマスターと勝算

データセンターは主には企業のサーバや通信機器を設置しておく場所です。

一般的に多いのが、共用のデータセンターで、ラック単位でデータセンターと使用契約するものです。

これはアパートの賃貸契約のようなもので、借りた部屋に自分の生活用品を置いておく感じです。

しかし、大きな企業の場合、自社のデータセンターを持っていたりもします。


なぜデータセンターを使いたがるかと言うと、地震や停電などの災害が発生した場合でもある程度システムの稼働を継続できるといったメリットがあるからです。

自社でそういった設備を用意しようとすると、コスト的になかなか難しいです。


RXシステムズでは地下にデータセンターを立てていますが、私が知ってるデータセンターの中には地上にあるものもあります。

都心の真っ只中に埋まってることもありますが、セキュリティが厳しいので一般人ではなかなか目にする機会はないかもしれません…


2021/06/29 改稿

◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル データセンター◆



 山田は環の後ろ姿を追って通路を進んでいく。すると、目の前にバレンタイン・オンラインのサーバラック群が姿を現した。ニューズ・オンラインとは設備の規模が明らかに異なる。ニューズ・オンラインがサーバラックを一列分しか使っていないにもかかわらず、バレンタイン・オンラインはぱっと見ただけでもその五倍はある。格の違いを見せつけられた気がした。


「山田くん、こっちに来て」


 環はラックとラックの間の通路に入ったところで手招きし、とあるラックの中を指さす。そこには、LEDが消えた状態の機器が残置されていた。


「ここにある機器、ニューズ・オンラインで使ってもいいよ?」

「え!?」


 予想外の申し出に、思わず聞き返してしまった。辺りを見回すとLEDの消えた機器は8ラック分ほどあり、現在ニューズ・オンラインで使用している規模以上の設備であった。もし購入した場合、かなりの金額になるはずである。


「ここにある機器はねえ、バレンタイン・オンラインが使い終わった機器。つまり、お下がりだよ。バレンタイン・オンラインでは、機器を5年毎に更新する決まりだから、ここにある機器は5年物。でも寿命よりは早く更新しているから、あと1年くらいであれば使えるはずだよ」


 山田は生唾を飲み込んだ。


「ほ、本当にいいんですか?」

「うん。どうせ後は廃却するだけだし。何かの役に立つならそのほうがいいでしょう? 但し、古いから長くはもたないよ。早くお金を稼いで新しい機器に更新しないとねえ」


 願ってもない申し出だった。これだけの機器があれば、グラフィックの差し替えすら十分(まかな)えるように思える。山田は成瀬の方を振り返り、成瀬の判断を仰ぐ。


「……いや、お気持ちはありがたいですけど、遠慮しておきます」

「おい、成瀬――!?」


 山田は成瀬の肩を(つか)んだ。成瀬はその手を振り払う。


「俺の仕事はニューズ・オンラインを安定稼働させることなんですよ。古い機器を使ったら故障率が上がる。新しいグラフィックへの切り替え中に少しでもミスるとサービスが停止する可能性だってある。ニューズ・オンラインのインフラ担当として、サービス停止のリスクを許容することは出来ません」


 山田は成瀬の存外に真剣な表情に戸惑った。新しいグラフィックへの切り替えは行いたい。この想いはニューズ・オンラインのユーザたちを笑顔にしたい一心でのことだった。しかし、成瀬はサービスを停止したことによってユーザたちが悲しむ顔が見たくないのだ。山田と成瀬は同じようにユーザのことを異なる視点で考えていたのだ。


――成瀬は自分の仕事をちゃんとしていた


 そう考えると返す言葉が見つからなかった。成瀬の言葉を聞いた環は腕を組んで、少し考え込む素振りを見せる。


「成瀬くん、久しぶりに飲みにでも行こっか?」


 唐突な環の申し出に、成瀬の硬い表情が拍子抜けしたように少し緩む。


「へ? でもまだ仕事が……」

「えー残念だなあ。折角私が(おご)ってあげようと思ったのに……」

「――お供します!」


 ケチな成瀬が人からの(おご)りを断るわけがない。まるで散歩に出かける前の犬のように嬉しそうに吠えた。


「山田くんも一緒に来てねえ」


 ニューズ・オンラインのユーザ数を増やせるかどうか。山田の勝算は最早、環が成瀬を説得できるかどうかに掛かっていた。


「是非!」


 山田は意を決して環の提案に乗った。





(おご)るってバレンタイン・オンラインの中でですか……」


 成瀬がバレンタイン・オンラインのダイブ室で、項垂(うなだ)れながらぼやいた。


(おご)ることには間違いないんだからいいでしょう? 先輩の誘いを断るものじゃないわよお」


 環がベッドの上でヘッドセットを装着しながら言った。


 バレンタイン・オンラインのダイブ室はチーム・バレンタインのオフィスの隣に位置していた。病室のような印象はチーム・ニューズのそれと違いはないものの、2倍ほど大きく、ベッドの数も多かった。山田は環へ気になっていたことを質問する。


「ニューズ・オンラインで使ってるアバターがそのまま使えるんですか?」

「うん。うちの会社が作ってるVRゲームはアバターの互換が効くのよ。公開している機能ではないから、一般プレイヤーは互換性はないと思ってるけどね。じゃあ、後ほど」


 環がヘッドセットをサングラスのように頭上にずらして手をヒラヒラさせる。ビーチで水着を着てサンドベッドに横たわる環の姿が見えた気がした。


 環の寝姿に見とれていると、成瀬が(いぶか)しげに口を挟む。


「おい、山田。さっさとログインしないとお前の飲み物は無しだからな」

「は? 成瀬だってログインしてないじゃん。先に行ってお前の分、青汁注文しておいてやるよ」

「山田くん、成瀬くん、二人ともさっさとログインしてね」

「「はい……」」


 環が冷ややかな目を向けたため、山田と成瀬は隠れるようにして素早くヘッドセットを被ったのだった。





 バレンタイン・オンラインにログインした山田は、その光景に圧倒されることとなった。

 

 まず、人通りの数が全く違う。美しく優雅にそびえ立つ白城を背景に、大通りには都心のスクランブル交差点を連想させるほどのプレイヤーの群衆でごった返している。今日はお祭りでもあるのだろうかと勘違いするほどの熱気に溢れていた。


 そして、なんといってもグラフィックの美しさが尋常ではない。思わず視線を四方八方に散らして眩暈(めまい)を起こしそうになる。目の前の大通りにはオレンジ色の煉瓦(れんが)造りの家が軒を連ね、優雅な異邦の街並みを再現している。振り返るとアーチ状に架かる大きな石橋があり、その下を大通りとクロスするように石造りの水路が流れる。地面を凝視すると、石造りのタイルの細かいひび割れまで再現しており、ヤジマは驚嘆してしまう。まさにこの光景がニューズ・オンラインで実現したいヤジマの理想であった。


「山田くん……。ここではヤジマくんだね?」


 後方から声を掛けられ、ヤジマは振り返る。そこには髪色をピンクに染めた剣士姿の環が(たたず)んでいた。軽装の鎧はキャミワンピのようで剛健さだけでなく可愛らしさも兼ね備えていた。丈が短く白い美脚が(あらわ)になっている。肩の部分がざっくりと開いていて、普段のオフィスレディーの格好との対比でより一層妖艶(ようえん)さが際立っていた。セクシーな環を見れただけでもバレンタイン・オンラインに来た甲斐があったというものだ。


「私はここでもタマキという名前だから、よろしく――」

「おい、なんだその初心者丸出しの格好は」


 タマキの後ろから成瀬の声が聞こえた。声の主の方を見ると、その異様な姿に驚愕した。


「いっぬ!! 成瀬、いっぬ!!」

「犬ではない。ヘルハウンドだ」


 成瀬は黒犬の獣人の姿で(たたず)んでいた。声だけは成瀬のままで、外見には面影すらなかった。口からは狼のように鋭い牙が見え隠れしており、ドーベルマンのような三角の耳がピンっと立っている。体は人間よりも一回り大きく、上から下まで黒い体毛で覆われていた。


「やっぱり犬じゃんか! しかも名前がヘルハウンド? 言いづら!」

「そうなんだよねえ。だから私はヘルくんて呼んでるの」


 タマキが真顔で言った。ヤジマは「ヘルくん」という可愛らしいネーミングに思わず吹き出してしまう。ヘルの犬顔が仏頂面に変わっていく。


 ヤジマは興味本位でヘルの三角耳を引っ張りながら話し始める。


「ニューズ・オンラインでは獣人のアバターは作れないです。さすがバレンタイン・オンラインは機能も充実していますね」

「そう? うちの会社のプラットフォーム使っているならニューズ・オンラインでも同じことができるはずなんだけどなあ」


 ニューズ・オンラインでも同じことができる――ヤジマにとってはまさに寝耳に水であった。RXシステムズ社のVRゲームはプラットフォームを共通利用していることは認識していた。このため、フルダイブシステムによる五感の再現性や、アバターの操作性ついてはどのゲームにおいても違いはないはずである。


 獣人についてはバレンタイン・オンライン独自で作り込みを行ったのかと思ったが、そうではないらしい。バレンタイン・オンラインに及ばぬ部分があるとしたら、会社が準備しているプラットフォームのポテンシャルを引き出せていないからではないか――そんな疑念が湧いてくる。この疑念が正しければ、制限速度が110キロの高速道路を60キロで遅走しているようなものだ。


 三角耳を引っ張っていたヤジマの腕に、ヘルが大きな口で食いついてきたので、引きはがそうとする。しかし、ヘルは中々離れようとしない。大通りでは数歩先でタマキが手招きしている。


「ヤジマくん、ヘルくん、お店に向かうよ」


 強情にも腕を離そうとしないヘルを足蹴にする。


「いいかげん離せよ、ヘルくん……クククッ」


 名前を声に出して言うと余計におかしく、またもや吹き出してしまった。ヘルが腕を(くわ)えたままの状態でモゴモゴしながら話す。


「よヒ、このまま腕を食いちぎるから待ってろ。少ヒ、チクッとヒまフよー」

「すいませんーここに自分のことを医者だと勘違いした可愛そうな犬がいるんですが、飼い主の方いらっしゃいませんでしょうかー?」

「はい、追加の手術が決まりまヒたー。腕の次は足行きまフー」


 軽口を続けるヤジマとヘルに、タマキの静かなる怒声が飛ぶ。


「早くしてくれる?」

「「はいっ」」


 ヤジマとヘルは直ちに距離を取り、タマキの後を追った。

ここまで読了いただき、ありがとうございます。

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