第2部 7話 ゲームマスターと初心者支援
2021/05/17 改稿
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・ニューズオフィス◆
山田はログアウトしてから早速、“経験値ブースト”を使用した”初心者支援”の大綱を検討した。その結果、プレイヤーが三つの適用条件を満たすと経験値が通常よりも多く獲得できるという案を策定した。
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<経験値ブーストの適用条件>
①パーティー内のレベル10以下のプレイヤーが1人以上いる場合、✕1.5の経験値ブーストが発生する
②パーティー内のレベル10以下のプレイヤーがモンスターに攻撃したときのみ、経験値ブーストは発生する
③ボスクラス討伐時の経験値ブーストは✕2となる
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この”経験値ブースト”により、初心者プレイヤーのレベルアップを促進。さらにボスクラス討伐を体験してもらうことで、ニューズ・オンラインの魅力に触れてもらおうという意図があった。
そういうわけで山田は、早速辻村にアポを取り、現状のニューズ・オンラインは初心者には優しくなく、“初心者支援”が必要であること、そして、支援する方法として”経験値ブースト”を提案することを自信満々に熱弁したのだった。
「”初心者支援”を拡充させれば、プレイヤーたちの満足度も上がり、ユーザー数も確実に増えるはずです!」
山田のその言葉を最後に、辻村はスピーカー越しに押し黙る。そして、十秒ほどの沈黙の後、「うーん、50点!」と短く言い放った。
山田は思わず耳を疑い、「え?」と聞き返してしまった。辻村の冷静な反応を聞いて、山田の中で大火のごとく燃え上っていた自信が鎮火していく。山田は前のめりだった姿勢を正して自席に座り直した。
「何故50点なんでしょうか!? 何がいけないのでしょう!?」
山田は思わず辻村へ矢継ぎ早に質問してしまった。
「うーん、”初心者支援”に勝機を見出すという目の付け所は悪くないと思う。確かに現状のニューズ・オンラインは初心者プレイヤーには優しくない仕様になっているわね。さらに、“経験値ブースト”であれば、コストをかけずに実現が可能ときている。その点に関して山田くんの提案は花丸だわ」
「じゃあ――」
スピーカーからお茶を啜る音が聞こえ、一息おいた後に辻村は続ける。
「この”経験値ブースト”案には重大な欠点がある。コストもかからないだろうから試しにやってみればいいんじゃない? そうすればおのずとその欠点も見えてくるでしょう。試してみる条件としては、実施後二日間、ユーザー数やレビューの得点の推移をウォッチして、”経験値ブースト”の効果を見極められるようにすること! そしてもし、思うような成果が現れない場合は、別の策を検討しなさい!」
「わかりました……」
――”経験値ブースト”案で絶対にユーザー数を増やしてやる
山田は辻村の付けた50点という数値を見返してやろうと、息まいていた。
※
山田は自席でPCのモニターとにらめっこしていた。そして、ドキドキしながら画面の更新ボタンをクリックする。すると、ニューズオンラインの現時点のユーザー数とレビューの得点が表示された。
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ユーザー数:1048人
レビュー: 22/100点
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「ハア……」
その結果を見て、山田はガクッと項垂れながらため息をついた。
”経験値ブースト”の設定を行ってから二日ほど経った。山田は”経験値ブースト”を開始して以来、四六時中ユーザー数とレビューの得点を気にするようになっていた。そして、今ではそれらを確かめてはため息をつくというお決まりのルーティーンが完成している。
”経験値ブースト”を設定してユーザーにアナウンスを行って以来、レビューの得点は若干の上昇を見せていた。しかし、ユーザー数は面白いほどに微動だにしなかった。ユーザー数もレビューの得点も両方伸びると信じて疑わなかった山田からすると、肩透かしを食らった気分だった。期待した効果の半分しか出ていないということは、案に対する辻村の評価が50点だったことが正しかったように思えてならない。しかし、山田には何故ユーザー数が伸びないのか理解できなかった。
――レビューの得点は伸びているのに、何故ユーザー数は伸びないんだ……
他のチーム・ニューズのメンバーに意見を求めたいものの、皆山田に協力する気はなさそうだった。辻村は口だけ達者で何もしない。鎌田は山田の心境などお構いなしに、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、自席で創作活動に励んでいる。長谷部はそもそもまだ出社していないし、成瀬に至っては朝と昼休み以外はほとんど自席にいないので何をやってるのかすらわからない。どこかで油を売っていて仕事なんかしていないのではと疑念すら湧いてくる。
こんなチーム・ニューズのメンバーでは、意見を求めてもしょうがないように思える。彼らは本当にニューズ・オンラインのサービス終了を回避する気はあるのだろうか。本当は彼らは既に諦めていて、山田が孤軍奮闘する姿を見て嘲笑っているのではないだろうか。
鎌田の鼻歌がニ曲目に入り賛美歌を歌い出したことが、山田の苛立ちを加速させる。山田は二日間、“初心者支援”の動向を静観するに留まっていたが、それももう限界だった。いてもたってもいられなくなり、山田はその原因を探るべくニューズ・オンラインを再度”視察”することを決意した。
◆ニューズ・オンライン ギニーデン オタゴ王宮跡◆
ヤジマがニューズ・オンラインにログインすると、人っ子ひとりいなかったギニーデンの大通りはそこそこの賑わいを見せていた。
石畳の大通りをせわしなく行き交うプレイヤーたち。露店で買い物に勤しむ者もいれば、道端で談笑するプレイヤーたちもいる。ゴーストタウンさながらだった一昨日までの光景が信じられないほどに様変わりしていた。これは”経験値ブースト”の効果に他ならないだろう。ヤジマは確かな手ごたえを感じて、拳をぎゅっと握る。
しかし、解せないのはやはりユーザー数が増えないことだった。これだけギニーデンは賑わっているのにもかかわらず、何故増えないのかヤジマにはわからなかった。
「あ、GMさんじゃないっすかー!」
声のした方を振り返るとそこにはゴエモンの姿があった。
「今日はどうしたんすか? ロックゴーレムへのリベンジっすか?」
ゴエモンは「クックック」といたずらっぽく笑う。
「ははは……もうロックゴーレムはこりごりだよ……。”経験値ブースト”を始めたから、その効果がどんなもんか見に来たんだ」
「あー! 一昨日から始まったっすもんね! GMさんの対応が早くてびっくりしたっすよ! さすがっす!」
ゴエモンの言葉にまんざらでもなく、ヤジマは照れながら頭をポリポリとかいた。
「”経験値ブースト”のお陰でギニーデンにはだいぶ人が増えたみたいだけど、ゴエモンはどう思う?」
「確かにギニーデンの人口は激増したっすねー! 活気が出てきて前よりもよい雰囲気になったっすよ! それにカンナバルさんがいなくても支援してくれるプレイヤーたちが多くなったから、ありがたいっすねー!」
ゴエモンの話を聞く限り、問題点は見つからない。やはり、”経験値ブースト”案は完璧なように思えた。もう何日か様子を見てみるように提案しようか――そう思った矢先に、前方から大きな声が聞こえてくる。
「この子は俺らが先に見つけたんだ! パーティー登録だってもう済んでるんだ。お前ら横取りするつもりか!?」
「何言ってるんだ!? この子は昨日から俺らと一緒に行動してるんだ! 今日も一緒にパーティー組む約束してたんだよ! 横取りしたのはそっちの方だろ!?」
二人の中堅と思われるプレイヤーが、いかにも初心者という格好をしたプレイヤーの腕を掴んで引っ張りあっている。
「”経験値ブースト”が始まってから、こういういざこざはよく目にするっすよー。初心者プレイヤーの数は決まってるっすから、中堅プレイヤーたちの間で争奪戦が繰り広げられてるっす。初心者側からすると人気者になった気分で悪い気はしないっすけどねー」
ゴエモンが何食わぬ顔で言い、その時ヤジマはハッとした。
――初心者プレイヤーの数が決まっている
辺りを見回すとギニーデンにいるのは確かに皆、中堅プレイヤーばかりであった。つまり、初心者の数は増えていないのだ。”経験値ブースト”を行ってユーザーの満足度が上がったからといって、ユーザー数の増加には直結していないということだ。
「初心者の数は増えていないのか……」
ヤジマは天を仰ぐようにして呟いた。
「まあそりゃそうっすねー! ”経験値ブースト”は元々ニューズ・オンラインをプレイしている奴らにとってはありがたい話っすけど、”経験値ブースト”やってるからといって新規参入してくるプレイヤーなんていないっすよ。新規参入を促すなら、インフルエンサーの力を使って広告するとか、それこそこのしょうもないグラフィックを改善するくらい劇的なことをしないとっすよ!」
ゴエモンはケラケラと雑なグラフィックの街並みを指さして言った。悪気はないのだろうが、ゴエモンの言葉はヤジマに深く突き刺さった。
――ニューズ・オンラインを存続させるためには、やはり、小手先ではなく、劇的に変える必要がある
ヤジマは辻村が”経験値ブースト”案に50点を付けた意味が今になって理解できた気がした。
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