第2部 5話 ゲームマスターと死
ゲームマスターが死ぬことはあるのだろうか?
2021/06/29 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン 西部 遺跡型ダンジョン◆
遺跡型ダンジョンは想像以上に巨大で、オタゴ王宮以上の大きさを誇っていた。ダンジョンはくすんだ白色のブロックが積み木のように四角錐状に積まれており、色違いのピラミッドのようだ。ダンジョンの正面には大階段があり、登った先の登頂部付近に遺跡の中へと通ずる入口があった。ヤジマたちが扉を抜けると、大階段脇の扉と通じており、ダンジョンの入口は目と鼻の先だった。
前回カスミとダンジョンを視察した際は、最深部まで行って帰ってくるのに、2時間はかかってしまった。時間のないヤジマには、さらに時間短縮が必要となる。
「カンナバルさん、1時間で行けるところまで行って帰ってくるというプランでは、ダメですか?」
「皆さんにはボスクラス討伐を体験いただきたいと思っています。なので、ダンジョンの最深部まで行く予定です。これには少し理由がありまして……」
ヤジマとしても、できればカンナバルが行っているいつも通りの初心者支援を体験したかった。いつも通りを体験しなければ、”初心者支援”として必要な要素をカンナバルから吸い上げることは難しいのではと思っていた。カンナバルがそう言うのであれば、ボスクラスの討伐は本日のメニューに加えたほうが良い。ヤジマは再度ジーモに助け舟を求める。
「ジーモ、さっき西門からダンジョンまでショートカットしたように、ダンジョン内もショートカットできないかな?」
「できないナ。ダンジョンは一つのオブジェクトナ。通常の扉のようにダンジョン内の扉には行き先設定は存在しないナ」
「そうかあ……。他にショートカットする方法はないかな?」
「あるにはあるナ。システムコマンド”クリエイトスペース”を使うナ。指定した大きさの空き空間を作るコマンドナ。そのコマンドでダンジョン内に抜け道を作るナ。ただし、ジーモにはシステムコマンドを使用する権限がないから、ヤジマがコンソールから直接操作する必要があるナ」
システムコマンド――GMが普段使用することのない開発者専用のコマンドだった。通常、GMはグラフィックや音声認識といったGM専用のインタフェースでしか設定変更を行わない。GM専用のインタフェースには設定ミスなどのポカ避けが実装されている。
しかし、開発者となると、より自由度の高い設定変更が求められるため、より細かく設定が可能なシステムコマンドを使用している。ただし、設定ミスを防ぐ機能は付属しないため、使用時には最新の注意を払う必要がある。
「”クリエイトスペース”コマンドを使ったとしても、元に戻せるんだよね?」
「それは大丈夫ナ。”リペア”コマンドを使えば直せるナ」
元に戻せるとわかれば安心である。ものは試しで、ヤジマはシステムコマンドを使用してみることにした。コンソールを開き、コマンドを入力する。8点の空間座標を入力し、ピラミッドの根元部分に長方形の抜け穴を開けるイメージだ。
CREATE SPACE(0x49,0x4C,0x4F,0x56,0x45,0x59,0x4F,0x55)
TRYING...
SUCCESS
コンソールに「SUCCESS」が表示された瞬間、目の前の空間が、手前から薄い青色の光に抉り取られていく。歴史を感じさせる建造物に、近未来チックな光の通路が出来上がる。
「どこに繋がるかはわかりませんが、最深部はピラミッドの下部のはずなので、近道にはなるはずです! 試しに入ってみましょう!」
「もはや、なんでもありだな……」
カスミが呆れたように呟いた。
※
ヤジマが光の通路を抜けると、そこは岩で囲まれた大空間が広がっていた。ヤジマはこのダンジョンに来たのは初めてであったが、既視感に襲われる。
「あれ? この光景、なんだか見覚えがある……?」
ヤジマの後から入ってきたカスミが、大空間を見た瞬間に叫んだ。
「ヤジマ! ここって――」
カスミが答えを言う前に、地鳴りが響き始める。この地鳴りには覚えがあった。洞窟型ダンジョンでサンドゴーレムが壁から登場する前の地鳴りだった。
「皆さん! 後ろに下がって!」
カンナバルが最前列に出て叫んだ。カスミもカンナバルの横に並ぶ。
「初戦でボスクラスが相手とか、とんだ初心者支援だな!」
ヤジマは申し訳無さそうに、皆に謝罪する。
「ほんっっっとに申し訳ない……」
まさか、ダンジョンのルート全てをショートカットして最深部であるボス部屋まで到達してしまうとは思いもしなかった。
低いうなり声をあげながら、奥の岩壁から見覚えのある岩のような体をした人型の巨人が現れた。巨人の体の色は前回の砂のような黄色ではなく、石炭のような黒色だった。巨人の頭上にはロックゴーレムと表示される。
「サンドゴーレムの色違い!?」
少し興ざめしてしまった。前回とは異なるダンジョンのボスと思って期待してみれば、見た目は一緒で色だけ異なる。どう見ても手抜きである。ヤジマはため息をついた。しかし、初心者プレイヤーたちの反応は異なっていた。
『迫力すご……』
『このシーンだけでご飯十杯いける……』
そして、先ほどまでムスッとしていたゴエモンまでが、意外にもロックゴーレムの登場にテンションが上がっている。
「GMさん! ロックゴーレムめっちゃリアルじゃないっすか!? ニューズ・オンラインのこと、ちょっと見直したっすよ!」
「え!? あ、ありがとうっ……」
予想外の出来事にヤジマは戸惑った。しかし、ロックゴーレムの巨体が迫りくるため、頭を本来の目的である初心者支援に切り替える。
「カンナバルさん! この状況で初心者支援できるんですかね!?」
「なんとかやってみましょう……。まず、STR、VIT、そしてAGIの強化を行います! カスミさん、囮になってもらえますか?」
「りょーかい!」
カンナバルは右手に持っていた杖を掲げて詠唱に入る。カスミはロックゴーレムに突撃し、その身軽さを武器にしてロックゴーレムの大きな腕をかいくぐっていく。素人目から見ても、一週間前のカスミの動きとは比べ物にならないほど素早かった。しかしながら、カスミの攻撃は幾度となく当たっているものの、ロックゴーレムのHPステータスはびくともしない。
「やっぱり硬いなー。カンナバルさん! 長くは保たないよ!」
「わかりました!」
カンナバルの真下に朱色の魔法陣が現れ、魔法陣が拡散した。パーティーのメンバー全員の体を赤いモヤが包み、そして消えた。
『おおー!』
初心者プレイヤー達から歓声が上がった。ヤジマも釣られて、「おおー」と言ってしまう。カスミがロックゴーレムに攻撃を当てると、微量ながらもHPステータスが変動した。カンナバルがその様子を見て安堵する。
「よし! 行けそうですね……。それでは皆さん、まずは攻撃の練習です! 前衛はロックゴーレムの背後に回り込んで攻撃してみてください。ロックゴーレムの攻撃は強力なので、絶対に受けないように! 攻撃自体はそこまで早くないので、避けられるはずです! 後衛はロックゴーレムとの距離がこれ以上狭くならないように攻撃を続けてください――」
ヤジマは、なるほど納得した。初心者支援では、プレイヤー各々の特性に合わせて、攻撃や防御の方法など、モンスター討伐に必要な要素を伝授しているのだ。さらに、パーティー内での役割に応じた戦闘方法についても言及している。
「ヤジマさんも折角の練習なので、攻撃してみてください!」
カンナバルが何もしないで突っ立っているヤジマへ向けて声をかけた。
「え!? いや、私は遠慮しておきます……」
首を傾げるカンナバルに、カスミが補足する。
「ヤジマのステータスは全体的に高すぎて、攻撃すると一発で倒しちゃうんですよ。モンスターの攻撃も全然効かないんで、囮としては有能なんですけどね」
「破壊神の秘密はSTRの高さということですか……。オタゴ王宮を破壊できた謎が解けました。STRを変更できるのであれば、弱めにして参加してみては?」
ヤジマにはステータスが低い状態でのプレイ経験はない。カンナバルの言う通り、実際に体験してみるのも良い経験になると踏んだ。
「ジーモ、ステータスを元の状態に戻してくれる?」
「GM初日のステータスでいいナ?」
「うん、それでお願い」
「了解ナ」
カスミや初心者プレイヤー達の猛攻のお陰でロックゴーレムのHPステータスは、もう一息でゼロというところまで来た。
ヤジマはトドメを指してやろうと意気込み、カンナバルの教え通りにロックゴーレムの後ろに回りこもうとする。
しかし、ヤジマの意気込みに反するように、体が重く思ったように動かない。ロックゴーレムは目の前まで迫って来ている。
ロックゴーレムの足の裏が見えた瞬間、攻撃が来るのだと認識し、右へ回避しようとする。
「遅え!」
カスミの叫び声が聞こえた。
右へ数歩歩いたところで、周囲の景色がやけにゆっくりと流れ始めた。皆、ヤジマの方へ叫びながら何か指示しているが、耳に入ってこない。ロックゴーレムの足裏がゆっくりとヤジマの頭上へ迫る。
VRゲームにも走馬灯があるんだな、と思ったところで目の前が暗転し、「You Are Dead」とカウントダウンする数字が並んで現れた。
ここまで読了いただきありがとうございました!




