第2部 3話 ゲームマスターとゴーストタウン
2021/06/29 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン オタゴ王宮跡地前◆
ヤジマがニューズ・オンラインにログインすると、眼前には活気のないギニーデンの城下街が広がっていた。目の前の大きな通り沿いには露店が並んでいるものの、行きかう人の数は少なく閑散としている。空はどんよりと曇っており、ヤジマの背後にはオタゴ王宮の残骸が放置されていた。街の様子はあたかもゴーストタウンのような惨状であった。ゲームの始まりの街としてはショッキングとしか言いようがない。
ヤジマは辺りを見回し、呼び出した張本人を探す。カスミがGMコールをするのは、GM就任当日以来であった。カスミのことだからこれからしこたま文句を並べたてられるのかと思うと、気乗りしたものではない。
王宮跡の門前に佇むカスミと目が合い、ヤジマは何事か問いただす。
「カスミがGMコールなんてどうした? 何かあったのか?」
「おひさヤジマ! 狩りいこーぜ!」
カスミの言葉に愕然とする。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「GMコールしておいて、用件が狩りのお誘いってどういうこと!?」
「いや、それ以外ヤジマ呼び出す方法ないし」
「いや、それはそうだけど……。俺GMだよ!? このゲームを司る神的な立場よ!?」
「神とかお高く留まってるんじゃないわよ。ヤジマは私に大きな借りがあるんだからね! それくらい付き合ってくれてもいいでしょう?」
――大きな借り。そう言われてしまうと引き下がるしかない。GMという立場を明かさず、カスミと一緒にGMコールをしていたことを今も根に持っているらしい。
「でももうアバターが凍結されたことは気にしないって……」
「それとこれとは別! レベル上げないと他の街にも行けないんだからね! 前のGMがやったことだとしても、同じGMなんだから責任取りなさいよ!」
どうやら先日のヤジマの囮の性能に味を占めたらしい。ヤジマを囮にしてモンスターをカスミが狩るという戦闘スタイルで経験値の荒稼ぎをしたいという魂胆が見え見えである。
「わかった! わかったよ……。但し仕事中だから一時間だけな!」
ヤジマはしぶしぶといった表情で狩りの誘いを承諾する。こんなことしてる場合じゃないんだけどな、と心の中で呟きながらカスミのパーティー登録完了を待った。
※
ヤジマとカスミは王宮跡地から大通りを西に進んでいく。今回は時間がないので、一週間前にカスミと行った南部の洞窟型ダンジョンではなく、ギニーデン周辺でモンスターの討伐を行うことにした。
大通りは閑散としており、露店を営んでいるNPCくらいしか見当たらない。そんな中、向かい側から五人組の集団がヤジマ達に近づいてくる。
その中の四人は初期装備でいかにも初心者といった格好をしている。残りの一人は見栄えのある佇まいの魔導士の姿。ヤジマがオタゴ王宮を破壊したときにプレイヤー側の代表として対話したカンナバルであった。
カンナバルは微笑を浮かべ、ヤジマに近づき握手を求める。
「GMコール以来ですね、ヤジマさん。カスミさんも」
相変わらずの丁寧な口調であった。カンナバルはカスミのことも知っているようで、カスミは片手を上げてカンナバルの挨拶に答える。
ヤジマは感謝の意を込めながら、カンナバルと固く握手を交わした。先日のGMコールでカンナバルがプレイヤー代表としてヤジマと会話してくれなかったどうなっていただろうか。プレイヤー達とはろくに会話もできず、対話に失敗していたかもしれない。カンナバルには感謝してもしきれなかった。
「カンナバルさん、先日はご迷惑をお掛けしました。お陰様でなんとかあの場を収めることができました」
「とんでもないです。ヤジマさんの采配が正しかっただけのことです」
カンナバルは初期装備のプレイヤー達が佇む背後に目を向ける。
「今日ゲームを始めた方達です。先ほどこの街に来たばかりなんですよ」
「「こんにちわ~」」
初心者プレイヤー達がお辞儀し、それに釣られてヤジマとカスミもお辞儀で返す。ヤジマは元気よく歓迎の言葉を述べる。
「ニューズ・オンラインにようこそ!」
「ヤジマさんはこのゲームのGMさんなんですよ」
カンナバルの紹介に皆が驚き、ざわつき始める。
『え? GMってゲームマスター?』
『GMさん普通のプレイヤーみたい!』
『GMさんに会えるなんて、すごい! 信じられない!』
ヤジマが皆の驚嘆の声に照れるのも束の間、一人の初心者プレイヤーのせせら笑いによってヤジマの顔が引き締まる。
「――ハハッ!」
せせら笑いの主は、赤い短髪の少年だった。八重歯が目立つ犬づらが、威嚇するような目つきでヤジマを睨みつけていた。ダッフルコートのような少しオーバーサイズ気味の革製の軽鎧を纏っおり、背の低さも相まってランドセルが似合いそうな悪ガキといった印象だ。
「この人がニューズ・オンラインのGM? 金払ったからここまで続けたけど、このゲーム何から何まで最悪だよ!」
ニューズ・オンラインに対する不満はレビューで嫌というほど見てきたものの、面と向かって言われると堪えるものがある。ヤジマは絞り出すようにして謝罪の言葉を紡ぐ。
「申し訳ありません……。どんなところがよくなかったでしょうか?」
「全部だよ! ぜ・ん・ぶ! グラフィックは最悪だし、街も人が全然いなくて廃墟みたいじゃん! しかもログイン地点から街まで一時間歩くってどういうこと!? ウォーキングしに来たわけじゃないっての! 金返してくれよ!」
「――ヤジマさんに失礼ですよ。やめてください」
見かねたカンナバルが口を挟んだ。少年はふくれっ面になり、腕を組んでそっぽを向いてしまった。ヤジマは慌てて声をかける。
「私なら大丈夫です。率直なご意見ありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……ゴエモン」
ゴエモンはバツが悪そうにヤジマと目を逸らした。これ以上文句を言う気はないようだった。
ゴエモンの意見はヤジマの目から見ても明らかに的を射ているものだった。一時間歩いてたどり着いたのが廃墟のようなギニーデンの街では、誰でも文句の一つや二つ言いたくもなるだろう。
暗雲が立ち込めた気まずい空気を晴らすように、元気よくカスミがカンナバルに向かって問いかける。
「カンナバルさんは今日も初心者支援か?」
「ええ、ここにいる四名を連れて西部のダンジョンへ行ってきます」
ヤジマは”初心者支援”という聞きなれない言葉に首を傾げる。
「”初心者支援”って何ですか?」
「中堅以上のプレイヤーがギニーデンにいる初心者プレイヤーとパーティーを組んで、レベル上げの支援をするのです。ギニーデン周辺は初心者には討伐が難しいモンスターが多いので……」
そういえばカスミも同じ話をしていたことを思い出す。レベルの低いプレイヤーがレベルを上げることに苦労するため、初心者はニューズ・オンラインでのプレーをすぐに諦めてしまう場合があるという。”初心者支援”に興味を持ったヤジマはカンナバルへ矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「”今日も”ということは、いつもやっているということですか?」
「ええ、2日に1回くらいやってますね。ギニーデンの北側で新規プレイヤーが来るのを待ち伏せして、何人か集まったらご覧のようにパーティーを結成しています。ダンジョンでモンスターの討伐を行って、ある程度のレベルに到達したら一人前として送り出してます」
これにはヤジマも驚いた。高レベルプレイヤーがわざわざ始まりの街に残り、誰に頼まれるわけでもなく毎日のように、初心者プレイヤーの支援を行っているのだ。カスミが胸を張り、威張ったようにヤジマに向かって言う。
「カンナバルさんは”ギニーデンのお母さん”のような人なんだよ!」
「カスミさん、せめてお父さんでお願いします……!」
カンナバルが咳払いをしながら頬を赤らめる。どっと笑いがおき、さきほどまでのどんよりとした雰囲気が嘘のように和んだ。しかし、ヤジマは乾いた笑いを見せるのが精一杯であった。本来であればGMが解決しなければならない問題を一般のプレイヤーに押し付ける形になってしまったためだ。
おそらく、カンナバルなどの”初心者支援”を行うプレイヤーがいなければ、新規プレイヤーの定着率は今よりも極端に下がるだろう。しかも、運悪く”初心者支援”を受けることができない新規プレイヤーは路頭に迷う羽目になる。新規プレイヤー達がため息をついてログアウトしていく姿が目に浮かぶようだった。
「カンナバルさん、例えばギニーデン周辺のモンスターをシステム側の設定で弱体化させると、初心者プレイヤーたちの苦労は軽減されますかね?」
「それは少し乱暴なやり方に思えます。ギニーデンは中堅プレイヤー達の格好の狩場なので、逆に中堅プレイヤー達から不満が噴出するでしょう。あちらを立てればこちらが立たず、ですね」
中々思い付きだけではうまくいかないものだと考えたその時、ふと一つアイディアが浮かんだ。カンナバル個人が行っている初心者支援はうまくいっている。ということはその仕組みを転用して、「組織」として初心者支援を行えばいいのではないか?
このアイディアは一筋の光明に思えた。初心者をしっかりとサポートする体制になってさえいれば、初心者の満足度は向上し、定着率も上がるだろう。
(ギニーデンに活気を取り戻せるかもしれない――)
ギニーデンが多くの初心者プレイヤー達で賑わう光景を想像すると心躍った。
ヤジマはカンナバルがどんな活動をしているのか気になり、意を決してカンナバルへ頼み込む。
「カンナバルさん、今日は私も”初心者支援”について行っていいですか?」
「え!? それは大歓迎ですが……、GMのお仕事はいいんですか?」
「大丈夫です、これも仕事のうちなので!」
五右衛門は相変わらず不貞腐れているものの、他の初心者プレイヤー達からは歓喜の声が湧き上がる。反対にカスミからはブーイングを浴びた。
「ヤジマ! 一緒にパーティー組む約束じゃん!?」
「別に二人だけとは言ってないし!」
「二人きりがい・い・な!」
カスミが両手を組んで上目遣いの状態でヤジマに迫る。笑顔の裏の経験値欲が見え隠れするテロまがいの色仕掛けであった。その手には乗らない、というか乗るほうがどうかしている。
「カスミは経験値の取り分減るから嫌なだけだろ! 次回は二人でいくから、今回は勘弁してよ!」
「……チッ、絶対だぞ!」
カスミは悪態をつきながらも、カンナバル達をパーティーに招く。どうやら二回ヤジマと狩りに行けるほうがおいしいと判断したようだった。話がまとまったと判断したカンナバルが、パーティーのメンバー全員に出発の合図を送り、一行はギニーデン西部のダンジョンの方角へ舵を切った。
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