第2部 1話 ゲームマスターと癖の強い同僚たち
IT業界あるあるですが、一般的に使用されているシステムには誰の目から見ても明らかに変な部分があったりします。
その場合、お金がない、時間がないなどの理由で妥協している場合が多いです…(個人的見解)
2021/05/17 改稿
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・ニューズオフィス◆
「なんで下がってるんじゃーい!!」
チーム・ニューズのオフィスに、スピーカーから漏れる辻村の声が響きわたる。ちゃぶ台があればひっくり返す勢いの物言いだった。
”雪下野菜作戦”により、ニューズ・オンラインのレビューは20/100点まで上昇したものの、その後は下降の一途をたどっていた。あれから一週間が経った今、ついには15/100点まで落ちてしまった。辻村の山田に対するお咎めは、このレビュー結果に対してであった。
山田がGMを拝命してからの一週間、何かに追われるようにして仕事に取り組んできた。しかし、成果は一向に数字へ現れる気配はない。異動してまだ一週間であるにもかかわらず、結果を求められるのには良い気はしなかった。これでもGM業務に慣れようと必死に食らいついているつもりであり、山田は思わず反論を展開する。
「異動してきて一週間で結果を求められても困ります! もう少し長い目で見ていただけませんか!?」
「サービス終了が決定するまで後二ヶ月しかないのに、長い目で見られるわけ無いでしょ? オタゴ王宮破壊したらレビューの点数上がったんだから、また壊したらどう?」
オタゴ王宮破壊というワードに鎌田が食いつき、ヤジマへ鋭い視線を飛ばす。この会議ではカメラを使っていないため、辻村にはオフィスに誰がいるのかわからない。つまりは、鎌田が辻村の話を聞いていることに辻村は気づいていない。
「い、いや、オタゴ王宮は倒壊したままなので壊せません……」
山田は鎌田にオタゴ王宮の修理を打診したものの、鎌田は『物を大切にしない人に建てる王宮はない』という迷言を残し、聞く耳を持たない。鎌田の創作物に対する愛着の強さには恐れ入ったものの、癖が強くて中々連携を取れずにいた。普段は仏のような顔をしているにもかかわらず、スイッチが入ると人が変わったようになる性格には驚くばかりだった。
「まあオタゴ王宮壊しても、ユーザ数は増えてないからね……。次はユーザ数をどんどん増やしていかないとね! 人気を奪いに行くためには手段を選ぶな! ユーザへの誠意を忘れなければ、オタゴ王宮だって何度でも壊せばいいさ」
(辻村さんの声、鎌田さんに聞こえますけど……)
より一層鎌田から湧き上がるプレッシャーが高まっており、冷や汗が出てくる。「手段を選ぶな」とはまともな上司の言うことには思えないが、辻村の意図を汲めば、ユーザのためになることは何でもしようということだ。そこまで、辻村から裁量を委ねられていると認識すると、悪い気はしなかった。
「山田くん、新規ユーザを獲得する案を至急考えてくれる?」
辻村の無茶振りが炸裂した。反論しても無駄なことは経験上理解しているので、なんとか猶予を獲得しようとする。
「今週中、あと三日の間には何か良い案を提示できるようにします……」
「遅い! 今日中に何か案を考えてきなさい!」
「今日中ってもうお昼すぎですけど!?」
「今すぐ何か行動に移そうってわけじゃないんだから案くらい出せるでしょ? つべこべ言わない! 業務命令!」
業務命令と言われると、何も返す言葉がない。辻村お得意の根性論。お昼すぎの眠気を誘う時間帯に、急転直下で目が覚めるような煽りをくらったのだった。
※
辻村からユーザ数を増やすための案を今日中に考えるように求められたものの、良案に覚えはなかった。ニューズ・オンラインの問題点は多くあるものの、解決に持っていくのは一筋縄ではいかない作業である。
まず一番の問題はニューズ・オンラインのグラフィックであった。全体の半分程度を占める鎌田が作成するグラフィックは繊細で、驚くほど見栄えが良い。対して、それ以外の汎用品は全くもって見るに耐えない。レビューのコメントを見ても、グラフィックに対しては批判が集まっている。
『小学生の写生会か』
『目に毒』
『俺でも描けるわ』
ヤジマの目から見ても、あまりにもあからさまな手抜きであった。このため、ニューズ・オンラインにはグラフィックを低クオリティ化する呪いが掛かっており、呪いを解除するクエストが存在するのでは、とさえ噂されている。
とは言え、グラフィックを改善するためにはどうすればいいのか見当もつかない。まずは、デザイン担当の鎌田に相談してみるしかない。
「鎌田さん、ニューズ・オンラインで使用するグラフィックを全て鎌田さんに作って欲しいと言ったらできるものなんですかね?」
鎌田の場合、地雷がどこに埋まっているかわからないので、山田は恐る恐る話を切り出した。ニューズ・オンラインで使用するグラフィックを一人で全て作るなど、単純に考えても無茶ぶりである。しかし、その回答は予想に反するものだった。
「いや、もう全部出来てるよ」
「え!? そうなんですか!?」
「うん、でもね……」
鎌田の眉間にシワが刻まれ始め、その瞬間山田は「あ、地雷踏んだな」と思った。
「成瀬くんがインフラの性能が足りないからと言って、敢えて汎用品を使ってクオリティ落としてるんだよ! 僕は前々から我慢してるんだ!」
鎌田のドワーフ顔が般若顔となり怒り出す。「あーそうですか」と山田は無感情に鎌田の怒りを受け流す。ここ一週間で習得した上級スキルだった。
確かにグラフィックが鮮明になればなるほど、それを処理するためのインフラの増強は必須だろう。そういうことならと、鎌田の怒声が聞こえないふりして、PCの画面から目を離さない成瀬へ相談対象を移す。
「成瀬、汎用品グラフィックを鎌田さんが準備したグラフィックに差し替えたいんだけど、インフラ増強できないか?」
成瀬は画面から目を話そうとせず、キーボードで何か入力しながら一言で答える。
「無理」
「は? 何でだよ?」
成瀬が話を真剣に聞いてくれていない気がして、思わず感情的になってしまった。成瀬が山田の方に向き直り、手を差し出す。
「金、金だよ。ニューズ・オンラインは人気がなくて金ないんだからできるわけないだろ! 先にユーザ数増やしてから言え!」
成瀬は吐き捨てると、PCを持ってオフィスから出ていってしまった。プライベートだけでなく仕事面でもケチなのか、と山田は湧き上がる怒りを抑えてため息をついた。
ここまで読了いただきありがとうございました!
8/9中に2話目を投稿予定です!




