第1部 11話 ゲームマスターと仮面
2021/05/17 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン オタゴ王宮前◆
ヤジマがニューズ・オンラインにログインすると、アバターはログアウトした時と変わらず、オタゴ王宮の目の前に佇んでいた。
雪は弱まる気配を見せず、今もなお降りしきっている。カスミを初めプレイヤー達は、相変わらずGMコールを続けている。ヤジマは姿を見せないジーモへ向けてお礼を呟く。
「ジーモ、ありがとう」
ジーモからの返事はなかったので、頭を目の前の問題に切り替える。ヤジマは大きく深呼吸した。冷たい空気が肺に満たされる。
行動を起こす前にカスミにはどうしても一言掛けておきたかった。GMにとって大事なことを教えてくれたお礼を言いたかった。喧騒の中、ヤジマはカスミに向かって叫んだ。
「カスミ! 今日はありがとう!」
カスミは訝しげにヤジマを一瞥した。どうやらヤジマがログアウトすると勘違いしたようだ。カスミは片手を挙げ、短く挨拶する。
「好きにして! お疲れ!」
カスミの返事を聞いたヤジマは決意を胸に、オタゴ王宮の門前へ進み出た。門扉の片側を両手で力を込めて押し込む。すると、開かずの門が、金属の軋む音と共に動き出した。カスミを含め、プレイヤー達は皆その光景が信じられないといった表情で絶句している。
ヤジマは門を抜けて王宮の敷地に入り、正面の石造りの階段を登っていく。自身の背に皆の視線が集まるのを感じ、階段を登りきったところで思い切って門の方へ振り返った。ヤジマは仮面を外して素顔をさらし、大声で自己紹介した。
「皆さん、こんにちは!! 本日からニューズ・オンラインのGMになりましたヤジマです!!」
その瞬間、雲の切れ間から光が指し、王宮とヤジマを照らした。雪が降り積もった王宮が光り輝き、神秘的な光景を見せる。それと共にヤジマの姿は光に神々しく照らされた。
プレイヤー達は皆、呆気にとられていた。凡庸な剣士がオタゴ王宮の門を開け、自分がGMだと自己紹介したのだ。装いは初期装備の初心者アバターであるため、GMには到底見えない。しかし、オタゴ王宮の門を開けたという事実と、光り輝く神々しい姿がヤジマの発言に信憑性を持たせる。
「ふ、ふざけるな! 出てくるのが遅いんだよ!」
一人のプレイヤーが悪態の口火を切り、王宮の敷地に侵入する。するとその他のプレイヤーも続々とそれに続く。そんな中、ヤジマは皆の悪態を鎮めるほどの大声で謝罪する。
「まずは皆さんに謝りたいと思います!! 申し訳ありませんでした!!」
ヤジマは深々と頭を下げた。一時の静粛の後、一人の杖を持った魔導士が進み出た。
「はじめまして、ヤジマさん。私はカンナバルと申します」
カンナバルは水色の長髪が美しい男性魔導士だった。その髪と同じ色のローブを着こみ、教会の司教のような佇まいだ。カンナバルは丁寧な物言いで言葉を続ける。
「まずは状況を説明いただけないでしょうか?」
「ニューズ・オンラインで、夏にもかかわらず雪が降っている原因は私のミスです。私がニューズ・オンラインの天候設定を誤ったことで、今の状況になっています」
「過失を認めるんですね。ヤジマさんはGM初日で慣れていないかもしれません。しかしヤジマさんのミスにより、農園に甚大な被害が出ているのは事実です。おそらくプレイヤーの大半に少なからす損失があったことでしょう。損失に対する補償はしていただけるのでしょうか?」
「残念ながら規約により補償はできません」
『ふざけるなっ!!』
『お前のせいなんだろ!!』
プレイヤー達が次々と騒ぎ出す。ヤジマは申し訳なさそうに深々と再度一礼する。
「皆さんに補償をすることができず、申し訳ありません!」
カンナバルがプレイヤー達の言葉を代弁するようにヤジマへその想いを伝える。
「ヤジマさんの謝罪だけでは納得できない損失です。こちらとしては今の状況では引き下がれません」
「そうですよね。皆さんの悔しさはひしひしと伝わってきます……」
「――それなら尚更、この無念を晴らす方法をご検討いただけないでしょうか!?」
冷静だったカンナバルの言葉も徐々にヒートアップしていく。ヤジマは腕を組んで少し考える素振りをし、その場で円を描くように歩き回る。
「皆さんは今日何かしらの形で大事なものを失いました。手間暇かけて育ててきた農作物を降雪により失った人。GMコールのために本来楽しくプレイするはずだった時間を失った人。GMの誠意の無さに失望した人。しかし、私には皆さんが失ったものを補償をすることができません。私にできることは唯一。私も同じように大事なものを失い、皆さんと同じ悔しさを感じることです――」
そう言い終わると、ヤジマは踵を返してオタゴ王宮に向き直り、その場で跳躍した。プレイヤー達はヤジマの行動に呆気にとられている。
ヤジマは時計台の頂上付近まで飛び上がり、美しいアラビア数字が刻まれた時計盤を思いっきり「グーパン」した。
その瞬間、象徴的な時計台は勢いよく弾け飛び、時計盤に大穴が開いた。時計台はバランスを崩し、上の方から崩落していく。
「逃げろぉおおお!!」
「瓦礫が当たったら死ぬぞぉおおお!!」
プレイヤー達は引き潮のように王宮からサーっと引いていく。時計台の三角屋根が王宮に直撃し、轟音を立てて倒壊していった。皆、生き埋めになるギリギリのところで逃げ出し、力が抜けて尻もちを付いた。
「ギニーデンのシンボルが……」
プレイヤー達は言葉を失う。まさかGMがこんなテロまがいの行動に打って出るとは誰も予想していなかっただろう。崩落が終わると、カンナバルがヤジマに向かって叫んだ。
「どういうつもりですか!?」
「大事なものを失った皆さんと同じように、大事なものを失うために私の住処を壊したんです。いやあ、予想以上に派手に壊れましたけど」
「狂ってる……これで皆納得すると?」
「納得していただくためにやったのではありません! 私には皆さんが失ったものを補償することはできない。皆さんと同じ気持ちでいたかっただけです。後で上司からは大目玉だと思いますが……」
「……ふはははははっ!!」
それを聞いたカンナバルとプレイヤー達はこぞって笑い出した。
『ゲームを管理するはずのGMが破壊活動に手を染めるなんて、前代未聞だよ!』
『GMはゲーム内の神というが、神は神でも破壊神だな!』
カンナバルが立ち上がり、ヤジマへ一礼した。
「恐れ入りました……。納得したわけではありませんが、あなたの誠意は伝わってきました。なんだか、農作物の被害は小さいことのように感じてきましたよ。これ以上何かを壊されても困りますし……」
カンナバルはヤジマに握手を求め、ヤジマはそれに応じた。すると1人の軽装の男が大声で叫びながら街の方から走ってきた。
「大変だぁあああ!!」
その男は崩落したオタゴ王宮の惨状に驚きながらも、皆の前へ手に握りしめた白い”何か”を掲げた。
「農園の雪を掘り返してみたら、白い薬草が取れたぞ!!」
プレイヤーの手には真っ白になり、瑞々しさを取り戻した薬草が握りしめられていた。
『なんだそれ!? 初めて見たぞ!!』
『他の農作物も同じか!?』
『おいおい……通常の薬草よりも回復パラメータが上がってるぞ……』
カンナバルはヤジマを問いただす。
「……これがあなたなりの補償ですか?」
ヤジマはニヤリとし、首を横に振りながら否定する。
「言ったはずです、補償はできないと。但し、今日たまたま新しい機能がリリースされまして、確か農作物に関する機能だったような記憶はあります」
「やれやれ……」
カンナバルはため息をつき、両手を上げ降参のポーズを取った。プレイヤー達は農園の様子を見てくる、と言って自分たちの農園を目指して走り出した。
ヤジマは先ほどチーム・ニューズで行った対策会議の場面を思い出す。この「雪下野菜作戦」は成瀬の考案だった。
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・ニューズオフィス 1時間前◆
「”雪下野菜”なんてどうですかね? 雪の下で保存すると、野菜の糖度が上がって甘くなるらしいんですよね。ニューズ・オンラインでも同じように雪下で保存したことによって何か付加価値をつけることができれば、ゲームの演出としては納得できるんじゃないですかね?」
「異常気象の影響をマイナスではなくてプラスにするのね――成瀬くん、いい考えかもしれない……」
辻村の賛同に反応するかのごとく、鎌田が詳細を詰めていく。
「わかりやすくビジュアルを変えてやればいいんじゃないですかね? 雪にちなんで白色にするとかであれば、すぐできるかと」
「その手で行こう! 鎌田さん、農作物の白色デザイン準備するのにどのくらいかかる?」
方向性が決まると辻村は手際よくメンバーに指示を出していく。
「30分……いや20分でアップロードまで終わらせましょう」
「さすが鎌田さん!――成瀬くん、アップロード可能なデータ容量が残ってるか、念の為確認して!」
「了解しました!」
「――長谷部くん、農作物にイベント駆動型のブログラム1つ増やせる? 積雪を駆動条件にして、色を変化させて。細かいパラメータは任せる!」
「出来ますけどテスト含めると1日かかりますよ?」
「30分でやって! 山田くん、手伝ってあげて!」
有無を言わさぬ辻村の物言いに、思わず長谷部と山田は顔を見合わす。
「名付けて”雪下野菜作戦”!! 開始!!」
辻村は楽しそうな声色で、作戦開始を宣言した。
ここまで読了いただきありがとうございました!
次回で第一部完結です!
 




