第1部 10話 ゲームマスターと断罪
2021/05/17 改稿
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル タイブ室◆
山田はダイブ室でヘッドギアを被ったまま、ベッドに横になっていた。
ニューズ・オンラインからログアウトした後、ヘッドギアを取り外すことができなかった。ヘッドギアを取れば今起きている問題に向き合わなければならない。辻村や同僚から怒鳴られ、ニューズ・オンラインのユーザからも容赦ない非難が浴びせられるのだろう。
鳩尾の部分に重しを乗せられたように腹の底に疼く痛みを感じた。山田はこの痛みには覚えがあった。ふと、異動前の部署にいたときのことを思い出す。
山田は前の部署ではプログラムの開発を行っていた。担当していた製品は社会に大きな影響を与えるものだったため、やり甲斐は大きいものだったが、それに比例してプレッシャーも大きいものだった。
特に山田が開発していた部分は、人命に関わる重要な部分だったため、より万全な体制での開発が求められた。しかし、人員のリソース不足や納期前の仕様変更など、山田にはどうしようもない要因で万全とはほど遠い体制でプログラムを完成することが求められた。
案の定不具合を発生させ、担当していた製品は事故を起こした。人命に被害はなかったものの、この事故は社会問題にまで発展してしまった。
『人為的ミスだ』
『不祥事だ』
『上になんて説明するんだ』
『お前のせいで皆が迷惑している』
『ルール通りにやらないからこうなるんだ』
山田には社内外から容赦ない非難が浴びせられた。すぐにでも開発現場から逃げ出したいと思った。
『自分にはどうしようもなかった』
『直前に仕様変更した顧客のせい』
『リソース不足を解消しなかった上司のせい』
自分に都合のいい様々な言い訳を並び立て、自分を正当化した。そして恵まれない自分自身の境遇を悲観し、逃げるようにして異動届を出した。
今回も同じように自分にはどうにもならない状況に陥り、自分の境遇を悲観したくなる。いや、実際に悲観しているのだろう。
『GM経験のない山田をGMに選んだ辻村のせい』
『前のGMの誠意が足りなかったせい』
『GMのノウハウを溜めていない会社のせい』
自分を正当化する言葉も面白いように思い浮かぶ。しかし、今回は逃げずに向き合うしかない。あの人は心の底からニューズ・オンラインを好きだと言ってくれた。ニューズ・オンラインを変えたいと言ってくれた。
山田にはその熱意を裏切るくらいなら死んだほうがマシだと思えた。どんな結果になろうとも、最後まで向き合おう。
山田は決心したようにヘッドギアを取り、ダイブ室を後にした。
※
「申し訳ありませんでした!!」
山田の謝罪の声がチーム・ニューズのオフィスに響き渡った。山田はオフィスに戻るとメンバーを集めて状況を説明したものの、メンバーの反応は芳しくない。
成瀬と鎌田の表情は曇り、開発担当の長谷部は初対面にも関わらず、嫌味たらしく山田を非難する。
「勝手に設定変更なんてあり得ないですよ。勝手にするのは自分のケツは自分で拭けるようになってからにしてくださいよ」
長谷部の心ない言葉に山田はしおらしくなるしかない。鎌田のPCより、オンラインで会議に参加中の辻村の声が割って入る。
「山田くん、まずは迅速な対応ありがとう。山田くんが対応してくれなかったら、ニューズ・オンラインはサービス停止になってました。た・だ・し! 長谷部くんの言うように、独断での設定変更はまずかったね。報連相、社会人の基本を忘れないこと!」
激怒を予想していたが、辻村が発した言葉は山田の意表を付く形で感謝の言葉だった。辻村の言葉を聞くと、喫緊の非常事態があたかも問題ないように聞こえてくる。山田は心が軽くなった気さえした。辻村は思った以上にいい上司なのかもしれない。辻村が続けてメンバーに問いかける。
「状況の収束が喫緊の課題だけど、どう対応しようか。まずは皆で意見を出してみよう!」
山田が名乗りを上げて、山田の望む対応を意見する。
「損害分をゲーム内、もしくはゲーム外で補償できないでしょうか?」
「私も気持ちとしてはそうしたいところだけど、それはできないのよ。それがこちら側の不備だとしても補償はしないと規約で決まっているの。一度ルールを破って補償してしまうと、今後も大なり小なり補償し続けないといけなくなるからそれはできないことなの」
無知な山田に腹を立てたのか、長谷部が腕を組みながら不機嫌そうに吐き捨てる。
「あとは損害をユーザに飲み込んでもらって、GMが状況をユーザへ説明するしかないんじゃないですかね」
山田が縋るような思いで辻村に問いかける。
「本当に損害をユーザに飲んでもらうしかないんですかね? 今回はユーザには全く非がないですし、ユーザはGMのせいだと気づいています。何も対応しないとなるとユーザはニューズ・オンラインに失望してしまいます!」
「よく言うよ……元はと言えば君が――」
「一つ考えがあります」
長谷部の言葉を遮るようにして成瀬が唐突に話し始める。
「補償はできないけれど、あくまでゲームの延長線上でユーザに損をさせないようにすることはできますよね」
「その話、詳しく説明して」
辻村を初め、皆食い入るようにして成瀬の話に耳を傾けた。
ここまで読了いただきありがとうございます!




