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第1部 9話 ゲームマスターと憂鬱

2021/05/17 改稿

◆ニューズ・オンライン ギニーデン城下街◆



 カスミの口からGMという単語を聞いたときは、ヤジマは口から心臓が飛び出る思いだった。さらに、カスミはGMコールをしにオタゴ王宮へ向かうという。ヤジマはいたたまれなさを感じずにはいられない。


 ヤジマは現状をよく理解できていなかった。確かに雪により農園に被害が出ているようだったが、雪が降れば当たり前の結果ではあると思う。いくら被害に不満があろうと、GMを呼び出すような事案ではないように思う。しかも、先ほど状況を見に行った農園はカスミのものではないという。実害もないのに悲しむ理由が見当たらない。


 首をかしげながら、先を行くカスミの後ろ姿を遠目に、サンドゴーレムと対峙して以来見かけないジーモの姿を探す。


「ジーモ、いる?」


 ヤジマと並走するようにジーモの白い体が出現する。


「ジーモ、雪って珍しいの?」

「珍しくないけれど、夏に降るのは珍しいナ」

「え、何で夏に雪が降ってるの……?」

「今日の天候はヤジマが昨日設定した通りランダムだったから、その結果雪になったナ」

「えぇ!?」


 手がじんわりと汗をかいていくのが分かった。ヤジマは自分の正当性を探るようにジーモを問いただす。


「毎日晴れにするわけにもいかないんだから、それはランダムに設定するしかないじゃない!?」

「ランダムの他に、”夏”設定があるナ。”夏”設定にすると、夏の天気、気温がランダムに再現されるナ」

「天気”夏”なんて設定があるなんて想像できなかったよ! 先に言ってよ!?」

「聞かれなかったナ。それに初対面で人見知りしてたナ」


 ジーモのクリオネのような白い体が薄いピンク色になる。恥ずかしがってるらしい。


「人見知りできるくらい臨機応変なAIがこの気の利かなさ!?」

「選択肢を確認する前に設定したのはヤジマだからジーモのせいじゃないナ」

「くっ……!」


 確かに迂闊(うかつ)ではあったが、天候の設定がまさかニューズ全体を巻き込む大問題に発展するとは考えてもいなかった。想定外とはこのことだ。


「でも、今天候を元に戻せば農作物の被害もなかったことになるんじゃ……」

「枯れてしまった農作物は元には戻らないナ」

「でも、とりあえず夏の設定には変更したほうがいいよね?」

「今変更するとGMがミスを認めるようなものナ。それでもいいナ?」

「うう……」


 GMに就任早々こんな問題を発生させ、勝手に対処したと上司の辻村にバレれば、どんな処分が下されるかわからない。まずは影響範囲を確認してから辻村に相談しようと心に決める。もしかしたら、こんなことを気にしているのはカスミだけで、カスミだけ(なだ)めれば済む話かもしれない。


 ヤジマは仮面を深々とかぶり直し、祈る思いでオタゴ王宮に足を進める。すると、王宮前の門には既に人だかりができていた。


「まじか――」


 プレイヤー達は皆、並々ならぬ殺気を放っており、声を荒げながらまだ見ぬGMへの罵詈雑言(ばりぞうごん)を王宮へ向かって連呼する。


『GM出てこい!』

『GMは損害を保証しろ!』

『サラリーマンならちゃんと仕事しろ!』

『損害はお前の給料で補填しろ!』

『農作物と共に朽ち果てろ!』

『王宮売り払って保証しろ!』

『転生してスライムになれ!狩り尽くしてやる!』

『次に会うときは法廷だぞ!』


 ヤジマに悪口雑言の矢が五月雨(さみだれ)の如く突き刺さる。ヤジマは一生分の悪口を聞いた気分で目眩(めまい)を起こしそうだった。


 ヤジマが人だかりの後ろで右往左往していると、カスミが人だかりの最前列で手を振って手招きしているのが見えた。プレイヤーたちの間を()うようにしてカスミまで辿り着くと、カスミはオタゴ王宮の時計台を指差しながら力を込めて言う。


「ここがGMの住処よ! ヤジマ、GMコールを一緒に手伝って!」

「……GMコールってテキストかボイスメッセージでGMを呼び出すんじゃないの?」

「そういうホットラインがないのよ!」

「クソゲーだな!」


 もうお決まりになりつつあるニューズ・オンラインの仕様の気の利かなさ。原始的にも大声を張り上げてGMを呼び出すしかないらしい。最新のVR空間だというのにアナログな伝達手段使うしかないこのもどかしさ、クソゲーとしか言いようがない。


 しかし、伝達手段が何であれGMコールをいくら続けようともGMが姿を現さないことをヤジマは知っている。


「GMが姿を現したことってあるの?」

「私は見たことないけど噂ではあるみたい。でもGMの態度は塩対応らしいね。何かニューズ・オンラインの問題を指摘しても、バグではない、対応できないの一辺倒。最終的にはアバターを凍結するって脅されて、引き下がることになるらしいよ」

「……酷いな」


 ヤジマはGMとして姿を現すべきなのか考える。しかし、ヤジマは切れる手札も無ければ落としどころも思いつかない。できることは昔のGMのような塩対応しかないだろう。それに意味があるのだろうか。


 どうせサービス終了までの二か月の命、知らんぷりを決め込んでしまえば苦労せずに済む話だろう。この件でヤジマが苦労するのは不服と感じずにはいられなかった。やったこともないGMに就任することになり、引き継ぎもノウハウもない状態でほっぽり出された。


 ヤジマは自分の置かれた不運な境遇を恨んだ。例えヤジマがこの件をほっぽり出したとしても文句を言われる筋合いはないと思った。


 巨大な時計台をぼーっと見上げながら逃げる算段を立てていると、カスミがヤジマの顔を(のぞ)き込むようにして言った。


「ヤジマ、何してんの?」


 カスミの長いまつ毛に一瞬見とれた後、顔と顔の距離が近いことに気づき、びっくりして距離を取る。端正な顔立ちで見つめられると、こんな状況でもドキッとしてしまう。


「い、いや、今日用事があるから、早くログアウトしないとなーと思って……」

「こんなときに落ちようっていうの? 逃さないわよ!」


 カスミはヤジマの腕を強引に引き寄せた。


「GMが現れたら返してあげるから、それまで一緒に叫びなさい! いっせーのーせ、GM出てこい!!」


 カスミの掛け声にげんなりしながら、無気力にその声に続く。


「GMでてこーい」


 それからヤジマとカスミはGMコールを続けたものの、GMが登場することはもちろんなかった。ヤジマは逃げる算段を模索するも、騒ぎが収まるのを待つしかないという結論に至った。このまま無難にGMコールを続けてカスミの諦めがつけば、いずれ解放してもらえるだろう。


 カスミがそろそろ諦めないかと、ふと隣のカスミに目をやると、悲しげな表情が見えた。ヤジマの視線に気づいたカスミが薄笑いの表情を見せる。ヤジマは思わず問いただす。


「どうしたの?」

「予想通り、またGMは出てこないなと思って……」

「また?」

「うん……私ね、GMコールを一昨日もしたの。この場所で一日中一人で叫んでたわ。でもその日もGMは現れなかった……。だから今日も諦めたくないけど、どこかで無駄だって気づいてる自分がいる……。なんだか虚しくなっちゃった……」


 カスミはしゃがみこんで(うつむ)く。ヤジマも同じようにしゃがみこみ、カスミと同じ目線の高さになるようにして、一昨日の出来事について確認した。


「なんで一昨日GMコールしたの?」


 少し間を置き、決心したようにカスミが話し始める。


「私……三日前にGMにアバターを凍結されたの」

「え……どうして?」


 ヤジマはカスミとGMの間にあった因縁に驚愕する。


「わからない……。なんで凍結されたのかは、全く見に覚えがないの。ここで冒険することは私にとって生きがいだった。代わりの利かない唯一の居場所だった。それがある時一瞬でこの手から滑り落ちていったの……。全てを失った気分だったわ……」

「……GMが許せなくなるわけだね」


 ヤジマは今日一日を通じてカスミと信頼関係を築けたと感じていた。最初は仕事として少しでもゲームへの理解を深めるつもりだったが、カスミと同じ時間を共有し、カスミの嬉しさが自分自身の嬉しさのように感じた。


 だからこそ、ヤジマはカスミの無念さを痛いほどわかった。カスミのGMへの怒りをヤジマへの怒りと捉え、ヤジマはカスミとはこれまで築いた関係が崩れ落ちていくような感覚に襲われ、悲しくなった。


 カスミは語気を強めて言葉を続ける。


「GMを許せないのはもっと根本的なところ。私達との対話から逃げることよ! アバターを凍結された時もそうだし、今回もそう。GMは一方的に私達に意見する。でもこの世界にいるのは私達なはずなのに、私達の意見は何も反映されない!」


 ヤジマはカスミの言葉に呆然とし、仮面が少しずり落ちる。


 ガツンと思いっきり頭を殴られたような気分だった。プレイヤー達の悪口雑言(あっこうぞうごん)の数々は、プレイヤー達との対話を怠ったことが招いた結果であること、つまりはGMの対応に誠意がなかったというとても単純な問題だということだ。


 ヤジマは仮面がズレているのも気にせず、カスミの目を見据えて問いかける。


「カスミは、何故こんなクソゲーを続けるの?」

「ニューズ・オンラインを続けるかどうか実際今でも迷ってる……。これ以上ニューズ・オンラインを続ける理由も見つからない。変わろうとしないニューズ・オンラインには失望もしている。ただ、私はニューズ・オンラインが好きなのよ! それしかない。だからこそ、こんなニューズ・オンラインを変えたいと想う! そのためには私は声を上げ続けるしかない!」


 ヤジマの脳裏に辻村が言った言葉がよぎる。


――一部のユーザからは根強い人気があるの!


 ヤジマはこんなクソゲーを好きな人が本当にいるのかと疑念を抱いていた。しかし、ここにニューズ・オンラインを心から愛する人がいる。


 ヤジマがここで逃げ出せば、間違いなく二か月後にはニューズ・オンラインのサービスは終了する。だがこんな結末でいいのだろうか。サービスが終了したら、カスミは何を思うだろうか。それを考えると、ヤジマにはカスミを裏切ることなんて到底できないように思う。サービスを継続できる可能性はヤジマの行動次第なのだ。


 カスミの真剣な眼を見据え、ヤジマは覚悟を決めた。頭をフル回転させてどうにかここから離脱する方法を考える。カスミにバレないように小声でジーモに話しかける。


「ジーモ……! アバターここに置いたままログアウトできない?」

「できなくはないナ。ジーモがヤジマの代わりにアバターをコントロールすることはできるナ」

「ログアウトして対応方法を上司と検討してくるから、代わりにコントロールしておいてくれる?」

「……逃げるナ?」

「バ、バカ! 効果的な最良の対応を行うためには組織の力が必要なんだよ!」

「ふーん……行ってらっしゃいナ」

「ジーモ、また後で。”ログアウト”っ」


 ヤジマがログアウトの呪文を唱えるものの、何も起きず不発に終わる。


「……何してるナ?」

「いや、ログアウトしようと思って……。どうやってログアウトするんだっけ?」


 ジーモはケラケラと笑い出す。


「あ、ジーモ、今俺のことバカにした? 俺GMだよ? バカにしていいの?」

「バカにしてないナ。思い出し笑いナ」

「何をこのタイミングで思い出す!?」

「いいから、コンソールと念じてコンソールを出すナ」


 ジーモの教えに従い、ヤジマがコンソールを表示し、ログアウトボタンを押した。目の前が暗転して、現実に引き戻される。ヤジマのログアウト後、ジーモがカスミからGMコールを強要され、酷い目にあったと聞いたのは、後日の話である。


ここまで読了いただきありがとうございました!

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