第五話 教会で
見ると、いかにも村人といったいでたちの男が数人いた。風呂にも入っていないようでつんと臭う。
「死体?」哲郎は繰り返した。自分が死体だと見られていることと日本語が通じる事に驚きながら。
「お前、あの処刑場におった兵士だろ? 大変だあ、亡霊だあ!」村人はそう言いながら教会に駆け込んでいった。あとに残った村人たちは哲郎を遠巻きにして恐る恐る見ていた。
哲郎は、やがてここが文字通りの中世ヨーロッパであることに気付いて来た。ここは「荘園」に違いない。そうするとあの城は領主のものに違いない。この村人たちは農奴であるはずだ。
やがて聖職者がやって来た。「亡霊はどこですか?」農奴が哲郎を指す。聖職者は祈り始めた。哲郎は、
「僕は生きてます!生きてますよ!あの兵士の生き残りなんです!」と主張した。聖職者はこちらを向いて、
「本当ですか?兵士は全て帰りましたよ?」
哲郎は一生懸命反論した。「僕は気絶して死体と間違えられていたんですよ!!!」
聖職者は哲郎を目を細めて見ると、「そうですか、では教会に来なさい」と哲郎を手招きした。哲郎は呆気にとられた農奴たちに背を向けて歩き出した。
教会の中には大きな聖堂があり、あとは幾つか裏に部屋があった。哲郎はそのうちの一つに案内された。やがて先ほどの聖職者と、それに比べて少し立派な服装をした聖職者が来た。先ほどの聖職者は、
「こちらが例の者です」
と二人目の聖職者に哲郎を紹介した。先ほどの聖職者は哲郎に「こちらが司祭です」とだけ案内してあとは静かにしている。哲郎は取りあえず「こんにちは」と挨拶をした。司祭は哲郎に、
「君は兵士で、あの死体の山で気絶していたと言うが間違いはないかね」
と確認した。哲郎は肯首した。司祭は続いて、
「君は帰りたいのかね、というよりはどこの出身なのかね」と訊ねた。
「……分かりません」
「分からない? それはまたどういう事かね」
哲郎はこう問いただされると返答に窮した。そこに、「記憶を失ったのですか?」と先ほどの聖職者が助け船を出してくれた。哲郎はその通りですと言った。
「成る程、そうなるとこの荘園にずっといるしかなさそうだな」と司祭。やはりここは荘園だったのか、などと哲郎が考えていると聖職者が「ええ、そうでしょう」と言っている。哲郎は慌てて、
「ずっといる、とはどういうことでしょう?」
と質問した。司祭は、
「あの農奴たちに混ざって仕事をするという事だ。でなければこの村から追放になってしまう。この戦争が始まってからここの領主が決めたルールなのでな、すまないが」と答えた。
「…ええ、仕方ないでしょう」
「分かった。それでは十分の一税すらろくに納められていないあの家のところに行ってもらおう」
「その家はどこにあるのでしょう?」
「この聖職者に案内してもらってくれ。朝食はここで食べてくれてよい」
それだけ言って司祭は出ていった。しばらくして件の聖職者が朝食を運んで来た。黒パンとチーズ、それに野菜のスープである。聖職者の話によると、以前は一日二食であったが領主のすすめにより最近一日三食に増やしたという事で、菜園から採れる野菜が少なすぎて間に合わない状況だということだ。哲郎を聖職者として迎え入れる案もあったが食事不足により断念したらしい。
朝食も済んで、やがて哲郎は聖職者とともに教会を後にした。いくつか道を曲がって着いたあばら家が、例の家らしかった。