第三十九話 石灰岩の夢
気が付くと、哲郎はあの神と会った白い空間に居た。目の前にはテオス――あの自称神がいた。
「目覚めたかの。とは言え、これは夢なのじゃが……」
哲郎は呆気にとられた。それから、頬をつねってみた。痛みはなかった。
「わしはお前に夢を見せているのだ――シノザキよ」
「夢、ですか」
哲郎は声を出せた事に少し驚いたが、よく考えると夢なのだから当たり前でもあった。
「うむ、お前は転移した者たちの中で二番目によくやっておる」
「一番目は誰ですか?」
「確か、クロダとか言うやつだった。三番目はミネヤマだ」
「なるほど……」
「男子の中では、お前は一番じゃな」
テオスはそう言った。
「それで、何の用件で僕の夢の中に現れたんですか? まさかこれだけじゃないでしょうね?」
哲郎は少し棘のある言い方をした。はっきり言って、彼からすればテオスによって勝手に連れて来られたのだから、少々恨んでいるのである――とは言え、いじめられることはないのでありがたいと言えばありがたい。
「そう、今回お前を呼んだのは、他でもない、石灰岩のことじゃ」
「石灰岩……?」
哲郎は首を傾げた。
「そう、石灰岩じゃ。わしは白亜岩と呼んでいるのじゃが……端的に言うと、それが村の東の山から採れるのじゃ」
「え、それじゃ……」
「これさえあれば、もう少し家などを楽に建てたり出来るじゃろう。それではまた」
テオスはそう言うと、向こうに向かって歩き出した。しかし、ふいに止まってこちらを振り向き、こう言った。
「言い忘れておったが、お前の脳内には今、地球の人類がしてきた様々な事柄が入っておる。わしはこれからクロダに会いに行かねばならないが、その力を活用するのじゃよ」
哲郎は不意に意識が遠くなり、深い眠りに落ちた。
哲郎が目を覚ますと、朝になっていた。昨夜のあれは夢か、と思ったがあの光景は脳内にこびりついて離れない。哲郎は服を着ると、家の外に出た。
外ではハンスが雑草を抜いていた。レンバー領に居た時の経験はまだ鈍っていないようで、見よう見まねで畑仕事をしている元レンブルク市民たちよりもはるかに手慣れている。哲郎がこちらを見ているのに気付いたハンスは、
「何だい、兄貴」
と言って近寄って来た。哲郎は、
「あの山が見えるか?」
とハンスに問い掛けた。ハンスは、
「ああ、白いな」
と答えた。
「あの白いのが、何か役に立つんじゃないか、と思うんだ」
「何か役に立つ、だって? 根拠はあるのか?」
ハンスは訝しげに繰り返した。それもそのはずで、あの山は村の中でずっと「気味が悪い」と言われ、避け続けられて来たのである。それはハンスも知っており、ロタール村長が死んだ崖もあちらに近いことも相まって、あの山は村の中ではタブーになっていた。哲郎がそんな山に登ろう、と言ったから彼は驚いたのである。
「ああ、根拠と言うほどのことでもないが」
哲郎は答えた。
「それは一体?」
「この村では独立して生活せねばならない」
「ああ」
「そのためには、身近にある様々なものを知る必要がある」
「いや、知らなくとも良いんじゃ?」
ハンスは反論した。
「将来、この村はどこかの国に攻め込まれるかも知れない。その時は、地の利を生かした防戦が必要になる。自警団に居たハンスなら分かるだろう?」
こう言われてハンスは納得した。しかし、どうしても彼には聞きたいことがあった。
「それは分かった。しかし兄貴、他に誰を連れて行く?」
「誰も」と哲郎は答えた。「村人達もどうせ恐れて行かないだろう。僕達で前例を作ることが大事だ」
ハンスは頷いた。かくして二人は、留守をロレンツォに任せ、出掛けた。
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