第二十二話 火おこし
哲郎は、鬱蒼とした森の中を歩いていた。時たまに小川の流れる音がする。哲郎は喉が渇くと、その水を飲んで渇きを癒した。また彼はしばしば小動物に出くわした。ほとんどがキツネだったが、たまにヤマネコのようなものもいた。また、何か分からない哺乳類らしき生き物もいた。この世界は見た所は中世ヨーロッパらしいが、実際の所は少し地球における中世ヨーロッパとは異なるかも知れない、哲郎はそう思った。それに、彼もヨーロッパの森に居る生き物に関してはとても詳しくないのである。
その時、哲郎の腹が鳴った。よく考えてみると、追放されたのが朝飯の直ぐ後である。今は太陽が真上を少し過ぎた所にあるので、今はちょうどお昼時、という事になる。辺りを見回すと、背の低い木に、キイチゴがなっているのを見つけた。いくつか取って口にしてみると、酸っぱいがほんのりと甘みが感じられる。哲郎は川の水を飲み、しばしの間木にもたれて休んだ。
哲郎は再出発した。木の枝を踏みしめるとパキパキと音がする。中世ヨーロッパでは、森には魔女が住んでいると信じられていたので、森には基本的には深入りしなかった。奇妙な迷信だな、と哲郎は思った。
やがて小川を越える所までやって来た。小川の先には少し開けた場所がある。あそこに夜営しよう、と哲郎は考えた。下には小川が流れている。幅にして3mと少し、深さはかなりありそうだ。哲郎は思い切って跳んだ――
バシャアァァァン!!!
見事に着水してしまった。幸い足は川底に着いたが、川の流れは思ったよりも速く、押し流されそうになった。頑張って川岸まで辿り着き、ほうほうの体で這い上がる。哲郎はやっとの事で川を渡った。
哲郎は濡れ鼠になってしまった。体から水がポタポタと垂れている。このままでは風邪をひいてしまう――哲郎はそう考えた。それにはまず火をおこすべきである。
と、そこまで考えて哲郎は一つの事実に行き当たった。すなわち、彼は火をおこす手段を持っていないのである。
彼は辺りを見回した。これでは錐揉み式で火をおこす必要がある。
錐揉み式では、木の板に凹みを作る必要がある。しかし、凹みを作るにはナイフが必要だが哲郎はナイフを持っていない。
……こうなったら、火溝式しか無い! 哲郎はそう思った。
火溝式というのは、最も単純な火おこしの方法である。軟らかい木に木の棒を溝を作るように何度も激しく往復運動をして摩擦熱で発火させるという簡単な方法であるが、非常に腕力を必要とするため現代では太平洋の一部の島々を除いては使われていないらしい。
哲郎は運動神経は残念ながら悪いほうで、それはこの世界に来てからも同じである。体育の成績も悪かった。非常に腕力を必要とする、か――哲郎は考えた。ええい、ままよ! これしか方法が無いのだから、こうするしか無い。
哲郎は軟らかい木を探した――なるべく乾いたものを選んで。また、木の棒も。こうしている間も刻一刻と体温は奪われているため、一刻も早く火をおこす必要がある。彼はすぐに擦り始めた。
さっきからやっているのだが、なかなか火が着かない。僅かに溝っぽいものは出来てきているのだが、それ以上は出来ず、少しおが屑が出てきているのみである。
哲郎は試しに少し触ってみた。思ったより熱く、手を引っ込める。
ここまで熱いなら後は頑張れば火がつく筈だ――哲郎はそう考えた。そして閃いた。体重を掛ければ良いのかと。
程なくして火がちろちろと燃え始めた。哲郎はガッツポーズをしたが、直ぐに予め用意しておいた枯れ葉や枯れ枝をくべた。火がめらめらと燃え上がる。頃合いを見計らいながら、枯れ木を投入していく。林間学校のキャンプファイヤーでの知識がこんな所で役に立つとはいささか意外だった。
火が燃え上がると肉を焼きたくなるが、獣は血抜きせねばならないため断念した。
こうして、哲郎の森での初めての夜は更けて行った。哲郎は直ぐに眠りについた。そのまま翌日まで熟睡する筈だった――ある事件が起こらなければ。
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