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第二十一話 森への追放

 哲郎は引っ立てられ、領主の前に引きずり出された。ブルーノは半ば恐れたような目でこちらを見ている。その横には最近来たらしい司教が怒りを込めてこちらを睨んでいる。司祭、聖職者たちもそのそばにいる。

 哲郎は何が起こったか理解出来なかった。「悪魔!」と呼ばれていたからひょっとしたら自分は悪魔だと思われているのかも知れない。哲郎は司祭に助けを求めるような目線を向けたが、目を逸らされた。

「悪魔よ」ブルーノが口を開いた。よく見るとブルーノの隣にはあのルッツも居る。哲郎はルッツの言っていた「領主様の御機嫌を損ねるな」の意味を今初めて知った気がして、身体中に冷や汗が出た。


「悪魔よ、懺悔(ざんげ)の言葉はあるか」


 哲郎はここまで来て自分が悪魔だと思われていることを確信した。


「ぼ、僕は……僕は悪魔では有りません」


 声を絞り出した。しかし、


「嘘が私に通じると思うな。お前は私を殺し、そこに居座ろうと考えているだろう」


「そんなことは」


「あるから言っておるのだ」と司教が口を挟んだ。「貴様の作り出した犂、あれほどおぞましい物は無い。あれは土を深く耕すが、それに何の意味があるのか。現状に疑問を持つな。それから、三圃制などという方法もだ。神様の定められた耕し方を覆そうとする、これは悪魔に違いない!」


 哲郎は良い反論が見つけられなかった。効率化は宗教的には良くないことなのだ。ましてその宗教を否定するなどもっての外である。やってしまった……、哲郎の心境はこの一言である。


「貴様は火あぶりだ」司教が冷酷に宣告する。ああ、もう終わりだ――。


「いや、違ったぞ」と突然ブルーノがにやにやしながら言った。


「何でしたっけ……あっ!」


 司教が何かを思い出したかのように手を打った。


「お前は――森に追放だ」


 哲郎は一旦は命が助かったことに胸を撫で下ろしたが、次のブルーノの一言で再びもう終わりだ、と思った。


「森には山賊や狼がうようよしているからな」


「ええ、では早く連れて行きましょう」


「ま、待って!」哲郎は叫んだが、聞き入れて貰えなかった。


「誰か、こやつを引きずって行け」


「分かりました」


「嫌だ、死にたくない!!!」


「黙れ!」


 哲郎はじたばたしたが、無意味だった。数人の屈強な男たちに持ち上げられ、運ばれて行った。その先頭にはルッツが居た。





 哲郎たちはやがて森の入り口に着いた。男たちが哲郎を下ろそうとすると、ルッツがそれを止めた。ルッツは哲郎に向かって、


「おい悪魔」


 と話しかけた。哲郎は、答えないわけには行かないが、答えると自分が悪魔であることを認めることになるので、答えないでいた。


「おい、悪魔!」


 苛立ち気味に繰り返されたので「はい」と答えると、


「お前はここで解放されるが、もし戻って来たら……分かるよな?」


 と脅された。哲郎が神妙にしていると、ルッツは、


「分かったら下りてよい。二度と戻って来るな」


 と言って、腰に下げた刀を叩いた。哲郎がはいと答えると、男たちは哲郎を地に下ろした。

 哲郎は立ち上がった。振り返るとルッツがこちらを見ている。前に視線を移すと、木々が鬱蒼と茂っている。震える足で一歩踏み出した。振り返ったがルッツは動かない。また一歩、一歩と歩みを進めて行くうちにやがて後ろに居るルッツが見えなくなった。

 哲郎は辺りを見回した。木が生えている。それと下草。哲郎は、いよいよ本物の「森」に入ってしまったのだ。

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