第二話 嫌がらせ
篠崎哲郎は、工業高校の生徒だった。別段成績表に良い点数が並んでいるような訳では無い。ただ世界史と物理などの理科系科目が少しばかり得意で、体を動かすことが苦手だった。
哲郎はまた一部の女子たちから嫌われている、という自覚があった。彼女たちは哲郎の事について「キモい」といつも言っていた。最もそれは一部だけで、ほとんどの生徒は哲郎に対して別段興味を示している訳でもなく、空気のように扱っていた。哲郎もそれを当然のように受け止め、寡黙であり続けた。それが理由でまた「キモい」と言われたのだが、大して事も起こらず時だけが過ぎていった。
やがて学年が変わり、クラス替えがやってきた。
哲郎はその学年の言わばボス的な存在である女子と同じクラスになった。否、なってしまった。
黒田真実――その女子の名前である――は、一部の女子たちの間で哲郎の悪口が流れている事を知ると、嬉々としてそれに加わった。それでも哲郎は空気であり続けた。それが黒田たちをますます勢いづかせた。
最初に無くなったのは哲郎の鉛筆であった。おかしいと思いながらも哲郎は他の鉛筆を使った。その次には筆箱ごと無くなった。やがて彼も犯人が誰であるか薄々気付き始めた。
「黒田さん、その…筆箱を返してくれないか」
彼女は用意周到である。すぐさまこう答えた。
「何の話?あんたの筆箱?机の下に転がっているじゃないの」
確かに見るとそこには筆箱がある。後ろでは女子2人がにやにやしながらこちらを見ている。そちらを向くと急いで目を逸らす。
「筆箱はあったんじゃないの。余計な事で手を煩わせないでくれる?」
取り巻きのうちの誰かが急いで戻した事は火を見るより明らかである。ため息をつきながら筆箱の中身を確認すると消しゴムが無い。
「あの…消しゴムは?」
「知らないわ」
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結局消しゴムは放課後にロッカーの上にあった。このようにいじめられていると学校に行くのが辛くなってくる。しかし高校を卒業すればこの地獄から抜け出せる、と哲郎は自分を鼓舞しつつ家路に向かった。