第十五話 領主との面会
「シノザキという男がいるのはここか」と言いながら男が突然哲郎たちの家に入り込んで来た。見たところ、少なくとも農奴ではない――哲郎はそう判断した。哲郎と共に食事をとっていたハンナは呆気にとられている。ハンスは男を睨み付けている。ボリスは不安そうにこちらを見ている。
「お前がシノザキか」と男は哲郎に話しかけた。哲郎は、
「は、はい、そうですが」
と答えた。男は
「私は領主様に仕えている、ルッツだ」と言い、「早くついて来い、領主様がお待ちだ」と哲郎に命令した。
「何の話ですか?」と哲郎。彼からしてみれば、領主に呼ばれるようなことをした覚えはない。
「とにかくついて来い」とルッツが催促した。哲郎は言い返そうとするも、ハンナたちを見て言葉を飲み込んだ。ハンナとハンスの目は「早く行け」と言っている。きっとここでは領主は恐れられているのだろう――簡単に推測されることだ。
哲郎は立ち上がって、「分かりました、行きましょう」と答えた。
哲郎は道中、ルッツに「僕が何をしたって言うんです?」と聞いていた。ルッツは「会えば分かる」の一点張り。哲郎がなおも問いかけると、
「ええい、うるさい! 会えば分かると言うのだから黙っておれ! 私は領主様からお前を『出来るだけ優しく』連れて来るように言われたが、『出来るだけ』が出来なかったらお前を無理矢理引きずって連れて来る事も出来るのだぞ!」
と吠えた。哲郎はたじろいだ。ルッツはさらに、
「お前が生きておられるのも、ひとえに領主様のお陰なのだぞ! もし領主様があの条例をお出しにならなければ、お前は森の中をさ迷い、野垂れ死ぬ所だったのだぞ!」とまくし立てた。哲郎は、
「森の中はそんなに危険なのですか?」
と問うた。ルッツは、
「そうとも、夜になると森はこちらを侵略してくるのだぞ」と答えてにやりと笑った。確かに森はオオカミなどがいて危険かも知れないが森そのものが侵略してくることはないはずだ――哲郎はそう思ったが口に出すのはやめた。また先ほどのように怒鳴られたらかなわない。
やがて領主の住んでいるらしい建物のところまでやって来た。「ほら、ここが領主様の館だ」とルッツが言った。ルッツは哲郎の手を引いて門番に会釈すると、中に入って行った。
領主は執務室の椅子に座っていた。ルッツは哲郎にひざまずかせた。領主は顔を上げるように言った。隣でひざまずいていたルッツが顔を上げる。哲郎は何て無駄な儀式なのだろう、と思いながら顔を上げた。
「君が、あの犂を開発した、シノザキ君かね」
哲郎は頷いた。領主は続けた。
「私はブルーノ・レンパー、ここの領主をしている」
「そうですか」哲郎は既に自分の名前を相手が知っているようなので自己紹介するのはやめた。
「あの犂はどうやって作ったのかね」
「どうやって、と言われても――職人に頼んだだけですが」
「いや、そういう事では無い。どうして君が作り方を知っていたのか、ということだ」
哲郎はどうして、と問われると答えにつまった。まさか異世界から来ましたなど、口が裂けても言えまい。
「司祭によると君はもともと兵だったそうだな」
ブルーノが目を細めながら確認した。
「はい」
「出身はどこかね」
「……記憶にありません」
「何?! 記憶に無いだと?」とブルーノがこめかみを震わせた。
「……司祭から聞いていなかったんですか?」
哲郎が消え入りそうな声で答えた。
「ああ、そうだったな、失礼した」とブルーノが誤解を解いた。
「はい……」
「ではなぜ犂の事は覚えていて、出身地は覚えておらんのだ? 都合が良すぎないか?」
「出身地以外はほぼ覚えています――例えば名前などです」と哲郎が反駁した。
「ふむ……確かに、な」
「はい」
「よし、分かった。君に話がある」
「何ですか、急に」哲郎は改まったブルーノを怪訝そうに見た。
「私の領内にその犂を普及させる手伝いをしてくれないか」
何故か1日あたりのPVがゴッソリと減っていく……。PVは増えないのも不安ですが、減ると精神的ダメージが大きいですね。





