幕間 魔王軍会議(前)
茶番回
文章修正の可能性あり
魔王軍領某所。
フェイル=アスト王国に偵察に出ていたヴァリエールとアテナイスの帰還を受け、それぞれの種族を率いる王たちは魔王軍の勢力下にあって本拠地とされている城に用意されている会議室に集まっていた。
普段この部屋は多種多様な種族の王が集まるため、比較的大きな机や豪奢な椅子が用意されてはいるものの、それぞれの価値観の違いから部屋自体に統一された飾りなどはなく、ある意味で殺風景な部屋なのだが、この日は違った。
「遅れてすまねぇな」
万事にルーズな鬼の王が、おざなりな謝罪をしながらも堂々と部屋に入る。
「ん? なんか静かだな。それになんだこの甘ったるい匂いはって……は?」
普段なら時間にうるさいエルフの王や、待たされるのが嫌いな獣の王が文句を言ってくるのだが、それがない。そのことを不思議に思った鬼の王だったが、部屋の中心に置かれたモノを見て、思わず動きを止めてしまう。
「はぁ。いくつ食べても飽きない甘さよねぇ」
「そう。基本的に主食は飽きない。そして甘いものも飽きない。それを合わせたらずっと飽きない。これはまさしく革新」
「作り方も簡単だしね。あ、作ったのは私の部下だから衛生面での心配はいらないわよ?」
「いやいや、私の部下だって衛生面は問題ない。だけどあいつらは視覚がないからキツネ色って言ってもわかんないし、聴覚がないから揚げている時の音もわからない。触覚がないから温度管理も微妙だし、味覚がないから味見もできないのが難点」
「つまり、駄目ってことよね」
「……そうとも言う」
「うん。素直で結構。いや~うちのハーピーとかも相当ダメだったけど、とりあえずアンデッドに料理はさせるもんじゃないわね」
「「「「……」」」」
呆然とする鬼の王の視界に映ったのは、既に集まっていた自分以外の7人の王。だけではなく、部屋の中心にある机に置かれた茶色い物体の山と、それを前に沈黙する4人の男性。そして普段よりもテンションが高い三人の女性たちであった。
基本的に水や酒以外は置かれていない机の上に、まるで『この机は俺のものだ』と言わんばかりに“ででーん!”と鎮座しているのは鬼の王が見たところ砂糖をまぶして揚げたパン、否、もはや砂糖の塊を揚げたナニカ。
「ふーん。ま、私は美味しければ誰が作ってもいいけどねぇ」
「それも真理。まだまだあるし、減ったらその都度補充するから遠慮なく食べていい」
「なくなったらまた材料貰いに行くからさ~」
「そう? じゃ遠慮なく頂くわ。……ん~。やっぱり砂糖やお菓子は人間が作るほうが美味しいわねぇ」
「うん。自然にあるものを改良するのは連中の得意技。少なくともアンデッドには無理」
「私たちも無理かな。私たちじゃどうしても甘い蜜と果実で終わっちゃうし」
「甘いのがあるだけいいわよぉ」
「確かに海に『甘いもの』ってイメージはないかも」
「基本しょっぱいし。魚とかの甘味と砂糖の甘味は全然違うもの」
「ほんとよねぇ」
(うわっ。見てるだけで甘ぇ)
机の上にある物体の正体を知り、鬼の王は思わず顔をしかめる。
「「「「……」」」」
鬼の王の視線の先ではヴァリエールやアテナイス、そして海の王が砂糖の塊をつまみながら和気藹々と食しており、他の4人の王たちはなんとも言えない表情でその様子を見守っている。
――控えめに言って、意味がわからない状況であった。
「……なぁ、あれ、なんだ? つーか、今どういう状態だ?」
「……見ての通りだ」
「見ての通りって、普通に甘いもん食ってるようにしか見えんが?」
「その通りだ。わかってるではないか」
「いや、まぁ、な」
思考停止から抜け出した鬼の王は、机の上にある物体を指さしながら隣に座る竜の王に確認を取るも、尋ねられた竜の王は完全に説明を放棄した。
彼とて、最初は厳粛であるべき会議の場に甘味を持ち込んだことを叱りつけようとしたのだ。
しかし、そもそも会議の参加者である鬼の王が遅れていたことに加え、長い人生の中で『甘いものをつまんで会話をしている最中の女子(という年齢でもないが)に語りかけることは、寝ている竜の逆鱗に触れるようなものだ』ということを学習していたこともあり「とりあえず鬼の王が来るまで待とう」と、半ば諦めの境地に至っていたのである。
この竜の王の決断を「愚か」と笑う者はこの場にはいない。
なにせ彼女らの行動を黙認していたのは竜の王だけではないのだから。
この場には他の会議参加者である獣の王もエルフの王もドワーフの王もいる。しかし彼らもまたそれぞれの経験から女子トークに男が口を挟むことの危険性は重々承知していたのだ。
結局彼らがこの場で選択できたのは、
①鬼の王が来て空気を読まずに地雷を踏む。
②自分たちより立場が上である魔皇が登場して全てを吹っ飛ばす。
以上の二択であった。
だが、残念ながら彼らの狙いの一つはあっさりと潰えることになる。
「……そうか」
竜の王の態度からおおよその状況を理解した鬼の王は、一言呟くと黙って己の席に着く。
「「「「え? 座るのか?!」」」」
普段空気を読まない鬼の王の登場により良くも悪くも事態が動くことを期待していた4人の王たちは、鬼の王が大人しく席に着くのを見て、揃って「裏切られた!」という表情をする。しかし、鬼の王にしてみたら裏切っているのは彼らのほうである。
「バカ野郎! お前ぇら何を企んでるかはなんとなくわかるがなぁ! 男が女の会話に首突っ込んでも良いことなんかねぇんだよッ!」
たとえ普段空気を読まない男であっても、家に帰れば家族が居る身である。そして彼は王として数人の妻を抱える身であるが故に、女社会の怖さを正しく理解していたのだ。
「(ちっ。役に立たん。……とも言えぬか)」
「(まぁ、俺らも似たようなもんだしなぁ)」
「(じゃな。酒を飲んどる女子には触れぬのが男の流儀よ」
「(ドワーフに賛同するのは癪だが、これに関しては認めざるを得ん)」
この場に於いては鬼の王も戦力にならないことを理解した男性陣は、なんとも言えない表情をしながら頷き合い、この状況を打破できるであろう強者の登場を待ちわびることになる。
それからどれだけの時間が経っただろう。
数分かもしれないし数時間かもしれない。
(きっつ。これなら人間が用意した毒を出す罠のほうがよっぽどマシだぜ)
(わかる。向こうはいくらでも壊せるしな)
(((それな)))
終わらない女性陣の会話と、匂いだけで胸焼けしそうな甘ったるい空気の中、鬼の王や獣の王が自身の限界を悟り、他の面々共々『いい加減空気を入れ替えるために動こうか?』などと考え出した頃。
「ふむ。ラスクか。材料があれば誰にでも簡単に作れるものではある。しかし、だからこそ奥が深いとも言える料理だな」
基本的に勝手気ままに動く男性陣。そんな彼らの中に一抹の連帯感っぽいものが生まれたタイミングを見計らったのだろう。あわや男性陣と女性陣がぶつかるというタイミングで魔皇と呼ばれる男がその姿を現し、女性陣が食べている物をヒョイっと口に運ぶ。
「(おぉ!)」
「(マジか?!)」
「(おぉ。さすがじゃのぉ)」
「(あの砂糖の塊を……)」
「(うわっ。スゲエとは思うけど絶対に真似したかねぇ!)」
明らかにラスクではないナニカを口にした魔皇は、一瞬眉を顰めたものの一気に飲み込み、それを美味しそうに食べていた女性陣へと向き直ってこう言った。
「……お前ら」
「「「はい?」」」
「これではただ甘いだけだ。もう少し一つあたりに使用する砂糖を減らしたほうが素材の味が活きるだろう。でもってこれから会議だから、これは撤去するように」
「「「「「(言ったーー!)」」」」」
魔皇とは相手が誰であれ、言いたいことを言える漢であった。
基本的に幕間は茶番ですけどね。
報連相は大事。ISO規格にもそう書いてある。
一話にまとめようと思いましたが、前置きが予想以上に長くなったので二話編成に変更です。
まぁ多少はね?ってお話
―――
更新が遅れて申し訳ない。
色んなことが重なり心が折れかけている作者ですが、一応生きてます。
普通に忙しかっただけなんです。
あ、ようやくアマゾン様の予約画面もラフ画から通常の画に変更されましたね。
登場人物も見れるようになったし、これで宣伝もしやすくなるぞー(棒)
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