18話。王国上層部の会話
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「ふむ。王都の警備については今後の課題とするとして、だ。神城男爵が見たところでは、魔族との交渉は決して不可能ではないと?」
神城が掴んだ情報の報告を受けた国王が『王都の中心地にまで魔族に侵入されたこと』に対して神妙な顔をしながら報告者へと問いかければ、国王から下問を受けた形となったラインハルトもまた、国王と同じように神妙な表情を浮かべながら肯首する。
「そのようです。ただしそれはあくまでこちらの常識を知らぬ神城卿が感じた第一印象でしかございません。本格的な交渉を行うとなれば、我々の側にも様々な問題があるのは陛下も承知のことかと存じます」
「まぁ、な」
向こうに敵意がなくとも人間には人間の事情がある。それは王とて十分理解している。
しかし、だ。
「……余としても数多の問題があることは理解しておる。だがな。ここ数百年もの間に醸成された『人間のため』などという、連邦や神聖帝国を利するだけの能書きのために徒に兵を失うのは馬鹿らしいと思っておるのも確かよ」
「……はっ」
自国の勢力圏と魔族の勢力圏が重なっている他の二大国とは違い、勢力圏そのものが大きく離れているフェイル=アスト王国からすれば、連合軍への参加は『戦に勝ったところで領地を始めとした利益を得られない』という、手伝い戦以外のなにものでもない。
さらに遠征軍を派遣している間の維持費も自費で賄っているうえに、余裕がない他国の軍にまで物資の提供まで行なっているのが現状なのだ。
これは魔族と領地を接している二大国が講じた、フェイル=アスト王国の国力増大を阻むための策の一環である。
結局、いつの頃からかフェイル=アスト王国にとって魔族との戦は、どれだけ戦っても自分たちに一切の利益が上がらないような仕組みが出来上がってしまっていた。
戦に勝ったとて、土地を得るのは最前線の国家だけ。感謝の言葉はあれど、物資が補充されたりするわけではない。
多大な浪費の末、得られるのは戦闘経験と名誉のみ。
こんな馬鹿げた戦など、自国の国益を第一と考える王ならば、今すぐにでも中断したいくらいだ。
実際歴代の王も、なんとかして連合軍への参加規模を最小限に抑えようと苦心してきたのだ。
その対策の一つが今回の勇者召喚である。
これを行なったことにより、フェイル=アスト王国は現在『国力を消費して彼らを召喚した』というだけで国家としての最低限の義務は果たしていると主張できたうえに、勇者の育成を名目として派遣していた軍の一部を撤退させたりすることも可能となっていた。
そこに勇者の一行でもある神城から、これまで得られなかった魔族の内部情報や、向こうが敵意を抱いていないといった驚きの報せが齎されたのだ。
魔族との交渉の末、部分的な停戦や八百長が成立するのであれば、連合軍に費やしている支出はさらに減らすことが可能となる。
これまで常日頃から遠征軍の規模を縮小することを考えてきた国王としては「乗るしかない。この波に!」と言ったところだろうか。
「神城男爵の存在はまさしく僥倖であった。しかしながら、現段階では魔族と大っぴらな交渉はできん。そうだな、宰相?」
「はっ。神聖帝国や連邦への対処も必要ですし、同時に傘下国と歩調を合わせないことには思わぬ事故が生じる恐れもあるかと愚考いたします」
純軍事的に考えれば、フェイル=アスト王国が連合から抜けたところで、正面に魔族という大敵を抱えている他の二大国が、一斉に自分たちへと兵を向ける可能性は極めて低いと言っても良いだろう。
だが傘下国への連絡を疎かにした場合『人間種への裏切り』を忌避する者たちが、魔族との交渉を始めたフェイル=アスト王国に対して不信感を募らせてしまい、二大国の調略に靡いたり、彼らからの支援を受けて挙兵をする可能性に関しては決して低くはない。宰相はそう見ていた。
「思わぬ事故、か。確かにそれは面倒ではあるな」
「御意。間違いなく神聖帝国と連邦の手も入ります」
「ふむ。連中が本腰を入れる前に滅ぼすことも可能だろうが、その後が面倒ではあるな」
「御意」
……フェイル=アスト王国には、全ての傘下国が叛旗を翻したとしても勝利できるだけの国力がある。よって宰相が警戒しているのは傘下国単独の寝返りや離反ではなく、それに乗じて動くであろう神聖帝国や連邦の動きであった。
人間種への裏切り? 毎年毎年予算編成で頭を悩ませている元凶がなくなるのなら、人類種への反逆こそが宰相の望みと言っても良い。
ただし、その反逆を行なった場合、フェイル=アスト王国から連邦や神聖帝国へとくら替えするであろう傘下国との戦が発生する可能性が極めて高いという問題がある。
傘下国との戦となっても、現在の戦力で勝てるのは確かだ。連邦も神聖帝国も多少の支援はするだろうが、それだって自国の準備を整えるための時間稼ぎのための支援でしかないのだから、負けることはないと断言できる。
しかし、勝った後の統治やそれに付随する復興作業に必要な労力を考えると、王も宰相も軽々に戦などしたくはなかった。
そんな両者の気持ちを理解したラインハルトは、時間稼ぎとも言える案を口にする。
「では暫くは神城卿が独自に交渉を行なっているという形に収めては?」
「……それが一番妥当なところでしょうな。もし我々が早期に交渉をするにしても、最初は神城卿を通じて交渉をする形が一番無難かと」
「ふむ。魔族との交渉を行なっているのはあくまで神城男爵であり、彼は秋津洲連合皇国の大使として交渉を行なっているので、我らは無関係である。そういうことだな?」
現段階で魔族との交渉を大っぴらにすれば問題が発生することは明白。
加えてこちらが公表するつもりがなくとも、魔族が人間同士の仲を裂くために情報を流す可能性も皆無ではない。
しかし、交渉を行なっているのがフェイル=アスト王国ではなく、異世界から来た貴族であり、異世界の国家の大使であるというのなら、他の二大国とてフェイル=アスト王国を咎めることは不可能となる。
向こうが兵を差し向けようにも、神城は王都に滞在する大使なので手は出せない。
もし公式に非難の使者が訪れたとしても、転移初日からラインハルトと交渉を行うような男が簡単に隙を晒すとも思えない。
ならば自分たちは神城を通じて魔族の情報を集めていれば良い。
いざという時には切り捨てることになるだろうが、少なくともそれは今ではない。
「「御意」」
この決定により、フェイル=アスト王国の上層部は、神城が魔族との外交チャンネルを開くことに対して好意的な姿勢を保つこととなる。
……だが上層部が認めたからと言って、国内の問題が無くなるわけではない。
国内の貴族の中に魔族との融和を嫌う者もいれば、騎士や兵士の中にも、これまで敵としてきた相手と手を結び、これまで味方として肩を並べてきた相手と剣を交えることに忌避感を抱く者もいるだろう。
そしてなにより彼らにとって重大な案件があった。
「他にも解決せねばならぬ問題はいくつかあるが、まず真っ先に解決せねばならぬのは『魔族の武闘派がアンネに興味を抱いている』ということよな」
「……はっ」
そう。噂の公妃殿下の扱いである。
相手がただでさえ情報が少ない魔族であるというのもこの問題をややこしくしている要因であった。
なにせ交渉を行うなら少しでも有利になるように進めるのが国家というものだ。
その観点から行けば、向こうが「興味がある」と言っているアンネを隠すのは、相手からの心証を悪くするだけの下策でしかない。
しかし、そう、しかし、だ。
向こうが言う『興味』は、おそらく『戦闘』に直結する可能性が極めて高いということがフェイル=アスト王国にとって頭が痛い問題であった。
なにせ向こうは魔王軍の幹部で、こちらは王国の重鎮である。
アンネが勝つことに疑いは抱いていないラインハルトとて「無傷はありえない」と考えているし、そもそも『現役を退いた姉を戦わせるのではなく現役の後継者に戦わせるべきだ』と考えているのである。
そしてこの件に関しては国王も宰相もラインハルトと同意見だ。
しかし本人がそれで納得するかどうかは全くの別問題。
先述した不満がある貴族や現場の兵士と違い、アンネは国王ですら気を使うことを余儀なくされる相手である。そんな彼女が『自分を戦わせろ』などと言ってきたらどうなるだろうか?
普通の相手なら「現役を引退したロートルは引っ込んでろ」とでも言えるのだろうが、相手は現役最強の騎士と謳われる近衛騎士団の団長でさえ戦うことを躊躇する女傑である。
王も宰相もラインハルトも、自身よりも強いアンネに対してそのような言葉は絶対に口にはできないし、したくもないのだ。
だが、王国としてもアンネを魔族との戦場に出した結果、彼女が殺されてしまえば和睦は不可能となる。よって死んでも構わない身分の人間を戦わせたいというのが王国の本音であった。
それを踏まえて考えれば、数百歩譲ってアンネが戦場に赴くこと自体は認めることもできなくはない。
そこでアモー男爵が彼女の前座として名乗り出て、そのまま彼が魔族の武闘派とやらに勝てれば『アンネが出るまでもなかったな』と言って終わる話となるからだ。
これこそが王国にとって最良の結果と言えるだろう。
問題なのはアモー男爵が負けた場合だ。
自分の前座(実質代役)として名乗り出た後継者が敗れたと知ったアンネが、大人しくしていることなどありえるだろうか?
(ありえん)
そもそもあのアンネが、自分に喧嘩を売られていると知りながら代役を立てて逃げることを良しとするのか?
(絶対にない)
ラインハルトが知るアンネという人物は、無闇矢鱈と喧嘩を売って歩くような人物ではないが、売られた喧嘩から逃げるような人物でもない。
一万歩譲って後進に前座を任せることはあるかもしれないが、それだって希望的観測に過ぎないのである。
……ただまぁ、良い方向か悪い方向かは別にしても、今回ラインハルトができる希望的観測はそれだけではないのが唯一の救いだろうか。
「興味、そう。向こうはあくまで興味があるだけですから!」
「「……(うわぁ)」」
ラインハルトが言うように、今のところわかっているのは『魔族の武闘派が王国最強と謳われたアンネに興味があるようだ』という極めて曖昧な情報でしかない。
なので、もしかしたら魔族の武闘派の言う『興味』とは「アンネと戦術談義をしたり、指揮官としての愚痴を言い合う」といった感じで、アンネに戦術家としての興味を抱いている可能性だって皆無ではないのだ!
(……陛下)
(……触れてやるな)
ただでさえ血の気が多いであろう魔族の中で、さらに武闘派とまで言われる者が、王国最強と謳われるアンネに興味を示している。
この状況で、向こうから戦闘以外の選択肢が出てきたら国王も宰相も驚くしかないし、ラインハルト本人も両者が戦闘に及ぶ可能性が極めて高いことを確信しているからこそアモー男爵を呼び出して話を聞いたのだが、それはそれ。
現役を引退した公爵夫人に国家を代表して戦ってもらうという、勝とうが負けようが誰にとっても不名誉極まりない事態を避けるため、軍を代表する立場にあるラインハルトは(絶対に姉上に情報が伝わらないよう、規制をしなければ!)と心に誓うのであった。
サブタイが浮かばない。
とりあえず王国としての方針が決まりつつあるもよう。
問題は彼女以外にも多々ありますが、目の前にある一番大きな問題に目が行ってしまうのもシカタナイネ!
まぁ一騎打ち云々はあくまで人間側の想像ですので、実際はどう言った意味の『興味』なのかは不明ですけどねってお話。





