16話。侯爵と青薔薇
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神城邸に於いて神城が胃薬を作る決断をすると同時に、エレンやヘレナ、マルグリットやキョウコにはヴァリエールとアテナイスが魔族であることを伏せるという結論を出していた頃のこと。
王城ではラインハルトとアモー男爵の話し合いが続いていた。
「卿が、公妃殿下に己の後釜と認められるほどの実力者だというのは理解している。その上で聞きたい」
「ん? 俺の隣は空いてますぜ?」
何故か右腕を横に広げるアモー男爵に、ラインハルトはなんとも言えない表情をしながら質問を続ける。
「……卿の実力だ。率直に聞くが、卿は魔族の武闘派と一騎打ちをして勝てるか?」
「さて。相手による、としか言えませんや。夜戦なら誰が相手でも負ける気はしませんが、ね」
「……そうか(腰を振るな腰を)」
冗談にしては一切目が笑っていないアモー男爵の誘いを無視してラインハルトが問いかければ、アモー男爵は彼が乗ってこないことに若干寂しそうな表情を浮かべた後で、その質問に答える。
実際人間であっても『武闘派』の中にはピンからキリまで居るのだから、アモー男爵の『相手による』という返答は誠実と言っても良いだろう。
さらにアモー男爵は言葉を続ける。
「たとえばドラゴン。相手が成竜クラスであろうとも、空を飛ばず、ブレスも吐かず、竜言魔法と呼ばれる彼ら特有の魔法を使わないってんならまぁ、一騎打ちでもそれなりには戦えるでしょう。でもそれは向こうが望む一騎打ちになりますかね?」
「……ならんだろうな」
そこまでハンデを貰ったら最早一騎打ちでもなんでもないことは、ラインハルトにも理解できる話だ。
ただ、それ以前の話なのだが、元々ドラゴンとの戦いは一人で行うようなものではない。
通常人間がドラゴンを相手にするための準備とは、数百人規模の魔導士を用意することから始まるのである。
具体的には、ドラゴンが現れた際には数百人の魔導士が同時に詠唱を行い、戦略級魔法陣を構築。
それから極大の雷系魔術を放つことで、ドラゴンの翼を奪うことが第一歩となる。
その後、ブレスだの竜言魔法を戦略級魔法で相殺しつつ、竜の鱗を破壊できる攻撃力を持った魔力式巨大弓兵器を始めとした攻城兵器を当ててようやく仕留めることができるのが、ドラゴンという相手なのだ。
少なくとも剣や槍でどうにかできる相手ではない。
そんな相手に対し、一人の騎士が一騎打ちを挑むなど正気の沙汰ではないというのは、人間にとっての常識だ。
もし無理やり一騎打ちをしようとすれば、先ほどアモー男爵が述べたように、相手に空を飛ばずブレスを吐かず魔法も使わない、といった様々な制約を課すことが必要になる。
人間とドラゴンには単純にそれだけの差があるのだ。
逆に言えば、その程度の制約でドラゴンと戦えると嘯く時点で、アモー男爵が人間離れした武力を持ち合わせていることの証明となるのだが、その彼をしてそこまでやっても成竜相手では『勝てる』と言い切れないのである。
この時点で、ヴァリエールが神城に語ったという『魔族の武闘派』がドラゴンであった場合、王国は魔族との交渉の糸口を一つ失うこととなってしまうのだから、ラインハルトとしては頭が痛い問題であった。
……因みに魔族から指名を受けているアンネは、数年前に地竜と呼ばれる空を飛ばない種族の竜の成竜を奇襲で、それも一人で仕留めることに成功していたりする。
これによって、人間も鍛えれば竜に勝てることを証明したのだが……基本的に彼女のことを知る誰もが『自分に彼女の真似ができる』などとは思っていないうえに、本人も『あれは奇跡に奇跡が重なって得た勝利だ。人間は一人で竜に挑んではいけない』と関係者に報告をしているので、人間がドラゴンを相手取る際の方針は『集団で挑む』というものから変わってはいない。
よってラインハルトは早々に取捨選択をすることにした。
即ち『ドラゴンの場合は諦める』だ。
「よし、相手がドラゴンの場合は諦めよう。ではそれ以外の場合はどうだ?」
「……その割り切りは嫌いじゃないですぜ。で、他の場合ですか。正直に言えば『それも相手による』としか言えません。ただ、オーガ系は相手の知能次第。ドワーフや獣人ならまぁ大丈夫。エルフの場合は魔法の相性次第ってところかと」
「ふむ」
フェイル=アスト王国が把握している魔族の種類は、大きく分類してドラゴン・オーガ・ドワーフ・獣人・エルフ・アンデッドの六種。
その中でドラゴンの場合は無理となれば、残りは五種。だが血気盛んなアンデッドなど存在しないだろうから、残りは四種となる。
その中で言えば、オーガが一番『武闘派』という言葉が似合いそうな気もするが、エルフやドワーフ、そして獣人は人間に対する憎しみが強いので、彼らの線も捨てきれない。
ただし、その中のどれであっても一方的な敗北とならないことが分かれば十分とも言える。
……無論、アモー男爵が自分の力を過大評価していないことが最低条件であるが。
(まぁ姉上が認めた男がその程度の虚勢を張るとは思えん。今は敵がどの種族であっても、ドラゴンほど致命的ではないということが分かれば今のところは十分、か)
結局は相手の情報が無い以上、ここで仮定に仮定を重ねた考察を続けることに意味はない。
そう判断したラインハルトは、次の仕事を行うため、アモー男爵との会話を打ち切ることにした。
「ご苦労だった。とりあえず今後の動き次第では卿にも動いてもらう故、暫くは王都で待機してくれ」
「了解了解。暫くいない間に王都も賑やかになってますからね。公妃殿下への挨拶がてら、色々見て回りますよ」
「そうしてくれ」
「では失礼いたします」
「うむ。……あぁ、そうだ」
「? まだ何か?」
退室しようとしていたアモー男爵の背に向けて、ラインハルトは一つ伝え忘れていたことを思い出し、それを伝えることにした。
「もしかしたら、卿には勇者の教育も任せることになるかも知れんから、そのつもりで頼む」
「……へぇ」
ラインハルトの口から出た言葉を聞き、アモー男爵はラインハルトに顔を見せないようにしながらも、ペロリと舌なめずりをする。
そんなアモー男爵にラインハルトは続けて声を掛ける。
「勇者そのものか剣聖か、それとも他の戦闘職の者になるかはまだなんとも言えん。だが今の我々に王国最強を遊ばせるだけの余裕はないのでな。卿ほどの実力者に子供の面倒を見せるなど人材の浪費なのは私も理解している。だが彼らは……」
「いやいや、閣下。何をおっしゃいますか」
「む?」
「伝説の勇者を教え、導く。騎士としてこれに勝る栄誉は有りませんぜ」
「……そうか。そう言ってもらえると助かる」
「えぇ。ですから、勇者に関しては遠慮なさらずお声がけください」
「うむ。その時は卿の言葉に甘えさせてもらおう」
「はっ。よろしくお願いします」
「話は以上だ」
「了解です。それでは失礼いたします」
「う、うむ」
急に素直になったアモー男爵の態度に疑問を抱いたラインハルトであったが、彼は彼でこれから王や宰相との打ち合わせをする必要もあるし、ヴァリエールやアテナイスが王都に侵入した経路の調査や現在の潜伏先の割り出しを担当部署に命じる等々、ざっと挙げただけでもかなりの仕事量を抱えているため、彼の態度に対して言及をすることはなかった。
それが良かったのか悪かったのか。
「異世界の少年、か。……そそられるねぇ」
ラインハルトの執務室から退出したアモー男爵は、そう独り言ちる。
このときのアモー男爵の目は、どこか恍惚としていながらも、まるで獰猛な獣が獲物を見つけたかのような、そんな危険な光を孕んでいたという。
王都近郊に存在する114514人の同志だけでなく、大陸に存在すると言われる801893人の想いを背負って戦う漢、アモー男爵。
ドラゴンとの戦いでも、相手次第ではもしかしたら……ってお話。
ばらのきし は ゆうしゃ を ろっくおん した





