12話。頭を抱える侯爵
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『あくまで私個人の感想なのですが、どうも向こうは敵意が薄いように感じました』
「敵意が薄い? 王国中でアンデッドを活性化させ、王都まで侵入している相手なのに?」
『はい。王都に侵入した理由も、最初は『勇者の情報を探るために来た』と言っておりましたが、実際のところは勇者の情報よりも甘味に興味が向いておりました』
「甘味? アンデッドが?」
生者を憎み、命を啜るはずのアンデッドが甘味を好むとはどういうことか。この時点で「すまん意味がわからん」と素直に言えないラインハルトの思考回路はショート寸前である。
『はい。かなりの量の砂糖を摂取しながらも平然としておりましたので、我々とは味覚が違う可能性はありますが、それでも甘さや苦さ、辛さなど理解しており、その中でも特に甘味を好んでいたように思われます』
「そ、そうか」
敵の情報はなんでも欲しいところだが、こんな情報をもらってどうしろと言うのか。
遠い目をしそうになったラインハルトであったが、神城が得た情報はそれだけではない。
『それと、話の流れで向こうの簡単な体制を聞くことができました。どうも魔王軍には現在八つの派閥のようなものがあり、それを統率する王がいるようですね』
「……ほう」
魔族を統治する存在。即ち魔王。
人間たちの中でその存在を語られてきた存在だが、最後に目撃されたのが数百年前ということもあって外見や種族以外の具体的な情報は伝わっていない。
そんな、謎に包まれた敵の総大将の情報は、値千金どころの話ではない。
これまでとは一線を画す情報にラインハルトも思わず前のめりになって続く言葉を待つ。
『その王は男性で、とにかく強いんだとか。そしてその王の掲げる方針は【いつ何時、誰の挑戦でも受ける】というものらしいです。そしてそれは魔族の中に限らない、とか』
「ほうほう。それは初耳だ」
これを聞いたとき、神城が「どこのプロレスラーだ」と思ったとか思わなかったとかはさておくとして、ラインハルトは単純だが貴重な情報を得られたことを喜び、彼なりに分析を行う。
「男で、強い。そのうえで配下からの挑戦を拒まない、か。圧倒的な実力に裏打ちされた自信と、それでも王でいられる強さを兼ね備えた存在ということだな」
(挑発すれば、いや、もしかしたら一騎打ちを挑めば乗るのではないか? 少なくとも試す価値はありそうだ)
神城が得た情報は、ある意味で膠着状態を打破するきっかけになり得る情報と言っても良いかもしれない。少し気分が良くなったラインハルトだが、神城が問題にしているのはそこではない。
『つまり、魔族は人間に挑まれたから相手をしているだけ。私にはそう聞こえました』
「……」
彼女らの言いようを真に受けるなら確かに「魔族は挑戦を受けたから対応しているだけ」とも取れる。これに勇者よりも甘味に興味があったという事実が加われば、ヴァリエールやアテナイスが「自分は勇者の一人である」と明かした神城に対しても積極的な敵意を向けなかったことの説明にもなる。
「……なるほど。つまり卿は、我々と魔族の間に温度差がある。もっと言えば一方的に敵視しているだけではないか? そう言いたいのだね?」
『はっ。包み隠さず言えばそうなります』
一方的に魔族を敵視している人間と、突っかかってくる人間をあしらう魔族。
これを現代人風にわかりやすく言うのなら『勝手に相手の土地に攻め込み「ここは自分たちの領土だ!」と言って版図を広げようとする人間の国家と、元々そこに住んでいた原住民の関係』と言ったところだろうか。
それが神城が抱いた両者の印象であった。
『それについての是非はともかくとして、一つ疑問に思ったことがあります。この場で質問させてもらってもよろしいでしょうか?』
「……何かね?」
『閣下は、いえ、フェイル=アスト王国は魔族との戦いをどのように終結させるおつもりなのでしょうか?』
「……戦争の終結、か。痛いところを突く」
軍政家であるラインハルトからすれば『戦争は終着点を決めてから行うものである』という考えは当然持っているし、人間同士の戦争の場合は落としどころを決めたうえで戦争をするケースがほとんどである。
では対魔族ならどうだろう?
その終着点が『相手の全滅』なら話は簡単だ。あとは向こうが全滅するか、人間が攻撃を仕掛けることができないくらい衰退するか、報復で人間が滅ぶか。それだけの話だ。
しかし国家を運営する者として考えれば、そのようなイチかバチかですらない賭けなど言語道断。よって他の国との会合の際には「向こうが笑っているうちに済ませておけ」という意見が出てくることも確かにある。
ラインハルトとて、無駄な戦争で多大な労力を費やすのを良しとは思わないのも事実。
しかし、それはできない。
いつから始まったかも定かではないほど長い時間を費やしたこの戦争は、すでに『実りがないからやめよう』と言って終わるものではないのだ。
向こうに人間に対する積極的な殺意がないのは朗報だが、人間側に恨みが残りすぎている。特に最前線を支える列強国の恨みは強い。
比較的前線から遠いフェイル=アスト王国はまだしも、最前線に位置する国家からすれば魔族との休戦や和睦など、人類に対する裏切りと同義だろう。
かと言ってこのまま戦争を継続しても勝利の目は見えない。そもそも勝利条件すら定かではないときた。
ラインハルトとて、この、泥沼としか表現できない戦争を自分の意思で終わらせることができるなら、さっさと終わらせてしまいたい。もっと言えば、どうせ戦をするなら魔族よりも簡単に潰せる国を相手にしたいと思っている。
しかし、これまではそのことを考えることすらできなかった。
それは人間同士がお互いを監視し合っていることと、魔族との伝手がなかったからだ。
(終わらせ方、か。人間同士の国家間の主張はどこまで行っても平行線。下手に魔族との交渉を行おうものなら最前線を支える国から袋叩きに遭うことが目に見えているので、どの国も大きな声で休戦を口には出せぬ。しかし、支援を義務付けられている中小の国家も限界が近い。我々が勇者の育成のために一時的に手を引いたことも、各国の負担が増えている要因でもある。よって伝手があるなら交渉をすることも止むなしと考える国も……そうか!)
そこまで考えたところで、ラインハルトは神城の質問の意図に気付くことができた。
「我らが望むなら、卿が魔族と我らの間を取り持つ。そういうことだな?」
そう、神城がラインハルトに尋ねたのは『人類が戦争を終わらせる方法』ではなく『フェイル=アスト王国が戦争を終わらせる方法』である。
国家間の戦争を終わらせる方法で最も多いケースが『第三国による仲介』だ。
これは仲介を行う第三者が双方に一定の影響力を持っていること。そしてどちらか片一方に対して偏らないことが求められるので、従来であれば魔族相手の交渉は不可能であった。
しかし魔族どころかこの世界となんの柵もなく、それどころか世界的な被害者でもある勇者一行ならば、話は別。
異世界から無理やり召喚された少年たちにすれば、こちらの一方的な要望に従って戦争に駆り出されるよりも、魔族との講和を望むことも決して無い話ではない。
これを『不義理』と叩くことは誰であっても不可能だろう。
また『異世界から召喚された勇者』とはそれだけで影響力の塊だ。さらにさらに、今回の召喚で勇者一行を召喚したフェイル=アスト王国は、異世界から召喚された勇者の一員である神城を秋津洲連合皇国の外交大使であることを認めている。
即ち、勇者たちの生まれ育った国である秋津洲連合皇国という国家の存在と主権を認めているのだ。
当然秋津洲連合皇国は、魔族との間になんの利害も発生していない。であるならば、第三国としての資格は十分以上にある。
その第三国の外交官が国家を代表し、第三者として友好国が戦争をしている相手との仲介を行う。
実に当たり前の行為だ。
もしこれに反対する前線の国々から『召喚したフェイル=アスト王国の洗脳が甘い!』と言われようと、それを声を大にして言うことは、そのまま勇者や勇者に加護を与えた神に対する冒涜となるので、その声はあくまで内輪での話に留まることになると思われる。
そして、その程度では三大国の一角であるフェイル=アスト王国に対して戦争を起こす大義名分とは成り得ない。
また内輪での話となれば、そもそもが長期に亘る戦争で国内が疲弊しているのはどこも同じなのだ。よってそれが一時的な休戦であろうと、それぞれの国家としてはありがたい話となるので、表立っては非難するものの、本気で人類の裏切り者として戦争を仕掛けてくるようなことはないだろう。
『はっ。閣下や陛下がお望みならば。そして向こうが認めてくれるのならば、という前提条件がありますが、交渉の下準備を行うのも吝かではないと考えております。また、相手の様子からも条件付きではあるでしょうが完全な没交渉とはならないかと愚考いたします』
「うむ。今は個人的な友誼であっても良い。卿が外交官であることを明かしており、向こうが魔王軍の幹部だと言うのなら、そこからいくらでも話は膨らむだろうからな」
一応の懸念としては、現場の将兵や国内の主戦派、特に魔族を絶対的な敵としている聖職者あたりから恨みを買う可能性があることだろうか。しかし、それをどうにかするのは神城の仕事ではなくラインハルトたちの仕事だ。
すでに厭戦気分が顕著となっている国の意見を糾合すれば、フェイル=アスト王国が中心となった国家群が魔族との停戦交渉の席に着くのは決して不可能なことではないだろう。
加えて、こう言ってしまえば誤解を招くかもしれないが、正式な交渉を行なった末の停戦である必要もない。暗黙の了解の上での停戦であろうと、停戦は停戦なのだ。
国家にとって重要なのは『魔族との戦いで浪費していたリソースを別の箇所に振り分けることが可能になる』というところなのだから、形式に問わず実質的な停戦さえできればそれで問題はないのである。
それに戦争中の相手との交渉ラインの構築や戦争の終着点を探ることも重要だし、採用するかどうかは別として、和戦両方の選択肢を用意するのは政治家として当然のこと。
その第一歩を神城が構築すると言うのならラインハルトに否はない。国王がどう思うかは不明だが、宰相あたりは喜んで神城の背を押すだろう。
『まずは関係の構築から。私もそう考えます』
「そうだな。多少悠長な気もするが、今までのことを考えれば簡単にはいくまい」
『ご理解いただけて幸いです。それで閣下にお伺いしたいことがあるのですが……』
「何かね?」
話の流れから魔族との関係を構築するために必要なナニカの話なのだろう。
そう思って神城の言葉に耳を傾けたラインハルトは思わぬ名を聴いて頭と胃と痛めることとなる。
『向こうの武闘派とも言える者が、フェイル=アスト王国最強の騎士である【女帝】アンネ・ミュゼルシュヴァイクなる方との戦いに興味を示しているとか。閣下にお心当たりはありますか?』
「…………」
『閣下?』
「…………姉だよ」
『…………そうでしたか、それは、また、なんとも』
魔族の武闘派にまで【女帝】呼ばわりされている女性騎士アンネ・フォン・ミュゼルシュヴァイク。
彼女は軍務卿ラインハルト・フォン・ローレンの姉にして、ミュゼルシュヴァイク公爵夫人にして、最近美容に目覚めた淑女にして、四〇を過ぎた今でも王国最強の騎士の一人に数えられる女傑である。
思わぬところで姉の名を聞かされたうえに、通信機越しに(【女帝】なんて呼ばれる姉を持ったら苦労するだろうなぁ)と気遣われていることを確信したラインハルトは「もう姉上が魔王と一騎打ちすれば良いだろ」と、些か投げやりな気分になったそうな。
戦争中だからって外交チャンネルがなくなるわけじゃありませんからね。
戦争をする際には落としどころは重要ですが、それを探るには接点が必要で、これまではその接点がなかった状態でした。
そこに現れた神城と魔王軍の二人。奇貨としては十分過ぎますね。
魔王軍の二人組は当たり障りのない情報を出しただけで、普通なら問題になるような情報ではありません。アンデッドだとバレなければ、の話ですけど。
何はともあれ、さいきょーの姉ちゃんを持つ弟の気持ちは誰にもわかりませんってお話。
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