8話。晩餐会でのお話。
「乾杯!」
「「「乾杯!」」」
国王による挨拶が終わり、晩餐会の会場ではようやく自由に飲み食いができるようになったことで、今回の主役でもある異世界から召喚された子供たちが、ワイワイと騒ぎながら食事に舌鼓を打っていた。
そんな彼らの様相はまさしく様々で、ある少女は過剰に警戒して場の中にある『歓迎しようとする空気』に水を差したり、ある生徒は食事に手を出しては「思った以上にうめぇ!」だとか「へぇ。意外としっかり味付けしてるのね」と、心なしか上から目線で料理の品評をしている。
これらの理由から、晩餐会に参加した貴族たちは多かれ少なかれ彼らに対し失望や怒りを覚え、内心では彼らに対して冷めた目を向けていた。
ただし、王の傍で確保されている勇者と聖女、賢者に剣聖といった希少価値が高い連中は別である。
彼らはこれから優秀な戦奴となって王国のために戦ってもらわなければ困る。そのため、彼らに対しては事前に『心から賓客と扱う(冷ややかな視線を向けたり、無礼な態度を取ることを禁止する)ように』という通達が出されていたからだ。
心の中でどう思っていようと、表に出さずに相手を持ち上げるのは貴族にとっての必須能力である。故に晩餐会に参加した貴族たちの勇者たちに対する態度は、まさしく賓客を遇する扱いとなっており、彼らも悪い気はしていないようであった。
また、下級貴族の中には『あわよくば彼らの血を自分たちの血統に組み込みたい』と思う者もおり、勇者たち4人以外にも『有力』とされた職を持つ者たちに接触しようとしているようで、会場はそれなりに盛況と言っても良い状況となっていた。
そんな貴族たちがこぞって勇者たちを持ち上げ、晩餐会を盛り上げようとする中、王国に於いて軍務大臣を務めるローレン侯爵は、率直に言って不機嫌の極みにあった。
彼はまず、魔族との戦いに於いて異世界の少年少女に頼る姿勢が気に食わなかった。
確かに彼らを使えば、無駄な損害を出すことなく戦に勝てるかも知れない。しかし今回の件は、言い換えれば『自分たちは異世界から召喚された子供たちがいなければ、満足に戦もできない集団である』と広言するのに等しい行為である。
この時点で軍務の責任者であるローレン侯爵の面目は丸潰れである。さらに彼が心配しているのは、これから彼らが戦場に出て活躍したならば、これまで国家のために命を懸けてきた兵士たちの立場はどうなるだろうか? ということである。
役立たずと罵倒されるか? 勇者が居ればもはや兵士は必要ないと排除されるか? 少なくとも軍部全体の立場は悪くなるだろう。
なにしろ現時点で彼らの養育や彼らの装備に関する予算は、軍部の予算から引かれることが確定しているのだ。
文句をつけようにも『こうなる前に魔族を殲滅できなかった自分たちが悪い』と言われれば、侯爵にも返す言葉はなかった。
だが、そもそも魔族との戦は数百年単位で行われている戦であり、他の国が勇者を召喚しても、人類は魔族に勝ちきることはできなかったという事実を忘れてはいけない。
戦に必要なのは一人で千歩進軍するような強烈な個の力ではなく、千人が十歩進む安定した組織の力である。そのことを理解している者がこの場にどれだけ居ることか。
未だ右も左も分からぬ少年少女を勇者だ剣聖だと誉めそやす同僚たちや、彼らに煽てられて満更でもない顔をしている少年少女たちを横目に見て、侯爵は溜め息を吐かぬよう必死で堪えていた。
勇者の召喚に成功して浮かれる上司も、彼らに便乗して己の利を得ようとする同僚も、貴族の口車に乗って地獄を見るであろう客人も、どれもこれもアホばかり。
この頃の軍部に対する風当たりの強さも相まって、ローレンがこの晩餐会に参加する連中全員に嫌気を覚えてきた頃であった。
「閣下。今少し閣下のお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「む?」
不機嫌さを表に出さぬように壁の花となって葡萄酒を飲んでいたローレンのもとに、一人の若者が訪れ、あろうことか侯爵である自分に断りもなく話しかけてきたのだ。
本来ならば「無礼者!」と一喝し、立場の違いを分からせるところであるが、相手は自分たちが召喚した勇者一行の一人。つまり現時点でこの若者は、国家の賓客にしてこの晩餐会の主役である。
故に、彼の行動は今回に限っては無礼ではない。
むしろ王以外の参列者にも挨拶をしようと言うのだったら「殊勝である」と褒めるべきだろう。
そう思ったローレン侯爵であったが、声をかけた若者、つまり神城は、そのような殊勝な思いで彼に声をかけたわけではなかった。
「実は閣下に、お願いとご提案がございまして。できましたら別室でお話をする時間をいただければと……」
「……願いと提案?」
ローレンから見て神城は他の召喚されてきた少年少女とは少し違う感じを受けていた。具体的に言うなら、向こうは年相応の(それにしても危機感が薄いが)若者で、こちらはそれなりに手慣れた商人のような印象だ。
そうして相手を『客人』ではなく『商人』のような存在と見定めたローレンは、ここで彼の話を聞いた場合のメリットとデメリットを考える。
メリットは異世界の人間の考えを最初に聞けることだ。場合によってはその情報を独占することで利益も独占できるだろう。
デメリットは、時間を無駄にする可能性が高いということくらいだろうか?
なにせ目の前の若者は異世界から召喚されてきたばかりで、こちらの常識すら理解できていないのだ。昔なら価値のあった情報でも、今では無価値となった情報は多々有る。
それらの基礎知識がない時点で、彼の提案が期待できる可能性は限りなく低いと言えるだろう。
そうなると、わざわざ時間を割くのも馬鹿臭いと判断し、会談を拒否できるのが侯爵という立場の人間である。
それでも一応、今日に限っての話だが、向こうは客人であり晩餐会の主賓だ。そして万が一の話だが、彼が語る提案とやらが自分が得をするような話だった場合、色々と後悔する可能性も有った。
そこでローレンは、とりあえず角が立たぬように断りを入れることにした。
「ふむ。済まぬが私は立場が有る身でな。ここで世間話をする分にはかまわぬが、わざわざ貴公と個別に話をするようなことはできぬよ」
要約すれば「特別に話は聞いてやるからここで話してみろ。願いに関しては知らん」と言ったところだろうか。全否定ではない。むしろ侯爵であり軍務大臣であるローレンに対して直に提案できるなど、傘下の貴族ですら中々無いことだと考えれば破格と言っても良い扱いだ。
しかし神城としても不特定多数の人間の耳がある晩餐会の会場では、大っぴらに己の計画を明かすわけにもいかない。そのため神城は『これで駄目なら他の貴族に話をする』という覚悟を固めて、ローレンに対して一つの言葉を投げかける。
「閣下。我が国にはこういう諺と言いますか、格言がございます」
「ん?」
「情報とは水のようなものです」
「……ほう」
話せと言った内容ではないことに疑問を覚えるローレンだが、彼はすぐに目の前の若者が『貴重な水を他者に分け与えてもいいのか?』と言っていることに気付く。同時に『要らないなら他人に渡す』と言っていることも、だ。
「面白い。では貴公の話を聞かせてもらおうか。無論別室でな」
「はっ。ありがとうございます」
「では暫し待たれよ(思った以上に面白そうな話が聞けそうだ)」
「はっ」
そう考えながら、少なくとも晩餐会の会場に残り、子供に媚を売るよりも数倍マシなのは確かなことなのだから、もしもこの若者の話がつまらぬ話であっても許してやろう。という気持ちになっていた。
これはローレンがその若者、神城から話を聞いて本当に良かった!と心から思うことになる一時間前のことであった。
パーティに参加する人の服装とかパーティに出される食事で色々なことがわかりますよね。
「情報は水のようなもの」令和の初期に活躍した思想家にして宣教師ペーコーパーの言葉です。本来は「独占してはいけない」と繋がるのですが、貴族的な価値観であれば「独占しなくてはいけない」になります。
この辺の言い回しが気に入られたもようってお話です。
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