11話。報告を受ける侯爵
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「魔族の幹部と遭遇した、だとぉ?!」
神城から緊急だ、との連絡を受けたラインハルトは、開口一番に告げられた内容に思い掛けない大声を上げてしまっていた。
だがそれも当然と言えば当然の話だっただろう。
これまで神城からの連絡は化粧品絡みや、木っ端貴族の処理に関するものだけだったし、今回だってルイーザから事前に報せがあったが『神城殿が客人を招きました。それも他国の貴族のようです』としか連絡を受けていなかったのだ。
よって緊急と銘打たれていても、ラインハルトが予想していたのは「他国の貴族からこのような情報を得たのですが……」といった感じで、情報の真偽を確かめるための連絡だと思っていたのである。
『はっ。おそらくですが、間違いないかと』
しかしながら、通信機越しに神城から聞かされたのは「王都の中心部にて他国の貴族を装う魔王軍の幹部を発見、接触しました」という超が付くほどの大問題であったのだ。
ちなみに先ほどラインハルトが【魔族】と叫んだが、厳密に言えばこの大陸に【魔族】と呼ばれる種族はいない。魔王軍に所属している種族を総称して【魔族】と呼び習わされているだけである。
だが、思考が魔族に及んだことで疑問も浮上してきた。
「いや、まて。そもそも卿は何故そう思ったのだ?」
最初に受けた衝撃が通り過ぎ、一周回って落ち着いたラインハルトがまず疑問に思ったのはそこだった。【魔族】のことを理解していないはずの神城が、何故、どうやって『相手が異国の貴族ではない』と気付いたのか。
王都に魔族の幹部がいる。というよりは神城(もしくは神城に入れ知恵した者)の勘違いだった。と考えたほうが自然だろう。
いや、それらはただの後付けの理由だ。ラインハルトの本心としては(神城の勘違いであってほしい)というものだ。
しかし、そんな淡い期待を込めて確認をとったラインハルトに、神城は容赦なく己が知った事実を突きつける。
『私のスキルに『診断』というスキルがございます。これは患者に対して適切な処置を施すことを必要とする薬師や医師が持つスキルなのですが……』
「あぁ、うむ。それについては理解している」
当然、スキルについてはこの世界に来て半年にもならない神城よりもラインハルトのほうが詳しい。また、侯爵家でも専属の医者や薬師を抱えていることもあって、ラインハルトは診断のスキルのことも十分理解が及んでいた。
だからこそ気になる。
「しかし『診断』はあくまで相手の状態を探るためのものだろう? それを使ったからといって、何故相手が【魔族】だとわかるのだ? 何か擬態でもしていたのか?」
『診断』が擬態を見抜くなど聞いたこともない(そもそも擬態をした魔族を診断したことがある人間がいない)が、それが勇者一行として召喚された者特有のナニカだと言うなら、神城の言葉にも信憑性が出てくる。
そう考えたラインハルトであったが、残念ながらことはそんなに複雑なことではない。
『失礼しました。では結論からお話しいたします。私が接触した二人の女性のうち、肌や髪が異様に白い少女、名をヴァリエールと名乗った少女なのですが、その彼女を『診断』したところ、状態が『死亡』となっていることを確認いたしました』
「なん……だと……?」
状態が『死亡』。つまりは死んでいる。死んでいるのに動き回る存在。そんな存在は一つしかいない。
「アンデッドだと言うのか!?」
スキルが嘘をつくことはない。
また神城が自分にこんな嘘をつく理由がない。
自身の状態を『死亡』と偽装することに意味などない。
ラインハルトは様々な可能性を考えるが、結局そのヴァリエールを名乗る少女がアンデッドであることを否定することができないことに愕然とする。
『はっ。加えて、向こうは王都へ侵入を果たしていること。さらには通常のアンデッドと異なり、日中にもかかわらず動き回ることが可能で、こちらと意思疎通も可能で、さらに飲食まで可能であるアンデッドが雑魚とは思えませんでした。よって相手を魔王軍、あぁ閣下が言う【魔族】の幹部ではないかと推察した次第です』
「……そうか」
言っていることはわかる。
元々王都に張られている対魔族用の結界は、厳密に言えば対アンデッド用の結界である。その結界をすり抜けたのは、まぁ良い。特殊な技術などで突破することもあるだろう。
だが、その結界の中で自由に動き回るアンデッドがいて、それを防衛側が察知できないとなれば話はまるで違う。
(それができるアンデッドとなれば、少なくとも上位の吸血鬼? いや、魔術に長けた真祖と呼ばれる連中か? もしくは古の伝承にある不死王レベルの大物ならば……まずい、まずいぞ!)
さらに問題なのが、これが「絶対にありえない!」と言い切れないところであろう。
王都の結界は、これまでの王家が抱える魔術師たちの中でもさらに優秀な魔術師が研鑽を積み重ねて作成した魔法障壁であり、その強度や精度は日々強化されていると言ってもよい代物だ。
しかし、アンデッドの中で魔術に長けた者たちは、人間のそれとは文字通り桁が違う。
そもそも知性あるアンデッドは、伝説に名を残すような優秀な魔導師が『寿命』という概念を克服するために秘術を尽くして至ったケースがほとんどである。
よって高位のアンデッドは元から優秀過ぎるほど優秀な魔導師が、一〇〇年、二〇〇年と文字通り心血を注いで研鑽を積んでいる存在と言えるだろう。
さらに魔族の中には竜や人間に迫害されたエルフなど、魔術というよりも魔法に精通する種族も多いのも問題だ。それらから様々な知識を得ることができる賢者がどのような成長を遂げるかなど、もはや普通の人間には想像すらできない領域の話だ。
そんなレベルの使い手ならば、王都に属する魔術師が張った結界を分析、または解析をし、無効化することも難しくはないはず。
これまで高位のアンデッドを『後方で研究を行なっているだけの存在であり、こちらから関わらなければ無害な(研究のために人間が誘拐されたり、研究成果を試すために村を滅ぼす程度のことはしていたりするので、一般的には討伐が推奨されている)存在と割り切っていたラインハルトにとって、神城からの報告はまさしく青天の霹靂であった。
『ただ、いくつか気になる事柄があります』
「……聞かせてもらおう」
第一報から胃に甚大な衝撃を受けているラインハルトだが、神城の報告はまだ始まったばかり。
彼にとっての長い夜はこれからが本番であった。
報連相は大事。社訓にもそう書いてある。
ただまぁ、報告された方から「それを報告されてどうしろって言うんだ!」って言われるパターンも多いですが、報告をしなければしないで「なんで報告しないんだ!」ってなりますよね。
喋れば喋ったで喋られて、喋らなければ喋らないで喋れられる
喋ればいいのか悪いのか。喋らなければいいのか悪いのか。
TUGARUのラッパーにして思想家、ヨシイ=クゾウの言葉ですが、作者は報告しといたほうが良いと思いますってお話。
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