10話。外交官のお仕事③
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ただでさえ甘味のあるお茶に、砂糖と砂糖と砂糖と砂糖とミルクを投入して飲む。
さらに甘いお菓子を食べてから、甘いお茶で流す。
そこにあるのは砂糖の絨毯爆撃。
「うん。甘い。もう一杯」
「あ、私も~。いや、これ美味しいわねぇ」
お菓子に関してはともかく、お茶の味は完全に砂糖によって殺されているのは確実であり、本来ならこのような真似は『邪道』として説教をするところだが、それをしているのが客人で、さらにそれを残すのではなく、喜んで完食しているのなら自分に文句を言う資格はない。
「……おかわりは構いませんが、そろそろ本題に移りませんか?」
己にそう言い聞かせ、無言で給仕をするルイーザを横目で見ながら(そろそろヤバそうだ)と判断した神城は、誰に、とは言わないが助け舟を出すことにした。
「「本題?」」
その助け舟に首をかしげる二人を見て神城は(おいおい、マジか)と、内心で頭を抱えつつ話を続ける。
「お二人は勇者の情報が欲しかったのでは?」
「……おぉ!」
「あ~そう言えばそんな話もあったっけ?」
「……勇者の扱い、軽くないですか?」
「しょうがない。甘いは正義。だからおかわり」
「そうね。勇者よりもこっちのほうが重要でしょ? あ、このお菓子美味しいわね! もう一つ、いえ三つ頂戴!」
「……そうですか」
屋敷に到着してから数十分後。
ルイーザ監修の下で出された侯爵家御用達の茶葉を使ったお茶に大量の砂糖をぶちまけて風味やら何やらを台無しにしつつ、甘いお菓子をおかわりしまくって、思う存分に舌鼓を連打しているヴァリエールとアテナイスに対して、『仕事はど-した?』とツッコミを入れれば、二人は「そういえばそんな話もあったな」程度の反応を返した。
実際、威力偵察によってすでに最低限の情報を得ているヴァリエールやアテナイスからすれば、勇者に関する情報は『あれば良い』程度のものでしかないのに対し、目の前にある侯爵家御用達のお菓子はそうそう味わうことができない……と言うかこういった機会がなければ絶対に味わうことができない、極めて希少価値の高いものだ。
また、他とは隔絶した力を持つ『王』である彼女たちにしたら、異世界から召喚された人間の勇者など『そこそこ強いが所詮は数十年で死ぬ程度の生き物』でしかない。
もっと言えば、今回彼女たちが王都まで調査に来たのは、アンデッド騒ぎを鎮圧させるために勇者を出さなかったフェイル=アスト王国の狙いを探るのが目的なのだが、それとて結局は『暇潰し』の延長なのだ。
そのため、二人の優先順位が お菓子>>>>越えられない壁>>>>勇者 となるのも、極々当たり前の話と言っても良い。
だが、神城にそんな二人の事情が理解できるはずもない。
(ここに来て勇者の情報を完全無視? 何を企んでいる? いや、違う。これは惚けているのではなく、無関心からくる放置? ……つまり、二人は勇者に興味がない? いや、それならこの二人はなんのために王都まで来たんだ?)
表面上普通にお茶を飲みながら必死に頭を働かせるも、一向に答えが見いだせないことに多大な重圧を感じている神城。
そもそも神城という男は、自分よりも圧倒的に強い敵を目の前にして平静を保っていられるほど図太い神経は……多少は有しているが、それでも自分から進んで極度の緊張状態に身を置きたがるタイプの人間ではないし、これまでの経験から『嫌なことはさっさと終わらせたほうが軽傷で済む』ことを知っている人間である。
いくら考えても裏も表も読み取れない両者に対し、痺れを切らした神城が取った手段は単純明快。
「あ、本題のお話の前にお伝えしておきますが、実は私も先日行われた勇者召喚の儀で異世界から召喚された身でして」
「ん?」
「それって?」
「端的に言いまして、私も勇者一行の一人に数えられる者なんですよ」
強制的に話を進ませることができる餌の投下であった。
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「端的に言いまして、私も勇者一行の一人に数えられる者なんですよ」
「……ほぉ」
「……へぇ~」
神城の衝撃の告白を受けて、先ほどまでお茶とお菓子に意識を向けていた二人の意識が、ようやく神城へと向けられた。(と言ってもほんの二割か三割程度だが)
実際問題彼女たちにとって勇者の存在など、配下の連中では決して作ることができない作りたての甘いお菓子と比べれば些事そのものであったし、今回彼女たちに偵察を命じた魔皇も、勇者の情報よりお菓子を持っていったほうが喜ぶ可能性すらある程度の存在でしかない。
だが、目の前に情報源がいるとなれば話は別。
流石のヴァリエールも目の前にいる貴重な情報源を無視することはできないし、する気もない。
「……それを信じるとして、なんで私たちに教えた?」
通常、交渉相手が自分を探っているとわかっているなら、自分が勇者の一味であることを隠し通して、相手に与える情報をコントロールするのが、外交に限らず交渉の常識である。
にもかかわらず、初手で最大の交渉カードの一枚を切ってきた神城の意図が読めなかったヴァリエールは、己の中で推察をする前に直接神城に問いただすことにした。
(よし。これで話が進む!)
ヴァリエールからの圧力を感じるような視線を受けた神城は、相手に警戒を抱かせたことよりも、まずは興味を持ってもらえたこと。そして話をすることで相手の意図を探れる可能性が出てきたことを喜びながら、二人の人外へ自分の置かれている立場を説明することにした。
「いやね、私たちは勇者とか言われていますけど、フェイル=アスト王国に召喚された身なんですよ」
「うん」
「そうね」
「召喚と言えば聞こえは良いですが、言ってしまえば誘拐でしょう?」
「うん」
「そうね」
これに関しては全世界の共通認識なのでヴァリエールもアテナイスも素直に頷く。
「そうなんです。そして誘拐された私たちは、王国のために働かなければ生きていけません」
「うん」
「そうね」
そういった勇者の事情を理解しているからこそ、魔王軍の中では『勇者はこの世界の住人によって生み出された被害者である。よって、彼らを一方的に殺した場合、この世界そのものが別世界の神を敵に回すことになり、場合によっては世界そのものが滅ぼされる危険性があるので、できるだけ勇者一行は殺さないように』という布告がされているのだ。
魔王軍の一部で『半殺し縛り』と呼ばれるルールである。
一応の懸念として、知能がない獣やアンデッドが勇者を殺す可能性もあるのだが、このルールはあくまで『できるだけ殺さないように』というだけのものだし、戦場などで互いに命を懸けて戦闘を行う場合もこのルールの適用外となるので、今のところ不満の声は挙がってきていない。
人間に知られていないところで気を遣っている魔王軍の実情はともかくとして。
「ここからが本題なんですが……基本的に私が得られる情報はフェイル=アスト王国によって検閲された情報となります」
いきなり神城から放たれた不穏な言葉を耳にしたルイーザやマルレーンは、思わずピクリと反応してしまう。ほんの一瞬であったが、人間の知覚能力を凌駕するヴァリエールやアテナイスにはそれで十分であった。
「……なるほど」
「……ふぅん」
それだけで神城が置かれている状況を理解した二人は、神城の望みが『フェイル=アスト王国によって作られたフィルターを通していない情報』であり、その対価として勇者の情報を明かす。そういう取引を望んでいるのだと判断する。
「けどさ、ここでそんなこと言っていいの? 神城さんってそこの人たちに監視されてるんでしょ?」
アテナイスに監視役と名指しされたルイーザとマルレーンは思わず顔を顰めるが、彼女たちにそういった役割があることは紛れもない事実だ。
両者の反応からそれを確信しているアテナイスは、神城に対して「なんなら消してあげましょうか?」と言いたげな視線を向けるも、神城は「その必要はない」と首を振ることで場にできつつあった剣呑な空気を飛ばす。
「私が思うに、ですけどね? そういうのは、こそこそやるから駄目なんです」
「ほほう?」
視線で続きを促すヴァリエールに、神城は一つ頷いて言葉を紡ぐ。
「何事も堂々としていれば、彼女たちは私に後ろめたいことがないことを証明してくれる存在になります。まぁ証言を捻じ曲げて冤罪を着せてくる可能性も無いわけではありませんが、この世界には嘘を見破る技術がありますし、これでも私は勇者の仲間ですよ? 政治的にも実力的にもそう簡単には嵌められません」
「……なるほどねぇ」
ここで敢えて監視役の存在を認めつつ『後ろめたいことをしていないので監視されていても問題ない。むしろ消されたら困る』と嘯く神城。これにより、二人がルイーザたちに危害を加える可能性をギリギリまで下げることに成功する。
一定の手応えを得たことを確信した神城は、さらに追加で自身の言動の解説をする。
「付け加えるなら外交官の仕事には情報収集も含まれます。もしも私がフェイル=アスト王国の貴族を買収して情報を得ようとするなら問題かもしれませんが、王都に来訪した他国の貴族を歓待して情報を得ようとする行為を裁く法はございません。まぁそれでもフェイル=アスト王国にとって非常に都合の悪い情報を得たなら殺される可能性もあるかもしれませんが、お二方がそこまでの情報を持っているとも考えづらいですから、今回は問題ないと判断しております」
「……なるほど」
「そういうことね。うん。納得したわ」
中身はともかくとして、今のヴァリエールとアテナイスは他国の貴族のお嬢さんでしかない。そんな人間が、知られたら即殺されることになるような国家機密に当たる情報を持ち合わせているとは思えない。
これから情報収集をしようとしている相手である神城から、言外に『貴女方のもつ情報にそれほど価値があるものはないでしょう?』と、言われていると理解したヴァリエールもアテナイスもわざわざ神城の誤解を解こうとは思わなかった。
むしろ神城が望む情報が機密に当たる情報ではなく、いわゆる世間一般でも知られている常識に近い情報だということを理解した二人は「それで勇者の情報が得られるなら安いもんだ」と完全に肩の力を抜くことになる。
「わかった。こっちもお茶とお菓子の分は情報を渡す。だからもっと甘いのを頂戴」
「いやいや、勇者の情報を貰いましょうよ。あ、いらないわけじゃないからね? そっちから貰った分の情報はあげるわよ?」
「そうですか。それは助かります。……ルイーザ。これは先ほど街を回った際に見つけた果物の一覧ですが、これを使って何かお菓子を用意してもらえますか? エレンとヘレナは引き続きお二人にお茶とお菓子をお持ちしてください。あぁ、私の分は結構です」
「……かしこまりました」
「「かしこまりました」」
神城からメモを渡されたルイーザは、なんとも言い難い表情をしながら厨房へと足を運び、素直に頭を下げたエレンとヘレナはヴァリエールとアテナイスの給仕に回ることとなった。
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本格的な情報交換という名のお茶会が始まってから数時間後。
「満足した。また来る」
「またねぇ」
「えぇ、いつでもお越しください」
「「「またのお越しをお待ちしております」」」
神城家に訪れた初めてのお客人は、見ているだけの神城が胸焼けを起こすほど大量に甘いものを食べたあとで、帰途に就いた。
彼女たちが目の前から消えたことで、ようやく多大なプレッシャーから解放された神城だが、今の彼にはそのことを安堵する余裕はない。
「……ルイーザ殿。侯爵閣下への連絡はどうなってますか?」
「先ほど致しました。閣下からは『いつでも連絡をくれ』とのお言葉を預かっております」
「そうですか。それではすぐにでも連絡を。急がないと大変なことになりかねません」
「……かしこまりました」
実のところ、神城がヴァリエールとアテナイスの何に対して焦っているのかを正しく理解できていないルイーザであったが、神城の態度から緊急事態であることを感じ取り、連絡の段取りをつけるために動き出す。
時は既に夕刻。しかし神城の仕事はまだ始まったばかりであった。
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