9話。外交官のお仕事②
文章修正の可能性あり
カフェで出会った二人の客人を加えた神城一行は、多少の時間を潰したあと屋敷に向かうために移動を開始していた。
「神城。屋敷はまだ?」
「ハハッ。もう少しですよ」
「さっきもそう言ってた」
「ハハッ。歓待の準備をする時間を稼ぐために、わざとゆっくり歩いてますから」
「むぅ。はっきり言えば良いってもんじゃないと思う」
「ハハッ。はっきり言わないと『誤魔化すな』って怒るつもりでしょう? かかりませんよ?」
「むぅ。やる」
「ハハッ」
「……アンタら、仲良いわね」
「ハハッ。ご冗談を」
「おいおいおーい」
「いや、そこは乗るところじゃない?」
「ハハッ(うん。よし。これで正解だ)」
不思議ちゃんの相手をするときの最適解は『無視』や『放置』ではなく『スルー』つまり受け流すこと。これまでの経験からそう考えた神城は、内心で冷や汗を流しつつも、表面上は朗らかに両者との会話を続けることに成功していた。
もしもこの場に神城の内心を知る者がいたら『そこまで警戒する必要があるのか?』と問うかもしれない。そして神城はその質問に対し、真顔で『あるに決まっている』と断言するだろう。
なにせ相手は敵国の王都に侵入して我が物顔に振舞うことができるようなアンデッドとその仲間だ。
この時点で、戦闘職ですらない神城ができることなど一つもないと確信するには十分過ぎる情報である。
(後で、王都の結界の補強に関しての意見をあげよう)
傍目には、ブラブラと街を歩きながら年長者に文句を言う少女と、少女の文句を軽く流す貴族のお兄さん。その二人を見て「なんだかなぁ」と思いながらも律儀に相槌を打つ少女の友人という、ある意味で非常にほのぼのとした空気を醸し出している三人組である。
「「「……」」」
そんな朗らかな空気を放つ三人を眺めつつ、マルレーンたちは神城に万が一のことが無いようピリピリとした空気をまき散らしながら警戒をしている。
言うまでもないことだが、マルレーンらが警戒しているのは、周囲から第三者が現れて神城や神城が客人として招いた二人を害することではない。
ヴァリエールとアテナイスと名乗った正体不明の二人が神城を害することである。
(おいおい、警戒しすぎだろう)
しかし、護衛をされている神城からすれば、今回に限って言えば彼女らの警戒はありがた迷惑に他ならない。
「あぁ、お二方。先程から私の護衛が、私や貴女方にナニカ起こらぬよう周囲を警戒しておりますが、どうかお気になさらず。もし気になるようなら距離を取らせますが、どうします?」
「「「?!」」」
確かに、護衛として正体不明の相手を警戒するのは正しい。
しかしその警戒のせいで相手に不快感を与えては意味がない。
さらにその相手が、自分たちとは隔絶した実力を持つ相手なら尚更不快感を与えぬよう配慮すべきであろう。
今の神城がとっている方策は『どう転んでも勝てないなら敵対しない』という、無条件降伏に近いもの。
そして無条件降伏を決めた以上、無用の警戒は相手の気を悪くするだけの悪手でしかない。それくらいならいっそのこと自分から護衛を外して『私は貴女方を信頼してますよ』とアピールした方が良い。
そう判断したが故の提案であったが、提案を受けたヴァリエールとアテナイスはと言えば、
「ん。別にいい」
「そうよね。護衛が気を張るのは当然だし、今更気にしないわ」
と、マルレーンたちの不調法をあっさりと容認する。
「そうですか。 それはどうもありがとうございます。……だ、そうなんで、引き続き護衛をよろしくお願いしますね(あからさま過ぎます。警戒をするなとは言いませんが、もう少し自然にお願いします)」
「……了解(すまないね。気を付けるよ)」
漠然とナニカを感じて両者を警戒しているマルレーンに対し、元々隔絶した実力差があることを確信している神城では、その警戒の種類と度合いが違うのも仕方のないことかもしれない。
だが直接注意を受けた際に見た神城の表情から、ようやく彼の真剣さを知ったマルレーンは、相手が自分が予想している以上に厄介な存在なのだと認識し、さらに気を引き締める。
しかし、そもそもヴァリエールとアテナイスにとって、今の興味はマルレーンの警戒云々ではない。
「気にするな。あ、違う。気にしてお菓子をたくさん用意すれば許す」
「あ、それは賛成。甘いのがいいわねー」
……両者の興味は、マルレーンが護衛として放つ剣呑な雰囲気よりも、神城が用意するお茶とお菓子に向いていた。
そして、相手から意味のある話題を提供された神城も、当然その流れに乗る。
「ほうほう。甘いのをご所望ですか。では飲み物は少し苦いのとか多少辛いほうが良いですかね?」
「「甘いので」」
「て言うか、辛い飲み物ってなに? どこに需要があるのかわからない」
「確かにねぇ。酸っぱいのとか苦いのならまだわからないでもないけど、辛いのはねぇ」
「ハハッ。我が国には『カレーは飲み物』という格言がありまして」
「「なにその辛そうな飲み物」」
その気になれば、次の瞬間には神城を含めた一行を殺し尽くすこともできるヴァリエールやアテナイスは、いくらマルレーンが警戒心を高めようと武力的な意味での警戒はしておらず、ただ神城が言う『辛い飲み物』を想像して表情を曇らせる。
そもそも彼女らが警戒するのは、自身が魔王軍に所属する者だとバレることだけ。それだって、バレた後の戦闘云々が怖いのではなく『ゲームに負けることが悔しい』という、実に子供染みた感情からくるモノでしかない。
逆に言えばそれだけ実力の差があるからこそ、神城やマルレーンが今も生きていると言える。
そんな、生きていることが幸運なんだか、そもそも彼女らと遭遇したことが不幸なんだかわからない状況に陥っている神城は、情報を集めるために会話を続けることを選択していた。
「甘口のカレーから超辛口のカレーまでたくさんあるんですよ」
「「甘口なのにカレー?」」
お茶やお菓子にも興味はあるが、神城の祖国という『秋津洲連合皇国』の情報も興味がある。そう思って少し踏み込んだら、もっとわけがわからないワードが出てきて混乱する二人。
「……存在意義がわからない」
「うーん。ちょっと興味があるけど、今回は普通に甘いのでお願いするわ」
「それは残念。 まぁ今は材料がないので作れませんが、機会があれば作ってみますのでその際は是非味わってみてください」
「考えとく」
「機会があればね~」
「うーん。美味しいんですけどねぇ(社交辞令もあるのか。アンデッドに社会性? それに味覚? あれ? そういえば辛味って痛覚じゃなかったか? ……なるほど。わからん)」
得体のしれない飲み物に対し、明らかに社交辞令とわかる断り文句を告げる二人(特にヴァリエール)に、神城はさらに混乱の度合いを深めていく。
……そうこうしながら歩くこと数分。
「あ、そろそろ見えますね。あれです。あの白い邸宅が私の住んでる屋敷になります」
一行は目的地である神城の邸宅へと到着した。
「やっと着いたか。うん。普通。神城みたいな屋敷」
「まぁ確かに普通の……あぁいや、男爵さんにしては大きいかも?」
「ハハッ。今更遠慮は不要ですよ」
家に帰るまでが遠足という言葉があるが、神城にとっての遠足はこれからが本番である。
(リゲ○ン、俺にはリ○インが必要だ)
一行が屋敷についた瞬間。それは心身ともに疲れきっている神城が、即効性の高い栄養ドリンクを作ることを決めた瞬間でもあった。
お客様の接待も外交官の仕事の一つです(多分)
とは言っても、小物で常識人な神城君にとって、ライオンのいる檻でライオンと会話をしながら歩くのは何気にキツイもよう。まぁ誰だってそうなんですけどねってお話。
今回神城君が多用している『ハハッ』はネズミの楽園の住民=サンな感じです
え? T山薬品の営業マンが第一○共の栄養ドリンクを飲んでいいのかって?
……細けぇことは気にすんな! の精神でお願いします
―――
歴史? 鉱山? ハハッ。
閲覧・ポイント投下・ブックマーク・誤字訂正・活動報告へのコメントありがとうございます!