8.5話。外交官の家人のお仕事
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それは、ルイーザ様の監修の下、私とヘレナが御屋敷の掃除を行なっていたときのことでした。
「ルイーザ様! お客様です! 直ぐに一番のお茶とお菓子を準備してください!」
ご主人様と共にお買い物に行っていた(羨ましい)マルグリットさんが、大声を挙げながら駆け込んできました。
早口だったのでアレでしたが、一番のお茶とお菓子? と言いましたか?
「……少し落ち着きなさい」
突然現れたマルグリットさんを見て顔を顰めるルイーザ様。
(……怒ってるよね?)
(えぇ。怒ってるわよ。貴女も気をつけなさい)
ヘレナがぼそっと言ってくるけど、私たちも他人事じゃないの。
職務中の私語は慎まなきゃ貴女も怒られるんだから。
マルグリットさんが怒られないのは、彼女はメイドではなく護衛だからだし。
「は、はい! すみません! でも、ご主人様に大至急で最優先だって言われてッ!」
「「「ご主人様に?」」」
ルイーザ様が不機嫌になっているのをみたマルグリットさんは、一度ルイーザ様に謝罪するも、すぐに聞き捨てならないことを口にしました。
そうですよね。そもそもマルグリットさんはご主人様の護衛だったはず、それなのにこうして一人で戻られたのには何かしらの理由があるはずですよね?
彼女がご主人様から離れる理由? なんでしょう?
「……そういえば、さっきマルグリットさん。お客様がどうとかって言ってなかった?」
「……言っていたわね」
ヘレナに言われて思い返せば、確かにマルグリットさんは『お客様です』と言っていたことを思い出しました。
『お客様』と『大至急』そして『最優先』
これらの言葉が意味するものは一つしかありません。
「ルイーザ様!」
ご主人様がお客様をお連れする。それもマルグリットさんが知らない方を。
つまりそれは、神城男爵家にとって本当の意味で初めてお客様が来訪される。
と言うことに他なりません!
「……えぇ、直ぐに出迎えの用意をしなくてはいけませんね。それで、マルグリット。お客様の数は何名様ですか? 性別は? 特徴や来訪の目的は? 神城様は他に何か仰っていませんでしたか?」
初めてのお客様を迎えるにあたって無様を晒すわけにはいかない。
そう思った私がルイーザ様に確認を取れば、すでにルイーザ様も私と同じ結論に至っていたのでしょう。即座にマルグリットさんに必要な情報の確認を行いました。
なるほど、これが筆頭女官。ご主人様を支える侍女としてのお仕事なのですね……勉強になります。
「えっと。向こうは二名で、両方とも若い女性です。 片方は真っ白の髪に黒いドレスの小柄な女性。もう片方は空色の髪と白を基調にしたローブを着込んでいました。 目的は勇者について知りたいとのこと。 異国の貴族のようでしたけど、護衛を連れていないしお店で出された商品に公然とケチをつけるといった不自然さがありました!」
私がルイーザ様のお仕事振りに感動を覚えている中、聞かれたことにしっかりと答えるマルグリットさん。
こういうところは侯爵家で鍛えられていたんでしょうか。とっさの報告とは言え無駄がありません。
でも、無駄はありませんでしたけど、その短い文章の中におかしな点がいくつかありましたよね?
「ん~勇者様については、まぁこの時期だから良いとして。その人たちは護衛を連れていないんですか? それなのにお店の商品にケチをつけるの? ルイーザ様。それっておかしくないですか?」
「……そうですね」
ヘレナが首を傾げながらルイーザ様に問いかけましたが、私も同感です。
この時期、異世界から召喚された勇者の情報を求めて地方や他国からたくさんの人が王都を訪れるのは当然といえば当然です。それが若い女性なのも、あわよくば勇者の面々を寝取ろうと画策していると考えればわからなくはありません。
けどその次はなんでしょう?
護衛がいない? 店の商品にケチを付ける? なんですかそれ?
前者だけならまだわかりますよ? 私やヘレナだって男爵家の令嬢ですけど、普通は買い物や散策の際に護衛なんかつきませんからね。
でも後者が合わさると、話はまるで変わります。
こう言ってしまえばアレですけど、護衛を必要としていない身分の子女が、貴族街で店を出しているお店の商品にケチを付けるなんてありえません。
だって、そのお店がどこのどちら様に贔屓にしてもらっているかもわからないんですよ?
もしそのお店が、侯爵様のような大貴族に贔屓にされているお店ならどうします?
それを公然と貶す行為なんて、まさしく自殺行為じゃないですか。
我々は、どこの誰が聞き耳をたてているかわからない屋外でこそ言動に注意を払わなければならないのです。
そんなことは貴族でなくとも常識の範疇でしょう?
さらに言えば『異国から来た貴族の子女に護衛がいない』というのもありえませんよね。
「あ、あと、初対面のはずのご主人様に対して非常に馴れ馴れしかったです!」
「はぁ?」
ご主人様に馴れ馴れしい?
相手は若い女性なんですよね?
そしてその若い女性を前にしたご主人様は、マルグリットさんを連絡要員として帰還させた……
つまり、今、ご主人様は、その、馴れ馴れしい、若い女たちと、一緒?
…………ほほう。
「お姉ちゃーん。なーんか勘違いしてませんかー?」
「勘違い?」
何を言っているのやら。 私たちが考えるべきは、ご主人様を狙う泥棒猫共をどう料理するか? でしょう? 何も勘違いしてませんよ?
「……少し落ち着きなさいな。 では現在はマルレーンが神城様を護衛しているのですね? そのお客人を見た彼女の様子はどのような様子でしたか?」
私がご主人様の周りを彷徨く、馴れ馴れしい泥棒猫をどう処理するかを考えていると、マルグリットさんの報告を聞いて少し考え込んでいたルイーザ様が、私を窘めつつ、新たな質問をしました。
……そうでした。今日はマルグリットさんだけではなく、マルレーン様も護衛として随伴していましたね。
これがもしマルレーン様だけ帰ってきていたなら、今回のお話はマルグリットさんとご主人様をくっつけるための狂言とも考えられましたが、向こうにマルレーン様が残っているというならその可能性はありません。
むしろご主人様が『経験豊富な護衛を必要とした』とも取れます。
「えっと、お母様は……警戒してました。それも隠れた護衛の存在がどうこうではなくて、そのご主人様と会話をしていた女性たちを、です」
「……なるほど」
騎士として鍛えられたきたマルグリットさんがそう判断したなら、きっとそうなのでしょう。
つまり、その二人はマルレーン様が警戒するほどの実力者。
護衛がいないのは、おそらく単純にその必要が無いほど強いから。
あとは自国での立場もあるのかもしれませんね。
強さと爵位が備わっている方が、国許で傍若無人に振舞うのはよくあることですし。
「容易ならざる相手。ということですね……わかりました。ではエレン嬢、ヘレナ嬢。お客様を出迎える準備を急ぎましょう」
「「はいっ!」」
相手がどのような方であれ、ご主人様がお屋敷にお客様をお連れするのは事実です。
さらにそのお客様は、貴族街に出店を許されるほどの店の商品に対しても、公然と文句をつけるような遠慮のない方々の様子。
初めてのお客様としては非常に難易度が高いかもしれませんね。
ですが、神城男爵様にお仕えするメイドとして無様は晒せません!
……ご主人様に対して馴れ馴れしい態度を取ったということに多少の不満はありますが、それはそれ。
神城家のメイドとしてお客様を出迎えるため、私とヘレナは急いで歓待の準備を行うのでした。
珍しいエレン=サン回
いきなりお客様に来られても困るけど、歓待をしないわけにはいかないのがメイド道。
ある意味ではこの人たちにとってこそ『お客様は神様』なのかもしれません。
まぁ家の主が『客』と認めてる相手ってのが大前提になりますけどってお話。
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カレンダーをめくるのが楽しくなってきた今日この頃。
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