5話。侯爵家会議③
文章修正の可能性あり
「さて、二人も納得したことだし、ではそろそろ本題に入るとしよう」
「「???」」
説教も終わり、神城の提案に対する考察と解説も終えた後、腕まくりをするかの勢いで『これからが本番だ』と意気込むアンネ。
そんなアンネを見て、アデリナとルードルフは『何かあったっけ?』と首を傾げるも、その答えの鍵は、彼らのすぐ傍で待機していた人物が握っていた。
「えぇ。二人への授業ご苦労様でした」
「ありがとうございます義姉上。では本題に移りましょう」
((あぁ))
アンネの視線の先に居たのは、アデリナとルードルフ、ではなく、その後方。フリーデリンデとヒルダであった。
そもそもの話だが、既に前線に出る気がないアンネにとって実家に入り浸る目的は、弟を殴ることでもなければ甥や姪を鍛えることでもない。神城が作り出す化粧品を手に入れるためである。
当初は、結婚相手の母、すなわち義理の母も、アンネがこうして自身の実家であるローレン侯爵家に入り浸ることに良い顔をしていなかった。しかし、今ではアンネが持ち帰るお土産を心待ちにしているし、向こうの家に仕える侍女たちからもできるだけ多くの成果を挙げられるよう、発破をかけられている身である。
たとえアンネが実戦経験豊富な女傑であっても、嫁ぎ先の母親の機嫌を損ねるのはよろしくないのは当然のことだし、戦利品を持ち帰ることで家中で確固たる立場を確立し、円満な関係を築けるというのなら是非もない。
ちなみにアンネには息子が二人いるが、両方とも成人を迎えているので、現在彼女が自分の子供の教育に携わることはほとんどない。
また、彼女の性格上サロンでおとなしくお茶を飲んでいるようなタイプでもないし、周囲も彼女にそんなことは望んでいない(一部の女子から熱烈な人気があるらしいが)ので、比較的自由な時間が多いのも、アンネが実家に入り浸ることができる要因の一つとなっている。
つまり何が言いたいのかと言うと……
「ではこれより、秘薬の分配会議を行います」
「「「おうっ!」」」
つまりはこういうことである。
ちなみにフリーデリンデの宣言に全力で応えたのは、ヒルダとアンネ、そしていつの間にか向こうに着いたアデリナだ。
秘薬を前にした彼女らには、普段の淑女然とした様子など微塵もない。
もしも秘薬の製造者である神城が今の彼女らの姿を見たならば『まるで数量限定の半額バーゲンセールに挑む主婦だ』と冷や汗を流しながら語っていたであろう。
閑話休題
普段は完成した化粧品を前に様々な交渉を行なって取り分を決めるのだが、今回フリーデリンデの前に置かれているのは二つの小瓶だった。
「母上、この小瓶の中身はどのような効能がある秘薬なのでしょうか?」
分配会議の場に出す以上、これが新製品だというのはアンネにもわかる。しかし当然のことながらその効果は不明だ。
物によっては自分たちが必要としない可能性もあるので、しっかりとした説明を要求するアンネに対し、フリーデリンデは「わかっている」といった感じで一つ頷き、解説書に書かれた内容を告知する。
「今回の目玉は、付与術士による監修が入った末に作られたこの【クレンジングオイル】と【化粧水】です」
「「「【クレンジングオイル】と【化粧水】?」」」
「えぇ。前者が化粧を落とすために使われるもので【洗顔料】とも言うらしいですね。そして後者が秘薬を使用する前に使うことで、肌に水分を供給し、より肌に染み込ませる効能があるらしいわね」
「「私は後者で!」」
「あ~私は【クレンジングオイル】でいいかな?」
効果を確認すると同時に当然のように【化粧水】を選択するのはアンネとヒルダで、化粧の効果よりも、化粧を落とすほうに興味を示したのがアデリナだ。
アンネたちにすれば、態々塗った秘薬を落とすためのクレンジングオイルよりも、秘薬の効能を高めることができる化粧水を求めるのは当然と言えるし、アデリナのように化粧でケアをする必要が薄い少女にしてみたら、夜会などで塗りまくった化粧を簡単に落とせる洗顔料に興味が向くのは当然である。
そんな三者を見て「まだまだね」とニヒルに笑うフリーデリンデ。彼女はさりげなく自分の傍に仕えるルイーザに目をやると、ルイーザは一つ頷き、目先のことしか見られない未熟な小娘たちに驚愕の真実を告げた。
「お嬢様方。過去の偉人が遺した『過ぎたるは及ばざるが如し』という言葉をご存知ですか?」
「ルイーザ? 急に何を?」
「……無論だ。何事も程々にせんと逆に損をするという戒めの言葉だろう?」
「アンネお嬢様が言う通りです。それが分かっておきながら、なぜ目先のことにこだわるのですか?」
「……私一人が使うわけではないからな。それに秘薬の絶対数が少ない現状では、いくらあっても『過ぎる』と言うことなどあるまい」
ルイーザから説教の気配を感じ取ったアンネは、ピクリと蟀谷を動かし不快げに吐き捨てる。
その姿はラインハルトなどから見たら反射的に逃げ出したくなるほど危険な姿なのだが、幼少期から、否、それこそ生まれた瞬間からアンネの世話をしてきたルイーザからすれば、今のアンネの姿は叱られた時に不機嫌になったときに見せる『やんちゃなお嬢様の姿』でしかない。
「……アンネお嬢様。即断即決はお嬢様の持ち味ですが、勘違いはよくありません。その癖のせいでこれまで何度、無実のラインハルト坊ちゃんが空を舞ったことか」
「なに? 勘違い、だと?」
ラインハルトのくだりをあっさりと無視したうえで、ルイーザの言葉に反応するアンネ。
彼女はルイーザの言葉を『欲張りすぎるな。この秘薬はローレン侯爵家の寄子である神城家が齎した物。よって優先権は侯爵家の当主の妻であるヒルダにある』と受け止めたのだが、ルイーザが言わんとしていたのはそのようなことではない。
「えぇ。勘違いです。あぁ、これはヒルダ様も無関係ではありませんよ?」
「わ、私も?」
「はい。そうです」
「「……」」
溜めるルイーザと、唾を飲んで彼女の言葉を待つ二人の淑女。
それまで黙って事の成り行きを見守っていたルードルフが(なんだこれ?)と思いはじめたとき、ルイーザが口を開く。
「いいですかお嬢様方?」
「「……」」
「神城準男爵様が作られた秘薬もおなじこと。塗りすぎても効果が向上するわけではありません。むしろ害となるのです」
「「なん……だと……?」」
これまでは適量が不明だったため(一応神城からは『多分このくらい』という目安は教えられていたが完全に無視していた)毎夜就寝前に『これでもか!』というくらいに塗りまくり、翌朝にはプルルン肌どころか、脂っこいテカりまで発生していたこともある二人は、あまりの衝撃とともに膝を折る。
「そこでこの【クレンジングオイル】なのです! なんとこれには、塗りすぎた分の秘薬を効果的に分解し、後に残らないようにする成分が含まれています!」
そう言ってルイーザは、バーンッ! と効果音がつきそうな勢いで不人気であった【クレンジングオイル】を突き出す。
「わ、私はそんな秘薬を軽んじていたと言うのか……」
「どんなお薬でも塗りすぎれば害になる。そんなこと十分知っていたはずなのに……」
「ふっ。二人共、ようやく気付いたようね?」
「母上! 私が愚かでしたッ!」
「義母様! 不甲斐ない嫁で誠に申し訳ございませんッ!」
「いいのよ。過ちは誰にでもある。それを繰り返さなければ良いの」
「「はいっ!」」
膝を折り、涙を流してフリーデリンデに抱きつく二人と、そんな娘たちを優しく抱きとめるフリーデリンデ。それを見て優しい目でウンウンと頷くルイーザと、密かに【クレンジングオイル】の取り分が減ることを懸念するアデリナの図が完成した瞬間である。
(なに、これ?)
ことが化粧品のことでなければルードルフも感動できたのかもしれない、しかし幸か不幸かルードルフは最初からこの一連の流れを見てしまっているので、どうにもリアクションが取れないでいた。
この後「そんなの普通に洗えば良いでしょう」と、ポロリと本音を吐いたせいで空を舞った父の姿を見たルードルフは『何も言わないことが正解だった』と、この時リアクションが取れなかった自分を褒めることになるのだが、それは後のお話である。
侯爵家会議の本題は化粧品ですからしょうがないね。
どうやら若い時は「化粧水なんかいらない」と言い、歳を取ると「化粧水が面倒」と思うものらしい。
まぁ結局のところは、恋をしている人とお肌の曲がり角にいる人が一番気合を入れているんですってお話
―――
ヒャッハー アマゾンでも予約が解禁だぁー!(宣伝)
汚物は消毒? 手元に届いた後なら好きにしなぁ!(外道)
詳細は活動報告に書いた通りでございます。
拙作を何卒よろしくお願いいたします!
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