4話。侯爵家会議②
文章修正の可能性有り
「さて、気持ちを切り替えて話の続きといこうか」
「「お願いします!」」
「うむ」
ルードルフとアデリナの様子を見て説教は十分と判断したアンネは、元々の話題であった『何故自分たちが神城の言ったことを信じているのか?』という彼らの疑問に答えることにした。
「と、言っても簡単な話なのだがな」
「簡単、ですか?」
「そうだ。実に単純な話だぞ?」
「「単純?」」
これまで周囲の者達から『上位貴族である以上、易々と人を信じてはいけない』と教え込まれてきた二人には、伯母や父が何を以て神城の言葉を信用するに値すると判断したのかがわからないから疑問を口に出したというのに、当のアンネはそれが簡単で単純なことだと言う。
ますます混乱の度合いを深める甥と姪を見たアンネは、内心で「考えすぎだ」と考えて苦笑いするも、すぐに「いや、考え無しの阿呆よりマシか」と判断して、今回の件に関しての解説を行う。
「いいか? まず第一に『我々には神城殿の意見を否定する材料が無い』ということが挙げられる」
「「否定する材料が無い?」」
「うむ。少し考えれば分かることだがな。お前たちは勇者の心が弱いことや、敵にその弱さを狙われる可能性を指摘されて、それが『絶対無い』と言い切れるか?」
「それは……」
「……言い切れません」
アンネからの問題提起を受けて言い澱むアデリナに対し、ルードルフは少し考えて『否』という答えを出す。
「だろう? 私やラインハルトも同じだ。当然陛下も、な」
甥っ子が下らない意地を張って無意味な反論をしてこなかったことを評価しつつ、アンネは話を続ける。
「私の場合は勇者を知らんからなんとも言えんが、神城殿は勇者と同郷の人間だ。ならば我々よりも彼らに詳しいのは当然と言える。加えて、新人の兵士が初陣で心を病むのは軍事の常識だ。ならば勇者とて初陣で心が折れることを考慮せねばならんというのも、軍人としての常識となるだろう?」
「……はい」
事実、軍隊などで兵士を徴募する際には、兵士が脱落することを視野に入れたうえで必要数よりも多少多めに徴募を行うのが軍事の常識である。
まぁこの場合の『脱落』は精神的なものだけではなく、行軍中の脱走や訓練中の事故も含まれるが、それについては今の話題と関係ないことなので省略させていただく。
「よって、今回の神城殿の意見は、その軍事的な常識に『敵の狙い』という視点を加えたに過ぎんのだ。ならば十分考慮に値すると思わんか?」
「……確かに」
つまり、神城の意見は常識に則った意見であり、誰にも否定できない意見なのだ。否定できないのであれば認めるしかない。実戦経験の塊のような伯母にそう言われてしまえば、ルードルフも納得せざるを得なかった。
と言うか、こうして言われてみれば簡単に納得できたことであった。
「私は何故こんなことに気付かなかったんだ……」
軍事的な常識をアンネから言われるまで気付けなかった己の不甲斐無さを自覚し、目に見えて肩を落とすルードルフを余所に、アンネは解説を続ける。
「理解できたのならば結構。次いで、神城殿の立場だな」
「立場、ですか?」
己の不甲斐無さを自覚して内心で頭を抱えているルードルフに代わって相槌を打つのは、話題が軍事から逸れたことで会話に参加しやすくなったアデリナだ。
「そうだ。神城殿はローレン侯爵家と王家の客人であり、同時に外交官でもあるのだぞ? その客人の意見を考慮もせずに無視などできようはずもあるまい? そうして考慮した結果が、先ほどの常識と重なった。それだけの話だ」
「あぁ、確かにそうですよね」
神城が外交官としての立場を得ていることを知っているのは王国内でも極々限られた人間しかいないが、彼のホスト役として任じられたローレン侯爵家の人間は、お披露目前からそれを知らされているので、アデリナとしてもアンネの言葉は理解しやすいものであった。
まぁ、神城の生まれが勇者と同郷であることに多少思うところも無いわけではなかったが、ラインハルトから『国家機密だった』と言われてしまえばそれまでだ。
神城の素性や、彼を迎え入れることとなった経緯はともかくとして、今後はアデリナもルードルフも、神城をただの準男爵の寄子として扱うことはない。
しかし、それでも爵位というのは大きいもので、アデリナはどうしても『準男爵の意見』という色眼鏡を通して見てしまっていた。
それが今回の『聞くまでもない疑問を抱えてしまったこと』に繋がってしまったことを自覚したアデリナは、神城に対する認識を改めることを心に決めた。
ちなみに最初の段階で神城のことを『王家に認められた客人』と説明を受けていたアンネは、元から神城をただの準男爵とは見ていなかったので、神城の意見を聞き入れやすかったというのもあるが、それは経験がものを言う世界なので、神城の素性に気付けなかったという一事を以てルードルフやアデリナを未熟と断ずるのは酷な話だろう。
閑話休題。
「で、最後だな。言ってしまえばこれが一番重要なことなのだが……」
「「重要なこと?」」
軍事的な常識に加え、外交官としての立場以上に重要なこととは? ルードルフとアデリナが頭の中に疑問符を浮かべているのを見て取ったアンネは「まだまだだな」と思いながら、最後の理由を明かす。
「考えてもみろ。もし神城殿の意見が違っていたとして、だ。誰か損をするか?」
「……損?」
「……しませんね」
そう。純軍事的な判断を強いられるラインハルトにしても、政治的な立場も考慮して判断を下さねばならない、王や宰相にしても。現場で兵を指揮する騎士団長や、同じく現場でアンデッドの処理をする教会勢力。加えて当事者であり、アンデッドの相手をしなくて済んだ勇者にしても。
この件に関わるすべての関係者にとって『敵の狙いを予測し、対処すること』で損をする者など居ないのだ。強いて言えば名指しで派遣が決められた【聖女】くらいだろうが、そもそも『アンデッドを相手にするのに【聖女】を派遣しないわけがない』と考えれば、彼女が損をしたとは言えないだろう。
「さらにこの対策は、勇者一行の中から派遣する者を選別するというだけだ。つまり、予算が掛かっていない」
「「……予算」」
「そう、予算だ。これは細かいようで非常に重要だぞ」
アンネが予算の重要性を強調するが、事実『常に最悪を想定する』ことを義務付けられた為政者の視点から見れば、対策に予算が不要という事実は、単純ではあるが非常にありがたいことであった。
なにせ、軍部が予算を使って何かをした際『予算を使いました。だけど何も起こりませんでした』と言えば『軍部による税の無駄遣いだ!』と騒ぐ連中もいるのである。
それは言い換えれば『予算を使ったからこそ何も起こらなかった』とも言えるのだが、帳面しか見ていない文官にはそれがわからないのだろう。
逆に、土木工事を担当する文官が『予算を使って堤防を築きました。おかげで該当地域は水害から免れました』と言ったところで『その堤防が無くとも水害は防げたのではないか?』と言う者もいる。
このように、お互い自分の担当する分野では『問題が起こらないことが最上』ということを理解しているのに、他の分野になればそれを理解できないのだから不思議なものである。
ただ、まぁ、彼らとて本心では軍事に予算を割く必要性も、国内のインフラに予算を割く必要性も理解しているのだ。
それなのにこうも足を引っ張り合うのは、やはり国家予算が限られていることに起因するだろう。
つまるところ彼らは、互いの必要性を理解したうえで、限りある予算を得るために『自分たちの担当する分野こそ国家のために必要なのだ!』と主張すると同時に相手の主張を否定し、足を引っ張り合っているのだ。
これはフェイル=アスト王国のみならず、ほとんどの国家に共通する事案であった。
……ちなみにこの足の引っ張り合いが行き過ぎれば文官と武官の全面衝突となるのだが、文官を代表する宰相も、武官を代表するラインハルトも、国内に確固たる基盤を持つ大貴族であるが故に互いの分野の必要性に理解があるので、現状では大きな争いには発展していない。
一応、時には本気で相手の必要性を理解していない者が過激な意見を言うこともあるが、そういった阿呆は、通常他国の紐付きだったり、何かしらの不正を行なっている者が大半なので、フェイル=アスト王国ではそういった者の意見が重用されることは極めて稀だ。
そのうえ文官武官の両者を束ねる立場にある王家も、単独で国内の大貴族を従えるだけの権勢を誇っているので、今のところは役人の暴走を許さぬ健全な王制を維持していると言っても良い。
しかし、健全な王制を維持しているからといって、予算が無尽蔵に存在するわけではない。
皆が限られた予算の中でやりくりをしているのに、軍部が新規に対策を練るための予算を要求すれば、必ずや反対する者たちが出てくるだろう。
その反対が長引けば長引くほど、魔王軍に付け入られる隙となりかねない。
翻って、今回神城が挙げた対策はどうだろうか?
彼が対策として挙げたのは、元々勇者一行の中から誰かを派遣することが決まっていた中、その『派遣する相手を絞る』といった単純明快なものであり、その人選も、アンデッドに強い【聖女】や、腐肉による被害を避けることを前提とした魔法職を主体にするという、誰もが納得できるものである。
これは、王が執心しているという勇者やクレーン技師を温存するという意味合いもあるし、他の貴族や教会勢力にも配慮した人選でもあるので、反対意見など出ようはずもない。
そのうえで魔王軍の思惑を外せる可能性もあるというのなら、採用しないほうがおかしいという流れだ。
「……と、いうわけだ。理解できたか?」
「「は、はい!」」
つまるところ、ラインハルトもアンネも、神城の意見を『確実にそうだ! そうに違いない!』と判断したのではなく『信じても損が無い』と判断しただけの話なのだ。
「……準男爵殿は優れた策士でもある。そういうことですね?」
神城の提案と、それを受け入れたラインハルトたちの思惑を懇切丁寧に説明されたルードルフとアデリナは、神城から提案を受けて即座にその答えに行きついた父や伯母を誇りに思うとともに、これまで誰もが思いつかなかった魔王軍の狙いに気付き、即座に誰もが損をしない提案をすることができた神城に対する評価を数段引き上げることとなった。
「うむ。昔の偉人が遺した言葉に『一芸に秀でる者は多芸に通じる』という言葉があるが、彼はその典型だろう」
アンネはアンネで、神城を評価するルードルフの言葉に頷きながら、これまで己の中にあった『非常に優秀で、替えの利かない薬師』という評価に『軍事や政治闘争にも明るい貴族』という新たな要素を加えることとなる。
……神城に対する評価を上げた彼女たちは気付かない。
神城の本心が『今の時点で勇者の心が折れたら面倒だ』だの『他の奴らの保護まで任されたら嫌だ』だのという、社会人にあるまじきものであることも、彼女たちにとって画期的とも言える提案が、極論すれば『己の仕事を増やしたくない』という、彼の小物的発想から生まれた産物であることなど、想像すらできなかった。
この彼女らの勘違いが、今後の神城にとって良い方向に転がるのか、それとも悪い方向へと転がるのか。それは誰にも分らないことであった。
一言で言うなら『お金もかからないし誰も損しない対策があるならやるよね』です。
何事も無いのが一番なのですが、何事もなければその有用性にも気付かないんですよね。
ダム? スーパー堤防? ハハッ。
順調にハードルが上がり続けている神城君。そろそろヤバくないか? ってお話
―――
書籍化ブーストとでも言いましょうか、最近妙に筆が乗ります。
キャラのラフ画を見て日々ニヤニヤしているオッサンが居るとか居ないとか……
ブックマークや下部にある☆で応援ポイントを頂けると作者のやる気が増しますので、何卒よろしくお願いします!
閲覧・誤字訂正・書籍に対するコメント等々ありがとうございます!





