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1話。魔王軍の狙いの考察

文章修正の可能性有り

国を挙げて行われた勇者のお披露目からおおよそ一ヶ月程度が経過した。


この一ヶ月間、俺は、引越しをしたり、エレンやヘレナと新しい住居での寝具の使い心地を試したり、マルグリットやマルレーンと簡単な戦闘訓練をしたり、キョウコと作った各種化粧品を即行でルイーザに奪われたり、奪われた化粧品の増産について妙に疲れきった表情をしている侯爵と話し合ったりと『忙し過ぎもせず、かと言って暇でもない』といった、なんとも贅沢な日々を過ごしていた。


しかし今は戦時中。当然こんな贅沢な日々がいつまでも続くわけもなく……


「アンデッド?」


「そうさ。最近地方でアンデッドが活性化してるんだと」


「ほほー」


戦闘訓練を行う前にマルレーンから「話がある」と言われたから何かと思えば。いや、しかし、そうか。アンデッドを使うのか。


「あの、アンデッドってアレですよね? ゾンビとかスケルトンとか言うホラーなヤツ!」


俺が敵の狙いを考察していると、普段から俺と共に戦闘訓練を受けており、今日も準備万端で待ち構えていたキョウコ(と言うか、侯爵の姉の指示で俺よりもキョウコを鍛えるように言われているらしい。解せぬ)が、マルレーンと俺の会話に加わってくる。


彼女は、日本に居たときはラノベだのアニメだのといったサブカルチャー的なものに興味を示していなかったらしいのだが、流石に異世界に来た以上は勉強が必要だと思ったらしく、最近はエレンやヘレナと勉強をしているのでそれなりに知識は得ているようだ。


「そうだ。良く勉強をしているようでなにより」


「ハ、ハハッ。……当たってほしくなかった」


俺に褒められたキョウコは、一瞬喜ぶも次の瞬間には膝を折って頭を抱えてしまう。


流石にゾンビだのスケルトンはホラー映画の鉄板だし、サブカルチャーに興味がなくても知っている人は多いと思うが、勉強しているのは悪いことではない。そう思ったからこそ褒めてみたのだが、どうも反応がおかしい。


褒められ慣れてないってのはわかっているんだが……あぁ。もしかしてこいつ、


「ホラー系が苦手なのか?」


「うっ……はい、苦手です」


正面から聞いてみたら案の定。隠しても意味がないと判断したのか、小声で苦手であることを認めるキョウコ。


「大体おかしいじゃないですか! 私だって『無念を残して死んだ霊が地縛霊になった』とか『母親が生まれたばかりの子供のために幽霊になって飴を求める』っていうお話ならまだわかるんですよ? けどゾンビってなんですか! 死体のくせに動かないで寝ててくださいよ! スケルトンってなんですか? 骨だけで動くっておかしいじゃないですか!」


「ほほう。子育て幽霊を知ってるのか」


いきなりハイテンションで喚きだしたことよりもそっちに驚いたわ。


「その、子育て幽霊とやらのことはわからないけど、嬢ちゃんの言いたいことはよくわかる。死んだんだから、黙って寝ててほしいもんだよ」


キョウコの心の叫びに、うんうんと頷くマルレーン。妙に実感が篭っているが、肝っ玉母さん系の彼女のことだ。ホラー系が苦手ってことじゃないよな。


「……なんだいその目は?」


「いや、マルレーン殿がアンデッドが苦手とは思いませんでしたので」


なんつーんだろうな。思いっきりハンマーとかでぶっ飛ばしてるイメージしかないのに『きゃー怖い』とか言われてもなぁ。そんな俺の気持ちを正しく理解したのだろう。


「ん? あぁ。そういう意味かい。安心しな私の場合はそこの嬢ちゃんとは苦手の種類が違うよ」


「苦手の種類が違う?」


どういうことなの?


「あいつら、基本的に腐ってるからね。臭いんだよ。服も、装備品も臭いし、肉だって当然臭い。そのうえ脆いもんだからちょっとした攻撃で腐肉が飛び散るんだよ? 場合によっては黙っててもいきなり破裂しやがるんだ。鎧の隙間に挟まった肉とかさぁ。浄化してもらってもずっと臭いは残るし、顔面にくらった時なんか最悪なんてもんじゃない。そのうえ、下手に傷を受ければ呪いだの毒まで受けるんだよ? あんなの私みたいな物理主体の騎士はやってられないよ」


「うげっ」

「あぁ……」


「さらに後始末まで考えたら、アンデッドって奴らはもう最悪の相手さ」


「うわぁ」

「なるほどなー」


長々と愚痴られたが、確かに嫌な相手だ。倒したら消えるゲームみたいな世界ならまだしも、元が腐乱死体だから、倒しても腐乱死体がその場に残るだけだもんな。


しかしそれがこのタイミングで活性化するってことは……


「魔王軍は人間が嫌がることを率先してやる連中、なんですね?」


種族としての力の差を以て力任せに攻めてくるだけじゃなく、後方にまで搦手を使ってくるなんて、戦争をする相手としては相当に厄介だぞ。


まぁアンデッドは有名だからこそ対策も取られている相手だろうから、敵の狙いは後方の撹乱と言うよりは勇者を召喚した国家の戦力調査的な意味で動いているんだろうけどな。


「……へぇ」


俺が魔王軍の狙いを『偵察』と断定したことで、マルレーンはニヤリと口元を緩める。


(これを知らせるために話題を振ったんだろうに。いや、俺が気付くかどうか試した、か?)


俺が最初から向こうの狙いを看破できるかどうかを試した。そう考えれば、彼女のリアクションにも納得ができる。


マルレーンの態度に多少思うところもないわけではない。だが、侯爵の与力として特別扱いを受けている以上、関係者に試されるのは当然のことでもあるので、ここは甘んじて受け入れるとしよう。


「あの、なんで神城さんはこのアンデッドの活性化が『魔王軍の仕業』だって思っているんですか?」


感心したような表情を見せるマルレーンとは対照的に、キョウコは頭に疑問符を大量に浮かべているような表情を見せながら質問をしてくる。


いや、なんでってお前。


「勇者のお披露目のあとでモンスターが活性化したんだぞ? そりゃ魔王軍が絡むだろ?」


絡まないと考えるほうがおかしくないか?


「あ、そうか」


元々自分たちがなんのために召喚されてきたかを忘れかけてないか? 

いや、別にキョウコは自衛以外で戦わせる気がないからそれでも良いんだが、あんまりモノを知らなくて勝手にどっかに行かれても困るよな。


そう考えた俺はマルレーンに『面倒だろうが説明を頼む』と目で伝えると、上(侯爵の姉)からキョウコを護るように言われているマルレーンは「しかたないねぇ」といった表情で解説を始める。


「神城が言う通りさ。この動きは魔王軍の思惑と連動している。それで坊ちゃんもこの件の対応に当たってるけど、やっぱりアンデッドってのが曲者だね。連中、中々に厭らしい手を使ってくるもんだ」


「え~と、アンデッドだと何が問題なんですか? 騎士の人たちが出て倒しちゃえば良いだけですよね?」


キョウコにしてみたら魔王軍は『全部纏めて魔王軍』なのだろう。だからこそアンデッドだろうがなんだろうが関係なく軍や勇者が潰せば良いと考えているようだ。


しかし物事はそんなに簡単じゃない。


「この場合問題なのは教会と軍部の軋轢と、民の気持ち。さらに勇者の使い方、だな」


「???」


そうでしょう? とマルレーンを見れば、彼女は「その通り」と力強く頷いて、まだ理解できていないキョウコへ解説を行うべく、俺の言葉に補足を加えていく。


「いいかい? まず、魔物の中でもアンデッドは特別でね」


「特別?」


「そうさ。アンデッドは、特にゾンビだのスケルトンは、その辺のゴブリンだのオークと違う。元々は人間の死体なんだよ」


まぁゴブリンもオークもゾンビになるが、今現在地方で活性化しているアンデッドの材料は人間だよな。


「そうですね」


「で、アンデッドの主な発生原因は『正式な方法で死体を清めなかったこと』だ。これがどういうことかわかるかい?」


「えっと……あ、神官がサボってる?」


「そうだね。故にアンデッドが発生した場合は、神官がその責任を取って浄化するのが一般的なルールなのさ。それに、もしもこれの鎮圧のために軍を派遣しようとすれば、当然経費が掛かる。その経費の請求先はどこに向くと思う?」


「神官のいる教会、ですよね?」


「そういうことさ。金を請求されることを嫌った連中は軍の出動を抑えるためにあの手この手で坊ちゃんの邪魔をする。そうなると軍が出動できなくなり、場合によっては被害は増えることになる。で、被害が拡大したら軍に出動が依頼されるのさ」


最初から軍が討伐に動けば楽だが、楽だからこそ神官たちが自分でやろうとするんだよな。で、自分たちでは無理だと判断するまでに結構な時間がかかる。


その時間は被害が拡大するには十分な時間だ。


と言ってもこれは教会が鎮圧に失敗すると見越している軍の理屈だ。失敗が決まったわけではない以上、教会からすれば「自分たちで解決できるんだから、横からしゃしゃり出てくるな」と言ったところだろうか。


「これが軍部と教会の軋轢ってやつさ。そんでお次は『民の気持ち』」


「えっと、早く鎮圧してくれ! って感じですか?」


「それもあるだろう。だが、この場合はそうじゃない」


「そうだね。つまり……あんたのお母さんがゾンビになって来たらどうする? って話さね」


「……えっ?」


そう。ゾンビモノでよく言われるのが、ゾンビによる最初の被害者は『家族や恋人といった親しい人間である』って問題だ。


自分の子供が死んだことを受け入れられない親や、恋人や伴侶の死を受け入れられない者が、死者だと分かっても迎え入れてしまう。


そんな彼の気持ちを無視して『アンデッドだから』という理由で剣や魔法で駆除を行なった場合、ゾンビを匿っていた人間はそれを『助けられた』とは思わない。


むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


つまり、国内に不穏分子が生まれてしまうのだ。そして、この不穏分子となった民を使うのは魔王軍だけではない。フェイル=アスト王国の足を引っ張りたい連中が使うのだ。


人間同士の争いを『愚か』と言うか、そもそも人間が一枚岩である理由がないと言うかは微妙なところだが、とにかく神官や軍人の信用が無くなってしまえば国内の治安は非常に悪くなる。


魔王軍はそれを見て人間同士を争わせるだけで十分な利益になるって寸法だろう。


「そうだね。そして最後の勇者の使い方だけど……これはあんたらのほうが詳しいはずさ」


「???」


「おいおい、本気かい?」


呆れ顔のマルレーンだが、元々ただの女子高生だったキョウコに政治や軍事の話を理解しろっていうのも酷な話だ。……あんまり無関心なのは頂けないが、元々が他人事だし、今はまだ仕方ないと言える時期でもある。


そう判断した俺は、本気で失望される前に、彼女に代わって説明をすることにした。


「お披露目をした以上、勇者も戦場に出す必要があるだろう? 彼らだっていつまでもタダ飯食らってるわけにはいかないし、異世界から召喚された勇者なら、教会だって特に反発はしないだろうからな」


「あ、あぁ。確かにそうですね」


他人の視線に敏感なのか、マルレーンからの失望を含んだ視線に気付いたキョウコは、頑張って俺の話を理解しようとしているようだ。うん、そういう態度をとっていれば暫くは大丈夫だと思うぞ。


「で、魔王軍もそれはわかっている。と言うか魔王軍の狙いはこっちだ」


「あ、そうか! 元々は勇者のお披露目があったからこそ仕掛けてきたんですもんね!」


「そういうことだ。で、質問だ。初めての実戦で『戦力的に弱いから』という理由で腐乱死体と戦わされたらどう思う?」


「うわぁ」


思わず、といった感じで腕をさするキョウコ。そう。彼女のこの態度が答えだ。


「なるほどねぇ。向こうが最初にアンデッドを嗾けてきたのは、こっちの対応の速さの確認や内部に不穏分子を発生させることだけじゃなく、アンデッドとの戦闘に慣れていないうちに勇者の心を壊すため、かい?」


ん? マルレーンにもこの視点はなかったか? まぁ彼女たちみたいな騎士は、侯爵の姉や王家に忠義を尽くすのが当たり前の価値観を持っているから、逆に気付かないのかも知れん。


「おそらくはそうでしょう。戦う以外の選択肢を与えられていないことを自覚していないうえ、国家に対する忠誠も何も無い少年少女たちにとって、戦って苦戦するような強い敵よりも、弱いけれどひたすら汚い敵のほうが厄介ですよ」


結局のところ、向こうの狙いは多々あるが一番の狙いはコレ。(物理的に)汚い連中と戦わせることで、勇者たちの中にあるフェイル=アスト王国に対する不信感をさらに大きくしようって策だと思う。


「ほう。これは坊ちゃんに報告しても?」


「もちろん構いません。むしろ閣下が気付いていない可能性があるのであれば、早急にお伝えするべきでしょう」


王国としても、初っ端の様子見でいきなり勇者に不信感を抱かれて裏切られても困るだろうし、俺だって勇者たち戦闘要員にPTSDを植えつけられたせいで『戦力が不足した』とか言われて徴兵されるのは嫌だからな。


「そ、それじゃあセイヤたちを出さないで、騎士さんたちだけを出せば良いのでは?」


ある意味では正しい回答だが、そう簡単な問題じゃないんだよなぁ。


「その場合『お披露目された勇者は何をしている?』って話になって関係者の評価が落ちることになる。勇者を温存した結果被害が拡大したら尚更だ」


「そんな?!」


勇者が出陣するような状況になるってことは、領主や教会が初動の鎮圧に失敗したってことだが、保身に長けているであろう連中が、素直にそれを認めるとは思えん。


そうなれば、彼らが狙うのは自然と政治的な手腕を持たない勇者たちになる。


具体的には『あいつらがもっと早く来ていれば被害はもっと抑えられた』とかほざいて、領民の不信感を勇者に向けるくらいのことはするだろうよ。


「ですので私が提案するのは【聖女】による浄化や魔法使いによる魔法での殲滅ですね。前者なら周囲に神の奇跡を演出させることができますから教会も納得するでしょうし、後者であっても勇者の一行を派遣しているので民や領主にも説明ができます」


「ふむ」


「反対に絶対してはいけないのが、物理職の派遣です。特に剣聖や勇者、クレーン技師は温存するべきでしょう」


「なるほど。様子見だと判断して、経験を積ませるのは悪いことではない。だけどそれはある程度経験を積んでいたり、覚悟が定まってるヤツにする必要があるってわけだね?」


「はい。物理職はそうですね。魔法使いなら……直接腐肉を浴びるような状況にはならないでしょう?」


「あぁ。それはそうだ」


過去に何度か腐肉を被った経験があるのだろう。マルレーンはなんとも言えない表情をして俺の主張を認めると「坊ちゃんと話してくる」と言って、通信機のある部屋へと向かっていった。


いや、報告を急ぐのは良いんだが、俺らの訓練は?


「えっと、これからどうしましょう?」


教官役のマルレーンに置いていかれたことに気づいたのだろう。キョウコはなんとも言えない表情をしながら俺に問いかけてくる。


しかし、どうするって言われてもなぁ。


素人が担当教員のいないところで勝手に訓練しても意味ないし、ウチでマルレーン以外に武術を修めているのはマルグリットだけど、彼女は買い物に行ったエレンとヘレナの護衛で今の時間は屋敷にいないしなぁ。


帰って来るまで待つってのも……時間の無駄だな。


「……とりあえず、化粧品、作っとこうか」


「……ですね」


ノルマは達成しているが、ストックが多くて困ることはない。


そう判断した俺たちは、本日の予定を繰り上げて化粧品の製作に取り掛かるのであった。



元々は神城君の見識を試すためにアンデッドの話題を上げたマルレーン=サンでしたが、キョウコを見て自分が想定していたよりも勇者の精神が幼いことを知り、ちょっと焦ってます。


いや、普通に考えてゾンビと接近戦なんかしたくないでしょ?

魔皇様の策は隙を生じさせぬ二段構えなのです。


(物理的に)汚い! さすがアンデッド! (物理的に)汚い! ってお話。


―――


更新が遅れがちで申し訳ございません。


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