幕間 魔王軍会議
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キョウコを引き取った神城が、クレンジング用の化粧品と洗顔用の化粧品の違いに首を傾げながら四苦八苦しながらも、とりあえずのお試し品の製造を開始し始めてから数日後のこと。
フェイル=アスト王国は世界各国の上層部に対し『勇者召喚』の秘術を執り行い、その召喚に成功したことを告知していた。
この告知に関して、そもそもなぜ告知をするのか? また、なぜ召喚を行なってすぐに告知をせずに、一ヶ月以上経過してから告知を行うのか? と言えば、前者は単純に告知を行うことで他国に対し『自分たちは【勇者】を育てている最中なので、暫くは魔王軍との戦争から一歩引くことになるし、支援物資も少なくなるぞ』と知らせ、その了承を得るために行うのである。
そして後者は召喚された者たちの人間性の確認や、引き抜きや暗殺を防止するための準備をする期間であり、最低限の知識と戦闘力を身に付けるための教育に一~二ヶ月程度の時間を要するために設けられた猶予期間である。
そもそも勇者召喚の秘術とは、大地の力を大量に消費して行われる秘術であるが故に、召喚した国家の大地がかなり衰弱することになるのはこの世界の常識だ。
そのため【勇者】を召喚した国は、彼らの知識やスキルによって新たな技術を得たり、大地を活性化させる必要がある。そうしないと国が持たないのだから、それを優先するのは当然。という理屈だ。
後者の一ヶ月以上の時間を空けることに関して言えば、召喚された少年少女らの適性や人間性の確認などに時間を必要とするのは間違いない事実なのだが、もっと細かく言えば、その期間で最低限の知識を与える……言い換えれば『洗脳教育を行う』ための期間として一ヶ月から二ヶ月を準備期間とするのがこの世界の常識であった。
――基本的な話だが、召喚された人間の側から見て自分たちを召喚した者、あるいは国家というのは、異国の人間を誘拐して戦争に駆り出そうとする卑劣極まりない独裁者と、その独裁者が治める人治国家である。
そんな独裁者である各国の王の価値観からすれば、異世界人の常識や価値観はさて置くとしても、少なくとも自分たちがどこぞの世界のどこぞの国家に召喚された際、そこの国家元首に『自分たちのために戦ってくれ、褒美は後払いで』などと言われたとしても「分かりました! 俺は褒美なんていりません! 困っている人のために戦います!」などと抜かすような真似は絶対にしないし、そんな阿呆を信用して召し抱える国は存在しないと断言できる。
むしろ、口ではそう言いながら『必ずこの無礼の報いを受けさせる!』と心に決め、面従腹背の姿勢で復讐の好機を狙うと考えるのが自然だろう。
こういった価値観から、これまで【勇者】の召喚を行なった国家は、召喚された【勇者】たちを育てながら洗脳……もとい、教育を行なったり、特定の異性に情を抱かせたりするなどして、多種多様な柵を作ることで彼らが自分たちに反感を抱かないようにしてきており、その洗脳や柵を作る期間に他の国や勢力から邪魔をされないよう、召喚してから一ヶ月から二ヶ月の間は【勇者】の情報を秘匿するというのが、この世界の常識でもあるのだ。
その常識に則り、此度最低限の教育や人間性や能力の見極めが終わったと判断された【勇者】一行は、正式に『お披露目』され、その存在を世界に認知されることになる。
結局、何が言いたいのか? というと……このお披露目の日を境に、少年少女の戦いは次の段階へと歩を進めることになった。ということだ。
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魔王軍に所属する者たちにとって異世界から召喚されてきた勇者たちの存在は、敵方の決戦兵力であると同時に、敵方によって無理やり戦争に参加させられることになった被害者という認識であった。
そして彼らの中では、召喚した国による洗脳教育が終わる前や、洗脳が終わった直後。もしくは戦争などの現実を直視して動揺している隙に勇者一行に接触することができれば、彼らを自分たちの側に引き抜ける可能性も低くはないと見られていた。
魔王軍としては敵を殺せば向こうにマイナス1を与えることができる。しかし、その敵を殺さず味方に引き入れることができたなら、向こうにマイナス1の損害を与え、こちらにプラス1の得となり、その差は2となる。
さらに、彼らを殺すための労力や、殺すために犠牲になるであろう損害もゼロになるので、相対的な利益は2どころではない。
この考えを基準にしている魔王軍は、数世代前から勇者召喚の兆候を得たら即座に情報を収集するために動くし、その兆候を捉えられなくとも、召喚した国が行う『お披露目』があった場合は、必ずその情報を収集し、その情報を基に協議を行うことを旨としていた。
某国・某所・某城内。
この日、某所にある某城の中にある、広大かつ一目見てわかるほどに頑丈な造りをしているものの、気取った装飾などは一切なく、一つの大きな円卓と九つの座席があるだけの非常に殺風景な部屋の中に、各種族を代表する王たちが集っていた。
ちなみに、彼らは人間たちから『魔王軍』と一括りに呼称されているものの、実際は複数の種族の連合体であり、その王たちの間には基本的に一人の頂点を除き上下の関係はない。
さらに、彼らはこうした会合の際には人の姿を取ることで、燃費の向上や設備の共有化などを図っているので、種族間での話し合いも比較的スムーズに行うことができるようになっている。
また、協議の結果も力の有無ではなく参加者による多数決で決まることが多いという、ある意味では王侯貴族による絶対君主制が蔓延る人間の国よりも現代日本人に馴染み易い政治形態を取っていた。
そんなある意味先進的な彼らの政治形態はともかくとして。
今回この部屋に集められた各種族を代表する八人の王たちは、人間が治める国に配置されていた諜報員が齎した情報が記されている書面を前に、真剣な表情で意見を交わしていた。
「……とうとう『お披露目』が行われたか」
「の、ようだ。今回は数が多いようだが、毎回毎回良くもまぁ恥ずかしげもなく公表できるもんだぜ」
金色の髪に金色の瞳。座っていても分かるほどの巨体に、永く生きてきた者が持つ特有の理知的な雰囲気を漂わせる【竜に連なる者を統べる王】が、先日フェイル=アスト王国で行われた【勇者】一行のお披露目について語れば、その隣に座っていた赤い髪と額から伸びる一本の角。加えて竜の王以上に大きな体格を誇る【鬼に連なる者を統べる王】は、フンッと鼻を鳴らしながら書類を叩きながらそこに書かれた内容を憎々しげに見やる。
どうやら鬼の王は、異世界から少年少女を攫って戦わせるという相手の根性が気に入らないらしい。
「まったくだ。で、今回の場所は……フェイル=アスト王国か」
「前線からは遠いな。儂らではちと面倒じゃ」
「チッ。向こうが来たら俺らが半殺しにして捕らえてやるのによぉ」
緑の髪と同色の瞳と長い耳が特徴的な線の細い男である【エルフの王】が、尚も怒りの気配を見せる【鬼の王】に同意しつつ『お披露目』を行なった国が書かれている箇所を見て眉を顰めれば、樽のような体と太くて短い手足が特徴である【ドワーフの王】は、自分たちが手を出しづらい場所に勇者が召喚されたことに表情を歪ませる。
そして「両者の反応に合わせた」というわけでもないだろうが、長身痩躯で短く刈り上げられた銀髪が特徴的な【獣の王】もまた、暫く自分の出番がなさそうなことに悔しそうな表情を見せた。
「私はそれほどでもないけど、わざわざ人間のために陸に出るのは嫌、かな」
「私も。人間もそうだけど勇者の連中は私たちとは相容れない存在。……特に聖女とか聖女とか聖女」
「聖女しかいないじゃない。って言うか、生身の人間がアンタと相容れたら、ソイツはただの死体愛好家よね? ますます私たちとは分かり合えないんじゃない?」
「否定はしない」
髪も肌の色も眼の色も、全身を深い蒼で染めたような女性【海に生きる者たちを統治する王】が『自分は無理をしてまで勇者に関わりたくない』と素直な気持ちを述べれば、小柄で白い髪と白い肌を持つ【不死者を率いる王】は深紅に輝く瞳を細めながら勇者一行に名を連ねる聖女の存在に文句を付けた。
その文句を聞いた、腰まで届く空色の髪と背中に生やした純白の羽が特徴的な【空を飛ぶ者たちを統べる空の王】が【不死者の王】にツッコミを入れれば、ツッコミを受けた【不死者の王】は自覚があるのか、ある意味侮辱的なツッコミを否定することなく受け入れる。
ちなみに【海の王】と【不死者の王】と【空の王】の三人は、性別でいえば女性なので、正確には王ではなく女王と呼ぶのが正しい呼称なのかも知れない。しかし、彼らは男だろうが女だろうが種族を代表する存在を『王』と認識し、呼称しているので、性別によって特に呼び方を変えるようなことは無いようだ。
そんな男女平等主義な魔王軍の内情はともかくとして。
人間の指導者たちは、この八人の王が魔王軍の実質的な指導者であると考えているのだが、それは半分正しく、半分は間違っている。
確かに彼らはそれぞれの種族を代表する王であるし、それなりに自治権のようなモノも与えられている。しかし、基本的に魔族としての意思決定機関はこの種族間会議にあり、この種族間会議を決定づけるだけの発言力を持った一人の男こそが、実質的な【魔族の王】なのだ。
「全く以て嘆かわしい」
「「「……」」」
円卓に用意された九つの席。
その中で唯一、二段程高い位置に造られた椅子に座る男がそう呟けば、会議室に集った王たちはそれまで各々でしていた会話を止め、それぞれが彼の言葉を聞き逃さないよう神経を集中させる。
一言呟くだけで王たちを沈黙させ、場に静寂を齎した男。
その外見は黒い髪に黒い瞳。年齢は二〇代後半か三〇代前半だろうか。黒い軍服のような物を着込み、どこか【勇者】たちと同じような雰囲気を持つこの男こそ、この場にいる彼ら八人の王を束ねる王の中の王であり、彼らの中で【魔皇】と呼ばれる存在である。
この男が【魔皇】として君臨しているからこそ、各種族を代表する王たちはヒトの姿をしているし、互いに争うことなく、人間から【魔族】と呼称される一つの集団として纏まっているのだ。
それほどの人物である【魔皇】は目の前に並べられた『お披露目』に関する書類を見ながら己の思いの丈を口にする。
「わざわざ異世界から子供を呼び出し、なんの因果も持たぬ子を己の代わりに戦わせて実利を得ようとする人の業と欲には醜さしか感じん。だが、この世界のように争いが常態化した世界でしか輝けぬ才があることもまた事実。……願わくは、せめてこの世界でなんらかの楽しみを見出してほしいものだな」
「「「…………」」」
「……俺たちもコイツらが被害者だってのは知ってますがね。だからと言って陛下は、俺たちに『コイツらが戦場に出てきても殺すな』とでも命じるおつもりで?」
勇者一行の情報が書かれた資料を見ながら、彼らの幸せを願うかのような言葉を吐いた男に対し、周囲の王たちが何とコメントしようか一瞬考えたとき、彼らの中で最も直情的な性格をしている【鬼の王】が、不満そうな表情を隠しもせずに問いかけた。
こうして疑問を呈した【鬼の王】とて、自身と【魔皇】との実力差は重々承知している。
しかしながら彼は種族を統べる王である。そして王である以上、そう簡単に『戦場で殺さないように言われたので手加減していたら、連中に部下が殺されました』なんて阿呆なことが起こる可能性を放置するわけにはいかないのだ。
この【鬼の王】の言い分は、上に立つ者としては何も間違っていない。他の王たちにも多かれ少なかれ似たような気持ちはある。あるのだが、彼らを統べる【魔皇】が「殺すな」と命じたら、その命令に逆らうことができないのもまた事実。
よってその命令が下された場合は、前線で『対勇者用シフト』とも言うべき新たな軍勢の運用方法を練らなくてはならなくなる。
正直に言えば面倒だ。
更に【鬼の王】に限ったことではないが、この場に居る王たちやその配下は人間を好んではいない。むしろ憎悪していると言っても良い。
そんな彼らだからこそ、自分たちの上に立つ【魔皇】の思惑が気になる。
具体的には「人間の味方をするであろう勇者一行をどのように扱うつもりだ?」とか「まさか『被害者だから見逃せ』とでも言うつもりじゃないだろうな?」といった感じの、興味以上の感情を抱いているのだが……彼らが自らの王と認める【魔皇】は、そこまで甘い存在ではない。
「ん? 何故私が『殺すな』などと言わねばならんのだ?」
「へ?」
「連中が被害者だろうと子供だろうと、戦場に出るなら死は覚悟の上だろう。むしろ戦場に出る前であっても、油断していたら殺すべきではないのか? あぁ無論、向こうから保護を求めてきた場合はその限りではないがな」
実際、戦争とは前線の武力衝突だけのことを言うわけではない。戦場に赴く前、つまりは移動や後方での支援活動も戦争では軍事行動として扱われるのだ。
そうであるが故に【魔皇】の価値観の中では、戦場はおろか、そこへ向かう道中に奇襲をかけて一行を殺害したとしても『軍事行動中に油断する阿呆が悪い』となるようだ。
この時の【魔皇】の気持ちを言い表すならば
「『戦いの中でこそ輝く才』を持った勇者たちを戦いから遠ざけるなんてとんでもない」
と言ったところだろうか。
「……まぁそうなんですけどね」
「「「(あれ? さっきは『楽しみを見出してほしい』とか言ってなかった?)」」」
あっけらかんと『異世界から召喚された被害者? だからなんだ。隙があったら殺すべきだろう?』と述べた【魔皇】の態度に、問いを投げかけた【鬼の王】だけでなく、居並ぶ面々も内心で疑問を抱くも、方針自体は自分たちにとって悪いものではなかったので、特に異論が出るわけでもなく、この話題はこれで終わってしまう。
彼らにとって重要なのは、今回の会議に於いて『勇者一行も殺しても構わない』という、実に魔族らしい結論が出たことだ。
この決定を受け、今後魔族と呼ばれる者たちは、勇者一行を『異世界から誘拐された被害者』から『敵』としてカテゴライズすることとなる。
「……異世界から呼ばれた来訪者諸君。是非この世界を楽しんでくれたまえ。そして、叶うならば私に人の可能性を見せつけてくれ」
会議が終わり、それぞれの王が退出した後。一人会議室に残った【魔皇】は、現在の時点で判明している勇者一行の名と、各々の職業が記された名簿を楽しそうに眺めながらそう呟いた。
上機嫌な彼の視線の先には【クレーン騎士】という、彼にとっても未知としか言いようがない不思議な職業に就いた、とある少年の名が記されていたという。
とうとう姿を現した魔王軍。
エルフやドワーフや獣人の中には人間に味方する勢力もいますが、彼らに敵対する勢力も存在します。また竜は個体数が少なく、鬼は脳筋だったりで、単独では人間に滅ぼされる可能性が有るので、他の種族と連合を組む形で国家が形成されています。
海や空の者たちは、今は大丈夫ですが、勇者たちが齎す様々な技術のせいで海や空が穢されている為、人間に味方をする気は有りません。
不死者は基本的に色んな種族から嫌われてますが、少なくとも魔王軍では差別をされないので、魔王軍に所属しています。
ちなみに、彼らを率いているのは魔王ではなく魔皇なので、名称も魔王軍ではなく魔皇軍が正しいのですが、魔王軍の中にわざわざそんなことを指摘するような者が居ないので、魔王国の魔王軍がそのまま彼らの正式名称となっております。
……そう言うの気にするのって一部の人間だけですからねぇってお話
尚、最後の【クレーン騎士】は誤字ではなく、仕様です。
―――
これにて三章が終了です。
以前、プロットが二行しかないと言ったな。
アレは本当だ。
……いやはや
①クレンジングと洗顔は違う
②クレーン技師のワイヤー
と言う、たった二行のプロットからココまで書けた自分を褒めてやりたい気分です。
ちなみに次の章のプロットも、今のところ二行しかありませんが……なんとかしたいと思います。
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