12話。貴族の会話は面倒くさい
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『はっ。こちらは問題ありません』
「そ、そうか……すまんな」
『いえ、これが誰にとっても一番良い形でしょうから』
「う、うむ」
【勇者】の一行たちを喧伝するための式典に於いて『異世界から来た特別な人間としてでもなく、貴族としてでもなく、どこにでもいるような文官のような形で式典に参加してほしい』という、無礼極まりない要請を受けるも、なんの文句も言わず、むしろ『事情はわかっている、自分が我慢すれば良いだけだ』と素直に従ってくれる旨の宣言をしてくれた神城に対し、ラインハルトは感謝をすると同時にある種の罪悪感のようなものを抱いていた。
と言うのもそれは、ラインハルトのような貴族からすれば『(【勇者】とは言え)どこの馬の骨とも知れない若者の引き立て役になってくれ』などという要請は、無礼どころの話ではないという価値観からくるものだ。
それを命ずる相手が自分の配下ならばまだ良い。彼我の立場と、それ以上の報奨を以て相手を納得させることができるからだ。
しかしながら、今回自分がそれを要請した相手は自分の寄子とは言え、国家と侯爵家の正式な客人である上【勇者】同様に異世界から来た人間であり、元の世界でも貴族であった人間でもある。
そんな人間に対し、自分は『貴殿と一緒に召喚されてきた【勇者】の庶民を際立たせるための式典に参加してほしい。無論【勇者】よりも目立ってはならん。故に、貴族としてではなくどこにでもいる文官として参加してくれないか?』と要請をしたのだ。
これがもし自分が同じ立場になった場合はどうなるだろうか?
……間違いなく絶縁状を叩きつけるし、場合によっては、否、高確率で決闘沙汰に発展することになるだろう。
そう考えると、ラインハルトは自分が神城に対していったいどれだけの我慢を強いているのかを自覚してしまい、普段からの借りの大きさも相まって、どうしても恩を仇で返しているかのような罪悪感を覚えてしまうのだ。
ただ、まぁ、根が庶民で小物の神城は『お披露目で目立たなくて良いなんて最高じゃないですか』と両手を上げてラインハルトに感謝の意を示しているのだが……それを示されている側からすれば、文句の一つくらい言ってくれたほうが色々とやりやすいという事情もあるわけで。
とにかく、今回の件でラインハルト及び王家は客観的な事実(神城の主観は別)として神城に多大な借りを作ってしまうことになってしまった。
それを自覚するラインハルトだが、彼にはさらにもう一つ、大きな問題があった。
「そ、それでだな、話はかわるのだが」
『はっ』
「卿に甘えてばかりというのは非常に心苦しいのだが、どうしても卿の力を借りたい」
『……閣下』
「な、なんだ?!」
『閣下には良くしていただいておりますので、そのようなお気遣いは不要です。私にできることならなんなりとお命じください』
「そ、そうか!」
通信機越しであっても、向こうが本気でそう言っていることが分かるような声色でそのようなことを言われたラインハルトは、神城の言葉に感謝を覚えると同時に、胃に鈍い痛みを感じてしまう。
普通に考えれば寄子の準男爵が寄親である侯爵の命令に逆らうことなどありえないし、神城的にもラインハルトを敵に回すつもりは無いので、この態度は間違っていないし、ラインハルトが胃を痛める理由にはならない。
しかし、だ。これは見方を変えれば、国王から神城を饗すことを命じられたラインハルトが、客人に対して一方的に無礼を重ねているという状況である。
それに加えて相手はこちらが誤って誘拐した相手だし、その相手に薬を作ってもらうことで自分の家族が一方的に利益を得ているのが現状なのだ。このうえ、彼の顔に泥を塗りながら命令を下す? それが人間のやることかッ!
自身の行いに葛藤するラインハルトであったが、今回神城から知恵を借りると決めたのは彼ではなく、彼が仕える国王その人だ。
国王からの命令を遂行するのが貴族である以上、自身の個人的な感傷で話を終わらせるべきではない。そんな個人的な矜持と羞恥に挟まれつつ、ラインハルトは(何か要望があったら叶えてやらねばならん)という決心をしながら、神城に対して一つの問を投げかける。
「では卿の言葉に甘えさせてもらおう……実は卿に一つ問いたいことがある」
『問い、ですか? 私に分かることであればお答えいたしますが……』
これまで立て板に水と言わんばかりにハキハキと返答をしてきた神城がいったい何を? といった感じの声を出す。
「うむ。あぁ、無論知らないのならばそれでも構わん。それが理由で卿の立場に何かの悪影響が出ることは無いと断言しよう」
『はっ。ご配慮ありがとうございます』
「いやいや、これも当然のこと故、な」
自分たちも知らないことを聞き、それを神城が知らないからと言って罰するのは話が通らない。ある意味で当たり前のことであるが、こうしてしっかりと明言する必要があるのが宮廷政治の怖いところである。
「で、だ」
『はい』
「卿は『タマガケ』という言葉を知っているかね?」
それは王城に常駐する【勇者】一行も、王家が抱える宮廷魔術師も、重臣が抱える賢者たちも、王都のギルドマスターでさえも知らず、当然ラインハルトも王に下問されたときは、その答えを出すことはできなかった言葉だった。
しかし、この『タマガケ』というスキルは、ただのスキルではない。スキルの保持者である濱田少年が言うには『このスキルがどのようなスキルか分からなければ【クレーン技師】という職業は本来の力を発揮することができないんです!』と王に調査を直訴するほどのスキルであるらしい。
そのことを知らされた王は、この『タマカケ』に関する情報を集め、いくつかの情報を濱田少年に提供したのだが、そのどれもが『クレーンとは関係ない……』と言われてしまい、完全に頓挫している状況だった。
今ではこのスキルについての情報に対して賞金を懸けようか? という話まで出てくるほどの難題として認識されていた言葉だったのだが、やはり異国の貴族である神城は格が違った。
『タマガケ? あぁ、もしかして【クレーン技師】の少年が持つスキルですか?』
「知っているのか?!」
『えぇ、まぁ。概要だけですが』
「な、なんと! で、ではその概要だけでも……いや、まて、対価が……」
ラインハルトは、まだ自分が細かいことは何も言っていないのに『タマカケ』という言葉だけで【クレーン技師】に紐付けることができた神城の叡智に戦慄すると共に、その情報にいくらの値段を付けるかに頭を悩ませることになる。
何せ神城は初対面のときに自分にこう言ったのだ『情報は水である』と。
他人が持つ水を無料で得ようとするほどラインハルトは吝嗇でも厚顔無恥でもない。然るべき価値のある情報を得るためには、然るべき対価が必要なのだ。
だがこの借りが溜まりに溜まっている中で、いったい何を支払えというのか。
金銭? すでに十分以上に持っているし、そもそも神城は金銭に貪欲なタイプではない。
(もらっても使い道が思い浮かばないだけとも言う)
権力? 彼は目立つことを嫌ったがゆえに準男爵なのだ。そこに新たに何かを足しても、迷惑となることはあっても、喜ぶことはないだろう。
(小物なので買い被られても困るし、権力に付随する責任を抱え込みたくないので微妙な爵位である準男爵を望んだとも言う)
名誉? すでに彼の顔に泥を塗りまくっているのに?
(本人は洗顔パックと認識して感謝さえしているらしい)
異性? すでに男爵家の姉妹とマルレーンの娘が傍にいて、現在はその娘が神城のお手つきとなるために色々と画策しているのに、さらに追加しろと?
(本人がそれを望んでいるなら喜んで送るが、そうでないなら姉の企てを邪魔をしたことになってしまうので折檻されるのが確定している)
「むむむ……」
勘違いが勘違いを生み、憶測が憶測を生む中で、負のスパイラルに陥っていたラインハルトを救ったのは、やはりと言うか何というか、どこまでも無欲な神城の言葉であった。
『あぁ、この程度のことで閣下に対価など求めませんよ。もし、閣下のほうでどうしてもと言われるなら、これに関しては貸しで結構です』
「貸し、か」
『はい』
「……承知した。この借りは必ずや返すことを約束しよう」
『そん……いえ、承知いたしました。そのときをお待ちしております』
「うむ」
王や濱田少年の苦悩を知らない神城からすれば、このこと自体が非常にどうでも良いことだし、なんなら世間話の一環でも良いくらいの話でしかないので、本当に軽い気持ちで『貸し』という言葉を使ったのだが、王やその周囲の者たちがどれだけ【クレーン技師】に期待をしているかを知っているラインハルトには、その『貸し』という言葉は非常に重かった。
その日、軍務大臣の執務室に設置された通信機の前で(いっそのこと何か欲しいものでも言ってくれんかなぁ)と内心で頭を抱えるラインハルトと、その通信機の向こう側で(なんだかよくわからんが、もらえるものはもらっておこう)と、お互いの価値観に微妙なすれ違いがあることを知りながら、それを訂正せずに利益を得ようとしているセコイ準男爵がいたと言う。
タグにもありますね? 勘違いはさせるもの。です。
まぁ意図していない部分も多々ありますが、評価が上がったことに対するしっぺ返しがいつ来るのかは……いつかのお楽しみってお話。
―――
コロナの感染者がいない岩手県で野球の全国大会が開催されるとか。
君たちは一ヶ月かそこらの間、野球をしないと死ぬのか?
自分の価値観は世の中の人達とはズレてるのかなぁと思いましたマル
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