11話。お披露目の前の打ち合わせ
『と、言うわけでな。卿にも数週間後に行われる式典には参加してもらう予定だ。そして、その式典が終わった後も卿は他国や前線に赴かず、今までどおり王都にて薬の製造を行なってもらいたい』
「はっ。かしこまりました(なんか、こっちから何もしなくても「戦場に行かなくてもいい」って言質を得られた件について)」
神城は心の中で「どういうことなの?」と思いながらも、自分が懸念していたような『【勇者】と一緒に戦場に行け』という命令ではなかったので、快く通信機の先に居るラインハルトに対して了解の意を返す。
そして、神城の言葉に不満がなさそうなことを確認したラインハルトも「これで良し」と内心で笑みを浮かべていた。……色々とすれ違っている内実を見ずに結果だけ見ればなんだかんだでWin-Winの関係になっているのだから、両者の関係は世の中の不思議さを指し示す好例であると言えるかもしれない。
ちなみに、ここでラインハルトが言う式典とは、近く行われることが確定している【勇者】一行のお披露目式典のことであり、先日エレンがヘレナやマルグリットに告げた転機と言うのもこれのことだ。
ちなみのちなみに、なんでわざわざ召喚された者たちをお披露目する必要があるのか? と言えば、これには国際的な条約に加え、召喚を行った国家の威信の強化という意味合いや、さらには【勇者】たちの逃げ道を塞ぐという意味がある。
まず国際的な条約についてだが、これは単純に『召喚した戦力の独占を禁ずる』という大陸の国家同士が結んだ条約があり、その中に『召喚された者たちが自力で暗殺を防げる程度(もしくは時間が稼げる程度)の強さと、諸国の王侯貴族への非礼を行わない程度の常識を得たら、諸国に対してその存在を公表する』という条約もあるので、これに従ってお披露目を行うだけの話である。
これは、異世界から【勇者】を召喚した際は、その召喚を行なった国が一番の利益を享受する権利を得るのは勿論のことだが、他国に対してもきちんと利益を配分するのが国家間の習わしとなっているからだ。
……実のところ、今回大地の力を消費してまで【勇者】の一行を召喚したのはフェイル=アスト王国なので、召喚された一行はフェイル=アスト王国だけで管理するべき。と考える者も少なくないのが実情だ。
しかしながら、過去に他の国が【勇者】を召喚した際にはフェイル=アスト王国も少なからず彼らからの恩恵を受けていたという事実があるし、この条約に反して【勇者】を秘匿した場合、王国は【勇者】を独占するという得以上に、世界を敵に回すという損を被ることになる。
つまり、この世界に於いて『異世界から召喚されてきた【勇者】一行』とは、断じて救世や救国の英雄などではなく、人類が共有する戦奴隷のような存在でしかないのだ。
このような扱いだからこそ、これまで異世界から【勇者】の召喚に成功した国家は『これが今回自分たちが異世界から召喚した者たちです』といった感じのお披露目を行なって諸国に対して最低限の義務を果たすと共に、彼らの派遣と引き換えに諸国からの援助を募って掛かった経費を少しでも回収しようとしてきた歴史があるのだが、それに関しては今は語らずとも良いだろう。
次いで国家の威信に関してだが、これもそれほど難しい話ではない。
と言うのも、何度も記述するのだが、勇者召喚の術式とは大地の力を使用して行われる国家にとっての一大術式である。
そうであるが故に、今回これを行ったフェイル=アスト王国としては、戦場で活躍するであろう【勇者】を始めとした戦闘職の面々や、文化や技術の発展に役立つ存在である生産職の面々を、国内の貴族や臣民に対して『成果』として大々的にお披露目する必要があるのだ。
これを行うことで、他国や国内の貴族の領地に派遣した時に『誰だ?』となって、無用の諍いが生まれる可能性を無くすと共に、国内の人間に対して農作物の生産量が落ちたりすることに対しての説明を省くことができる。
また、こうして異世界の人間の存在を大々的に公表することで、地方にいる既得権益に溺れた貴族に対する牽制や、従来の技術にこだわる頭の固い技術者に対する刺激にもなるというのは歴史が証明しているため、地方の貴族の力を削いで王家の影響力を向上させつつ、技術革新によって国力を向上させたい王家にこのお披露目を行わないという選択肢はない。
残りの第三の効果である【勇者】たちの逃げ道をなくす。ということについては……言葉通りなので説明は不要だろう。
一応説明するなら、彼らに対して国民が期待していることを認識させるとともに、大々的に顔を公表することで、柵や心理的な檻を作り敵前逃亡や裏切り行為を予防するというだけの、実に単純な話だ。
これらの事情から、今の時点でそれなりの立場がある神城もこの式典への参加を拒否するような真似はできない。ただし、こういったものには抜け道があるのも常である。そのため、神城の存在を隠したいラインハルトや王家は今回その抜け道を使うことにしていた。
『それと式典だが、今のところ卿には文官の衣装を着て参列してもらおうと思っている』
「文官の? あぁ、もしかして式典というのは、召喚した者たちを一人ひとりを公表するのではなく、全員をお披露目台のような物の上に立たせて一斉に公表する形なのですか?」
『そうだ』
「それで私は、そのお披露目台の端で彼らを補助する文官のような立ち位置で式典に参加する、と?」
『そうなるだろうな』
「なるほど……」
こうすることでフェイル=アスト王国は、後から他の国に何を言われても『式典の際にお披露目した』と主張することができるというになるのだ。
セコいと言えばセコいのだが、これもまた外交の妙。
それに隠蔽するのが【勇者】のような戦力ならば問題になるだろうが、幸か不幸か神城は【薬師】である(正確には薬剤師だが、周囲は薬師だと認識している)ため、隠蔽が発覚してもそれほど大きな問題にならないという事情もある。
と言うか、そもそもフェイル=アスト王国が今回のお披露目で神城の存在を隠蔽しようとするのは、神城が作る薬がどうこうではなく、あくまで異世界の貴族である神城を誘拐したという罪を隠すためだ。
ついでに、他の召喚された者たちから「不平等だ!」と騒がれるようなことは避けたいので、神城については「すでに彼は文官として働いているから」と言って今までの別行動や特別扱いを誤魔化すつもりである。
『……こういった事情故に、卿には【勇者】たちを引き立てるような役割をさせることになる。屈辱かと思うやも知れないが、ここは王国と卿自身のためにもなんとか堪えてもらいたい』
ラインハルトは通信機越しにも緊張しているとわかるような硬い声で、神城にそう告げる。
彼が緊張しているのは、通常貴族というのは面子を重んずるので、こういった場合には『なんで自分が戦奴隷に過ぎない子供たちの後塵を拝するような屈辱に耐えねばならんのだ!』と声を上げてもおかしくはない、と言うかはっきりと『遺憾である!』と声を上げる生き物だからだ。
そんな貴族的な価値観を持つラインハルトが、本来は自分が守るべき寄子であると同時に、異世界の貴族である神城の面子に泥を塗ることを承諾させることに対して、同じ貴族として忌避感を抱くのは当然のことである。
しかし当たり前の話だが、普段から営業で頭を下げまくっていた神城にとって、面子などというものはラインハルトが考えるほど重要なものではない。
いや、貴族社会に於いて軽いものではないことや、面子を軽んずるのは危険だということくらいは重々承知している。しかし、それでも後ろ盾であるラインハルトに不快な思いをさせてまで自身の面子に拘るつもりはない。
むしろ『ラインハルトからの謝罪を受けたことで面子が保たれた』という形にするのが一番だと考えた神城が、彼からの謝罪に対して「委細承知しております。その程度のことならば当方にはなんの問題ありませんので、お気遣いは無用に願います」と、告げるのも当然の成り行きであった。
そしてこの神城の言葉を聞いたラインハルトが『また彼に借りを作ってしまったな』と、苦笑いしたのもまた予定調和と言えるのかもしれない。
そんな両者の貸し借りに対する思惑はよそに。これより数週間後、否応なしに世界に影響を与えることになるであろう【勇者】一行のお披露目式典が開催されることとなるのであった。
何事も段取りが大事です。
言葉にしなきゃ伝わらないことは多々ありますってお話
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