9話。とある少女の憂鬱
文章修正の可能性有り。
「「はぁ」」
神城のダンジョンでの言動を知った侯爵家の面々が『神城は戦闘もそれなりにこなせる』という事実を知り、さらにこのタイミングでその事実を明かして来た神城の意図を探るために各々が頭を悩ませて居たときのこと、神城が拠点としている邸宅の中では、二人の少女が溜息を吐いていた。
ただ、その溜息を吐いた両者の様子を見比べれば、その溜息の内実はまるで違うということがわかるだろう。
なにせ二人の内、一方である黒髪の少女は頬に手を当てて何かを思い出して恍惚とした表情を浮かべており、もう一方の赤毛の少女は何かを思い出して悩まし気な顔をしたかと思えば、背中を丸めて頭を抱えているからだ。
「お姉ちゃん……はともかく、マルグリットさんは深刻そうだねぇ」
ある意味で正反対な二人の態度を目の当たりにして、半ば呆れ、半ば同情交じりに呟くのは、今回のダンジョン行きに同行しなかった黒髪の少女、ヘレナである。
「それはそうですよぉ。元々お母様からは『アイツを逃したら大変だよ』って発破をかけられていたし、アンネ様からだって『できればマルグリットには彼に嫁いでほしい』なんて言われていたんですよ?」
普段外に出る時は護衛対象である神城やエレンやヘレナを守るために周囲に気を張り、女性に人気が出そうな凛々しい姿を見せているマルグリットだが、神城邸の中ではその限りではない。
と言ってもそれは別に彼女が警備や護衛を真面目に行なっていないと言うわけではなく『多少隙を晒した方が男受けがいい』と母親やルイーザから助言を受けたマルグリットが、彼女ら公認で意図的に気を抜いているだけの話である。
まぁ、肝心の神城が普段から研究室から出てこないので男受けも何も無いのだが、こうして気を抜いた結果としてエレンとヘレナから『思ったよりも接しやすい』という評価を得られて、仲が良くなったのだから、これも彼女の一つの成果と言っても良いのかもしれない。
そんなマルグリットの普段の職務態度はさておくとして。今の彼女らにとって重要なのは、その口から紡ぎ出された固有名詞であった。
「えっと、アンネ様って、ローレン侯爵様の姉君……って言うか公爵夫人様だよね?」
「……はい。そのアンネ公爵夫人様です」
「うわぁ」
マルグリットが溜息と共に吐き出した言葉の意味を把握したヘレナは、思わず声を上げてしまう。
なにせ準男爵の娘。と言うか、騎士家の分家の娘であるマルグリットからすれば、アンネというのは主家であり侯爵家の当主の姉というだけで絶対服従の対象である。
それに加えて公爵夫人という王国の女性カーストの頂点と言えるような社会的地位まで持っている相手から『できれば○○してほしい』などという要望は、彼女のような立場の人間にしてみたら『絶対に達成すべき命令』以外の何物でもないだろう。
マルグリットとしてはその命令を遂行するため、今回のダンジョンでは気合を入れて護衛を行なって好印象を残そうとしたのに、護衛の派遣を依頼してきた当の本人から求められていたのは、単純な戦闘力ではなく、常識の教授と『侯爵家の縁者』という社会的な力による防衛力であったことが判明してしまったのだ。
言われてみれば、確かにダンジョンに於ける万国共通の国際ルールなどというものは存在しないので、異国から来た神城がこの国のルールを知ることは非常に重要だし、そもそも貴族が重視すべきは直接の戦闘力ではなく『面倒事に巻き込まれない政治力』であるので、余計な諍いから距離を取るために侯爵家の関係者を護衛にするという神城の狙いはなんら間違ってはいない。
それはこの機にマルグリットを売り込もうとしていたマルレーンでさえ、神城の話を聞いて『紛らわしい!』と思いながらも、否定することができなかったくらいの正論であるので、報告を受けた侯爵家やアンネは思惑を外されたことに内心で舌打ちすることはあっても、神城に文句を言うような真似はしなかった。
まぁ実際のところアンネは、善意8割打算2割といった感じの比率で神城とマルグリットをくっつけようとしているので、マルグリットが嫌がったり神城が拒否をするなら無理やりこの計画を推し進めるつもりは無いのだが……この辺は下級貴族の悲しさかな。
この話が来た時にアンネから『無理は言わないが』という言質は取っているものの、アンネの言葉の裏に隠された2割の打算に隠された本音を忖度したマルレーンは、本気で娘を神城に嫁がせようとしているし、騎士として働く場合はともかく、伴侶を得て女の幸せを掴むということを考えれば、年齢や経歴から色んな意味で後が無いことを自覚できているマルグリットとしても、現在のように周囲が味方してくれている状況を活かさないという選択肢はない。
結局のところマルグリット自身も婚姻自体には乗り気であり『なんとかして護衛ではなく、一人の女として神城の側に侍るにはどうしたら良いか?』と考えているのが現状であった。
もしここで現代の日本人の価値観を持つ人間がマルグリットの傍にいたなら、こんな形で婚姻関係を結ぼうとする彼女らに対して「恋愛感情は無いのか?!」と声を上げるかも知れないが、その場合返される答えは「何を言っているんだ?」とか「そんなモノはない」となるだろう。
そもそもの話だが、貴族社会に於ける婚姻というのは打算ありきの政略結婚が基本なのだ。そんな彼らにとって恋だの愛だのといった要素は、結婚や婚約の後。もしくは後継ぎを産んだ後に育むものである。
この価値観を現代日本人にもわかりやすく言語化するとしたら『婚約相手や結婚相手以外の異性に懸想することはふしだらなことである』とでも言えば良いだろうか?
本の中の登場人物や劇場で活躍する俳優のファンになるくらいなら良いし、王子や公子といった高位貴族の子弟に憧れるのも理解されるだろう。しかし婚約者を差し置くような真似は絶対に許されないというのが、社会的な常識なのだ。
こういった事情があるのでアンネもマルレーンも、本人たちが「どうしても嫌だ!」と言わない限りは神城とマルグリットをくっつけようとするし、すでに神城と関係を持っているエレンやヘレナも、内心はどうあれ貴族的な価値観を理解しているからこそ、マルグリットが閨に入ることを受け入れていたりする。
……まぁ「侯爵家の肝煎りで神城の側に侍ろうとするマルグリットを止める勇気が無かった」とも言えるかも知れないが、彼女が邸宅に来訪した当初の時期はともかくとして、それなりにマルグリットという個人と親交を深めた今となってはそれに関する蟠りは何もない。
と言うか、現在はともかくとしても、元々エレンやヘレナが神城の傍に居ることを選んだのは、神城の持つ立場や財力を当てにしたところがある(と言うかほとんどがそれ系の打算)ので、マルグリットたちの思惑を否定できるような立場ではないのだ。
だからこそヘレナは僻まれたり恨みを買う前に目の前で頭を抱えながら涙目になって「……どうしよう」と呟いている年上の少女に対して、彼女なりのアドバイスをすることにした。
「やっぱり既成事実しか無いですよ! まだまだレベルが低い私やお姉ちゃんと違って、マルグリットさんは激しい動きも大丈夫そうだし!」
「激しっ……い、いや、それは最後の手段と言いますか!」
「え? 他に何か考えてる手段があるんですか?」
「……無いですけど」
「ですよねー。そんなのがあったらこんなところで涙目になって頭を抱えてないですよねー」
「うぐっ。そ、そうだ。エレンさん! エレンさんはどう思いますか?!」
年下のヘレナからあっさりと正論を叩き付けられたマルグリットは、これまでとは別の意味で涙目になりそうになるもなんとかそれを堪えて、ヘレナを神城の傍に置くことに成功したという実績を持つエレンに話を振る。
そのとき話を振られたエレンは何をしていたかと言うと、
「はぁご主人様……」
いまだに頬に手を当てて、ダンジョンでの神城の雄姿 (エレン補正有り)や、帰還した後の夜戦を思い出して、一人幸せに浸っていたりする。
「お姉ちゃん! いい加減ダンジョンでのご主人様の雄姿を思い出して悦に入るのを止めて、話に参加してよー!」
「……え? 何? なんの話? ダンジョンから戻った後のご主人様の話?」
「ちーがーう! マルグリットさんの側室入りの話だよ!」
完全に自分の世界に浸り、自分たちの話を聞いていなかったエレンに対しツッコミを加えるヘレナ。ちなみにマルグリットが正妻ではなく側室になることが決定しているのは、彼女の家柄がどうこうではなく彼女が貴族の妻に求められる侍女としての教育や作法の修業をしていないからである。
この、貴族の妻に求められる価値観や奥の序列に関してはともかくとして。
「あぁそれ? んー。もう少し待てばご主人様ももう少し羽目を外すと思うから、それまでは待ったほうが良いと思うわよ? その時になったらルイーザ様からもお願いされるかもしれないし」
悩める乙女の悩みを解決するための方策を求められたエレンは、あっさりとその解決策を提示する。
「「もう少し待てば?」」
唐突にエレンが放った思いがけない言葉に、ヘレナとマルグリットは思わず顔を見合わせた。そんな驚愕の表情を隠しもしない二人に対して、エレンは一つ頷き、言葉を紡ぐ。
「えぇ。その時は私も口添えすることになるでしょうね。だから、とりあえずマルグリットさんは落ち込まないで少し落ち着くべきだと思いますよ?」
「え、エレンさん! そ、その『少し』ってどれくらいですか?!」
「えっと。一ヶ月は要らないと思いますけど、細かい時期までは私にもわからないですね」
「んー。もうすぐ何かあるのは確実だけど、細かい時期まではお姉ちゃんも分からないってこと?」
「そうね。一応何があるかも知っているけど、それは言えないの」
「そ、そうですか」
自分が思ったよりも、随分あっさりと悩みが解決しそうな雰囲気を感じ取ったマルグリットはホッと一息吐くのだが、それで終わるほど貴族の嫁(側室)入りは温くない。
「そうなんです。だからその時になったら既成事実を作るのを躊躇しないように覚悟を決めてくださいね」
「やっぱり既成事実が必要なんですか?!」
「「当たり前でしょう」」
エレンの言葉を受けて思わず叫び声を上げたマルグリットに対し、トロスト姉妹は「今更何を言ってるんだ?」と言わんばかりに即答する。
……現代日本にも『恋愛は戦い』という言葉があるが、この世界に於ける貴族の婚姻もまた戦いである。
いや、彼らの婚姻の場合は、恋や愛は無くとも家の浮沈を懸ける打算や、相手を陥れるための策謀が入り乱れるので、もはや『戦い』と言うよりも『戦争』と言っても良いのかもしれない。
これからそんな戦争に挑む騎士が、戦場で手を抜いてどうするというのか?
文字通り全てを懸けて今の立ち位置を得たエレンとヘレナは、目の前のマルグリットが全てを捨てる覚悟を決めていないことにいらっとする思いを抱きながらも、彼女を神城の側室とするために様々な準備を行うことを決意したという。
―――
そんな彼女らの女子トークから数週間後。彼女らが所属するフェイル=アスト王国は、周辺諸国に対してある布告をすることになる。
この大陸の歴史にすら名を残すであろう布告の内容を知る者は、未だ限られた者たちだけであった。
マルグリットから見ればエレンとヘレナは護衛対象であると同時に男爵家の令嬢ですので、丁寧語が基本です。
エレンとヘレナからすれば、マルグリットは準男爵の娘ではありますが、侯爵家と繋がりが強いので絶対に蔑ろには出来ない相手です。そのため当然侯爵家がマルグリットを神城家に輿入れさせようとするなら、ソレを阻止したりは出来ません。
なので精々協力的に動いて印象を良くしようとしております。
アンネ=サン。公爵家に嫁いでましたってお話。
―――
済まない。金曜日に投稿出来ず、済まない。
本当に申し訳ない(メタ〇マン)
実は書籍化に伴うあれこれが有りまして、目途が着くまではどうしても不定期な更新になってしまいそうなんです。
そんなわけで誠に申し訳ございませんが、更新が不安定になりそうです。ですが不安定になっても最低でも週に二回か三回は更新したいと思っておりますので、拙作を何卒よろしくお願いします!
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