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3話。侯爵家会議

もはや定例会?

文章修正の可能性有り



エレンの髪が目に見えてサラサラのツヤツヤになったことで、自分が使った薬の効果に期待ができることを確信したルイーザが、夢と希望を抱きながら『毛根から強くなる毛生え薬』を使った三日後のこと。


多少なりともその効果を実感することができたルイーザが侯爵家に駆け込んだことで、最近恒例になりつつあるローレン侯爵家女性陣 (とラインハルトとルードルフ親子)による緊急会議が開催されることとなった。


~~~


「「「「髪?」」」」


「はい。御髪です」


そう言いながら、自分の髪を指差すルイーザ。


それを見て女性陣は口々に「……なるほど」と呟いていた。


(ルイーザが血相を変えて報告に来たから、いったい今度は何を作ったのかと思えば……)


それを見せられたラインハルトとしては、普段からルイーザの髪を注視していたわけでもないので『言われてみれば量が増えたか?』 程度の感想でしかなく、結果として非常に真剣にルイーザの髪を凝視する女性陣の神経を逆撫でするような発言をしてしまう。


「髪、か。そう言えば彼はそんなことも言っていたな」


(神城め。不老の秘薬は最終目標だろうから今はまだ無理としても、化粧品だの毛生え薬などよりも先に胃薬を作るべきだろうに)


肌にも髪にも困っていないラインハルトはそう思いながら溜め息を吐く。しかし、この場でそれは悪手に他ならないことを、彼はまだ理解できていなかった。


「「「「「あぁん?!」」」」」


「うぇぁ?」


そして彼はすぐに己の迂闊さと『後悔とは先に立たぬもの』であることを知ることになる。


(……父上)


母、姉、妻、娘、そして侍女長から一斉に怒声と共に殺意の籠ったメンチを切られ、息子からは「なにやってんだ」と呆れたような視線を向けられたことで、ラインハルトはようやく自分のミスに気付いた。


「……ラインハルト。貴様、まだ準男爵殿の情報を隠していたのか?」


「あ、いや、その、だからですね」


女性陣からの殺意が籠った視線を受けたラインハルトが何かを言おうとするも、その前に絶対強者であるアンネが額に青筋を浮かべながらそう言えば、


「まったくこの子は。いつから私たちにここまで隠し事をするようになったのかしらね?」


「義母様、私は悲しいです」


母親のフリーデリンデは『やれやれ』という顔をしながらそう呟き、妻のヒルダは『オヨヨ』と泣き真似をする始末。


「い、いや。別に隠していたわけでは……」


怒り、呆れ、悲しみ。三者三様の反応に対し、頬をひきつらせながら抗弁しようとするラインハルトであったが、残念ながらその程度の言葉で引き下がる程、女性にとって『髪』というのは軽くはない。


「お父様、いくらなんでもそれは無いです」


「ア、アデリナ?」


さらにラインハルトに更なる衝撃を与えたのは、無表情でそう言いながら、全身から怒りを滲ませる娘のアデリナであった。


これまで皮膚用回復薬にはそれほど興味を示さなかったアデリナだが、彼女はルイーザから『同年代の男爵の娘の髪が、秘薬を使った翌日にはまるで違ったものになっていました』という報告を受け、真剣にその薬を欲しがっていたのだ。


今まで見たこともないアデリナの姿に狼狽するラインハルトを尻目に、女性陣は顔を寄せあって話を進めていく。


「髪の量や質を改善、か。流石は美の伝導者たる準男爵殿よな。目の付け所が違う」


「そうね。ただ量と質の秘薬は両立できないみたいだけど……」


「義母様、それについてはルイーザがやっているように、先に量。それから質で良いのでは?」


「あ、それじゃ私は質のほうを貰いますね。もちろん今ある分を全部」


「「「アデリナ?」」」


いきなり何を? と言わんばかりの目を向けてくる三人であったが、アデリナとて年頃の乙女。たとえ相手がどれほど強大な敵であっても、そこには決して譲れないモノがあるのだ!


「お祖母様も伯母上も母上もお肌の秘薬と量の秘薬を使えるんだから良いじゃないですか! 私はこれしか無いんだから、これは私が優先的に貰います!」


「「「むむむ」」」


普段控えめなアデリナ(孫、娘、姪っ子)の自己主張に、年長組の三人は、なんとも言えない表情をしながら呻き声をあげることしかできなかった。


(おぉ、あのアデリナが母上や姉上を言い負かしたぞ!)

(はぁ……)


そんな娘の成長にラインハルトが驚けば、ルードルフは妹が強靭になったせいで自分の立場がまた一つ弱くなることを自覚して溜め息を吐く。


この場で発言権がない男性陣の思いはともかくとして。


今のアデリナにあるのは『すぐに量産させたいが、肌の秘薬も捨てがたい』とか『量と質、どちらを取るか』などと思っている他の三者とは違い『質の薬だけよこせ』という純粋な思いのみ。


それ故に、彼女が発する言葉は純粋で、より深いものになっており、その思いは『これまで三人が薬を独占していた』という事実が、秘薬を前にしたアンネらの中にも僅かながらに残っていた良心をピンポイントで抉ることに成功するだけの鋭さを秘めていた。


「……アデリナの言い分ももっともではある。しかしなぁ。お前が全部持っていくというのは、流石にどうなんだ?」


同じ家にいるので、その気になればいつでも譲ってもらえそうなフリーデリンデやヒルダはともかく、他家に嫁いでいるアンネはそうもいかない。


それに彼女は、これまで騎士という職業柄頭部に兜を装備していたが故に、己が髪に多大なダメージを与えてきたことを自覚しているので、ダメージをケアするという秘薬は是非とも欲しい代物であった。


よって、なんとか自分の分も確保したいと思ったアンネは、可愛い姪っ子に譲歩をするよう交渉をしようとするも、残念ながら今日のアデリナはアンネの姪ではなく、一人の年頃の娘である。


「でも伯母様? 今の段階では、それぞれの秘薬の消費期限とか、一回使ったらどれくらい使い続ける必要があるのかっていうのもまだわかってないんですよ? それなのに両方をキープしても片方を腐らせるだけじゃないですか!」


「むっ。確かにそれもそうだが……」


「それくらいなら私が使いますよ! 幸い効果に関しては準男爵さんの家に居る侍女が試しているみたいだし。ルイーザ、そっちは特に問題は無いんでしょ?」


「そうですね。現在のところ髪の質が向上するだけで、特に副作用などは無いようです」


いきなり話を振られた形になったルイーザであったが、当事者の一人として一切気を抜いていなかった彼女は焦ることもなくアデリナからの質問に答えを返す。


ちなみにルイーザは、エレンと共に神城から薬を奪……試験するために借り受けた際、秘薬を使いすぎた場合の副作用についての確認を済ませており、それが『使いすぎればギトギトになる程度のものでしか無い』ということを聞かされていたので、アデリナが薬を使おうとすることを制止しようとは思っていなかった。


「なら問題ないわね! それに伯母様って元々髪に気を使ってた風じゃないですよね? っていうか、髪が短いからこういうのって必要無いんじゃないですか?」


「必要無いわけあるかっ!」


侯爵令嬢に相応しく、両親譲りの金髪を腰まで伸ばしているアデリナに対し、騎士として働くために髪を短く纏めているアンネ。


これだけ見れば、確かにアンネが髪の質に気を使っているようには見えないし、実際のところアンネもこれまではそれほど髪に気を使ってきたわけではなかったのも事実ではある。


しかしながら、目の前に状況を改善させることが可能な薬があるというなら話は別。


さらにアンネも良い歳であり、もう兜を被って前線に出ることなどかなり稀なこととなっていることもあって、今では『ケアできるならしたい』という思いがあるのだ。


髪は女の命。それはいつの世も変わらぬ真理である。


アンネもフリーデリンデもヒルダもアデリナもルイーザも、それは共通認識として理解していた。


しかしながら、この場にはその気持ちを共有できない者もいるようで……


(まったく姉上ときたら。40も過ぎてる身で何を言っているのやら)


「……何か言ったか?」


「いえ。何も言っておりませんが?」


「……そうか」


「えぇ(危ない危ない)」


元々ラインハルトにしてみれば、これから華を咲かせる身である娘のアデリナが美容に気を使うことに関してはわかるのだ。むしろ親として『当然必要だろう』という気持ちもある。


しかし、既に他家に嫁いでいるうえにしっかりと後継者たる子を産んでいるアンネが、今さら美容に気を配る気持ちがさっぱりわからない。


それは母のフリーデリンデや妻のヒルダにも言えることであり、肌の時と同様に『今さら気にすることか?』という気持ちしかなかった。


だからこそ、彼は『その毛生え薬は『悩める紳士』に売るべきだ』と思うのだ。特に量を増やす秘薬は、派閥の強化に使えるという確信がある。


そのためラインハルトは軽い気持ちでこんなことを口に出してしまった。


「とりあえず結論としては『質』については程ほど作らせる形で良いでしょう。そして『量』に関しては効果が確認され次第少しずつ作らせ、半分は母上らが管理し、残りをこちらに回していただく。そのような形でいきましょうか」


この時のラインハルトの思惑としては


いまのところ『質』を使うのはアデリナだけなので、とりあえずは少量で良し。

『量』に関しても、今さら髪の毛の量を気にしてもしょうがない連中に使わせるくらいなら、こっちが使う。……本来なら半分というのもやり過ぎだが、それくらいは大めに見ようではないか。

付け加えるなら、女性陣には皮膚用回復薬もあるのだから、そっちを先に処理させれば良い。


と言ったところだろうか。


(うむ、完璧だ)


ラインハルトは己の決断に満足し、内心で頷いていた。


確かに現役の軍務大臣にして、また侯爵家の当主として見たならば、実にバランスの取れた決断であると言えよう。


しかし、彼は知らなかった。




「貴様は何を寝惚けたことを言っている。眠いなら寝ていろ。それとも無理やり眠らせてやろうか?」


「寝惚けてるって……(と言うか、なんで姉上は怒ってるんだ?)」


「ラインハルト。この秘薬も私たちが管理します」


「母上、流石にそれは……(あんたらだけで管理って)」


「当然ですね。秘薬の価値を理解していない旦那様に管理させるなどあり得ません」


「ヒルダまで?! いや、別に私が全部管理するわけではないぞ?(半分はそっちで良いと言っているではないか!)」


「ですよねー。お父様に渡したら、その辺のハゲに渡すんでしょ? それはちょっとねぇ」


「ハゲってお前。確かにそうだが、もうちょっと言い方をだな(アデリナにこんな口の利き方を教えたのは誰だ?! ……姉上だよなぁ)」


「そうですね。そもそもこの件については坊っちゃんに意見を求めていませんし」


「「「「その通り」」」」


「えぇぇぇぇ?!(全否定かよ!)」


そう。ラインハルトは知らなかったのだ。


『美』を前にした女性は、砂漠で水を求める旅人、否、地獄で蜘蛛の糸を発見した亡者であることを。そして、その亡者たちの目に、己からそれを奪おうとする者が、どのように映るのか? ということも。


「ふぅ。……ルードルフ」


「はいっ! 私は直ちに父上と共に退出します!」


「はぁ?!」


アンネに呼ばれたルードルフは、間髪容れずに立ち上がると、ラインハルトの手を取って「父上、ここは退きましょう!」とやや焦った表情をしながら小声でラインハルトに退出を促してくる。


「いや、ちょっ。流石に政治的にも使える秘薬を、美容なんぞのために浪費させるわけにはいかん! お前にはそれがわからんのか?!」


「「「「「美容なんぞ? 浪費?」」」」」


「ち、父上っ?!」


そんなルードルフに対し、侯爵家の当主として説教をするために声を荒らげたのが、ラインハルトが犯した本日最大のミスであった。


「……アンネ」


「はい。……ラインハルト。貴様の気持ちは良くわかった」


「あ、姉上? クボァ?!」


フリーデリンデに名を呼ばれたアンネは、その意図を察して即座に動き、呆然とするラインハルトのボディーに一撃を入れる。

  

「ついでだ」


そしてボディーへ貰った一撃の威力に悶えて頭を下げた彼に対し、ついでに加えられたのは容赦のないテンプルへの肘。


「がふっ!」


「ち、父上ぇぇぇ!」


問答無用かつ電光石火のコンビネーションによって気を失いかけたラインハルトが、この日最後に耳にしたのは、


「良いかルードルフ。為政者にとって薬とは、必要とされるところに届け、必要とする者に使わせるべきものだ。断じて政治に利用して良いものではない。……わかるな?」


「はいっ! ご教授ありがとうございます!」


彼の耳に残ったのは『息子が己を心配する声』などではなく、自分を倒した姉からの『それらしい説教』に対して、声だけで『直立不動で敬礼をしている』とわかる息子の声であったと言う。




髪はなぁ。男にとっても女にとっても重要な要素だからなぁ。


ちなみに成分の摘出先などは後から書く予定でごわす。


ラインハルト? あいつは良い奴だった……ってお話。


~~~


いやはや、こんな週三回更新の拙作にたくさんの評価ありがとうございます!


皆様に飽きられないよう頑張りますので、☆評価の方、コンゴトモヨロシクお願いします!




あと、誤字訂正について一言。


ブロント語はともかくとして、秘密館の会員数を801114514人とか114514801893人とかにしようとしている人がいますが、そんなに人口いねぇよ! どんだけ偏った世界だよ!


そして作者はノンケですので、あまり濃いネタは理解できませんので悪しからず。



閲覧・ポイント評価・ブックマーク・誤字訂正ありがとうございます!





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