幕間。不遇職は伊達じゃない!③
「あぁ~。どうしたもんかなぁ」
王と監督役の騎士が【クレーン技師】という職業について頭を悩ませていたころ、当の【クレーン技師】である濱田少年もまた、悩んでいた。
その悩みとは『職業レベルを上げるためにはその職業に備わっているスキルを使い、熟練度を高める必要がある』という、この世界の常識に対する悩みであった。
このことを知ってからというもの、彼は自室で小型のクレーンを自作しそれを分解しては組み立てるといった形で職業的な経験を積み、なんとかレベルを上げることに成功していたのだが、その成長が頭打ちになってきたことを自覚しているが故に彼は悩んでいるのだ。
いや、正確には少し違う。この状況を改善するための手段はすでに濱田少年の手の中にあり、本人もそのことを理解している。その答えとは……
「やっぱ『召喚』するしかねぇよなぁ。だけどなぁ」
そう。【クレーン技師】という職業が使えるスキルの中で、最も基本的なスキルである『クレーン召喚』を使い、クレーンを呼び出して使役(使用?)することこそ、この状況を打破するための唯一にして最良の方策ということは濱田少年も、周囲の人間も理解してはいるのだ。
しかし、現状では濱田少年への召喚の許可が下りていない。
その理由は単純に『危険だから』である。
なにせ魔法というのは基本的に殺傷能力が高く、事故が発生した場合大惨事になるケースが多々あるのだ。
具体的には、火魔法が暴走すれば、酸欠や放射熱による火傷で死んだり大事故が起こり。
水魔法なら本人が溺死するか冠水被害。
風なら窒息死や予期せぬ鎌鼬現象で殺傷事件。
雷なら感電死。
回復はやり過ぎれば細胞が死滅するし
光は失明の危険を孕み、闇は精神汚染の危険がある。
これらの可能性を考慮すれば、適性があるとはいえ力加減などが全く分かっていない若者たちが魔法の使用を怖がるのは当たり前の話であろう。
そして特別な意思が宿るわけでもない属性魔法ですらここまで危険を孕むというのに、濱田少年が持つのは、よりにもよって召喚魔法だ。
この召喚魔法というのは、元の世界でさえ『正しい手順で悪魔を召喚しなければ術者が殺される』などといった伝承があったほど危険な魔法であり、それはこの世界に於いても変わらない。
それはそうだろう。濱田少年ら【勇者】一行も召喚された存在であるが、呼び出された人間によっては『ふざけんな!』と言って術者を殺しに動いても不思議ではないのだ。
この場合は、呼び出された相手が人間だからこそ暴走されても王城の騎士などでも対処できるのだが、これがドラゴンだとか上位悪魔などを呼び出してしまった場合はどうなるだろうか?
……冗談でもなんでもなく王都が壊滅する危険性すらある。
このように、召喚魔法とは多分に危険を孕む魔法だというのに、濱田少年が呼び出すのは本来意志も何も無いはずの『クレーン』だというではないか。
召喚魔法のデメリットとして存在する『召喚されたモノが暴走する可能性』を考慮すれば、想定される最悪の状況は『いきなり現れた重機が無人のまま暴走する』というもの。
この場合、召喚されたクレーンの大きさによっては王城が崩壊するような大惨事が確定してしまう。
さらに召喚される場所とその方法だ。
たとえば地面に魔法陣を描き、そこに対象を呼び出すというなら王都の郊外などで召喚を行えば良いだけの話だ。周囲に何も無ければ暴走しても被害は少ないと思われる。
だが、もしも頭上から降ってくるような召喚になったらどうなるだろう?
少なくともトン単位があるであろう重機が問答無用で上空から降ってきた場合、濱田少年には『自分が生き残れる』という確証が無い。
つまり『クレーン召喚』というスキルは、召喚しても暴走の可能性を孕み、それ以前に召喚そのものに難がある問題満載のスキルなのだ。
これでは異世界から召喚されてきた若者たちが『クレーン』を知っているが故に彼を警戒するのは当然の話だし、そんな彼らの反応を見て『クレーン』を知らない王国の人間が未知の物体を警戒するのもまた当然のことと言えよう。
加えて少年たちを怖がらせてるのが『玉掛け』という名のスキルだ。
濱田少年からこのスキルの名を知らされた少年たちは、暴走するクレーンに捕まった後、何故かワイヤーで縛られて吊り上げられた挙げ句、男ならば誰でも持っている宝玉が破壊される姿を幻視したと言う。
この可能性があるために基本的に善人である【勇者】のセイヤ少年でさえ、濱田少年に対して「暴走しても俺がなんとかするからやってみろ」とは言えず、それどころか「とりあえず暴走しないようになってから召喚してくれ」と頼む始末である。
そう言われた時の濱田少年の心の声を表に出すなら「暴走しねぇ方法があるなら俺が知りてぇよ!」と言ったところだろうか。
結果として今の彼は、監督役の騎士や教導役の宮廷魔導士から言われたように『とりあえず職業レベルを上げる』ことを第一としているのだが、それが頭打ちとなってしまったことで『召喚』を行わないとレベルが上がらないという、悪循環に陥りつつあった。
そんな濱田少年に現在取れる方策は二つある。
1つは形振り構わず『召喚』を行うこと。
これは先述したデメリットを全て放置し、一か八かで召喚を行うことで行き詰まっている現状を打破しようとするものである。一見すれば破れかぶれの暴走にも見えなくもないが、実際に何事もなく召喚に成功する可能性もあるので、いわば結果を以て自分たちの心配を『大山鳴動して鼠一匹』と笑い飛ばそうとする計画である。
まぁ、確かに上手くいけば「心配して損した」と、笑い話で済むのだろう。
しかし最悪の場合は本当に洒落にならない事態となるので、リスクを考慮した王や宰相たちからは『そのような賭けは絶対にやるな』と釘を刺されていた。
そのためこの計画を実現させるためには、召喚の失敗で自分が死ぬ覚悟と、巻き添えで誰かを殺す覚悟が必要になる。
……もし上手くいったとしても、王国関係者からの心証は最悪になることは覚悟しなくてはならないので、濱田少年としてもできたらこの手段は取りたくなかった。
もう一つは『わかってそうな人に聞く』という、当たり前と言えば当たり前のことである。
この考えは『いや、だから、その分かっている人間が居ないから困っているのではないか?』と思われがちだが、少なくとも濱田少年には、まだ一人確認を取っていない人間に心当たりがあったが故にその可能性を捨てきれずにいた。
その心当たりとは、自分たちが召喚された日に何故か一緒に召喚されていた見知らぬ人間であり、教師である木之内や【賢者】のアサヒが会話をした『幻の生徒』こと、T山薬品に勤めていた社会人の神城という男であった。
ちなみに社会人という意味では教師である木ノ内も同じ括りになるのだが、木之内は土木作業などに興味は無かったのかクレーンについては何も知らなかった。しかし、濱田少年は同じ男性である彼ならば何かしらの知識があるんじゃないか? と淡い期待を抱いているのだ。
……一応木之内も『玉掛け』という単語を聞いた時には「ほほう」と呟いて怪しく目を光らせたのだが、その視線は濱田少年から話を聞いた一部の女子と同じ感じの視線であったので、濱田少年は彼女に過度な期待はしないことにしたらしい。
そんな教師と生徒の心温まる関係はともかくとして。
「……やっぱ聞いてみるべきだよな。無理くり召喚するのはその後だ。でもなぁ」
濱田少年は破れかぶれで召喚する前に、なんとかして神城と連絡が取れないか? と悩むことになる。
ここで濱田少年が悩んでいるのは、王や宰相は自分たちが神城と連絡を取ることを好ましく思っていないということを知っているからだ。
実際、これまで木之内やアサヒは何度か彼と連絡を取ろうとしたらしいのだが、一度も面会が叶うことは無かったし、そもそも王城で彼の姿を見た者が居ないのも不安になる原因の一つであった。
この現状を見てアサヒは、社会人である神城が王国にとって都合の悪いことに気付いてしまい、それを王に問い詰めた結果『賢しい奴は嫌いだよ』と言って消されたのではないか? と疑っているらしい。
そして濱田少年としても『殺された』は無いかも知れないが『追放された』くらいのことはされていても不思議ではないという思いがあったので、今までは彼らからの心証を悪くしないためにも監督役や教導役の者たちに神城のことを聞いたりしなかった。
「……けど、もうそんなこと言ってる場合じゃねぇよな」
しかし、今の濱田少年はテロ紛いの召喚を行うことを真剣に考えるほどに行き詰まっているのだ。そのため彼は『多少周囲からの心証が悪くなったとしても、暴走するよりはマシだ』と考え、一度正面からぶつかってみるという決断を下した。
――後の歴史家は『初代マクレーン伯爵の異世界での本当の第一歩はここから始まったのだ』と口を揃えて語っている。
不遇職とか不遇スキルって本当の使い道が分かるまでは大変なんですよねぇ。
濱田少年も、何も考えずに召喚出来る脳天気さが有ればこんな事にはならなかったのに……
チート(薬剤師)とチート(クレーン技師)が交わるとき、何かが起こる!
おや? 木之内先生の様子が……ってお話。
―――
読者様が ほもぉ な内容が好きなのかどうか知りませんが、作者は作者の書きたいように書くぜ!
と言うかそろそろ三章なんですが。プロットががががが
……どうしたら良いのだろう。
もしかしたら月水金とかの更新になるかも?
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