21話。ふろんとみっしょん
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ブルーノら貴族の若者たちが今後の行動方針を定めた日の翌日、彼らの思惑を知ってか知らでか、件の準男爵は若者たちの神経を逆撫でするような行動に出ていた。
「ねぇねぇ、ご主人様! 次はあそこのお店に行きましょうよ!」
「ん? あぁ。そうだな」
黒髪で活発な印象を受ける小柄な少女がそう言って隣を歩く男の右腕にがっちりと抱きつけば、
「まったく少しは落ち着きなさいな。あぁ、ご主人様、あちらのお店はどうでしょう?」
「ほう。なかなか面白そうなモノがあるじゃないか」
同じく黒髪でやや落ち着いた感じの女性が、右腕に抱きつく女性に対抗するかのように男の左腕を優しく包み込むような形で抱き寄せる。
そしてその二人の女性を侍らせながら、黒髪黒目で身長はやや高めの身奇麗な青年はのんびりと散策をしていた。
だれがどう見ても逢引である。それも美女二人と男が一人という、両手に華の状態で。
「「「グギギギギギッ!」」」
男の夢とも言える行為を見せびらかす青年に対し、周囲にいる男たちが思わず歯ぎしりをするか、砂糖を吐くような顔をする中、二人から『ご主人様』と呼ばれている青年は、周囲の男たちからの視線を気にすることも無く、これが通常運転だと言わんばかりに極々自然な形で振舞っていた。
この、それが当然であると言わんばかりの『勝ち組の余裕』的な態度も、陰から見張っているブルーノたちの神経を逆撫でするには十分なものであることは言うまでもないだろう。
「「「「うらやまけしからん!」」」」
彼らを見張る若者たちは、口を揃えて本音を吐露すると、血涙を流さんばかりの視線を眼前を行く一行へと向けて口々に怨嗟の声を吐き出していく。
「あの野郎! 俺のヘレナをっ!」
「見せつけやがってっ!」
「あれが人間のすることかよぉ!」
「くそっ! 憎しみの心でヤツを殺せたらっ!」
「畜生っ! 嫉妬の視線でヤツを焼き払えたらっ!」
「「「「「憎い! 奴が憎いっ!」」」」」
自分たちの中にこのような負の感情が渦巻く中、それでも『相手は侯爵様の関係者だ』と言い聞かせて自制心を働かせていた彼らの目と耳に『そんなものに意味はない』と言わんばかりの追撃が飛び込んでくる。
「あ、そうだ。ご主人様。今夜からは私もお姉ちゃんと一緒に入れてくださいね!」
「「「「「今夜?! 一緒に入れる?!」」」」」
青年の右腕に抱きつきながら、明るい中にもどこか女の色気が感じられる顔と声で告げるヘレナを見て、思わず前かがみになって「いったいナニをする気だ?!」と内心でツッコミを入れそうになる若者たち。そんな彼らがツッコミを入れる前に、男の左腕を抱いていたエレンがヘレナの言葉を掣肘する。
「待ちなさいヘレナ。あなたにはまだ早いわ」
「「「「「まだ早い?!」」」」」
おませな妹を注意する姉の顔ではなく、恋敵を牽制する女の顔をしているエレン。それを見て一部の男は「アレもイイ!」と陰で悶えそうになるも、問題はそこではない。
彼らにとっての問題は、当事者の一角である姉妹が、陰で自分たちを見張る若者たちのことなど与り知らぬと言わんばかりに男性に抱きつき、取り合いを行なっていることだ。
「あ、そう? じゃあお姉ちゃんは抜きで良いらしいから、ご主人様と二人っきりだね! やったぁ♪」
「なっ! 誰もそのようなことは言ってません。ご主人様のお相手は私一人で十分だと言っているのです。貴女は一人で寝なさい!」
「やーだよーだ! お姉ちゃんばかりずるいんだー。私だって幸せな気分になりたーい」
「それは……いえ、でも……」
エレンとしても、他ならぬヘレナに『自分一人が幸せに浸っているのはずるい』と言われてしまえば、返す言葉がないのか、先程までの『何がなんでも許さない!』という態度から、やや軟化したような雰囲気が見えてくる。
それが意味するところは、すなわち今夜は三人で寝具の使い心地を試すことを認めるということでもあり、それを聞かされた若者たちはと言うと……
「「「「「くぁwせdrftgyふじこlp」」」」」
ただでさえ『お相手』だの『一人で寝ろ』だのといったワードが出てきたことで具体的な想像をしてしまった若者たちは、前かがみになりながらも血涙を流さんばかりに一行の中心にいる男を睨みつけ、声にならない声を上げていた。
「おい、あれ、いいのか! お前、あれ、許すのか?!」
その中の一人、若者たちの中で最初にエレンの相手をすることが決まっている少年が、一行を指さしながら怒りのあまりカタコトになってリーダー格のブルーノに対して声をかければ、
「……いいわけ無いだろうがっ!」
声をかけられたブルーノとて、ただでさえ自分の女であるヘレナが別の男に抱きついているのを我慢しているというのに、目の前であんな砂糖を吐くような寸劇を見せつけられては面白いはずがない。
ギリっと歯を食いしばりながら呻くように声を出す彼の表情は、視線だけで男を殺せそうな形相と言っても良いほどに歪んでいた。
もしも相手が貴族ではなく平民であったなら、彼らは有無を言わさずに三人を囲んで、男共々彼ら一行を誘拐し、男を殺してから姉妹を嬲っていたことだろう。
それをしないのは、ひとえに姉妹が男を『ご主人様』と呼んでいるのを聞いたからだ。彼らは『さすがに侯爵様の寄子に手を出すのは拙い』となけなしの自制心を発揮して、目の前で繰り広げられる寸劇を観察していたのだ。
しかし、ただでさえ少ない彼らの自制心はもはや限界を迎えようとしていた。
そして、彼らの自制心を崩壊させるきっかけを作ったのは、やはりと言うかなんというか、これまで万事積極的に動いているヘレナであった。
「ねぇ、ご主人様ぁ。私、ちょっと疲れちゃいましたぁ。そこの建物ですこし休憩しませんかぁ?」
そう言いながら男に抱きついているヘレナが女の顔をしながら指さしたのは、少し離れたところにそびえ立つ建物で、一般に連れ込み宿と言われる建物であった。
「「「「?!」」」」
とは言っても貴族が往来する区画に存在する建物なので、汚らしさはなく、何も知らなければ普通に休憩するだけの場所と思うかもしれない。
だがヘレナの表情を見れば、彼女は明らかにあの建物がなんのためにあるのか知っている顔をしており、一度入ったのならば、ただの休憩で済ませる気が無いことは明白であった。
若者たちが驚きで目を白黒させる中、彼らの耳にさらに彼らを狼狽させる声が届く。
「……そうですね。私も少し汗をかいてしまいましたし、悪くないかもしれません。ご主人様、どうでしょう? 少し休憩しませんか?」
「「「「?!」」」」
まさかのエレンの同意である。若者たちは当然、エレンはヘレナの意見に反対すると思っていたのだが、エレンは彼らの予想を覆して自分も休憩したいと言いだしたのだ。
それも『汗を流す』という具体例まで出して、である。
ブチン
このとき、若者たちは自分の中で何かが切れた音を聞いた。
「……もう駄目だ。キチまったよ。限界がな」
前かがみの状態から、ゆらりと立ち上がり、嫉妬・怨嗟・呪詛等々、様々な負の感情を視線に乗せながら一人の若者がそう呟けば、
「ノォォォォォーッ!!」
「もう がまんできんわ!」
「ヒャア がまんできねぇ!」
と他の若者たちも口々に声を上げる。
当然ブルーノも彼らと同じ気持ちである。しかし彼は、持ち前の臆病さから侯爵の寄子である準男爵に対して手を出すことに逡巡し、決定的な一歩を踏み出せずにいた。
そんな彼に声をかけたのは、とある男爵家の息子、フンベルトであった。
「ブルーノ。今俺たちにできるのは、戦うか、だまって見ているかのどちらかなんだ……」
「フンベルト。しかし……」
危険だから逃げるのか? 怖いから諦めるのか? それなら最初からこんなところでこんなことはしていない! 眩しいくらいに強い意思をぶつけてくるフンベルトの言葉に、確かに心を動かされたブルーノだが、それでも侯爵家は恐ろしく、決断を下せない。
(情けない)
「大丈夫だ、ブルーノ」
「クサーヴァー……」
みんなを誘っておきながら肝心なところで一歩踏み出せない自分に情けなさを覚え、泣きそうになるブルーノに、準男爵家の嫡男であるクサーヴァーが歩み寄る。
「後方から奇襲をかければなんとかなるさ」
要は自分たちが犯人であると知られなければ良いのだ。連中は姉妹を入れて3人。対してこちらは6人。それに見たところ向こうの準男爵は武術を嗜んでいる風でもないし、ターゲットの姉妹は尚更だ。
ならば後方から奇襲をかけて奪ってしまおう。そんな具体的な策を立案してくるクサーヴァに、ブルーノは目を見開く。
「ブルーノ君。はがゆいですぞ!」
「ゲッツ……」
仲間がいる。勝ち目もある。なのに何を迷うのか! 男爵家の子であるゲッツがブルーノに決断を迫れば、
「へひゃひゃひゃ」
「ベンノ」
同格の子爵家の次男であるベンノも敢えて軽薄な笑いを浮かべることでブルーノの心配を吹き飛ばそうとしてくれた。
「無能者には死を!」
「……ツェーザル」
しかし皆が優しいわけではない。男爵家のツェーザルは、ここまできて甘いことを言うな! と敢えてキツイ言葉をかけることで奮起を促す。
「フンベルト、クサーヴァ、ゲッツ、ベンノ、ツェーザル」
ブルーノは彼らの名を呼びながら、自分は何を恐れていたんだ! と自らを奮い立たせる。
そう『侯爵家の寄子が怖い』と言って諦めるくらいなら、最初からこんなことはしていない!
あの女は自分のものだ!
不当に奪われたモノを取り戻すんだ!
俺が、俺たちが正義だ!
「目が覚めたかよ?」
「フッ……まあ今日のところは『感謝する』とだけ言っておこう」
「ぬかせ」
格好を付けるブルーノの胸に、フンベルトの拳が当たる。周囲にいた若者たちもブルーノの目に力が戻ったことを確認し一つ頷き、狭い路地を使って連れ込み宿に行こうとしている一行へと視線を戻す。
「……行くか?」
「あぁ」
獲物がわざわざ人気のない道に入って行ったことを確認したブルーノたちは物陰に隠れるのを止め、一斉に路地へと向かう。
必要なのは速さ。問答無用で男を倒し、姉妹を拐う。それだけを考えて、若者たちは一心不乱に駆け出す! そして、路地でいちゃついている三人の後ろ姿を視野に入れた彼らが、理性やら何やらをとっぱらい、一斉に襲いかかろうとしたとき。
――彼らの身に不思議なことが起こった――
「「「「「「うぐわっ!」」」」」」
彼の足が急に痺れ、駆け出した体勢のまま倒れてしまったのだ。
(くっ! いったい何が?!)
そんな乾坤一擲の奇襲に失敗して焦るブルーノの耳に、聞きなれない、否、先程までエレンとヘレナを侍らせていた男らしき者の声が届く。
『君らはじつに馬鹿だな』
(なん……だと……)
自分たちの動きを予想していたかのような声色に驚愕し、なんとか逃げようとするブルーノたちであったが、彼らはすでに足だけでなく、全身が痺れている状態であり、口すら満足に動かせない状態になっていた。
(麻痺毒か!)
「ひ、ひれ、つ、な、まね、を……」
自分が何をされたかを理解したブルーノは、痺れる舌でなんとかその一言を振り絞って男を弾劾しようとするも、
「お前が言うな」
「ですよねー」
「そのまま死んでください」
当然のことながらブルーノの言葉は相手になんら感動を抱かせることも無く、それどころか正面から切り捨てられてしまった。
「…………」
男だけでなくヘレナとエレンにも容赦ない罵倒を受けたブルーノは、抗弁する意思を残したまま気を失ってしまう。こうして神城を狙った6人の貴族の子弟たちは、見事に返り討ちに遭いその身柄を拘束されたのであった。
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「よし、終わったな」
「はい! それじゃ行きましょう!」
「……待ちなさい。演技ではなかったのですか?」
「そんなわけないじゃーん。あ、嫌だったらお姉ちゃんは先に帰っても良いんだよ?」
「嫌なわけがないでしょう! そうではなくですね……貴女にはまだ……」
「またまたそんなこと言ってー! 大体お姉ちゃんはねぇ……」
足元に倒れている6人の若者たちなんかどうでも良いと言わんばかりに、神城を連れて宿に入ろうとするヘレナとそれを止めるエレン。連れ込み宿に通じる路地裏では本格的な姉妹喧嘩が始まろうとしていた。
若者たちを放置して。
「……哀れだねぇ」
「……そうですね。自業自得ではありますけど」
「まぁ、そうなんだけどね。あぁ、合図だ行こうか」
「はい! 連中に地獄を見せてやりましょう!」
「……なんだかねぇ」
そんな姉妹喧嘩を遠目に見ていたとある騎士の母娘は、本来の護衛対象である神城からの合図を受けて動き出す。
獲物は釣り上げた。
ならば次は料理する番だ。
マルレーンは食材となった若者たちに『敵ながら憐れ』と憐憫の感情を抱くのであった。
作者に三人デートの描写は不可能でごわした。
己を餌にして若者を釣り上げる神城君の図。
使った罠については次回の解説予定。
尚、ヘレナは側室の座を狙っている模様。
若者たちの運命は如何に?!ってお話
―――
そろそろ二章終了の予定。
すでにプロットがないので、続きがどうなるかは、ガチでリアルに読者様からの燃料によって齎さられるやる気次第でございます。そんなわけで、評価のほう何卒よろしくお願いします!
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