20話。貴族の子供たち
サブタイ? あきらめろん。
文章修正の可能性有り。
最近、王都の中にあるとある貴族の隠れ家的な屋敷では、シュロート子爵家の嫡男であるブルーノと志を同じくする数人の若者による会合が定期的に開かれていた。
……会合と銘打ってはいるものの、実際のところはヘレナを誘拐して嬲ろうとするだけの連中による情報交換会のようなものであるのだが、とにかく彼らは常日頃から順番だとか、どんなことをするか? ということを真剣に話し合っており、内容の是非はともかくとして、その熱意は非常に高かった。
そんな彼らの熱意をさらに高めたのが『件の準男爵家にはヘレナだけではなく姉のエレンも居る』という情報であった。
この情報を得たとき、最初は貴族の子弟たちも獲物が二つになったことを純粋に喜んだ。順番を決める話し合いにもこれまで以上に熱が入ったし、行為の内容を話し合う際には拳が飛び交ったこともある。
しかし、彼らとて貴族社会に生きる者たちであり、危険な相手に対する嗅覚は決して鈍くない。なので、いくら相手が準男爵であっても、その親族や周囲がどういう人間か分からなければ予想外の反撃を受けることもあると考えた彼らは、万が一に備えてきちんと裏取りをしようと思い、目標であるヘレナが出仕した準男爵について探っていたのだ。
その結果、彼らは予想以上のやばい情報を手に入れてしまう。すなわち『件の準男爵はローレン侯爵の寄子である』という情報だ。
この情報を得た若者たちはこれまでの勢いを完全に喪失し、顔を蒼白にして話し合いを始めていた。
「おいおい、侯爵様の寄子って」
「さすがにこれは……」
「もうだめだぁ。おしまいだぁ」
「どうする?」
「どうってお前……諦めるしかないんじゃないか?」
何がやばいかと言えば、相手が新興の貴族であることと、その後ろ盾が軍務大臣であるローレン侯爵であるということだろう。
この時点で、その準男爵が普通の王都に住む法衣貴族ではなく、何かしらの功績を挙げて侯爵に目をかけられた存在だと推察できてしまう。そんな相手に手を出せばどうなるか。それを理解できない者はこの場には居ない。
そのため彼らが『自分たちが手を出すには危険すぎる』と判断して尻込みするのは当然のことであった。
ただ、それでは納得できない者もいる。
「くそっ! なんだって侯爵家の関係者があの姉妹と繋がってるんだよっ!」
目の前で己の獲物を掻っ攫われた形となった (と思っている)ブルーノは、思わずテーブルに拳を叩きつけた。
侯爵の関係者というのは、リーダー格であるブルーノが子爵家の人間でしかなく、更には特に大きな後ろ盾があるわけではない彼らが手を出すには危険すぎる相手だ。
そんなぽっと出の相手にヘレナを掠め取られたことに憤りを隠せないブルーノであったが、さらに彼が納得できないのがヘレナの姉であるエレンの存在である。
ブルーノは、件の準男爵が自分が手にするはずだった美人姉妹を手元に置いていることに対して、狂いそうになるほどの嫉妬と同時に、言いようもない不自然さを感じていた。
前提条件として、ヘレナを狙う彼らは、エレンが王城に出仕したことは知っている。
なのに、なぜ彼女が準男爵に出仕したヘレナと一緒に居るのだろうか? 想像するならローレン侯爵が準男爵に宛てがったということになるが、それならそれで、どうなれば王城に出仕した侍女を侯爵が準男爵に与えるということになるのかがわからない。
姉妹の他にも不自然なところはある。
聞けばこの準男爵は普段から屋敷に引きこもっており、自身が叙爵した際のパーティなども開催していないという。さらにその屋敷は侯爵から進呈されたにもかかわらず、未だに侯爵家に挨拶にすら行っていないというではないか。
これらの情報を加味した結果、彼らは『件の準男爵は侯爵が外に作った愛人の子なのではないか?』という推察をする。
……実際にフリーデリンデらはそれを疑っていたし、対外的に見てもそれ以外に判断しようがないのもあるので、彼らの判断を責めることはできないだろう。
ちなみに彼らがここまで神城の情報を得ることができたのは、ルイーザから『準男爵殿の周囲を探る連中が居る』という情報を得たラインハルトが、周囲にそれらしい情報をばら撒き、隠れている連中に牽制しつつ食いつきやすい餌を与えているためであるが、トロスト姉妹という餌に目を奪われている彼らはそれに気付くことはできなかった。
それはともかくとして。相手が侯爵の子であるなら、彼らにできることなどは無い。
もしも何かをするとなれば、侯爵と敵対している派閥の人間にこの情報を渡すことだが、それをしたら彼らの目標であるヘレナを手に入れるどころか、侯爵の怒りを買って家が潰されてしまう危険性すらある。
さすがにそのようなことになれば、責任逃れのために自分たちが放逐されることは目に見えているので、最近の若者たちは会合を行う度にヤケ酒を飲み、まだ見ぬ準男爵に対する文句を言いながらも『諦めるしかないか……』と心が折れかけていた。
そんな中、未だにヘレナを諦めきれないブルーノは、ふと一つの名案を思いつく。
「いや、まてよ? もしかして、ヘレナを攫っちまえばいいだけの話なんじゃないか?」
「おいおい」
「それはまずいだろ」
「まぁ聞けって」
口々に「やばい」とか「侯爵様だぞ?」と言ってくる仲間たちの反論を抑えつつ、ブルーノは自分の考えを述べる。
「よく考えろ。今ヘレナが何者かに攫われたとしたら……どうなると思う?」
「どうって」
「侯爵様が動くだろ?」
「本当にそう思うか?」
「そりゃ……ん? あれ?」
「あ、そうか」
「もしかして動かない、のか?」
そうなったら全てが終わりなのだが、実際に侯爵様が準男爵の侍女を救うために動くと思うか? と聞かれれば、貴族の子供たちも首を傾げざるを得なかった。
「そりゃご自身の寄子に直接手を出されたら、侯爵様だって反撃はするだろうよ。けど、寄子の侍女だぞ? そんなヤツのために侯爵様が動くと思うか?」
「……なるほど」
「確かにそうかも」
実際の答えは『動く』であるが、それはその寄子が神城という特殊な立場の人間だからであって、普通はこの程度のことで侯爵が動くことなどないので、ブルーノたちの考え自体は間違いではない。
「それに向こうは準男爵になったばかりだぜ? なのに『出仕を受け入れた男爵の娘が行方不明になった』なんて問題が表沙汰になったら、その立場は間違いなく悪くなると思わないか?」
「「「確かに」」」
そこに付け入る隙がある。ブルーノがある種の確信を込めてそう告げれば、若者たちもその意見に同意する。
「それにな。俺たちがヘレナを狙ってるなんてのは向こうは知らねぇんだぞ。だから俺らがヘレナを拐って好き勝手したって、俺たちのせいだとはバレねぇよ」
「「「おぉ~!」」」
実際にはバレるのだが、すでに侯爵家の人間によって監視されていることを知らないブルーノの中では、完全犯罪の筋書きが出来上がっていた。
「それで、もしも侯爵様が動きそうになったら、ヘレナを探してるであろう準男爵に情報提供って形で賊に殺されたヘレナの遺体をくれてやれば良いだけだしな」
そう言ってニヤリと笑うブルーノを見て、若者たちは若干引く……どころか「名案だ!」と声を上げる。この様子から、彼らがこういった真似をするのは今回が初めてではないということがわかるのだが、それについてはいつか話すことがあるかもしれない。
それはそれとして。
「だろ? それに、だ。もしも準男爵が揉み消しのために情報を隠したりして侯爵様が動かない場合は、ヘレナはずっと俺たちのモノだし、妹を探しているであろうエレンも拐えるかもしれねーぞ」
「「「おぉ~!」」」
一度は手が届きそうになったのに横から掻っ攫われた。
さらにローレン侯爵家の名の前に、姉妹を諦めようとした。
そんなところに出てきた、妄想ではない実現可能な意見に若者たちは先程以上の声を上げた。そうして明るい未来を妄想して声を上げる若者たちを前に、ブルーノはリーダーとして指示を下す。
「わかったな? だが万が一がある以上は、ことは確実かつ素早く実行する必要がある。重要なのは誰にも見られないこと、だ。それに今回は家の使用人も使えないぞ」
「え? なんでだよ」
(ちっ。このバカが)
心の中で何も考えていない仲間に対して悪態をつきながらも、ブルーノは自分の考えていることの説明をする。
「向こうも貴族の娘だし、準男爵は侯爵家の寄子だからな。もし使用人が父上に告げ口してたら、父上が喋っちまうかもしれねぇじゃねーか」
「あ、そっか」
基本的に使用人たちは当主に仕えているのであって、彼ら貴族の子弟に仕えているわけではない。そのため万が一のことを考えて、子供たちの行動を当主に報告するのは当たり前の話だ。
それに、相手がただの準男爵ならば彼らの親も口を噤むだろうが、侯爵家の関係者となれば話は別。下手をすれば元々懸念していたように、自分たちは放逐されたうえで罪人として侯爵に差し出される恐れもあるだろう。
だからこそ計画は慎重、かつ確実に進めていく必要があるのだ。この日から若者たちは、ヘレナを拐うための計画を練ることになる。
―― 同じ頃。彼らの心の内を知ってか知らでか、件の準男爵家では一つの準備が終わり、ある計画が発動することが決定していた。
ヘレナを奪おうとする若者たちと、ヘレナを餌にその若者たちを釣ろうとする準男爵。両者の争いがどのように終着するのか。
現時点での予定を聞かされた某侯爵は、その報告に眉を顰め、ただ一言『エグい』と呟いたという。
少年たちの迸る熱いパトスはどうなるのか!
そして侯爵がエグいと言う計画とは一体どんな計画なのか?
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