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19話。人を呪わば

「ほほう。王都の子爵や男爵の子弟、ですか?」


屋敷に篭って薬を作成すること数日。ルイーザが侯爵家から持ってきた経過報告書を読みながらそんな報告をしてくれた。


「はい。連中はご主人様やヘレナが予想したように、かつてヘレナを修業先として迎え入れようとした貴族家の子弟だそうです。話を聞くに、元々彼らはヘレナを迎え入れたあとで皆でヘレナを嬲るつもりであったそうです」


「「「……」」」


ルイーザはそう報告しながら眉を顰めさせていたし、一緒に彼女の報告を聞いている女性陣も同様に苦い表情をしているな。


まぁ俺としてはその前段階の疑問として、修業先として受け入れたからといってそんなことができるのか? とも思わないでもなかったのだが『ヘレナの場合は実家に金も力も伝手も無いから、そんな状況になっても泣き寝入るしかなかったのかも知れない』と考えて無言を貫くことにした。


そんな俺らの反応を見ながら、ルイーザは報告を続ける。


「ですので今のところ、彼らの裏に『ご主人様を利用してローレン侯爵家に何かをしようという輩は居ない』とのことでした」


「なるほど。予想通りと言えば予想通りですね」


つまりは家としての面子がどうこうではなく、子供が個人的にヘレナを狙っているって感じか? まぁ健全 (と言ってよいかどうかはわからんが)な青少年からすれば「近所で有名な美少女に手を出せるかも!」と思ったところに、横からかっ攫われたら不満を溜め込むのもわからんではない。


しかしこっちとしてはそんな子供の癇癪に付き合う気はないし、その必要も無いからな。しっかりと現実を分からせて……いや、一応確認しとくか?


「なぁヘレナ」


「はい?」


「お前、その子爵だか男爵の子供たちと恋仲だったりするか?」


「アハハハ。準男爵様ったら……冗談がお上手ですね」


「お、おうそうか。わかった」


もし相手が『将来を約束していた彼女を取られた!』って騒いできたら面倒だなぁと思って確認を取ったのだが、めっちゃ真顔で聞いたことも無いくらい低い声で笑うヘレナを見て、俺はその線は無いということを確信することができた。


これなら向こうの連中が俺に向ける感情は完全な逆恨みってことになるし、そもそもが子供の暴走だから、こっちが油断しない限りは大事にもならなそうでなにより……と思いたいところだ。


いや、本当に大丈夫だよな? 連中の嫉妬心に呼応して『嫉妬の心は~?』『親心!』とか言う謎のマスク集団は出てこないよな?


異世界(ナーロッパ)の文化を理解しきれていない俺は、未だ見ぬ紳士の群れに内心で恐れを抱くのだが、当然のことながらそんな俺の内心を理解するものはおらず、俺の部屋に集まった女どもは話し合いを続けていた。



~~~


「ま、面倒がなくて良いじゃないか」


「そうですね。あとは彼らをどう処理するか、ですね」


上位貴族が関わっていればそれだけで面倒事だった。そういう意味を込めてマルレーンが言えば、ルイーザも最悪の状態を免れたことにホッとしながら、己の意見を述べた。


しかし大人たちがそんな落ち着いた風に結論を出したことに不満を抱く者もいた。


「そ、それでも油断は良くないです! 相手が子供だからこそ厄介なことになるってケースはあると思います!」


勝ったな。飯食って寝る。そう言わんばかりの態度を取る二人に、護衛の責任者であるマルグリットが声を上げた。


実際に、子供であるからこそ残虐かつ遠慮が無い真似ができるということは多々あるのだ。特に貴族の子弟というのは上位者には絶対に逆らわないが、己より下位の者に対して当たりが強い傾向にあるので『感情に任せてヘレナを誘拐する』可能性が無いわけではない。


この場合目撃者などが消されてしまうと、先日神城が懸念したように、ヘレナが何処の誰に誘拐されたのかすら分からなくなってしまうし、そうなった場合ヘレナがどのような目に遭うか? など語るまでもないだろう。


本来マルグリットの護衛対象は神城なのだが、マルグリットの言い分は『友人となった同年代の少女が拐かされて酷い目に遭うことを見過ごすことはできない!』というものであった。


護衛騎士として考えればあまり良い考えではないのだが、今回に関しては護衛対象である神城も狙われているのはヘレナであることを理解しており、さらにこの場はヘレナを守るための方策を考える場なのでマルレーンも文句を言うことは無く、ただ娘の言い分を聞いている。


そんな三人に対してなんとも言えない表情をしているのが、向こうの連中に狙われているのが確定しているヘレナと、おそらく狙われているであろうと目されている姉のエレンである。


このうちエレンの場合は、神城と一緒に屋敷内に居ることができればそれで良いと思っている節があるし、神城という人間を信じているので邸宅に留まり続ける現状にも特に不満を抱いてはいない。


問題なのはヘレナだった。


現時点の彼女としては『自分のせいで準男爵様に迷惑を掛けている』と思ってはいるものの、ならば自分がその身を自分を狙う連中に捧げたいか? と問われれば「絶ッッッッ対に、嫌ッ!」と答えるくらい彼らを毛嫌いしているので、その道を選びたくはないという思いがある。


しかし、少し前には姉であるエレンが身を捨てて自分たちを救ってくれたところを目の当たりにしていることや、自分の我儘で他人に迷惑をかけることに罪悪感を覚えていることなどに葛藤しており、今も頭を悩ませていたのだ。


そうして己を省みて、自分の身を捨てる覚悟がないことに自己嫌悪に陥りそうになるヘレナであったが、神城にすればこの件でヘレナが自己嫌悪に陥る理由など全くない。


何故なら今回の件は向こうが『ヘレナを好きにできる』と勝手に勘違いした結果、勝手に舞い上がって、勝手に恨み、こちらに迷惑をかけてきた形に過ぎないからだ。(……実際はヘレナが疚しい視線を感じただけで、まだ明確な迷惑をかけられてはいないのだが、貴族の子弟たちが集まって悪巧みをしていたのは侯爵家の密偵が確認していることから、報復を行うには十分であると判断している)



「とりあえず私は連中の親御さんに話を通せば良いのかな? それとも連中を不審者として処分しても構わないのだろうか?」


「え? あの、ご主人様?」


だからこそ、神城は己に降りかかる火の粉を払うことに躊躇するつもりはなかった。そんな普段の落ち着いた感じとは違い、獰猛な気配を出して争うことを決めている神城に、ヘレナは思わずと言った感じで声をかけてしまう。


「ん? どうした?」


「えっと、どうしたって言うかですね、相手は複数の貴族なんですよね?」


「らしいな」


「らしいなって……」


そこにはあまりにも簡単に貴族との対立を決意している神城に対して、守ってもらっている立場のはずのヘレナが「え? いいの?」と狼狽してしまうという、奇妙な構図が出来上がっていた。


「ヘレナ、大丈夫。ご主人様に任せましょう」


「お姉ちゃん……」


そんな狼狽するヘレナに対して、エレンが落ち着くように声を掛ける。


「ヘレナが何を心配しているかはわからんが、向こうが上位の貴族ではなく、さらに貴族の子弟という時点で私が向こうに遠慮する理由は無い。……そうですよね?」


力強く宣言したあとにルイーザを見るあたりが神城の小物っぷりを如実に表しているのだが、この場に居る者たちからすれば、神城が寄親であるローレン侯爵の意見を慮るのは当然のことなので、その態度を見て彼に『情けない』という思いを抱く者は居なかった。


「そうですね」


元々ローレン侯爵家からの言葉として『王都の法衣子爵までなら神城の裁量に任せる』という言葉を伝えた張本人であるルイーザも、神城の行動に含むところはなくただ肯定するにとどめる。


「ただ、できたら殺さないようにしていただければ後が楽ではあります」


「ん? あぁ。了解です」


「えぇぇぇ……」


自分よりも高位の貴族の子弟を相手にするというのに、あまりに軽い扱いをする神城たちを見てヘレナは思わず変な声を出してしまう。


しかし実際侯爵であるラインハルトにとって、特に大きな派閥に所属していないくせに自分の寄子に手を出してくる王都の法衣子爵家だの法衣男爵家の子供など、その程度の存在でしかないのだ。


だからこそ、この許可を出したラインハルトの思惑を一言で言うなら『神城のお手並み拝見』と言ったところだろうか。


一応、もしもここで神城が失敗したら自分が火消しに回ることで神城に貸しを作れるという算段もあるが、やはり彼の本音は『神城がどのように処理をするか見たい』ということに集約されている。


それに、現状で神城が貴族相手に立ち回るなら、どのような解決を図るにせよ侯爵家の力を使うことは間違いないので、どう転んでも侯爵家に借りを作ることになるだろうから、今回の件についてはどう転んでも侯爵家としては損がない。


かと言って、子供を殺された貴族たちが団結して神城を襲うような真似をされても困るので、一応『できたら殺さないように』と釘を刺す程度のことはするが、それは決して相手のことを心配してのことではなく、あくまで神城の身の安全と後始末を楽にするための要請であった。


そんな侯爵家の事情を理解しているかどうかは不明だが、侯爵からの要請を受けた神城は『できるだけ相手を殺さずに、自分たちに対して逆らう気を無くさせる方法』を考えることになる。


「ではルイーザ殿。この国には……という効果がある薬はありますか?」


「……えぇありますね」


「それは良かった。それでは…………という商売はありますか?」


「……ございます」


最初の薬の時点で、何をするつもりだ? と言う顔をしたルイーザであったが、続く商売の確認をされたことで、神城の狙いに気付き頬をヒクつかせると、その会話を聞いていた者たちも神城の狙いに気付き、一斉に「うわぁ」といった表情をすることになった。


「ではルイーザ殿には薬の準備をお願いします。ヘレナ、準備が整ったら動くぞ」


「はいっ! よろしくお願いします!」


当然ヘレナも神城の狙いに気付いていたが、相手は自分を狙ってきた連中であるので、彼女からすれば彼らがどうなろうと知ったことでは無い。


そのためヘレナは、彼らを地獄に落とそうとする神城の計画への全面協力を快く快諾するのであった。



なんでも侯爵に取り入り、侯爵家の金と権力を使って美女を侍らし、侯爵家の人員を使って自分を探る相手の調査を行い、侯爵家の力を背景に敵を押し潰す算段を立てている男が居るらしい。


貴族って怖いわぁってお話。


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