4話。テンプレのジツ!②
サブタイ? さくしゃはあきらめた。
とりあえず王女らしき女性に案内された俺たちは、王が待つ謁見の間に連れて行かれる……かと思いきや。「王に会う前に確認をする必要があります」と言われて別室に案内されていた。
まぁ普通に考えれば、どこの誰とも知らない連中を王に謁見させるわけにもいかないだろうし、王にだってこちらに関する基礎知識やら何やらは必要だろう。
だから向こうの狙いは、この待機所で行われているこちらの会話に聞き耳を立てたり、世間話に紛れて情報を抜くことだろうか?あとは最低限の礼儀作法が出来ているかとかの確認?
そんな風に思っていたら、向こうから神官っぽい服を着た人間が、なにやら王女らしき女性にいくつかの水晶らしきモノを手渡していた。
これはアレだ。これから職業とかスキルとか魔法の属性といった感じの各種素質のチェックをするのだろう。そんな俺の予想は当たり、王女っぽい女性から水晶らしきモノを受け取った騎士っぽい連中が少年少女の前に立ち、彼らを鑑定していく。
「やった!俺、白魔導師だ!」
「おぉ、キタキタ!錬金術師だぜ!」
「鍛冶師。これでかつる」
「ふっ。甘いな、俺はクレーン技師だ!」
「「「な、ナンダッテー!」」」
「「「……」」」
自分達が一般に『通常職』だの『不遇職』だのと言われる職業であることを告げられ、鑑定を担当した人間や、周囲で観察をしていた連中からの関心が一気になくなったような感じになったにもかかわらず、そんなこと知るか!と言わんばかりに大喜びする少年たちに、一緒に転移して来た学友だけでなく、こっちの世界の連中も目を白黒させていた。
うん。わかる。勇者とか剣聖みたいな戦奴よりも、いくらでも可能性が広がる生産系のほうが夢があるよね。ただ、普通職が普通職と言われる所以をもう少し考えたほうが良いと思うんだ。
まぁ喜ぶのも悲観するのも彼らの勝手だから俺は別にかまわんけど。つーかクレーン技師ってなんだよ。いや、現代だと工事現場に必須の立派な職業だし、ある意味では勝ち組なんだけど、異世界で何ができるんだ? そもそもこの世界にクレーンって有るの?
「おぉ! 勇者様だ!」
「それに聖女様も!」
「け、剣聖?!」
「賢者様もいるぞ!」
そんなニッチな空間を占有することに成功して喜ぶ少年たちは一旦視界の外に追いやるとして。
鑑定の担当員が残っている連中の鑑定を続けている中、テンプレ通りと言うかなんと言うか、先ほどのリーダーっぽい少年は目出度く勇者で、その幼馴染っぽいのが聖女。剣道をしてそうな少女が剣聖で、メガネをかけた学級委員長タイプな少女が賢者という職であるということが明かされた。
個人情報の漏洩だが、細かいことを言うつもりはない。むしろ「目立ってくれてありがとう」と感謝したいくらいだ。
「……では次は貴方です」
「あ、はい。宜しくお願いします」
微妙な職の連中とは違い、満場一致で大喜びする周囲の連中を他所に、俺もさりげなく鑑定を行う。すると俺のステータスはこんな感じであった。
名前:神城大輔 レベル1
職業:薬剤師 レベル1
スキル:薬術?(診断・成分摘出・成分分析・成分調整・製剤・投薬・薬品鑑定・毒無効)
薬術の後ろにある『?』マークが気になるところだが、問題はそこじゃない。そう、職業だ!
職業欄にしっかりと明記されてある【薬剤師】の文字にテンションが爆上がりになる俺だが、真っ先にやるべきことは忘れない。
真っ先にやるべきこととは何かって? それは自己の確認だ。というわけで行くぞ!
(診断!)
自分の手を見ながら心の中でスキルの【診断】を試してみる。すると俺の目に、カルテっぽいものに標されたステータス表記のようなものが表示されてきた。
名前:神城大輔
年齢:36歳(肉体年齢22歳)
状態:健康・躁
体力:B
魔力:A
力 :B
頑強:C
俊敏:B
知力:A
精神:A
器用:S
ふむ? 【診断】は現在の自分の状態と各種ステータスの素質の確認ができるのか? だがレベルの表記はないな。つまり【診断】は健康状態の確認は可能だが、強さを見るものではない?
確かに医者に必要なのは相手の強さを推し測ることではないから、それも不自然ではない、か。
他の人間が気になるところだが、診られていることに気付かれても困るから、とりあえずは保留だな。
それよりも重要なのは自分のステータスだ。平均を知らないからなんとも言えないが、AやSが有るし、全般的に高いように見受けられる。体が資本なのはどんな職業でも共通だろうし、そもそも女神は肉体を強化してくれたらしいから、低くはないはず。
これが女神が言うチートだというなら、喜んで享受しようじゃないか!
「薬剤師? いや、薬師ですか」
内心で「俺はルート営業をやめたぞぉ所長ぉぉぉ!」と喝采を上げる俺に対し、鑑定を担当した者は俺の職業が特殊なモノではないと見た様で、さっさと次の人間の鑑定に向かう。
うむ、それで良い。無関心こそが俺にとっての最高のリアクションだよ。
いやぁ。今なら勇者たちの前にニッチな職を得て喜んでいた少年たちの気持ちがよくわかるぞ! 今の俺の気持ちを一言で言い表すなら、まさしく『最高にハイッ!』ってやつだ!
「あ、あの、少し宜しいでしょうか?」
そんな良い気分に浸っていたところに、突如として横槍が入ってくる。
「……はい? 私に何か御用でしょうか?」
最高な気分に水を差され、一瞬ムッとするも、ここで問題を起こす気は無いので内心の不満を抑え、もはや反射の域にまで染み付いた営業スマイルを作って声をかけてきた人物に顔を向けると、そこには引率……ではなく、集団の中で唯一の大人であり、俺が担任の教師と推察していた女性が居た。
歳は20代前半だろうか、身長は大体160くらいか? 黒っぽい茶髪のショートカットで、真面目そうな感じが見受けられる。その胸元には『木之内』というネームプレートがあるので、おそらくこの人は【木之内さん】なのだろう。
向こうの名前が判明したのは良いことだが、本当になんの用だろう? そう思って向こうが話すのを待つと、木之内さんは意を決したような顔をして、俺に問いを投げかけてきた。
「あのですね。初対面でこのようなことを聞くのは大変失礼なことだとは理解しているのですが、どうしても確認したいことがありまして」
「はぁ。確認したいこと、ですか?まぁ私にお答えできることならお答えしますけど」
なんだ?少なくとも俺は木之内さんとは初対面だぞ。
「あ、ありがとうございます。それであの……」
「はい?」
妙に溜めるな?そんなに聞きづらいことなのか?
……そう思っていた時期が俺にもありました。
「その、貴方はいったいどちら様なのでしょうか?」
「ん?」
「「…………」」
そんな質問をされ、無言で見つめ会いながら首を傾げ合う俺たち。
最初は「こいつはいったい何を言いたいんだ? 意味がわからないよ?」と思ったのだが、向こうの立場になって考えたらすぐに質問の意図が理解できた。
そりゃそうだよな。俺は自分が転移に巻き込まれたことを知っているけど、向こうはそんなの何も知らないんだ。それなのに自分たちと一緒に見たこともない奴が転移していて、当たり前のように仲間みたいな顔をして付いてきていたら、確認の一つはしたくなるよな。
木之内さんの質問は騒がしかった部屋中に響き渡り、少年少女はさっきまでとは別の意味でザワつき始めた。
「そういえば……」
「あの人誰?」
「見たことないな」
「まさかあれが七不思議のひとつ、幻の生徒?!」
「「「な、ナンダッテー?!」」」
なんだその噂は。おいまてクソガキども。それとクレーン技師! 「馬鹿な! あの生徒は死んだはずだ!」とかノリノリで語るんじゃない。
いやまぁ、確かにここに居るのは俺以外は同じクラスに居たヤツだけみたいだから、ソレを前提にしたなら『あの人もクラスに居たんじゃね?』と言う発想になるのもわからんでは……いやすまん。わからん。その理屈はおかしい。
とりあえず噂が気になった俺は騒ぐ生徒にツッコミを入れようとするのだが、目の前の木之内さんが俺から目を逸らさずに、ジィっと音がするくらい俺を凝視してくるので、とりあえず幻の生徒に関する噂を放置して、木之内さんとの会話に専念することにした。
しかし会話とは言っても、社会人なら当たり前にできる自己紹介をするだけだ。それにこっちに好感を抱いていない相手に対して笑顔で自己紹介することは営業職にとって必須スキルなので、今更どうということもない。
「あぁ申し遅れました。私こういう者です」
そう言って俺は名刺入れから自分の名刺を取り出し、頭を下げながら木之内さんに手渡す。
「えっと。あ、ご丁寧にどうも。……T薬品の松濤営業所に所属する神城さん、ですか」
名刺に書かれていたのは、当然と言うかなんと言うか、俺の名前と勤め先である。
本人確認という意味では免許証や保険証、もしくはマイナンバーでも良いのだろうが、身分証として考えれば、社会的な身分が明記されている名刺のほうが望ましいのは言うまでもない。
ウチの名刺には写真も載ってるしな。
そうして自分の立場を明かした俺は、当然向こうにも同じことを求める。
「はい。ご覧のとおり私は神城と申します。それで、失礼なのですが?」
名刺を指し出されたら名刺を返す。これは古事記にも書いてあるレベルの常識である。故に俺はその常識に則って名刺を受け取るための構えを取ると、向こうも俺の言いたいことを理解したようだ。しかし
「あ、すみません。私は普段名刺を持ち歩いてなくて。えっと、私は木ノ内と申します」
そう言って木ノ内さんは申し訳なさそうな顔をして胸元のプレートを指差す。知ってるぞ。ソレを凝視したらセクハラで訴えるんですよね? 俺は詳しいんだ!ってな冗談はともかくとして。
「あぁなるほど。大丈夫ですよ。基本的に先生方は職員室の机に入れたままという方が多いですからね」
「ほ、本当にすみません」
名刺を受け取る構えを解きながら告げた俺の言葉を受け、木ノ内さんはぺこぺこと頭を下げる。
彼女がここまで恐縮しているのはきっとアレだ。さっき咄嗟に出たんだろうが名刺を『切らしている』ではなく『持ち歩いていない』ってのが本人としても不調法だと考えたんだろう。
確かに社会人としては大きなミスではある。だけど教職員って職業は、基本的に狭い社会で中々外に出ることはない職業だから、ついつい忘れるんだよな。
「あの、えっと、それでなんですけど」
とりあえずこのままでは話が進まないので、そろそろ謝るのを止めてほしいと思っていたら向こうも似たようなことを考えていたのか、謝罪を止めて再度俺を凝視しながら本題であろう質問を投げかけて来た。
「本当に不躾な質問で申し訳ないのですが……神城さんは何故こちらにいらっしゃるのでしょうか?」
は?
これまた随分と微妙な質問だな。それとも引っ掛けか何かだろうか?
「いや、何故と言われましても……そんなの私が聞きたいくらいですって。そもそも私は納品の作業中だったはずなのに、気が付いたら皆さんと一緒に訳の分からないところにいて、何がなんだか分からないので流れに任せてここに来たら鑑定?みたいなことをされている状況ですからね。正直子供たちの前だから騒がないだけで、頭の中はかなり混乱してますよ」
「あぁ。そういう意味じゃなくてですね。えっとそのぉ」
向こうの狙いが分からなかったのでとりあえず無難な答えを返すと、木ノ内さんは質問の仕方が悪かったとでも思ったのか何やら考え始めた。
実際の所木ノ内さんが何を聞きたいかということは理解しているのだが、下手に水を向けて注目されるのも面白くないので、俺は彼女の考えが纏まるのを待つことにする。そんなとき俺たちの会話を聞いていた生徒の中から
「社会人が?!」
「巻き込まれて?!」
「薬剤師に?!」
「「「うらやまけしからん!」」」
などといった声が聞こえてくる。
うん。ソレだけ聞けば確かに追放系主人公の要素盛り沢山だよな。
勇者の同級生よりも俺に対して嫉妬の視線を向ける少年たちに周囲の連中もリアクションが取れずにいる中、さっきの鑑定で【賢者】であることが判明した学級委員長っぽい生徒が木ノ内さんに話しかけてきた。
「先生。お考えの最中失礼します。この方についてなんですが」
「朝陽さん? もしかして貴女は神城さんのことを知っているのかしら?」
そう言って木ノ内さんは賢者さんへ目を向ける。ふむ。どうやらこの賢者さんはアサヒさんと言うらしい。まぁどうでも良いけどな。
「いえ、個人的な面識はありません。ですが」
「ですが?」
「先ほど名刺を見て、先生はこの方がT薬品の方と仰いましたよね?」
「え、えぇそうだけど?」
俺をほったらかしにして会話を始める二人。気分は名探偵に正体を暴かれる前の怪人だな。……だれが怪しい人だって?! 俺だよ!
「そしてこの方は『納品の作業中』とも仰いました」
内心で一人ボケツッコミをしていたら、賢者さんは先ほど俺が仕込んだフラグをきっちり回収してくれていた。うん。そうなんだよ。俺はお薬を納品してたんだよ。
「それがどう……あぁ。そうか。そういうことね」
「はい。おそらくですけど先生のお考え通りかと」
そう言って二人は頷きあっているが、どうやら同じ答えに行きついたようだ。
「はぁ。つまり朝陽さんはこう言いたいのよね? 私たちが実習していたクラスの真下が保健室と保健準備室だから、下で作業していた神城さんはなんらかのミスで私たちと一緒に呼び出された……と」
「はい。私はそう思います」
「「……はぁ」」
賢者さんと木ノ内さんは俺に関する考察を終えて溜息を吐くが、妙に理解が早くないか? 普通ならもっと混乱するもんだと思うが……いや、一昔、二昔くらい前ならともかくとして、今の世の中だと異世界転移なんてありふれたネタだから、全く知らないって方が少ない可能性もあるのか。
そんでもって少しでもこういう話の知識が有るなら、自分たちが『クラス転移』ってのに巻き込まれたことは分かるだろう。そうなれば俺の状況も予想出来るわな。
正直ここで中途半端な嘘を吐かなくて良いのは俺としても助かる。だからこそ俺は乗るぜ! このビッグウェーブになっ!
「よく分かりませんが、つまりアレですか? 貴女方は最近の小説によくある異世界に召喚されてしまった。そして私は『偶然それに巻き込まれた』ということでしょうか?」
「……おそらくですけど」
「あの。なんと言いますか、申し訳ございません」
少しは異世界転移の知識があることを匂わせつつ『巻き込まれた被害者』を装えば、向こうの木ノ内さんと賢者さん、は申し訳なさそうな顔をして謝罪をしてきた。
うーむ。謝罪の気持ちは確かにあるんだが、何か違和感が……そうか。こいつらも被害者なんだから、ここで俺に謝るのはおかしいのか。もしかしてこの二人は召喚について何か知っている? だから巻き込まれた俺に申し訳なさを感じているのか?
……いや、今は下手に探る時期じゃないな。
「えっと、とりあえず貴女方が何かしたわけじゃないですから、謝罪の必要は有りませんよ」
そもそも何かやらかしたのは自称女神だし。
「それはそうですけど「それより」……なんでしょう?」
「向こうから人が来てますよ。おそらく準備が終わったのでは?」
「え? あっ!」
俺はまだ何か言いたそうにしている木ノ内さんの言葉を途中で遮り、部屋の中心部を指差すと、その先には先ほどまでは居なかった高級そうな装飾を複数身に付けた貴族風の男と、宗教色が強い白い服を着こんだ神官風の恰好をした男がおり、王女らしき女性の傍に行って何やら話し込んでいた。
話し込んでいる間にも全員の鑑定はとっくに終えているし、他の部屋で待機していたのであろうお偉いさんにも報告する時間もあったはず。あとはこちらに精神的な余裕ができる前に交渉を行い、畳みかけるだけ。
向こうの連中の視線を見れば、向こうの狙いは勇者君と聖女さん。次点で剣聖さんと賢者さんだと思われる。
木ノ内さんの職業が分からないが、とりあえず変なことをしなければ目を付けられることは無いだろう。後は俺の予想通りに行けば……。
神城が予想したように、王女らしき女性の傍に現れた二人は、謁見の準備が整ったことを告げ、召喚した生徒たちを謁見の間まで先導していく役目を担った者たちであった。
そんな役目を帯びた彼らは、室内を一瞥した後で謁見の準備が整った旨を高らかに宣言し、生徒たちを謁見の間へと誘う。
しかし生徒たちの監視役を兼ねた存在でもある彼らであっても、謁見に際して緊張している少年少女たちの陰で内心ほくそ笑んでいるアラフォーの存在と、その狙いに気付くことはなかった。
マイナーなら良いってもんじゃねーだろ。
ただ、クレーン技師は技術職の中でも勝ち組な気がします。
診断……まるで太閤○志伝Ⅴの医者っぽい技能だけど、一体どんな技能なんだ?(真顔)
―――
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