8話。姉妹の会話
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神城とルイーザが薬の量産に対する条件闘争とも言えるような言えないような会話を行なった次の日の朝のこと、王都の上級貴族が住む区画の中を二人の少女が歩いていた。
「~~♪」
両者とも髪の色は黒。一人は青を基調にした小綺麗な余所行きの服を着て鼻歌を歌いながら前を歩く、小柄で活発な印象を受けるショートカットの少女で、もう一人は黒を基調としたメイド服を来て、セミロングの髪を後ろで束ねている、やや落ち着いた感じがする少女であった。
格好だけ見れば貴族のお嬢様とそれに付き従うメイドと見れなくもない。しかし二人が並んで歩いているところをみれば、身長も髪型も印象も服装も何もかも違うのだが、それでも大抵の人間は彼女たちが姉妹であることに気付くであろう。
「ヘレナ。せっかく普段着ないような余所行きの服を着てるんだから、転ばないようにしなさいよ?」
「はーい。わかってまーす」
それは雰囲気と言えば良いのだろうか? 敢えて具体的な理由を挙げるとすれば、セミロングの女性が小柄な少女を見る目や、注意を受けた小柄な少女が己に注意した相手に対して全幅の信頼を抱いていることがひと目でわかるからかも知れない。
「……本当にわかってるのかしら?」
とは言え小柄な女性の姉であるセミロングの女性も、目の前の妹がはしゃぐ理由もわかるし、今は特に誰の迷惑にもなっていないことから、この場では深く叱るような真似は控えることにした。
そんな仲睦まじい姉妹が目的地に向かって歩くこと数分。少し落ち着いたのか、妹の方は小型のスーツケースを持ってゆっくり歩く姉の傍に寄ってきて、ニコリと笑って話しかける。
「ねぇねぇお姉ちゃん?」
「はいはい、どうしたの?」
「ンフー。なんでもなーい♪」
姉であるエレンがそう答えるだけで妹のヘレナは笑顔を見せる。
これは自分がエレンとこのような会話ができるとは思っていなかったからである。姉が実家に戻ってきてからの三日間、姉妹でいろんな話をしてきたがまだ嬉しいらしい。
満面の笑みを浮かべるヘレナの笑顔を見て、エレンも思わず顔を綻ばせる。
普段笑顔を見せないエレンがこのような笑顔を見せるのは、今やヘレナにだけだ。両者にとって兄も母も大事な家族ではある。しかし同時に彼らは自分たちに絶望を与えた相手でもある。
今は解消されたとは言え、自分たちが数年に亘って味わった絶望は決して軽くはない。そんな思いが姉妹の中にはあるし、向こうも姉妹に対して引け目があるので、どうしても両者の間には壁ができてしまう。
だからこそ妹は自分よりも辛い思いをしたであろう姉を、姉は自分が居なくなって心細い思いをしていたであろう妹を、それぞれ心から案じ、互いを心から信頼しているのだ。
……もしも神城という異分子が【勇者】と共にこの世界に召喚されていなかったなら。
もしも神城がラインハルトとの交渉に失敗していたなら。
もしも神城がエレンのことを気に入らなかったら。
そして、もしもエレンが実家に帰るのがもう少し遅かったなら。
歯車が少しズレていただけで、自分たちはこのように笑い合うことはできなかったであろう。それを知るからこそ、エレンは神城との出会いに心から感謝をしていた。
その感謝する対象は散々自分たちを苦しめるような運命を押し付けてきた神ではなく、自分たちを救ってくれた神城であるのだが。
「あ、そうだ!」
神城に出会ったことを神城に感謝するという、エレンのある意味歪な精神状態はさておくとして。
エレンの前を歩いていたヘレナが突然「今度こそ用がある!」と言わんばかりにエレンに振り返る。
「どうしたの?」
真剣な表情をしながらも、否、微妙に目元や口元が緩んでいることから、エレンはヘレナの用事はそれほど重要なことではないと思っていたのだが、それは半分は当たりで、半分は外れていた。
「結局さぁ。神城準男爵様ってどんな人なの?」
「あぁそれ?」
「いや『それ?』って簡単に言うけどさぁ。何度聞いてもはぐらかすだけで教えてくれないし、さすがにお会いする前に少しくらい知っておきたいんだけど?」
ヘレナとしても姉であるエレンが信頼している以上、神城という貴族が『その辺にいる自分に疚しい視線を向けてくるような貴族とは違う』ということはわかるのだが、それでも直接会う前に情報が欲しかったのだ。
「お金があるのは分かったよ? 侯爵様とも繋がりがあるっていうのも良いと思う。でもさ~それだけじゃどんな人なのかさっぱりわかんないよね」
「うーん。それはそうなんだけどねぇ」
エレンにもヘレナの気持ちはよく分かる。これから姉妹揃って仕えることになる主人のことが気になるのは当然のことだ。
さらに言えば、新たに貴族として家を興すというのは簡単なことではないのに、それをどうやって成し遂げたか分からないのも不安なのだろう。
通常新たに家を興す場合には、才能がどうこうではなく結果が求められるものだ。
具体的には、騎士が戦場で大活躍した場合や、研究者が凄い魔法を開発した場合などといったように、ステータス上の優劣だけでなく、周囲が認める結果を出す必要がある。
それを考えればヘレナが「ここ最近のフェイル=アスト王国周辺では大規模な戦闘など起こっていないのに、準男爵様はどこでどんなお手柄を立てたんだろ?」という疑問を抱くのも当然だろう。
ちなみにここでヘレナが神城の立てた手柄を戦闘に絡めた理由は、神城の後ろ盾であるローレン侯爵が現職の軍務大臣だからだ。
神城に対して最初に目を付けたのが内政に関わる貴族ではなく、軍務大臣であるローレンが取り立てた以上、神城が軍事に関係する何かでラインハルトの目に止まって出世したんじゃないか? と思うのも当然と言えば当然と言える。
そして軍事に関わる人間というのは、多かれ少なかれ人を殺しているし、そのことを誉れとする人種でもある。そのことを考えれば、戦場を知らないヘレナが内心で神城を怖がるのも無理は無い。
エレンにはそんな妹の気持ちは十分理解できるし、神城のことを変に怖がってほしくないのでちゃんと説明したいところなのだが……
「ん~。……どんな人なんだろうね?」
肝心のエレンも神城のことはまだよくわかっていないので、どうしてもこういった返事になってしまうのだ。
「えぇ?!」
お姉ちゃんが全幅の信頼を置いているようだからきっと自分も大丈夫だ! そう思っていたところに、まさかの『よくわからない』発言をされたヘレナは、思わずマジか?! という目を向けてしまう。
「いや、だって、ねぇ?」
「何が『だって、ねぇ?』なの?!」
「そもそも私がご主人様と初めてお会いしたのは7日前だし?」
「7日前ぇ?!」
短い。あまりにも短い時間である。そんな短い時間でいったい何がわかるというのか。驚くヘレナにエレンは容赦ない追撃を行う。
「さらにその内3日は実家で貴女と一緒に居たし、1日は今日でしょ? だから実質ご主人様と一緒に居たのは3日間だけなのよねぇ」
「えぇぇぇ?! いや、お姉ちゃん! 実質3日しか会ってない人間をなんでそんなに信用してるの?!」
衝撃の事実に思わず「ありえないでしょ!」と頭を抱えるヘレナ。そんな彼女のリアクションに対し、エレンは右手を頬に当てて首を傾げながら「わかってないなぁ」と言わんばかりに言葉を紡ぐ。
「え? だって、色々と優しくしてくれたし。間違いなく良い人よ?」
実質3日しか一緒に居なかったが、その間、神城はエレンに対して彼女が望まないことは何一つしてこなかったし、実際に色々優しかったのでエレンからすれば神城に対してそういう感想しか出てこないのも仕方のないことかも知れない。
「そうやって可愛く首を傾げても誤魔化されないんだからね!」
しかしヘレナはその色々を知らないので納得のしようがない。そのため、どうしても警戒心を抱いてしまう。
だがエレンとすれば、良かれと思って神城へ妹を紹介しようとしているのに、会う前からこうして神城に対して警戒心をむき出しなのは頂けないという思いがある。
いまのエレンの心情をたとえるなら『彼氏に妹を紹介しようとしたら、妹が彼氏に警戒して失礼なことをしそうな件』と言ったところだろうか。
――ここで神城のことを『ご主人様』ではなく『彼氏』にしているのは、あくまで物の例えなのでご了承願いたい。
とりあえずエレンはこのような心理状況であり、無用の諍いを避けたいという思いから、とりあえずヘレナの警戒心を解こうとする。
「まぁまぁ。ヘレナもご主人様にお会いすればわかるわよ。それにご主人様だって『どうしてもヘレナが嫌だって言うなら断ってもいいぞ』って言うと思うしね」
突き放すような言い様だが、間違いなく事実である。それにエレンは妹のヘレナには自分の意思で神城に仕えてほしいと思っているのだ。
付け加えるなら、ここで感情的になって神城に無礼を働いた結果、自分やトロスト男爵家に迷惑を掛けられるくらいなら、最初から会わないほうが良い。とすら考えているので、この言葉は決してただの脅しではない。
「あ~う~。それはありがたいような、ありがたくないような……」
信頼する姉に真正面から『先方は貴女にこだわりがあるわけではないので、無理をしてまで受け入れようとは思っていないの。だから帰りたければ帰っていいのよ?』と言われてしまえば、元々碌な出仕先がなくて困っていたヘレナとしては、なんとも答えようがなくなってしまう。
だからヘレナは一先ず反論を諦めて、せめて知りたいことを聞こうとした。
「……そもそもお姉ちゃんさぁ」
「ん? 何?」
「なんでそんなに準男爵様のこと好きなの?」
ヘレナの見たところ、エレンは完全に神城に惚れているようにしか見えなかった。しかし相手がどのような人間であれ、基本的に知的で落ち着いた感じの人間である姉が、出会ってから僅か3日という短い期間でそこまで熱を上げるだろうか?
何かあるんじゃないの? 疑いの目を向けるも、そんな疑いの目を向けられた本人はと言うと、
「え? なんでって……なんでだろ? やっぱり優しいところ?」
神城の良いところを思い出そうとしては頬を赤く染めていた。
「好きってところは否定しないんだね……」
ガクッと力が抜けるのを自覚したヘレナは、これ以上の詮索はアホらしいと判断して、とりあえず何をするにも準男爵様を見てから決めよう。と決意したとか。
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ある意味では自身の目論見通りヘレナの敵意を削ぐことに成功したエレンであったが、彼女はいくら考えても「自分がなんでここまで神城を信用しているのか?」という疑問に対する答えを見つけることはできなかった。
もしもこの場に神城がいたら『家の借金のせいで遊郭に売られた世間に疎い弱小大名家の娘さんが、初仕事の前に自分を身請けしてくれた旦那さんに対して懐くようなものじゃないか?』という、なんとも言えないたとえを出していたかもしれない。
そんな美人姉妹の思いと神城の評価はともかくとして。彼女たちはそれぞれの思いを抱き、己が仕えることになる神城が待つ屋敷へと向かうのであった。
実際にトロスト男爵家のお金の問題を解決をしたのは彼女を買った王家からのお金なのですが、この場合王家は遊郭の主みたいな感じですからねぇ。
後が無いところで自分を身請けしてくれた旦那さん(神城君)に恩を感じた上に、色々と相性も良い(意味深)ので懐いている感じですってお話。