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7話。チートは一日にして成らず

「と、いうわけでして、ご主人様におかれましては、一刻も早く秘薬の量産を行なってほしいとのことでございました」


「いや、そう言われましてもね」


皮膚用回復薬を侯爵家の人間に売り込みに行ったルイーザが急に帰ってきたかと思ったら、いきなり皮膚用回復薬を量産しろとか言ってきた件について。


いや、確かに売り込みをしてほしいとは言ったが、話が急すぎませんかねぇ?


「……何かご不満でも?」


俺が量産にあまり乗り気じゃないことを察したルイーザはギラリと目を光らせてくるが、そもそも俺は好きな時に好きなように薬を作って暮らすような生活がしたいのであって、上から命令されて馬車馬のように薬を作る気はないぞ。


とは言っても、画期的な化粧品を目の前にした女性陣を前にそんなことを言ったら流石に何をされるかわからんから、ここはそれらしい言い訳をする必要がある。


ま、その言い訳はすでに考えているんだがな。


「えぇ。不満と言えば不満があります」


「……侯爵家では全力を挙げて支援させていただく所存のようですが?」


「残念ながらこれにつきましては、侯爵家がどうこうではないのですよ」


値上げ交渉かと思っているのか? 残念ながら俺が用意した言い訳はそんな簡単なことじゃないぞ。


「なるほど……それではご主人様のいう、そのご不満とやらをお教えいただくことはできますか?」


圧迫してくるねぇ。まぁこの世界でもこの年頃の女性が肌を気にしていることや、皮膚用回復薬が効果覿面ということが判明したのは収穫だと思う。しかし流石にこれはなぁ。


――神城としては、明らかに侍女の立場を超えた物言いをしてくるルイーザに対して、思うところがないわけではなかった。そのため、敢えて勿体ぶった言い回しをして煙に巻こう。という考えもあったが、その考えを実行に移すことはなかった。


何故かといえば、今の彼女は砂漠で水を欲する旅人のようなものだということを理解しているからだ。もしそんな相手に対して己が持っている水をひけらかしたり、勿体ぶった態度を取ったらどうなるだろう?


……間違いなく『殺してでもうばいとる』が発動する。


と言っても現状では薬を作れるのが自分しか居ないので実際に殺されることはないだろう。 しかし、だからと言って下手に「面倒だから」などと言ってしまえば大惨事となることは確定的に明らかだ。


具体的には、各方面から様々な圧力がかけられたりすることで、神城が懸念するような『回復薬を作る機械』にされてしまう可能性が高い。 


そう考えた神城は「ここは誤解をされないようにしっかりと説明をする必要がある」と考え、努めて真面目な雰囲気を作り出しながら、ルイーザに対して説明を開始することにしたのであった。



~~~



「いくつかありますが、まずは薬の効能についてです。今の段階では情報が足りなすぎるのですよ」


「効能、ですか? 十分以上に素晴らしいと思いますが?」


俺の言葉を聞いたルイーザは心底不思議そうな顔をするが、実際問題これを軽視すれば絶対に後から面倒になる。俺は詳しいんだ!


「前にルイーザ殿が使ったのは、言ってしまえば試作品、つまり未完成の品なのですよ? それを貴族の方々の間に流通させるなど、まともな薬師ならそのようなことは恐ろしくてできませんよ」


「……そう言えばそうでしたね」


最初の段階で俺はちゃんと『試す必要がある』って言ったからな? それでも自分で使おうとしたのはルイーザだぞ。


流石に自分でも薬の効果に舞い上がっていたという自覚があるのか、ルイーザが俺に向ける視線からは不満そうな感情が減り、代わりに不安そうな様子が見えてくる。


うん。副作用は怖いだろうよ。


「ただ成分的に見れば副作用は無いとは思います。しかしながら、確認することは多岐に渡るのも確か。何せ私はこの世界の人たちの肌の質も理解していないのですからね」


「……なるほど」


副作用が無いと言う言葉に安心したのか、ルイーザが俺に向ける視線は目に見えて柔らかくなった。


(今が攻め時だ!)


そう確信した俺は更に追撃を行う。


「それに本来薬というのは、誰でも使える量産品ではなく、本人に合わせたオーダーメイドが基本でしょう? なのに簡単に量産を依頼されては困ります」


「あぁ。それもその通りですね」


よし、これで『問答無用で量産しろ!』とは言うまいよ。


「また今のところ基本となる情報が少なすぎて、オーダーメイドであっても、特定個人向けに量産をすることすら難しいのが現状です」


侯爵の母親とか妻とか姉とか娘以前の問題だわな。


「基本となる情報?」


「えぇ、最低でも『一度にどれだけ使うのが適量なのか』それから『効果はどれだけ持つのか』そして『使いすぎたらどうなるのか』以上の三点は必ず確認をする必要があります」


俺のイメージだと、貴族の人間ってのはしっかり適量を定めて、それをオーバーしたらどうなるかってのをちゃんと告知しとかないと、もう遠慮も際限も何もなくベッタベッタ塗りまくるイメージしかないからな。


なんなら風呂桶いっぱいに薬を入れて全身浴とかしそうだし。 それで『全身の皮膚が爛れた』とか苦情を入れられても困る。


「……確かに」


「やはり使用する相手が相手ですからね。万が一にも問題が残らないようにテストをして、基本となる情報をしっかりと纏めてからでないと量産はできません。多大な労力を使って欠陥品を量産しても無意味ですしね」


無意味どころかマイナスじゃないか。俺もマイナス、向こうもマイナスってな。これだけでもしばらくは大丈夫そうだが……あ、いいこと考えた。


「それと、もう一つ問題があります」


「まだあるのですか?」


これ以上否定的な意見は聞きたくないのだろうが、俺としても言えるときに言わんとな。それにこれは俺にとっても重要なことだし、侯爵家の力を使えるならそれに越したことはない。


何が言いたいかというと、だ。


「えぇ。それは『薬の品質』についての不満です」


「品質?」


効能とは違うのか? って顔だな。残念ながら全く違うぞ。


「そう。品質です。これに関してはルイーザ殿のほうが詳しいでしょうが、一応説明をさせていただきます」


「……お願いします」


「そもそも【薬師】が上質な薬を作る際に絶対に必要なものはなんだと思いますか?」


「え? それは勿論【薬師】のレベル……あぁ。そういうことですか」


俺の質問を聞いたルイーザは「何を当たり前のことを」と言わんばかりに即答したが、自分で口にしたことで俺が言いたいことに気付いたのだろう。そのまま理解を示す。


うむ。予定通りの返答ありがとう。その答えを待っていたよ。なにせこの世界では経験や技術というのはそのまま職業レベルに比例するようだからなぁ。


ルイーザの回答を聞いた俺は、我が意を得たりとばかりに頷いて、彼女の意見に補足を加える。


「そう。この世界に来たばかりの私のレベルは、当然1です。これではいくら薬を作っても品質の良いものはできません。……まさか侯爵閣下のご家族に中途半端な品を渡すわけにもいきませんからね」


「言われてみれば、確かにそうですね。ご主人様が【勇者】様と共にこの世界に来てから、まだ数日しか経っておりませんでした」


「正確には今日で6日目ですよ」


細かく言えば、初日と2日目で侯爵と交渉し、3日目に引越しをして、4日目にルイーザが来て薬を使い、一日置いて5日目に効果に驚いたルイーザが侯爵家に駆け込んで、6日目の今日、侯爵家からの脅迫混じりの依頼が来たって感じだな。


なんと言うか、かなりドタバタしているが、これも異世界でのスローライフを送るための下準備と思えば我慢はできる。転勤で引越した時も一週間はバタバタするもんだしな。


――異世界転生を転勤と同列に扱うのもどうかと思うが、神城としてみたら『そう思わんとやってられん』と言ったところだろうか。


「ではご主人様の予定される今後の流れとしては、ご自身のレベルアップをしつつ秘薬の研究を行い、基礎的な情報を得たら量産……この場合は一般向けではなく、特定個人の方のために特注で製薬を行う。といった形になりますか?」


どこまで行っても薬を量産させるのは変わらんのな。


いや、まぁ俺としても、砂漠で「水がいらん!」なんて言う人間が居るとは思っていないし、これのおかげで俺の立場がより安定するんだから文句は無いけど。だがそれならそれで貰うもんは貰おうか?


「そうなりますね。あとはレベルアップによって基礎ステータスが上がれば、それだけ実験できる回数も増えるだろうし、知識と経験を増やすことで品質の向上にも繋がると思っていますよ」


レベルとステータスの関係性や、スキルを使った際の魔力っぽい力についても正直よくわかってないからな。それを知らんことにはなんともできん。


さらに言えば知識だ。魔法使いが魔法の知識を磨くことでその効果を増すって言うなら、当然【薬師】だって同じことが言えるはず。


それに、せっかくの異世界に来たってのに屋敷に篭って薬を作るだけってのは味気ないからな!




――結局のところ神城が言いたいのは『どうせ作るならより良い薬を作る』という、実に日本人的な発想に加え『レベルのある世界ならレベルを上げるのが当然だろう!』という、日本人的な発想。さらには『異世界を満喫せず何が異世界転生か!』という、我様的な発想が合わさっただけの、実に利己的な意見であった。


ただ、その利己的な意見に一定の筋が通っていることが、神城が神城である所以とも言える。


なにせ今の神城は王国や侯爵家の客にして、れっきとした貴族家の当主。さらに秘薬の製作者でもある。そんな超が付く重要人物が「異世界を満喫したいから」などと言って歩き回ったり「魔物を倒してレベルアップしたい!」と主張した場合、彼が魔物と戦闘を行うことを侯爵が認めるだろうか?


答えは否。断じて否である。


自衛のために最低限のレベルアップの必要性は認めても、基本的には『護衛を付ける』という決断を下すはずだ。


しかし、こうして「より良い秘薬を作るためにレベルアップが必要だ」と言われたならどうだろう? 元々自分が逆らえない女性陣が『どんな支援でも行う』と覚悟を決めている以上、これを邪魔した場合のデメリットは、侯爵の胃だけでは済まないことは確かである。



ではこの場合、侯爵(とその周囲)はどう動くだろうか?


答えは言うまでもなく、神城が安全にレベルアップできるようにサポートする、だ。



「なるほどなるほど。ご主人様の主張は理解いたしました。ではその旨を閣下にお伝えいたしますが、よろしいでしょうか?(駄目とは言わせませんけど)」


「えぇ。よろしくお願いします(よし。これで安全なレベリングができる。それも人の金でな!)」


「かしこまりました。それでは失礼いたします」


神城からの『俺に薬を作らせたかったらレベルアップさせろ。あぁ、当然侯爵家のサポート込みで頼む』という主張を大まかながら理解したルイーザは、自身の部屋にある通信機で彼女からの連絡を待つ女性陣に連絡をするために神城の前から立ち去っていく。



一人残された神城は、自分のために侯爵家を利用することに心を痛める……ようなことはなく、むしろ『お前らが俺を利用するなら、俺もお前らを利用させてもらう』と言わんばかりに口元を歪めていたという。






チートはチートですが、レベルも必要だし知識も必要です。そして神城君がこの世界の知識を得るためには、まず文字から覚えなくてはなりません。


……つまりこう言う事です。


『やったね神城君! 時間が稼げたよ!』 ってお話


ちなみに、神城君が異世界に来てまだ6日です。

この6日の間に彼は、貴族としての立場と美人の侍女、広い邸宅に潤沢な予算。さらには行動の自由まで得ようとしているもよう。





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